エーテルちゃんはひとりぼっち   作:菓子ノ靴

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chapter 3 - 3 大きな芋虫がいて

ドレスの(すそ)をはためかせながら、回廊を歩く。少女の後ろには三人のメイドが同行する。あの一件以来、エーテルの監視は三人態勢になってしまった。

最初は煩わしくて仕方がなかったが、数十日も続けばさすがに慣れてくる。ただのメイドがいくら増えたところで、圧倒的妨害力を有するアリシアのような〝個〟には到底及ばない。そう思いたかったが、やはり数の力には侮れないものがあった。

 

監視態勢の強化にも悩まされたが、それ以上に頭を抱えたのはクラリッサのことだ。クラリッサというのは、エーテルが泣かせてしまった、あのメイドの名前だ。

 

彼女はクビにされていた。

 

考えてみれば当たり前のことだった。常時監視を怠ったクラリッサに責任を負わせるのは、道理だ。

これを知ったのが、釈放された翌日。

懲罰房の中でエーテルが練っていた計画は、早速狂ってしまったのだ。

 

こうなると内部に当てのないエーテルは、外部に協力者を求めるしかなくなる。と言っても効果的な方法などなく、せいぜい中庭に出て、描きたくもない風景画を描いているぐらいしか思いつかない。――なるべく人の目を惹きそうなドレスを着て。

そうやって興味のない花の絵を描くことしばらく、ようやく網にかかったのがあの青年だ。

 

あれから、監視の隙をついて、何度か手紙のやり取りをした。彼のこともたくさん知った。彫刻師見習いをやっていること。師匠のデリックの酒癖が悪いこと。城下町にある工房で働いていること。下町の長屋に一人で暮らしていること。

ずいぶん仲良くなれたと思う。

そう願いたい。

 

(問題は、()()()()()()()、なのよね……)

 

メイドたちに気取られないよう、エーテルは小さく溜息をついた。

 

いくら距離が縮まったと言っても、こんなお願いを聞いてくれるだろうか。エーテルは自信がなかった。友人すらいたためしがないのに、異性となればなおさらだ。

女のために、男はどこまでするのか……。

それより何より――。

 

(まずは興味を持ってもらわないと)

 

心の中で、うーんと唸る。

()()()()はそのための準備期間なのだ。

 

(もう持ってくれてるかな?)

 

つまりはこれがエーテルの悩みだった。

 

他人の心の動きなんて分かるはずもなく、いつお願いをしていいのかなんて、分かるはずがないのだ。もし、過度な要求をし、愛想を尽かされでもしたら目も当てられない。

だが彼だって、ずっとこの城にいるわけじゃない。いずれは仕事を終えて、ここにはもう来なくなってしまう。そうなってからでは遅いのだ。

 

(ああ……どうすればいいの……)

 

小さく溜息をついた。

 

今日も今日とて、エーテルは描画にはおよそ不向きなドレスをなびかせて、朝日のさしこむ回廊を歩いている。目的地は変わらず中庭の花壇だ。画材一式はメイドたちに持たせている。

 

思考を煮詰めても答えは出ない。

今のところはすべてが順調なのだから。

 

そう自分に言い聞かせて、歩いていると、茶色い髭を蓄えた男が向こうから歩いてくるのが見えた。すぐさま回廊の端へと寄り、道を(ゆず)る。

髭の男は、まるで家の中に紛れ込んだ野良猫を見たかのような目で、エーテルを睨んだ。その足をわざわざ止めることなどはしない。

エーテルはそれでも(うやうや)しく頭を下げた。

 

「おはようございます、お義父様(とうさま)

 

この男こそはユスティヘル家現当主にして、イルティア公国の統治者。ゲドラ・エラルデ・オル・イゴル・ユスティヘルである。

 

ゲドラは歩き去る。まるで誰も居なかったと言いたげな態度だ。

いつもと変わりない対応だった。

 

今さら悲しくなったりはしない。ただ腹立たしかったのは、後ろにいた銀髪の女――アリシアが、こちらへ挑発とも取れる微笑みを向けてきたことだ。アリシアの顔を見ると、今でも胸がムカムカ――尻はムズムズ――する。

 

尻の青あざはあらかた治ったが、結局、少し(あと)になってしまったのだ。

百叩きの恨みは、ちょっとやそっとじゃ消えそうもなかった。

 

 

アリシアへの怒りはさておいて、さしあたって頭を悩ませなければならないのはエミルのことだ。

中庭へと出たエーテルは、涼しい風を身に浴びて、頭を切り換えた。

この頃は、外も過ごしやすくなってきた。

いつものように花壇のなかの石敷きの道を歩く。

 

門の前にエミルたちの馬車が停まっているようだが、御者の男が暇そうにしているだけだ。エミルたちはもう作業場に移ったのだろう。作業時間は日によってまちまちだが、今朝は早くから開始したようだ。

だから目当ての青年はどこにもいない。

 

だがエーテルの足取りは軽く、監視の目がなければスキップでもしそうな勢いだった。

エミルは師匠の言いつけで、道具を取りに何度もあの馬車に戻るのだ。その度、エーテルと目が合うので、微笑んだり、手を振ったり、手紙を渡したり、すればいい。

 

しかし心が躍るのには、もう一つ別の理由がある。

 

エーテルは、白いガゼボのなかに入るなり、ベンチの隙間にねじ込まれた紙切れを見つける。それを速やかに回収すると、そのままガゼボを通過して、薔薇(ばら)の前まで進んだ。

メイドたちはついてこない。画材をガゼボにセッティングしているためだ。無論、遠くへ行きすぎると作業を中断してやってくるが、このくらいの距離なら問題にはしない。

 

――もう一つの理由とは、この時こそがエミルから返事を受け取れる、日に一回限りのタイミングだからだ。

 

メイドたちを背にして、あたかも花々を観賞しているように思わせつつ、胸もとで紙切れをそっと広げて、皺を伸ばす――。

 

 

『こんなことを書くと、困らせてしまうって分かっています。でも、もう堪えられないんです。あなたに直接お会いして、話ができたらどんなに良いかって想ってしまうのです』

 

 

(よおし! きたっ!)

 

「……どうなさいましたか?」

 

ついぴょんと飛び跳ねてしまったエーテルに、煩わしげな声がかけられた。

 

「あ、ああっ! いえ、何でもないのよ!」

 

とっさに手紙を握りしめて、振り返る。

 

「大きな芋虫がいて、びっくりしちゃって。気にしないで……」

 

苦笑いになっていないか心配だったが、メイドたちは興味なさそうに目を反らした。そして作業に戻った。

 

(よし。これできっと彼は協力者になってくれる。あとは()()してもらうか……)

 

冷たい朝の風のなか、エーテルは胸の高鳴りを抑えきれずにいた。




次話でこのチャプターは終わりです

ちょっと盛り上がりが少なかったですね

うーん
まあ、こんなものでしょうか……?

まだ全体の一割も書けていないので、
先は長いです。

よろしければ、最後までお付き合いください!


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