我輩は幽霊である。名前はもうない。
俗世でどのような暮らしをし、余生を過ごしたのか覚えていない。
ただ1つ言えることは、我輩にはもう帰る――失礼、還る場所がこの河の先にある彼岸しか残されていないということだ。
現世に未練はない以上、中有の道(ここ)に留まる理由はないのだが、いかんせん今の我輩は彼岸へ渡ることなく足止めをくらっている。というのも――

「おい新入りぃ! ボサッとしていないで手ぇ動かせ!」

つかの間の休憩は野太い怒声にかき消され、我輩は心の中で嘆息した。
さて。生者から死者まで多種多様行き交う者共よ、我輩の船賃代のためにも、


金、置いてけ―――!


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別サイトにて投稿していた作品を削除して『ハーメルン』様で掲載させて頂くことになりました『上海アリス幻樂団』様の作品、『東方Project』の二次創作です。途中、独自解釈及び設定がちらほら出てくる場合があると思いますが、読者様の寛大な心で受け止めて頂けたら幸いです。
さて、それでは長らくお待たせいたしました。これより始まるのは一柱の幽霊のお話です。もし誤字・脱字及び感想などありましたら遠慮無くご報告下さい。


東方幽歩道

 気がつくと、我輩はそこにいた。

 何もかも解放されたような心地好さに身を委ねていたかったが、現状把握をすべきだとなけなしの理性が訴えかけ、我輩は周囲に視線を寄越した。

 

 そして、視界いっぱいに広がる光景に、(しば)し惚けてしまった。

 

 そこは、とても幻想的な場所だった。

 まず目に留めたのは、真っ赤に咲き誇る紅の花畑。

 反り返った細長い6枚の花弁に放射状に伸びる花茎(かけい)が、花の美しさを飾るパーツとしてよく映える。

 それが緩やかなウェーブ状の傾斜になって華やかさを演出してくれるのだから、感嘆としたため息しか出てこない。

 本来なら眼に痛いであろう紅の色彩だが、仄かに(かすみ)がかっている霧がより一層現実味を剥離させる。

 

 遠くには大きな岩肌がいくつも無造作に突き出している。

 緑がかっているのは(こけ)、だろうか。霧の向こう側にあるので自信をもって断言できないのが何とも歯がゆい。

 もう少し近くに行って確かめたいと思うのだが、我輩の中に眠る本能が忌避感を抱いているので断念した。

 

 いや、それにしても見事としか表現できない場だ。

 我輩は足元に咲いている花を潰さないように身体を動かし、

 

 ――。

 

 途中で止めた。

 

 さっきはボーッとしていて気づかなかった。

 否。考えないようにこの現実から目を逸らしていたのだろう。

 

 ――何せ我輩には腕や足はおろか、身体そのものがないのだ。

 

 

 先程自ら語った言葉を反芻する。

 解放されたような心地好さなのは当たり前である。

 身体という縛りから解き放たれたのだ、文字通り天にも昇る気持ちだった。

 

 とても幻想的な場所なのも頷ける。

 死んだ者が行き着く先に居るのだ、見たこともない絶景が拡がっていても不思議ではない。

 そして、我輩の置かれた現状を嫌でも理解する。

 

 夢はいつか醒めるものである。それが早いか遅いかに個人差はあるものの、決して崩れることのない世界の理。

 それが我輩の前に立ちはだかってきただけだ。ならば我輩も受け入れよう。

 

 

 ――我輩は、死んだのだな。

 

 

 ▼△▼△▼

 

 

「おや、ずいぶん落ち着いているねぇ」

 

 どれくらい茫然自失していたのだろうか。横から声を掛けられるまで全く気付かなかった。

 

 からころと音を立てて現れたのは1人の女性だった。

 まず一番最初目についたのは、彼女の肩に抱えている大きな大鎌。

 

 我輩に生身がないからだろうか、あのぐにゃぐにゃに波打つ刃が鈍い輝きを放つごとに、我輩の魂を刈り取られるイメージがリアルに伝わってくる。

 一歩一歩近づいてくる彼女が死刑執行人と錯覚しそうになるのだから、あの大鎌の威圧感はひとしおだろう。

 

 だがそれを帳消しにしてくれるのが彼女の存在感だった。

 

 癖のある赤髪を両側で結っており、歩みに合わせてリズミカルに揺れる。

 通常なら冷たい印象を与えるであろう赤い瞳は、彼女の人懐っこい笑みで見事に相殺される。

 服装は半袖にロングスカートのドレスと着物を足して2で割ったような格好をしている。

 正直なところ、腰巻きと下駄の音がなければ着物の要素があまり感じなかった。何というか、日本人が外国のドレスを見聞きし、イメージして日本風に造りましたという印象が強いのだ。

 

 さて、現実逃避の時間は終わりを告げ、件の彼女が目の前に辿り着く。

 

 ――でかい。

 

 何が、とは言わないが女性に対して抱いてはいけないことをぼんやり考えていると、彼女が徐《おもむろ》にしゃがみこんだ。

 恐らく死神か、それに近い役職であろう彼女が、大鎌を抱えこむ姿勢で我輩を覗きこむ。

 

「お前さん、妙な気配がするねぇ。人間ではないみたいだけど、だからといって妖《あやかし》の類いにしてはその在り方は異常だ。何者だい?」

 

 心持ち険があるように聞こえるのは、我輩にやましい気持ち(デカイ宣言)があるからだろうか。

 此方を観察する視線に居心地の悪さを感じながらも正直に話した。

 

 ――我輩が何者かと訊かれても、困ったことに答えようがないのだ。

 

「答えられないって? こんな辺鄙(へんぴ)な場所にいたんだ。大方仕事をサボってうたた寝でもしていたんじゃないかい?」

 

 ――何故だろう。我輩の本能が「お主が言うな」と叫んでいる気がする。

 

「気のせいじゃないかね――っと、そういえばまだ名乗っていなかったねぇ。あたいは小野塚(おのづか)小町(こまち)。ただ船を漕いで三途の河を渡るだけのしがない船頭さ」

 

 そういって誇らし気に胸を張る彼女――もとい、小町。

 相手が自己紹介をしてくれた以上、此方も名乗るのが筋なのだが。

 

 ――済まぬ、小町嬢。我輩自身、自分のことを何も覚えていないのだ。

 

「本当に憶えていないのかい? うーん、まあ四季様に会わせればどうにでもなるか。折角の休憩時間(・・・・)がぱぁだけどしょうがない。迷える子羊を導くのも死神の勤め。いつものように(・・・・・・・)仕事に励むとしますかね」

 

 小町が言葉の端々で強調する度に、我輩の中にあるナニかが暴れるのを必死に抑え込む。

 何せ困っていたのは事実なのだ。小町の善意を疑うなんて、人(?)魂として間違っている。

 気のせいだと心の中で言い聞かせ、我輩は代案を出す。

 

 ――それならその四季様という方の居る場所だけでも教えてもらえぬか? あとは此方でなんとかしよう。わざわざ小町嬢の時間を削るというのも忍びない。

 

「気に病む必要はないよ? これがあたいの仕事だし(それに見栄を張った手前、罪悪感で心が痛い……)」

 

 彼女はそれだけ告げると、颯爽と背中を向けて歩き出した。

 途中から小声で良く聞こえなかったが、なんて徳の高い人物なのだ。

 自分で言うのも何であるが、我輩のような得体の知れぬ輩を快く案内してくれるなんて、小町には頭が下がる思いである。

 

「……(うぅ、後ろから尊敬の念がダイレクトに伝わってくる。今更サボりに来たなんて言えないし、針の(むしろ)だよ……)」

 

 時折胸を押さえているが、何かの持病持ちなのかもしれない。

 我輩は小町の負担を少しでも減らす為、進むスピードを速めるのだった。

 

 

 ▼△▼△▼

 

 

 我輩は小町と色々な話をした。

 とは言っても小町が一方的に語り、相槌を打つのが殆どであるが。

 内容は上司の愚痴だったり、知り合いの道具屋や妖精の小話、はたまた人間の巫女が閻魔のいる無縁塚と呼ばれる墓場へ殴り込みに来た武勇伝と様々だ。

 

 流石に最後のは嘘だと思うが、それはきっと我輩が不安がらないよう空気を読んで気遣ってくれたのだろう。

 気配りのできる彼女の配慮を汚すことはあまりに無粋。ならばこれ以上恩を仇で返さない為にも、我輩は彼女の話を楽しんだ。

 

 途中、心の裡を悟られぬよう細心の注意を払いながら、小町のことを然り気無く誉めた。

 すると汗を流しながら苦笑いを浮かべられた。きっと、あまり誉められ慣れていないのだろう。

 彼女ほどの人物が評価されないとは、周囲の人は余程見る目がないとみえる。

 何というか、ご苦労様である。

 

 

 さて、景色を眺めつつ進むこと数十分。

 小町の体調を気にしつつたどり着いたのは、巨大な湖だった。恐らく先程から漂っていた霧はここから発生していたのだろう。

 

「残念ながらこれは湖じゃなくて河だよ」

 

 我輩の心情を察したのか、くすくす笑いながら指摘が入る。

 

 ――ということは、ここがあの有名な三途の河、か。

 

 ちらりと小町を見ると、大変良くできましたと言わんばかりの微笑みを返された。

 改めて我輩は死んだのだと実感するが、最初の時ほどショックをうけていない。

 

 それは言うまでもなく小町のお陰である。

 彼女の人柄に触れたからこそ、いつの間にかこの境遇を受け入れられたのだろう。

 小町に出会えた我が身の幸運に感謝し、同時に先程から燻っていた疑問が氷解する。

 

 ――ときに小町嬢。四季様とはもしや……。

 

「あぁ、お前さんの考えている通り口うるさ……ゲフン、この楽園の最高裁判長でもあり、あたいの上司でもある――閻魔様さ」

 

 そういって口を結ぶ小町に、我輩は一層気を引き締めるのだった。

 

 

 To be continued...

 

 

 ▼△▼△▼

 

 

 Now loading... おまけ《Bad end》

 

 

 ――しかし閻魔様か……。なんというか、小町嬢の上司なのだからさらに(・・・)威厳があって何でもバリバリこなす格好良い仕事人!というイメージしか湧かぬな。……むぅ、想像したら緊張してきた。

 

「畏まるのは良いけど、そこまでガチガチに固まらんでも行きなりとって喰いやしないよ(あたいはむしろ、この子のあたいのイメージ像を訊く方が怖いねぇ)」

 

 ――そうは言うがな。閻魔様とはそもそも次元が違う存在と聞く。謁見どころか会うことすら畏れ多い。

 

「ふむ……。ならお前さんに閻魔様の対処法をこっそり教えたげるよ。もし尖った板切れと鏡を持った人を見かけたら、取り敢えず顔色をうかがいながら低姿勢で待機しておくんだよ。もちろん顔は反省していますのポーズを決して崩さないこと。死神界の常識だから憶えといて損はないよ」

 

 ――!? ……と、ときに小町嬢? その上司兼閻魔様とはどのようなお姿なのだ?

 

「緑色の髪にごてごての服を着たこの位のちっこい女の子さ。趣味は説教と体罰というおっかない性癖の持ち主だから、お前さんも怒らせ――」

 

「――小町」

 

「ひゃん! そ、その声は……」

 

「ふふっ、何を怯えているのですか。可笑しな方ですね。私にも閻魔対策とやらをご教授願おうと考えていましたのに……」

 

「あ、えっと。そのですね? これは魔が差したと言いますかいつもはこんなことこれっぽっちも考えていないんですよ? ですからその振りかぶった悔悟棒(かいごぼう)を勢い良く降り下ろさな――」

 

 

《小町が》Bad end...

 

 続かない。




・死神の持つ大鎌について...
 公式設定によると『死神=大鎌』というイメージが人々の間で定着しており、死んだ者が見たときに『あぁ死神か』とすぐに納得しやすくする為のパフォーマンスであって、これといった意味はないらしいです。
 つまり、大鎌の威圧感は主人公の気の所為――というよりもプラシーボ効果(思い込み)に近いですね。

・小町の一人称について...
 本来の彼女の一人称は『私』が主で『あたい』は殆ど使われることはありません。にも関わらず『あたい』を採用しているのは作者の趣味――ではなく、台詞の書き分けをし易くする為です。
 ラノベなんかで台詞が飛び交う場面を読んでいると、偶に誰がどの言葉を発しているのか混乱する時があります。それを少しでも軽減する為に小町は犠牲になりました。

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