凄惨な傷跡を残した戦いを生き抜き、かけがえのない宝を手に入れた少年。
胸の中へ大切に仕舞いこんだ輝きを胸に、彼は一生を走り抜けた――。
※初投稿。Pixiv様にも同じ内容で投稿してます。
本名。ウェイバー・ベルベッド。
通称。ロード・エルメロイⅡ世。
職業。魔術師兼、時計塔の教師。
華々しい冒険に縁がなく。
夢見た才能には恵まれず。
術者としてではなく、教師として大成した異端の魔術師。
彼の人生については、以下の記録が残るのみである。
“第四次聖杯戦争に参加・敗退”
“遠坂と共に大聖杯を解体。アインツベルン・マキリと争うも、後に和解”
彼の人生のターニング・ポイントとなった“聖杯戦争”。
その戦いで彼が何を見、何を聞き、何を思ったか。
その人生の果てに、何処へ辿り着いたかの記録は――。
当然ながら、残っていない。
◆◇◆◇◆
人はあまりにもな事態に直面するとバカになるというが、ウェイバーは信じていなかった。
魔術という叡智を扱う者の自意識とか、人間に対する純粋な信頼だとか、そもそも噂話の類は信じないようにしているだとか、色々と理由はある。
いや――あった、というべきか。
「……どこだ。ここは」
まことに遺憾だが自身で証明してしまった今は、信じないわけにもいかない。
例えそれが現状認識のために必要とはいえ、誰も居ないのに問いかけるのはバカ以外の何物でもないだろう。
(見覚えのない……でも、綺麗な場所だ)
天然芝生の絨毯に心地よい温暖な気候、緩やかに吹く風は優しく、青々と茂る木々は清涼さを与えていた。
まるで魂に刻み込まれるような風景、非の打ち所のないロケーション。
このような美しい場所なら、大金を積んででも買い求める俗物は多いに違いない。
(しかし、本当にどこだ?)
今度は口に出さず、ウェイバーは自問した。
これほど綺麗な場所であるなら、覚えてないのはありえない。だとすれば純粋に初めてということになるのだが――生憎と夢遊病の気はないはずだ。
(寝ている僕に魔術をかけて誘導したけど、意識が浮上してレジストしたってところか?しまらない話だな……)
恐らく誘拐目的だろう。これでもちょっとした有名人だ。
状況を可能とする魔術を幾つか頭の中でリストアップし、さてどうしたものかと視線を巡らせて――。
「あん?」
「え?」
一人の男と、ばっちりしっかり目が合った。
「よぉ」
馴れ馴れしく近づいてくる男。
剽悍で端正な顔立ち、後ろでまとめた紺碧の髪、そして一級のルーンであろうピアス。猫科の獣を思わせるしなやかな佇まいは一部の隙もなく、ウェイバーを無遠慮に眺める視線には好奇心と自信に満ち溢れていた。
「見かけねぇ顔だな。新入りか?」
本当は警戒するべきなのだろう。
先ほどの推測が当てはまっているならば、この男が誘拐犯なのかもしれないのだから。
「い、いや……え、っと、その……」
だがウェイバーの口から出たのは、酷く緊張した声だった。質問の答えにすらなっていない、うわ言ですらない音の羅列。
しかし、それは致し方ないと声を大にして言いたい。
(なんだ、この男は……!)
それほどまでに男は外れていた。
常識を、限界を、人間を決定的なまでに逸脱していた。
「……魔力も弱ぇし、腕っ節も大したモンじゃなさそうだな。武勇よか知謀で鳴らした方かね、こりゃ」
その表情に何かを悟ったのか、男はつまらなそうにため息をつく。
「兄ちゃん。ひょっとしてだが、何でここにいるのか解ってねぇのか?」
「!?」
「図星みてぇだな。ま、ここで会ったのも何かの縁。そっちが喋れるなら答えてやるぜ?」
声音にはからかうような成分が含まれていた。
先ほどは声も出せなかったが、ウェイバーにもプライドはある。そうまで言われれば、黙ってられるはずがなかった。
それと、もう一つ。
「あ、あなたは……誰だ?」
「…………意外だな。ここはどこだ?って来ると思ったが」
「と、当然、後で訊くつもりだ。けど、まずはあなたが何者か知りたい」
「……胆が据わりゃ、そこそこいい目をするじゃねぇか。気に入ったぜ、兄ちゃん」
まがりなりにも魔術師が、怪物を見慣れているはずの超越者が、恐れを抱かずにはいられない男――彼の雰囲気は、かつての戦争で垣間見たモノと同質だったのだ。
「答えてくれ。あなたの、名は?」
もしかしたら、という希望があった。
まさか、という予感があった。
「いいぜ。俺の名は――」
男が名乗りをあげる。
英雄としての尊名を高らかに、ウェイバーの希望と予感を祝福するように。
◆◇◆◇◆
そして、それから暫く。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ――!」
ウェイバーは走っていた。
降り注ぐ陽光の中を、木立の中を、草原の中を、一心不乱に走り続けていた。どれくらいと訊かれると困るが、既に息は乱れ、心臓は飛び出しそうなほど鼓動を繰り返し、手足の感覚が薄れていく程度にはマラソンを続けている。
「ハッ、ッ、、……!」
元々、ウェイバーは肉体派ではなかった。むしろ筋肉自慢を見下してすらいた。しかし聖杯戦争で考えを改め、ちゃんとメニューに組み込んで――だがこの体たらく。悲しいかな、才能のなさについてはどうしようもない。
今でも精々が陸上部の中学生くらいの体力しかないウェイバーだが、この日は一味違っていた。
(どこだ……!)
辛いとは思っても、止まらない。
(どこに……!)
体が悲鳴を上げても、減速しない。
(どこにいるんだよ……!)
精神が、血が、魂が、決して停滞を許しはしない。
熱く滾る心のままに駆けた。駆け続けた。
一刻も早く。今よりも速く早く。ただひたすらに疾く――!
「っ!」
そうして。
「、っ、あ……」
ウェイバーはついに、その場所へ辿り着いた。
有り体に言えば、そこは宴会場だった。天然芝のクッション、森が恵む命の肴達、湧き出る泉の美酒――大自然が育んだ全てが人種、年齢、性別を問わない様々な英雄達に蹂躙し享受し征服された、冗談のような大宴会だ。
そして、その中心にいるのは。
「フハハハハハハハハハ!」
彼らにとっての玉座へ君臨するのは、小山のような大男。
「あ……」
豪快に呵々大笑する懐かしき姿に、ウェイバーは呼吸を忘れた。
呼吸を忘れ、鼓動を忘れ、文句を忘れ、感情を忘れ、自己すらも忘れた。
彼が――ウェイバー・ベルベットが生涯求め続けた、その姿は。
それだけのインパクトが、あった。
「んん?」
「う……」
振り向いた大王と目が合う。
よくよく見れば、宴会の参加者達もウェイバーを興味深げに見守っていた。突然の闖入者に戸惑うような惰弱な者も、警戒する小者もこの軍勢には存在し得ない。
「――ほほう」
無双の軍勢を観衆に、両者はたっぷりと数秒も見つめあい。
「久しいな、坊主」
先に口を開いたのは、やはり偉大なる征服王だった。
「辿り着いたか。フフン。余が見込んだだけのことはある」
巌のような顔に子供のような笑み。
記憶のままの表情に、一瞬ウェイバーは泣きそうになったが――幸いなことに、それより先に酷使した足が膝から崩れ落ちた。日本の土下座のような姿勢になってしまったが、端から見れば拝礼に見えなくもない。
ちょっと苦しいが、涙の滲んだ目元を見られるのも恥ずかしい。このまま押し通してしまおう。
「んん?随分と堅苦しいな、坊主?」
と思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「し、しかし――」
「良い。顔を上げろ、坊主。久々の再会だというのに、顔が見れぬのではつまらんではないか」
「は、はい……」
他ならぬ王の命とあっては、断ることも出来ない。
そろそろと顔を上げたウェイバーは、改めて無数の視線に向き合うこととなり、身が竦んだ。
「お……王よ。お久しぶりです」
「……だから固いと言うておろうが。遠慮するな。以前のようなふてぶてしい態度で話せばよい」
「し、しかし、王よ」
「ふむ。その呼び名も堅苦しいな。相変わらず変なところで小さい奴だのぅ。確かに我が軍勢には征服王と呼ぶ奴もおれば、単に主と呼ぶ者、果てはイスカと呼ぶ阿呆まで揃っておるが、そやつらは最初からそう呼んでおったからな」
阿呆ってひでぇな、と野次が飛ぶ。
ともすれば不敬にすら取られない呼び方だが、周囲は咎めるどころかどっと沸いた。それだけで、この軍団がどれほど強く繋がっているか解ろうというものである。
だが――それが解っても、難しいのだ。
あの頃の自分を思い返すのは、引き戻すのは。
「呼び名で補強される威厳、尊厳があるかと思いますが」
故にウェイバーは正論を吐く。
あの頃のやり取りが、心を戻してくれると信じて。
「ふむ。まぁ皆無とは言わんがな」
それを知ってか知らずか、イスカンダルもまた言葉を返す。
「イスカンダルもアレキサンダーも征服王も略奪王も全てが余を表す言葉。余を余として認識し、その上で出てくる呼び名であれば頓着せんよ。無論、侮蔑や無礼にはそれなりの返礼をするがな」
「……ああ」
果てしない器が懐かしい。本当に懐かしい。
確信する。解りきっていたことだが、改めて確認する。
イスカンダルは――ライダーは、あの時のままだ。
他を振り返らない暴君でありながら、破天荒な変人でありながら、誰もが絶対的な信頼を預ける覇者。
正論をデタラメな論破で踏み潰し。
常識をデタラメな思考で蹂躙する。
(本当に、本当に……この人は……こいつは……!)
それがとんでもなく嬉しくて。
とんでもなく誇らしくて。
滂沱と涙を零しながら、ウェイバーは心からの一言を吐いた。
「相変わらずだな……ライダー!」
昔のままの呼び方、声すらも昔のままで。
ようやくウェイバーは、己が主を呼んだのだ。
「フハハハハ、何を今更!余はイスカンダル。変えられるものでもないし、変えるつもりもない!」
忠臣の葛藤と変化に満足し、王は笑う。
誇らしげにウェイバーの肩を叩き、髪の毛を手のひらでかき乱した。
「……うん、そうだよな。お前はいつだって、そうだった」
少しだけ恥ずかしかったが、抵抗はしない。
ライダーの気安さが、行動がウェイバーの忠義を全力で褒めているようで心地よかったから。
「おうともさ。しかし坊主。再会も済ませたところで、一つ訊くが……どうだった?」
「え?」
「とぼけるでない。ここまで至ったということは、相当に暴れたんだろう?」
問いかける声は少しだけ上ずっていた。
それは部下の活躍が嬉しかったというよりも――自分の知らない冒険を楽しみにする、子供の声だ。
「正直、僕は大したことはしてない。華々しい冒険も胸躍るような探検もほとんど縁がなかった」
悲しいが、それが事実。
ウェイバー・ベルベットは魔術師としては死ぬまで半人前だった。
偉大なる征服王の軍勢を前に、語れるような武勇伝など一つもない。
「でも、生きた」
でも。
それでも、誇りを持って自慢できることがある。
「生き抜いた。最後の最後まで、僕は僕を貫いた!王の姿を語り継いだ!」
己を貫き通した。
王命を遵守した。
それがウェイバーの宝。
誰にでも誇れる手柄だった。
「悔いは?」
「ない!」
「――ぃよし!それでこそ余の朋友よ!」
バァン、と背中に懐かしい痛み。
それは最大級の賞賛だったが、いきなりの衝撃に思い切りウェイバーはのけぞった。その滑稽さに軍勢が沸く。もっと鍛えろよー、とか情けねぇぞーとか遠慮のない野次が飛んだ。
「フハハハハハ!少しは背も伸びたが、細っこいのは相変わらずだな!」
「お、お前がでか過ぎるんだよ!」
精一杯の反論もきっぱりと無視される。
イスカンダルは傍目から見ても上機嫌で杯を掲げた。
「皆の者!今日は喜ばしい日だ!余の至宝たる“王の軍勢”に、また一人、戦友が加わった!」
『応!』
「さぁ、飲め!食え!歌え!ウェイバー・ベルベットの冒険譚を肴に楽しもうではないか!」
「ちょ、ちょっと待て!なんだよそれ!?」
水を差すのも気が引けたが、それどころではない。よく解らない内に、なんか変な役目を押し付けられた気がする。
「ん?なんだもなにも、そういう慣例なのだ。楽しかろう?」
「僕は楽しくないよ!?っていうか、さっき大したことしてないって言っただろ!?」
「フハハハハ、気にするな。面白いかつまらないかは聞いて判断すればよかろう」
「話すのは前提なのかよ!?」
諦めろ、坊主ー。
俺らもやられたんだ、腹くくれ。
盛り上げてやるからよー。
新人に心温かい(?)激励を送る軍勢は――間違いなく楽しんでいる。あまりの無責任さに腹が立ったが、逆にそれで諦めがついた。仲間として認められているのなら、奮起しようという気にもなる。
「ああ、もう解ったよ!本当につまらないからな!」
とはいえ。
「構わんさ。さぁ存分に語れ、ウェイバー。貴様の生がいかなるものだったか、余は楽しみでしょうがないぞ?」
それ以上に、崇拝する王にそんなことを言われてしまえば。
生来生真面目なウェイバーは張り切らざるを、得なかったのだが。
……本名。ウェイバー・ベルベット。
通称。ロード・エルメロイⅡ世。
職業。魔術師兼、時計塔の教師。
――兼、偉大なる征服王イスカンダルの臣下。
彼について残っている記録は多くない。
だが、彼についての記憶は残っている。
人生のターニング・ポイントとなった“聖杯戦争”。
その戦いで彼が何を見、何を聞き、何を思ったか。
その人生の果てに、何処へ辿り着いたかの記憶は――残った。
主命の果てに再会した、唯一絶対の主に。
征服王を守護する、世界最強の大軍勢に。
ウェイバー本人が語った冒険譚として、残ったのだ。