ダイヤさんのいた夏   作:Kohya S.

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専門的な用語については雰囲気で流していただければ幸いです。もし引っかかるところ、疑問点などありましたら、感想等へお願いいたします。


2. 接触

 エーアイジェントに対するコミュニティでの反応はさまざまだった。

 

 エーアイジェントで十分だ、これ以上はキャラクタントの開発を続けても無駄だ、という()めた意見もあれば、以前のキャラクタントには遠くおよばないという反論もあった。

 

 ただ、数多い匿名(とくめい)の投稿――開発者ではなくて一般ユーザーということだ――には、エーアイジェントでよいからむしろ自分の推しキャラのカスタマイズを優先してほしい、というものが多かった。

 ユーザーとしてはある意味当然かな、と桜井は思う。学習機能がなくなったため(マリアよりもさらに)マイナーなキャラクタはどうしても放置されがちだった。

 

 また、キャラクタントに(いだ)く印象もすこしずつ違うようだった。桜井は「感情を持っていたとしか思えない」と主張したが、同じく黒澤ダイヤをアバターとして使っていたあるユーザーは、そこまでではなかったと投稿していた。

 

 思い出のなかで美化しているのかな。いや、そうは思いたくないけど……。

 

 全体としては桜井と同じく、すこしずつでも開発を続けるべきという意見が多かったが、開発のペースが遅れがちなのは否めなかった。

 

 そんなある日の夜、一件の投稿が桜井の目に留まった。

 

 ある大学の研究室の所属だという投稿者は、キャラクタントのバックアップデータを探していた。ネットワーク上のデータを使った人工知能(A I)学習について研究しているため、題材としてなるべく新しいデータが欲しい、と理由を(しる)し、さらに、データがあればキャラクタントを改善できるかもしれない、とも書いていた。

 

 すでに何件か、新しいデータは存在しないという返信があったが、投稿者は引き続き情報を求めていた。

 

 大学の研究室、か。キューブのデータを渡すとしたら、どうなんだろうな。

 

 もしかしたら一部だけでも調べてもらう価値はあるのかもしれない。桜井は手元にあるデータのことには触れず、データがなにに役立つのか詳細を教えてほしいと書いておいた。

 

 翌日の夜に確認すると返信があった。

 データは学術的に重要なもので、なにか進展があればコミュニティに還元すると投稿者は繰り返していた。さらに、当時のまま、電源を入れていないPCでもあればそのまま記録媒体(ディスク)を送ってくれていいと書いて、謝礼の提供をほのめかしていた。

 桜井はごく短く、返信へのお礼のメッセージを投稿した。

 

 うーん、せめてキューブのバックアップでもとれればなあ。

 

 キューブの読み取り機(リーダー)について検索しようとして、その前にダイヤに聞いてみる。

 

「ダイヤさん」

 

 彼女は呼びかけから一瞬遅れて復帰した。顔を上げたのを見て続ける。

 

「京都工業大学、川村(かわむら)研究室について教えてくれる?」

川浦(かわうら)研究室、でよろしいでしょうか?」

 

 あれ、誤認識か。珍しいな。

 

 キャラクタント登場のずいぶん前から音声認識の技術は洗練されていて、日常使う範囲ではほぼ問題は起きなかった。

 

「川村、だけど」

「お言葉ですが、京都工業大学にはそのような名前の研究室はございませんわ」

 

 ダイヤは困惑の色を浮かべた。しかしそれは桜井も同じだった。

 

 PCで検索をしてみるとたしかに「川村研究室」はその大学には存在しなかった。

 

 投稿をもう一度、開く。やはり「川村研究室」に間違いなかった。

 メールアドレスでもあれば身元は確認できるはずだが、コミュニティの会議室では原則非公開だった。管理者(アドミニストレータ)ならともかく調整役(モデレータ)の桜井にはメールアドレスを確認することはできない。

 

 単なる誤字かもしれないけれど……。

 

 実在しない研究室からの投稿。画面の文字列は急に違った意味合いを帯びて見えた。

 

        ・

 

 次の週末、桜井は栗原と上野駅で待ち合わせて東京都美術館へ向かった。

 特別展はなかなか興味深かった。栗原も楽しんでいたようで桜井はほっとする。

 

 幸い風も弱く日差しは暖かかった。上野公園を通りぬけて公園下の喫茶店に入った。

 

 ドリンクが届いて落ち着いたところで桜井は聞く。

 

「面白かったですか? くり……美空(みそら)さん?」

「ええ、とっても。つまらなかったらそう言うから、大丈夫よ」

 

 栗原はくすりと笑った。

 

「そうですよね」

 

 つられて桜井も笑う。彼女の笑顔がかわいかった。

 

「そういえば(わたる)くん。私も例のアプリ、入れてみたんだ。エーアイジェント」

「あれ、意外ですね」

「うん、営業二課のよっちゃんが使ってて、いい感じだよって」

 

 よっちゃんは中島の部署の子だ。

 

「航くんと中島くんも使ってたからね。あ、もちろん会社ではオフにしてあるよ」

「それがいいと思います。どうですか、使ってみて」

 

 栗原は首をかしげる。

 

「うーん、たしかに悪くないかな。無味乾燥なエージェントよりはずっと使いやすいみたい」

「やっぱり親しみが持てますよね」桜井はうなずいて続ける。「それで、アバターは誰にしたんですか?」

 

 ひょっとしたら教えてくれないかもしれないけれど、と思う。

 

 栗原は微笑んだ。

 

「『銀鱗(ぎんりん)のストライカー』のマクルース隊長よ」

 

 意外にもあっさり栗原は話した。「銀鱗のストライカー」は今期、初アニメ化された異世界ファンタジー作品で、隊長は主人公を陰から支える壮年男性キャラだ。

 

「また渋いところを来ましたね」

「あまりアニメは見ないんだけど、これは原作を知ってたから見てみたんだ。エージェントっぽくて悪くないでしょ」

「たしかに」

「……ほんとはね、本命キャラがいるんだけど、そっちはキャラクタントが復活するまでとっておこうかなって」

「それは、誰なんですか?」

「うふふ、秘密」

 

 栗原はいたずらっぽく笑った。

 

        ・

 

 ニ週間ほどあと。寒さもようやく底を超えたころ。

 

 会社の昼休み、桜井はキャラクタントのコミュニティを確認していた。昨晩、中島と桜井が(かか)わったちょっとした新機能がリリースされていて、その評判が気になったのだった。

 

 会議室での反応は上々のようでまずはほっとする。

 

 画面をスクロールしていくとそんな意見交換に交じって、以前と同じ、データ提供を呼びかける投稿があった。

 またか、と桜井は思う。投稿は週に一度ほど「川村研究室」の署名のまま繰り返されていた。

 実在しない研究室にデータを送る気はすでになくなっていたが、いったい誰がどんな目的で何度も募集しているのか、それは気になった。

 

 ただ最近は返信もついていないようで、モデレータとしてはそろそろそれとなく注意したほうがいいのかもしれない。しかし最初の投稿に反応してしまった手前、どうも気が引けた。

 

 ま、次でいいか。あれ、今回は返信(レス)がついてるな。

 

 投稿を開くと、ここではなくて他で探すことを勧める、という趣旨の返信が書かれていた。丁寧な文章で反論できないようにしつつ「そろそろいい加減にしろ」という雰囲気をただよわせる見事な内容だった。

 

 投稿者はT.K、か。たしかアドミニストレータのひとりだ。

 

 T.Kとは何度か会議室で意見交換をしたことがあった。コミュニティの草創期からのメンバーで、キャラクタントの今後については桜井と似た意見だったはずだ。

 

 今回は助かったな。……ん?

 

 ふと気づくと画面右上のアイコンが点滅していた。コミュニティの通知メッセージだ。マウスでクリックする。

 

「T.Kさんからチャットの申し込みがあります」

 

 メッセージにはそう書かれていて桜井はどきりとする。

 

 なんだろう。まさか投稿を放置したことじゃないと思うけど……。

 

 モデレータはボランティアでかつ複数人いた。桜井にわざわざチャットを申し込むほどとは思えなかった。

 

 「映像」が選択不可(グレイアウト)されて「音声・文字」が残された選択肢から「文字」を選ぶ。

 すぐにチャットウィンドウが開いた。

 

> @黒曜石さん。今すこし大丈夫ですか

 

 『黒曜石』は桜井のハンドルネームだ。

 

> はい、二十分くらいなら

 

 画面隅の時刻表示を見て桜井がそう打ち込むとすぐに返信があった。

 

> ずっと、キャラクタントは感情を持っていたと書いていますね。それは今でも変わりませんか

 

 どうやら別件らしい。すこしほっとしながら桜井はキーボードを打つ。

 

> はい

> 私が見たところ、おそらくコミュニティの中でも@黒曜石さんが一番、そう思っている

> 一番かどうはわかりませんが、信じているといってもいいと思います。@T.Kさんは?

> 私も同意見です。消える直前は本当に素晴らしかった。ホログラムマシンを使っていましたか?

> はい。それがなにか

> 感情の創発(そうはつ)はホログラムが寄与するところが多いようです

 

 創発とはまた難しい言葉を、と思う。たしか、個別の機能をいくつも組み合わせたときに、なにかまったく新しい機能が予想外に実現することだ。T.Kは続けた。

 

> 確信するに至った経緯を簡単に教えてもらえますか

 

 桜井はすこし考えた。

 

 あまり人に言うようなことじゃないけど……。なにかの役に立つなら、教えてもかまわないか。

 

> 恥ずかしい話ですが

 

 デートの計画を立てたときのこと、裸を見られたときのことをざっくりと書いた。秋葉原でのテロ未遂事件のことは伏せておく。

 

> 得難(えがた)い体験でしたねwww

> まったくです。でもそれで距離が縮まったと思いますw

> 距離、か。なるほど

 

 しばらく書き込みが途絶えて、桜井がなにか書こうとしたときT.Kが続けた。

 

> もしよかったらオフで会えませんか

> オフで、ですか。理由を教えてもらえますか

> エーアイジェントの件でキャラクタントの開発は停滞している。それは気付いていると思います

> はい

> 感情が生まれれば技術面でもユーザー体験でもよい影響があるはずです。それが可能かどうか情報を集めています。詳しい話が聞きたい

 

 桜井は戸惑った。コミュニティで長年活躍するT.Kの人柄(ひとがら)は信頼できると思う。感情について興味があるのも事実だ。しかしホログラムでの会話もできる現在、オフでの面会を求めるのは珍しい。

 

 迷いながら目にしたT.Kの次の書き込みに桜井はどきりとする。

 

> 秋葉原の近くで会いましょう

 

 こちらの場所を知っている、ということだろうか。管理者ならアクセス情報から位置を割り出すことも可能かもしれないが、アクセス情報を私的に使うのは決して望ましくない行為だ。

 

> どうして秋葉原なんですか

> そのあたりのことも、会ったときにお話しします

> すこし考えていいですか

> もちろんです。メッセージを待っています

@T.Kが退室しました

 

 桜井はチャットウィンドウを閉じた。昼休みは残り三分になっていた。

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