エーテルちゃんはひとりぼっち   作:菓子ノ靴

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Chapter3
chapter 3 - 1 絵になる


リハネスの城下町から、上り坂を馬車で少しだけ行くと、ユスティヘルの城は見えてくる。ところどころに芸術家の工夫が凝らされた、美しい城だ。

職人から言わせれば「精巧な城」だろうか。

 

「エミル、見ろ。こりゃあ大仕事になるぜ!」

 

丘の上の城を眩しそうに眺めながら、リザード革のテンガロンハットを被った男が吠えた。

 

「はい、おやっさん」

 

エミルと呼ばれた少年は、彼に比べるとやや線が細い印象だ。肌は褐色、巻いたバンダナから黄色い髪がはみ出している。無骨な身なりではあるが、目鼻立ちはくっきりと整い、将来は多くの女性を泣かせることになるだろう。

 

テンガロンハットの男――デリックは、この町で一番の彫刻師だ。弟子のエミル・ヴァレルを伴い、武者修行の旅と(うそぶ)いて、しばらく隣国のアルテフィラ公国に拠点を移していたのだが、この度ユスティヘル公爵から依頼を受けて呼び戻された。

道中、口を開けば公爵の文句を言っていたデリックであったが、城の外観を見て機嫌を直したようだった。エミルは安堵した。

 

城門前で馬車が止まる。仰ぎ見ると、城の規模にしては塀が高すぎることが分かった。六、七メートルはあるだろうか。これは職人の卵として見過ごせない。せっかくの芸術的建造物を、こんな野暮ったい石の壁で隠してどうするのだ。エミルは憤慨した。

 

人力では到底開きそうもない門が開き、馬車を招き入れる。

 

御者の男が番兵の指示に従い馬車を停めると、デリックとエミルは地面に飛び降りた。

家令と思しき老人が二人にお辞儀をして、口を開く。

 

「お待ちしておりました、デリック様。公王様は、玉の間にて依頼の内容をお話しするそうです」

「ここまで来たんだ、玉の間でもどこでも行くぜ。そんじゃあエミル、後のことは任せた」

「はい、おやっさん」

 

エミルは、デリックが執事に連れられていくのを見送った。

 

作業に移る前に、庭を見渡してみる。大きな円形の花壇には折れ曲がった歩道があり、白いガゼボへと続いている。噴水や池もある。庭と言うより庭園と言ったほうがよさそうだ。こんな光景を、仕事でもなければ、目にする機会はもう二度と来ないだろう。エミルは少しだけ庭師たちを羨ましく思った。

 

「さてと……おやっさんにどやされる前にやってしまうか」

 

馬車の荷台を覆った布をはがすと、御者(ぎょしゃ)の男に手伝ってもらいながら荷下ろしに取りかかる。多種多様の彫刻刀が納められた革のポーチや、魔鉱石塗料の缶、足場を作る道具に、その他の道具を、使うものと使わないものとに仕分けて、荷台から下ろしていく。

 

エミルが彫刻師見習いになったのは、十一歳の頃。師事してもう四年になるが、未だ下積みに明け暮れる毎日だ。時には道具のメンテナンス、時には師匠の食事の世話をし、また時には買い出しに行き、そういった日々の雑用をこなしながら、デリックの技をひたすら見て盗む。そんな四年間だ。辛くはあるが、憧れて入った世界である、後悔したことは一度もはない。

今日もこうして師匠のサポートに徹する。

 

「すみませーん、足場を運ぶのに手を貸してもらってもいいですか?」

 

御者の男から返事はなかった。

御者の男は一切の動作を止め、呆然としてあらぬ方向を見ていた。

 

「どうかしたんです――」

 

言いかけて、エミルも動きを止める。男の視線の先にあるものを見たからだ。

 

――少女が花壇の中を歩いていた。

 

すらりとした細身に、白と水色のドレスをまとった少女。

風になびいた薄紫色の髪は、(きり)の花のようだ。

少女の輝きがあまりに強くて、後ろに侍女が三人随行していることには遅れて気がついた。侍女たちは、それぞれがキャンバスや画架などの画材を抱えている。少女はその可憐な足取りで、花々に囲まれた純白のガゼボに入った。

 

「天使だ」

 

エミルの口から忘我の呟きがこぼれる。

 

「あの女性は誰なんでしょうか?」

「……さあね。イルティア公国の姫君じゃないんですか」

 

御者の男は無愛想に答えると、作業に戻っていった。

 

「あれが姫君?」

 

つい見入ってしまった。

 

聞いていた話とはずいぶん印象が違う。

イルティア公国の姫といえば、一人しかいない――変わり者としてその名を知られている、エーテル姫だ。近隣諸国でもそう噂されていたほどに。

なんでもやたらと内向的で、城に籠もって魔法の研究に耽溺しているとか。

 

だが……、

(そんな噂を流した奴は誰なんだ?)

 

あの天使もかくやという美少女こそ、本当のエーテル姫じゃないか。エミルはとたんに鼓動の高まりを感じ、息が苦しくなった。

彫刻師見習いになり修行に没頭するようになってから、こんな気持ちになるのは初めてのことだった。仕事に関わりのない雑念は邪魔でしかないと、今まで全部切り捨ててきたから。

 

しかし、それは今回だって同じことだ。

 

一流の彫刻師になるのがエミルの夢なのだ。それ以外のことに割く労力なんてありはしない。と、決心しておきながらも目を離すのが名残惜しく、作業の手は止まったままだった。

 

エーテル姫が、白いガゼボの中で、キャンバスと向き合っている。キャンバスにはもう途中まで描かれた花々が見える。かなり遠目にだが、相当な画力の持ち主のようだ。ともすればエミルより上手いのかもしれない。

 

(横顔が絵になるね……。あなたこそ被写体になるべきではないかな。僕が描いてあげよう)

 

脳内でエーテルを口説いてみたりもした。

思春期、真っただ中であった。

 

だが、その姫の側に控えたメイドたちを見て、ふと正気に戻る。

 

(……いや、だめだ。忘れよう。あの方は姫様、俺は農民の出だ。どう考えたって縁はないさ)

 

芽生えかけた淡い想いを黙殺し、作業に戻ろうとした。

……その時。

 

何かの画材を取ろうとしたエーテル姫と、エミルの視線がばっちり合ってしまう。

向こうで、エーテル姫の体がぴくりと跳ねた。

 

(しまった!! 覗いてたのがばれた!)

 

驚きとも困惑ともつかない様子のエーテル姫を、混乱したエミルはじっと見つめ返す。

 

(いや馬鹿か、俺は! これ以上怖がらせてどうする! 見つめ返してどうする!)

 

しかし危惧していた事態にはならなかった。

エーテル姫はおかしそうに首をかしげると、エミルに向かってひらひらと小さく手を振ってくれた。遠くに見える微笑みが、エミルの心をきゅっと締めつける。

 

「美しい……!」

 

また、無意識の独り言がこぼれる。

 

それからというものエミルは、商談を終え帰ってきたデリックの拳骨を喰らうまで、作業そっちのけでエーテル姫にくぎ付けになっていた。




つづく ( ˙ө˙)

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