ダイヤさんのいた夏   作:Kohya S.

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10. 防戦

 いったん外に出ないと発電機械棟には行けないようだった。桜井は通用口を目指した。

 

 途中の防火シャッターはすべて降りていた。桜井はスマートフォンのアプリで上昇を指示して、下が通れるくらい開いたらくぐり抜け、また閉じるという方法で進んでいった。

 

 いまいる建物は意外なほどに大きかった。百メートルは廊下を進んだだろうか。狭い階段で一階に降りると、ようやく通用口が目の前に現れた。

 扉の鍵は首から下げたICカードでは開かなかったが、ダイヤのアプリでは無事に開いた。

 

 通用口から出るとずっと響いていた低音がいきなり大きくなった。音は目の前にある別の建物――発電機械棟――から聞こえていた。

 冷たい風が吹きつけるなか、桜井は走り出した。

 

 建物の角を曲がると、ディスプレイに映っていた入口が見えた。大きく張り出した屋根の下に両開きの金属の扉があり、一体のロボットが周囲を動き回っている。

 

 もう一体のロボットはいままさに扉の前で、ふたりの黒服の男と力くらべをしていた。体の一部が浮いていて、もうすこししたら倒れそうだ。

 

 まずい、手を打たないと。

 

 桜井は十メートルほど走り屋根の柱のうしろに隠れた。スマートフォンを取り出してロボット制御アプリを開く。

 

 えっと……うわっ、チュートリアル? こんなときに。

 

 二頭身キャラのダイヤが画面にあらわれて機能を説明しはじめた。桜井は画面を連打する。それでもおかげで回転と移動、それにコショウ爆弾の発射方法はすぐにわかった。

 

 桜井は柱から頭だけ出してスマートフォンを操作した。ロボットの胸のディスプレイが点灯する。押されていたロボットがぐっと後退して、ふたりの男はたたらを踏んだ。

 

「おい、いきなり動き出したぞ」

「やつらのせいだな。むしろ好都合だぜ。おい、お前はそいつを押さえててくれ。俺は鍵を開ける」

 

 ひとりの男がロボットの下半身にぶつかってきた。桜井はロボットを前進させる。モーター音とタイヤが床でスリップする嫌な音が響いた。

 

「よし、その調子だ」

 

 もうひとりがポケットから鍵を取り出した。

 

 そうはさせないぞ。二体いるのを忘れてないか?

 

 桜井はロボットを切り替えると、加速して扉の前の男へと突っ込ませた。

 

「うわっ!」

 

 背中から体当たりを受けて男は弾き飛ばされる。

 

 しまった、やりすぎたかな。

 

 男はふらふらと立ち上がった。もうひとりの男はロボットから離れて立ち上がるのを助ける。

 

 あ、よかった。……っていえるのかな。

 

 倒れたほうの男がスマートフォンを取り出した。切れ切れに声が聞こえてきた。

 

「……だから、ふたりじゃ無理です! え、そっちも手が離せない? ロボットのバリケード?」

 

 どうやら中島のほうもがんばっているらしい。

 

「……それはわかりました。なんとか増員を! ……くそっ、俺たちだけでなんとかするしかないぞ」

 

 スマートフォンを戻しながら男が毒づいた。

 

 桜井は一体を扉の前に戻して、もう一体を威嚇(いかく)するように旋回させた。黒服たちは距離を置いて警戒するように身構えている。

 

 このままあきらめてくれればいいんだけど。

 

 しかし、そうは問屋が卸さないようだった。

 

 片方の男がもうひとりになにか声をかけると、向こうへと走っていった。建物の角を曲がって見えなくなる。

 

 誰か呼ばれたら厄介(やっかい)だな。

 ダイヤさんもまだ終わらないか……黒田さんに電話して聞こうか。いや、終わったら連絡があるはずだ。

 

 男はすぐに戻ってきた。なにか黒い、直径三十センチほどのドーナツ状の物体を手にしている。

 

 男がそれを相棒に手渡すと、ふたりはそれぞれ別の方向に歩き始めた。あいだには黒い紐のようなもの。

 

 あれは、電線かLANケーブルかなにかか。どうする気だ。

 

 ふたりは数メートルの間隔をあけて、扉から離れているほうのロボットに向かっていった。電線を低い位置、地面すれすれに持っている。車輪にからめようという作戦らしい。

 

 桜井はロボットを後退させた。男たちが足を速める。

 

 今度はロボットを、片側の男を回り込むように動かした。しかしロボットは最高速でも駆け足にはかなわないようだ。逆側の男が向きを変えて、ロボットを挟むような位置に走っていく。

 

 くそっ、これでどうだ。

 

 桜井はコショウ爆弾を連射した。ただ桜井の位置からはロボットまで距離があった。うまく照準をあわせられず、かろうじて一発が走る男に命中する。

 

「げへっ、ごほっ」

 

 男は盛大に咳きこんだが、倒れるところまではいかなかった。そのまま走り続けるとロボットの下部に電線が引っ掛かった。

 

 桜井はあわててロボットを後退させる。しかしそれは結果として電線を巻き込む結果になってしまったようだ。

 ガリッと嫌な音がしてロボットは電線をひっかけたまま後退した。

 

 強い力でいきなり引っ張られて、咳きこんでいた男が電線をはなす。

 

 するとロボットはもう片方の男が持ったままの電線に引っ張られて、男を中心にぐるりと円を描くように走り出した。その男もパニックになったのか、電線を握ったまま尻餅をつく。

 

 うわっ、とりあえず止めないと。

 

 しかしあわてた桜井の操作はとんでもないところを押してしまったらしい。再度コショウ爆弾が発射され、桜井めがけて飛んできた。急いで頭を引っ込める。

 

 ぼふっ。

 

 爆弾は屋根の柱に当たってスパイシーな煙を巻き上げた。

 

 桜井が頭を出した直後、ロボットはまるでハンマー投げの球のように、電線を引きずりながら建物に突っ込んでいった。

 盛大な破壊音がして、ロボットの体と建物の両方から大量の破片が飛び散る。

 

 幸いというべきか、あいにくというべきか、扉からはわずかに外れていた。そこに設置されていた照明のパネルが割れて、ばちばちと火花が飛び散った。

 

 倒れたロボットのディスプレイは真っ黒だった。

 

 まずいなあ。残り一体だ。それとも、俺が出ていくしかないのか?

 

 男たちはしばらく呆然としていたが、すぐに気を取り直すと腰を低くして身構えた。さらにひとりがポケットからハンカチを取り出してマスクにすると、もうひとりも真似をした。

 

 桜井は胃が痛くなる。しかしロボットを扉の前から離すわけにはいかなかった。

 

 黒服たち――すでにあちらこちら汚れで白くなっている――はうなずきあうと、雄叫(おたけ)びを上げながらロボットに突っ込んできた。

 

 桜井はコショウ爆弾を発射した。この距離なら外す心配はない。全弾が命中する。しかし男たちはくしゃみをしながらもそのまま突進してきた。

 ドカッという音がしてロボットの体が揺れる。多少は爆弾が効いていたのか、かろうじてロボットは踏みとどまった。

 

 桜井はフルパワーで前進を指示する。床をこする音がふたたび響いて、力くらべが始まった。

 

 なにか、なにか打つ手はないか。

 

 桜井はスマートフォンのアプリを開いた。

 

 ロボットに隠し機能は……ないな。照明で目潰(めつぶ)しをすれば……そこまで明るくないし、さっき壊されたぞ。ん、防火設備のスプリンクラー? これだ!

 

 桜井はボタンをタップした。扉のすぐ上の天井、ちょうど男たちとロボットが押しあいをしている真上から、水が流れ出した。はじめはちょろちょろと、すぐに勢いよく。

 男たちは一瞬戸惑(とまど)ったものの、悪あがきだと思ったのだろう、すぐに力を入れ直した。水でぬれた床を車輪がすべり始める。

 

 もうすこし、もうすこしで照明のところに、水がかかるんだけど。

 

 水がかかればそこから電気が流れて、男たちは感電するはずだ。

 桜井が祈るなか、ロボットがとうとう、ぐらりと傾いた。支えを失ったかのように倒れていく。男たちが勝利の歓声を上げる。

 

 ああ、だめか。

 

 水浸(みずびた)しのロボットはもう一台の体に乗り上げて向きを変え、ゆっくりと回転しながら、壊れた照明のなかに突っ込んでいった。

 

「うわっ!」

 

 予想外の動きに桜井は思わず驚きの声をあげる。

 

 バチバチッと火花が上がり、男たちの歓声が叫びに変わった。なにかが焦げるようなにおいが立ち込める。

 桜井はあわててスプリンクラーを止めて照明の電源を落とした。

 

 放水がやんでも男たちはピクリともしなかった。桜井はおそるおそる近づく。

 

 100ボルトなら大丈夫だと思うけど。もし死んでたりしたら……。

 

 それぞれの男をたしかめると幸いなことに気絶しているだけだった。

 

 結果オーライだな。

 

 ほっと胸をなでおろす。

 二台目のロボットもまだ生きていた。しかし桜井ひとりでは起こすことはできそうにない。

 

 ごめんな。でも、助かったよ。

 

 桜井は男たちを後ろ手にして電線を使って手首をしばった。どのくらい巻けばいいのか見当もつかないので、とりあえずぐるぐる巻きにしておく。さらに柱のかげの目立たないところまで引きずっていき、柱にもしばりつけた。

 

 途中、気がついて片方の男の内ポケットから鍵とスマートフォンを取り出した。鍵は手元にしまい、スマートフォンは遠くの植木のなかに放りこんだ。

 

 よし、ここはこれで大丈夫だろう。

 

 桜井はうなずくと計算機棟に向かって駆け出した。

 

        ・

 

 通用口を通り、ひとつずつ防火シャッターを開けながら桜井は操作室――「真陽(しんよう)」の隣の部屋――へ急いだ。

 シャッターを開くのを待つあいだに中島に連絡を入れる。

 

「どうだ、中島?」

『いまのところなんとか足止めしてる。ただ、もう二階まで来ちまった。シャッターはあと二枚だ。そっちはどうだ?』

「たぶん、とりあえず大丈夫だと思う。いま、そっちへ向かってる」

『お、助かるぜ』

 

 次の待ち時間で黒田にもかける。

 

『桜井さん。こちらから見ていました。発電機械棟は片付いたようですね』

「はい。黒田さんのほうは?」

『私のほうのプログラムは、いま終わりました。ただ、ダイヤさんは苦戦しているようだ。困ったことになりつつあります』

 

 シャッターが下を通れるくらいまで開いた。

 

「すぐに行きます」

 

 桜井は通話を切って廊下を走った。

 

 最後のシャッターをくぐる。前方から金属音と罵声(ばせい)が聞こえてきた。ここを出たときよりかなり近い。

 

 桜井はカードリーダーが反応するのももどかしく、操作室へ駆けこんだ。

 

「黒田さん、どうしましたか」

 

 黒田は壁面のディスプレイを難しい顔で眺めていた。

 

「ああ、桜井さん。想定よりも発電機の燃料消費が激しい。全ノードが稼働しているせいです」

 

 ダイヤは最後に見たときと同じく静かにたたずんでいる。しかし壁の数値はいぜんとして100%のままだ。

 

「そもそも全ノードが動くのは性能テストのときくらいだ」

「燃料はあとどのくらい?」

「せいぜい十分(じゅっぷん)でしょう」

 

 桜井はちらりと画面の時計を見た。十一時十五分。停電から十五分しかたっていない。

 

「それまでに終わらなかったら……」

「せっかく足止めしてもらったのが無駄になる」

 

 それでも……信じるしかないよな。

 

「とりあえず、中島を手伝ってきます」

「頼みます。私もできるだけのことをします」

 

 黒田は端末に向きなおった。

 

 部屋を出るまえに桜井は立ち止まり、ダイヤに声をかける。

 

「ダイヤさん。俺は信じてるから」

 

 ダイヤがかすかにうなずいたような気がした。

 

        ・

 

「すまない、遅くなった」

「おう、桜井。無事だったか」

「なんとかなね」

 

 二階の廊下の(はじ)、直角に曲がっているところで、中島は片膝(かたひざ)立ちで角の向こうをうかがっていた。隣にはひざくらいまでの高さの清掃用のロボットが二体、待機している。ずんぐりとした体には愛嬌(あいきょう)があった。

 

 桜井が中島の上からのぞくと、正面、階段へ続く部分のシャッターが閉まっているのが見えた。その前に同じ型のロボットがやはり二体、並んでいる。

 

 桜井が見ているあいだにシャッターはゆっくりと上がっていった。

 

「巻き上げは手動だから時間がかかる。ロボットが(はい)れるようになったら突っ込ませるぜ」

「警戒されてないかな?」

「一階は大型ロボットと一緒にバリケードとして使った。本体をぶつけるのは(はつ)だから、たぶん効果あるだろ。桜井は右側のコントロールを頼む」

「わかった」

 

 桜井は視線を確保するため、中島と同じように姿勢を低くした。

 

 そのときいっせいに廊下の照明が消えた。右側の窓から差し込む外の光だけになる。

 

「お、なんだ。発電機がやられたか」

 

 シャッターの向こうでも声が上がった。上昇が止まる。

 

「いや、黒田さんだと思う。ダイヤさんの計算量がすごくて、発電機の燃料が持たないみたい。すこしでも電力消費を減らすつもりじゃないかな」

「さすがダイヤさんだな」

「焼け石に水だと思うけどね」

「ま、多少マシだろ」

 

 すぐにシャッターはまた動き出した。

 待つあいだにロボットの操作を確認する。

 

 基本は警備ロボットと同じ、か。あとは清掃液の噴射と、ブラシ回転。

 

「おい、そろそろ行くぜ」

 

 シャッターの下のすき間から黒服たちもかがんでいるのが見えた。もうすこし開いたら突入してくるだろう。

 

「いまだ!」

 

 中島の合図で桜井は全速力の前進を指示した。

 

 二台のロボットが甲高いモーター音とともに加速する。シャッターの下のすき間からすべるように入りこみ、最前列の男にぶつかった。「ぎゃっ」と叫び声が上がり男が転倒する。

 

「うおっ、なんだこりゃ」

「お掃除ロボだ。気にしないで続けろ!」

 

 桜井はロボットを回転させて清掃液をあたり一面に噴射した。次々に上がる悲鳴。続けてブラシを回転させながらロボットを縦横無尽に動かす。

 

 よし、いい感じだぞ。

 

 驚いた何人かが足を滑らせたのか、階段を落ちていくのが見えた。

 

 しかしロボットの活躍もそこまでだった。立ち直った男たちは桜井のロボットを大勢で抑え込み動けないようにすると、持ち上げてひっくり返した。

 中島のロボットはタックルを受けて、それでも数人を道連れにしながら階段から転げ落ちた。

 

「異常が発生しました。係員を呼んでください。異常が発生しました。……」

 

 合成音声が響くなかふたたびシャッターが動き出した。

 

「これまでだな。次のシャッターまで下がるぞ」

「わかった」

 

 ふたりと二台のロボットは操作室のすぐ近くまで戻った。中島がアプリを操作すると、シャッターが下り始める。男たちの足音が迫ってきた。

 

「ヤバいヤバいヤバい」と中島。

 

 ふたりはシャッターの下端に手をかけて下ろそうとする。しかし電動のシャッターはそれ以上速くは下りないようだった。

 

 ガシッと音がして、誰かの手がシャッターにかかった。降下速度がにぶる。

 

「くそっ!」

 

 中島が蹴りつけた。叫び声とともに手が外れて、シャッターは一気に床まで下がった。

 

「危なかったぜ。でも、これで数分は稼げる」

 

 逆に言うとそれでも数分だけ、ということか。

 

「もう清掃ロボットも通用しないだろうしなあ、どうすっかな」

 

 中島の顔に焦りが浮かんだ。

 

 そのとき、背後からガキンと耳障りな音が響いた。

 

 操作室をへだてて反対側のシャッターが、ゆっくりと動き始めた。

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