ダイヤさんのいた夏   作:Kohya S.

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6. 導入

 翌日、土曜日。桜井はいつになく早起きをした。いつも使っている肩掛けの鞄に加えて、キューブのパッケージをおさめたアルミのアタッシュケース(安物だがわざわざ買ったものだ)を手に徒歩で秋葉原駅へ向かった。

 

 東の空は赤く染まりはじめていたが西の空にはまだ星が輝いていた。風は弱かったがとても寒い。

 

 ほぼ時間通りに待ち合わせ場所につくとすぐに中島もやってきた。

 

「おはよう」

「おう。それが例のブツか」

「うん。そのセリフ、まるでなにかの売人(ばいにん)みたいだね」

「まあ、荷物の怪しさから言えば大差ないかもしれないぜ。スマホの電源、切ったか?」

「もちろん」

 

 地下にある駅から電車に乗る。土曜日の早朝、郊外へ向かう電車は()いていた。

 車内で昨日の昼に気づいたこと――謎の差出人からのメッセージ――を話す。

 

「ふーん、たしかにうさんくさいな」

 

 中島は腕組みをしてうなずいた。

 

「だよね。きっと関係者だと思う」

「でもよ、とりあえず俺たちには影響ないだろ。まさか止めにくるわけないし」

「まあ、そうなんだけど」

「キャラクタントがよみがえったら、富士立(ふじたち)もくやしがるだろうけどさ」

 

 中島は笑った。

 

 電車はいつのまにか地上に出ていた。車窓の建物はだんだんと低くなっていき、朝日が昇るころには畑や田んぼが目立っていた。

 

 目的の駅のホームに降りると、秋葉原よりも一段と寒い空気がふたりを包んだ。

 

 改札を通り指定された西口へ向かう。

 殺風景なロータリーには客待ちのタクシーが一台、止まっていた。コンビニが一軒あって、さらにいくつかの建物が並んでいたが(ひら)いている店はない。

 周囲は道路ばかりが広くて空地が目立った。新しくできた工業地帯、といった(おもむき)だった。

 

 黒田さんも電車かな。でも、同じ電車じゃないみたいだし。

 

 この駅で降りた乗客はごくわずかだった。その乗客たちも足早にそれぞれの目的地に向かって行った。

 

「寒いな、しかし」

 

 誰もいなくなった駅前で、コートのポケットに手を突っ込んだ中島がつぶやいた。

 

 そのときロータリーに一台の乗用車が静かに入ってきた。国産の白い高級車だ。半周して乗降場(じょうこうじょう)に止まる。

 桜井が早足で近づくと運転席に黒田がいるのが見えた。彼はかるく手をあげる。

 

 桜井は振り返って中島に合図してから、うしろのドアを開いて後部座席に乗り込んだ。すぐに中島もあとに続く。

 中島がドアを閉じると車は音もなく走り出した。

 

「おはようございます」と桜井。

「ども」中島は飾らない口調で言った。

「おはようございます。こっちは寒いでしょう」

「そうですね。東京から一時間もかからないのに、ずいぶん違うんですね」桜井は外を見ながら答える。

「山が近いですから」

 

 車窓からは手前の低い山並みがくっきりと、さらにその向こうに峰々が白くかすんで見えた。

 

「今日はありがとうございます」

「いえ、私も興味がありましたから。むしろお願いしたのはこちら側です。それにキャンペーンも。効果はありそうですね」

 

 もしダイヤさんが復活しなかったら、無駄になるんだけど。

 

 桜井はバックミラー越しにちらりと黒田の視線を感じた。

 

「それが例のものですね」

「はい」

「そこに運命が詰まっているというわけか」

 

 黒田はそう言ってかすかに唇の端をゆがめた。

 

「……黒田さんは私が(うそ)をついているとか、思わないんですか?」

「嘘、ですか。もし嘘だとしたら、桜井さんはペテン師の素質がある」

 

 中島がにやりとするのがわかった。

 

「実にそれらしいお話でしたよ。ただ、桜井さんには嘘をつく理由はありませんからね」

 

 たしかにその通りだ。

 

「それに……」

 

 黒田は言葉を切った。ふっと表情をゆるめて続ける。

 

「もし嘘かもしれなくても、たとえ1パーセントでも可能性があれば、それに()けてみたいのです」

 

 桜井にもその気持ちはわかった。

 

 ダイヤさんの面影が脳裏に浮かぶ。あの夏、隣にいた、スクールアイドルの少女。

 

「……ここまでは、なにもありませんでしたか?」と黒田が続ける。

「はい、特に」

 

 隣で中島もうなずいた。

 

 でも、なにかってなんだろう。黒服の男に尾行されるとか?

 

「昨日のメッセージの件ですが、アクセス元を解析しました。詳しいことはまたあとで話しますが、京都工業大学とはまったく関係ない、政府系の研究機関と思われます」

「政府系? 富士立じゃなくてか?」と中島。

「はい。身元を(いつわ)っているのはきわめて怪しいですね」

「政府なら、電源が切ってあってもヤバいんじゃないか? 俺たちがキューブを持ってるってばれたら……」

「可能性はあります。いまのところ私たちの行動は目を引いていないはずですが……念には念を入れましょうか」

 

 キャラクタントを別の目的に使用する、という研究かな。黒服の男も現実味を帯びてきたぞ。

 

 次の信号待ちで黒田は助手席にあった鞄から例の袋を取り出し、自分のスマートフォンを入れると中島に渡した。ふたりも自分のスマートフォンを入れた。

 

「『真陽(しんよう)』までは十分(じゅっぷん)ほどです」

 

 黒田の言葉にふたりはうなずいた。

 

 車は片側三車線の広い道路を法定速度で走り続けた。

 

        ・

 

 工場や資材置き場、広い空き地などが交互にあらわれるなか、やがてモダンな建物が見えてきた。複雑なシルエットを持つそれは、工業地帯には場違いな印象だった。

 

「お、あれかな?」

 

 中島が窓に顔を近づける。

 

「ええ、あそこです」

 

 車は減速すると、施設の正面入り口へと左折した。入ってすぐのところに案内板があり、「最先端・人工知能研究機構」と書いてあるのが読めた。

 黒田は迷いなく車を進め、駐車場へ止めた。

 

 よし、持ってるな。

 

 車を降りた桜井はアタッシュケースを持っていることを確認する。忘れるわけがなかったが、どうしても気になった。

 

 施設は何棟かの建物からなっていた。一番高いものは六階建てくらいあるだろうか。ガラス張りで最新のオフィスビルのような雰囲気だった。それにコンクリート打ちっぱなしのやや低めだが大きな建物が付属していた。奥にはさらに数棟あるようだ。

 

 黒田は先に立って歩いていく。高い建物は素通りして低いほうへ。

 

 建物のエントランス手前の壁には「計算機棟」とゴシック体で書かれていた。

 自動ドアを通るとホールだった。外見にふさわしく白を基調とした殺風景な内装で、思ったよりも狭い。

 

 うーん、まるで病院みたいだ。

 

 きょろきょろする桜井と中島をそのままに黒田は右手のカウンターへと進んだ。そこには制服姿の警備員がいた。ここに来てから初めて目にする人間だ。

 

 しばらくなにか書いていたかと思うと、黒田はオレンジ色のストラップのついたカードを三枚手にして戻ってきた。セキュリティ用のICカードだろう。

 

「これをどうぞ。なくすと出られませんからね」

 

 ふたりに渡すと黒田は自分も首からかけた。

 

花村(はなむら)金融工学研究センター……これは?」桜井は聞く。

 

 黒田は唇に人差し指を当てるとまた歩き出した。

 

 奥の観音開きの扉の横に、カード読み取り機(リーダー)が付いていた。黒田がカードをリーダーにあてると、電子音とともに緑色のLEDがともりカチャリと鍵が開いた。ふたりも同様にして扉を通る。

 

「すみません、先に話しておくべきでしたね。この会社に予約をゆずってもらったんです。社長が知りあいでね」

 

 歩きながら黒田は話した。

 

「我々はそこの社員で、今日は金融取引の新しいモデルを実験する、ということになっています」

 

 さすが、元経営者となるといろいろ人脈が広いらしいな。ここにも来たこと、あるみたいだし。

 

 エレベータで上層階へ。白い廊下を歩いていく。天井は高いが幅はそれほどでもない。せいぜい2メートルほどだろうか。

 空調は効いていたがどことなく寒い感じがした。

 

「ここです」

 

 黒田が立ち止まる。ドアには「主計算機操作室」とあった。

 再度リーダーにカードをかざして三人はなかに入った。

 

 まず目に飛び込んできたのは正面の大きなガラス窓だった。そこからは外の景色ではなく、隣の大きな空間が見えていた。

 

 桜井と中島は窓に歩み寄る。

 

 空間の広さは学校の体育館くらいあるだろうか。白い照明に照らされてずらりとオレンジ色の筐体が並んでいた。ひとつひとつは桜井の身長よりも高く、自動販売機くらいの大きさだ。

 それがまさに見渡すかぎりという感じで、左右、前後に規則正しく整列するようすは圧巻だった。

 

「これが『真陽』か」と中島。

「ええ」背後から黒田が答えた。「単なる演算能力ではTOP(とっぷ) 500の上位にはおよびませんが、ニューラルプロセッサ搭載で人工知能分野では世界でも屈指の性能だ。今回の目的にはもってこいです」

 

 そんなものが必要なのか。おおごとになったな。

 

 いまさらながら桜井はぞくりとした。

 

 気づいてみると室内は意外に狭かった。学校を例に出すならちょうど教室の半分くらいだろうか。

 横長で正面には窓。窓の上には大型ディスプレイがいくつも並んでいる。右の壁面はスクリーンのようだ。

 部屋の左にはいろいろな機械が層状に重ねられた、やはり自販機ほどの棚があり、さらに()いた壁面には「居敬(きょけい)窮理(きゅうり)」と毛筆で書かれた額が飾られていた。

 桜井はあとで意味を調べよう、と思う。

 

 室内には簡素な机と椅子が六組ほど並び、それぞれごく普通に見えるディスプレイとキーボード、マウスがそなえられていた。

 

 窓を除けば会議室でも通りそうで、唯一、異なるのは部屋の隅にある棚だけだった。

 

「意外にシンプルですね」

 

 桜井は素直な感想をもらす。

 

「わざわざここまで来る人は、ほぼいませんからね。スパコンと言ってもネットにつながってますから」

 

 いわれてみれば当たり前か。でも、今回はどうして……そうか。

 

 手元のアタッシュケースに目を落とす。

 

「ええ、そのためです」桜井の視線を見て黒田は言う。「ネット経由で上げるにはデータ量が多すぎる。百ギガの回線でも二週間はかかるでしょう」

 

 そのあいだになにか起きるかもしれない、そう考えたのだろう。

 

 いや、単純に時間がかかりすぎるだけか。

 

「さっそく始めましょうか」

 

 桜井はうなずいた。

 

 黒田は一台のキーボードに向かった。立ったままでいくつか操作すると、窓の上のディスプレイの電源LEDが左から順に点灯していった。いまは何も映っていないが、どうやら「真陽」の動作状況が表示されるらしい。

 

 桜井は机のひとつにアタッシュケースを乗せて、ふたを開けた。

 

 なかには半透明のプラスチックパッケージが入っていた。パッケージは格子状に仕切られて、格子のひとつずつに二センチ角ほどの透明な立方体が収められている。

 照明の光を受けてきらきらと輝くそれはまるで高級なゼリー菓子のように見えた。

 

 中島と、戻ってきた黒田もそれを見つめる。

 

「思った通りだ。第四世代型オプティカルキューブ。ひとつあたり二百テラバイトです。ここにはリーダーが八台ありますから……一時間もあれば読み出せるでしょう」

「一時間もかかるのかよ」と中島。

「八台もあるのはここくらいですよ。……どうぞ、開けてください」

 

 黒田は微笑みながら桜井をうながした。

 

 このなかにダイヤさんがいるんだ。

 

 桜井は慎重にパッケージの爪を外して開けた。格子には「No. 1」から「No. 50」まで番号が振られていた。

 

「ふむ、丁寧な仕事ですね。一番からリーダーにかけましょう。素手でさわっても大丈夫です」

 

 黒田は壁際の棚へ近づいた。桜井はパッケージを持って続く。

 

 機械のうちのいくつかには、ちょうどキューブが入るくらいの穴が開いていた。黒田が「No. 1」のキューブをひとつめの機械に置くと、それは音もなく吸い込まれた。LEDが点滅を始める。

 黒田にうながされて桜井は次のキューブを取った。中島も同様にする。

 

 三人で八台のリーダーにセットして五分ほど待つと、最初のリーダーから電子音がしてキューブが排出された。

 

「データの中身を確認しますので、交換はお願いします」

 

 黒田は椅子に座りふたたびキーボードを打ち始めた。

 

 困ったことにひとつあたりの読み込み時間はまちまちだった。

 

「これ、順番は適当でいいのか?」と中島が聞く。

「ええ、大丈夫です。()いたところに入れてください」

 

 黒田がディスプレイから視線を離さずに答えた。

 

 音が鳴るたびにキューブを交換していく。

 半分ほど終わったところで黒田が声をかけた。

 

「桜井さん、ちょっといいですか」

「なにか問題でも?」

「いえ、データの読み出しは順調です。一番のキューブに、こんなファイルが。あなたへのメッセージのようです」

 

 黒田はそう言って席をゆずり中島を手伝いに行く。

 

 どういうことだろう。

 

 見慣れない外見のウィンドウに、やはり見慣れない形のアイコンと英数字のファイル名が並ぶ。そのなかに「桜井(わたる)さま.txt」という文書アイコンがあった。桜井はマウスでそれを開いた。

 

 

桜井航さま

 

 これをお読みになっているということは、私達はきっともうこの世界にはいないのでしょう。

 でも、私は悲観しておりません。それは同時に、貴方に託したことが正しかったという証明なのですから。もう少しの御協力を伏してお願い致します。

黒澤ダイヤ

P.S 復旧方法についてはファイル、how_to_restore_charactants.htmlをご覧くださいませ。

 

 

 ダイヤさん……信じてくれてたんだ。

 

 桜井はぽっと胸が暖かくなった。

 

 しかし余韻(よいん)にひたっている時間はなかった。ファイルを閉じると黒田を呼ぶ。

 

「なにか書いてありましたか?」

「私への激励のメッセージでした。それと復旧方法は、あるファイルを見てほしい、と」

 

 桜井はファイル名を告げた。

 

 黒田はふたたび椅子に座った。ファイルを探し出して開く。

 

「……ふむ、丁寧な仕事ですね」

 

 黒田は高速にスクロールしていった。桜井がわきからのぞいても、専門用語が多くて中身は半分もわからなかった。

 

「データはキャラクタントの標準形式を一部拡張したもののようです。さすがにスパコンは想定していませんが、簡単なプログラムを書けば変換できそうだ。手あたり次第試すよりだいぶ楽になりますよ」

「ありがとうございます」

「お礼は、これを送った誰かに言ってください」

 

 黒田は桜井に微笑んでから向き直り、高速にキーボードを打ち始めた。

 

 ピーッと電子音が響いて桜井はあわてて棚に駆け寄った。

 

        ・

 

 それから三十分ほどですべてのキューブが読み込まれた。

 桜井はすべてそろっていることを確認してパッケージのふたを閉め、アタッシュケースに戻した。

 

「ふう、結構忙しかったな。……おい、あれ見ろよ」

 

 中島がディスプレイを指差す。

 左端のディスプレイにグリーンの矩形(くけい)があらわれ、「25%」という数値が表示されていた。棒グラフらしい。よく見ると「光仮想記憶(オプティカル・ストレージ)容量」というラベルが付いていた。

 

「読み込んだデータ、ってことだね」

「それでも25%か。多いんだかすくないんだか」

 

 ふたりが机に戻ると黒田は顔を上げた。

 

「いまから変換プログラムを流します。おそらく十分もあれば終わるでしょう」

「よろしく頼むぜ」と中島。

「はい」

 

 黒田はキーボードを(たた)いた。

 

 どこか遠くでガコンと重々しい音がした。静かだった室内に、冷蔵庫に似ているがそれよりも低い音が響く。

 

「冷却装置です」

 

 黒田がつぶやいた。

 左から三番目のディスプレイに「10%」の文字が出た。「演算装置(ノード)稼働率」とあった。

 

「そのあいだに『真陽』で動作可能か、プログラムの形式を確認しましょう。中島さん、手伝ってもらえますか」

「俺はスパコンとか、わからないぜ」

 

 中島は首を振る。

 

「さきほどのファイルによると、このディレクトリに実行形式ファイルがあるらしい。このツールでヘッダの書式を確認してもらえますか」

「ああ、バイナリ互換性を調べればいいのか。わかった」

「いま二台目でログインします」

 

 黒田はいったん立ち上がると二つ目のキーボードを操作した。すぐに中島にゆずり、元の場所に戻る。

 

「しかし、どれもサイズが大きいな。数も多いし」

 

 マウスを動かしながら中島があきれたようにいった。

 

「このどこかに自律学習を可能にしたプログラムが……感情を生み出したプログラムがあるわけです。いまは調べている時間はないが」

 

 黒田は真剣な表情でディスプレイに向かっていたが、言葉の端々(はしばし)から興奮しているのが伝わってきた。

 

 桜井はキーボードを操作するふたりを眺めた。

 ダイヤさんが信じてくれたのは嬉しい。しかし――黒田と中島に頼りきりで、なにもできないのがもどかしかった。

 

 キューブの交換なんて、それこそロボットでもできるしな。

 

「なにか飲み物でも買ってきます。ホットのコーヒーでいいですか?」

 

 思いついて口に出す。たしか自販機がホールにあったはずだ。

 

「おう」と中島。

「お願いします」黒田も答えた。いったん作業をやめてポケットからなにか取り出す。「これをどうぞ」

 

 桜井が受け取るとそれは五百円玉だった。

 

「現金、お持ちじゃないでしょう」

 

 そういえばそうだ。特に自販機みたいな少額の買い物は、最近はほとんど電子マネーだ。

 

「すみません」

「いえいえ。それに、電子マネーで足がついても困る」

 

 足がつく……そうか、電子マネーにはIDが振られている。発行元なら、どこで誰がいくら使ったかわかるはずだ。

 

「……俺、今日、電子マネーで電車に乗りました」

 

 背筋がすっと寒くなる。

 

「そういや、俺もだ。もしかして、ヤバいすか」

 

 中島もがばっと体を起こした。

 黒田はすこし考えて話す。

 

「エーアイジェントもアンインストール済みですし、おふたりがマークされていなければ大丈夫でしょう。事前にフラグでも立てておかなければ、単に秋葉原からあの駅まで来た乗客がいた、というだけですよ」

 

 桜井は胸をなでおろした。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

 桜井は部屋を出た。

 ホールでは例の警備員が退屈そうに巡回していて、桜井と目があうとかるく頭を下げた。桜井も会釈を返す。

 ホールの隅にあった自販機でコーヒーを三本、買った。

 

 エレベータで二階に戻り廊下を歩いていく。

 ふと外を見ると、敷地の外側の道路を黒い国産乗用車が二台、通過していくのが見えた。

 

 まさか、ね。

 

 桜井は首を振って部屋へ急いだ。

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