なんだか初めて入った気がします。まさかこんなに伸びるとは……
多分原因は文月ちゃん。文月ちゃんは可愛いですからね。
「ええと……何も無い島だけど、まあ座ってください」
辺りがすっかり暗くなった頃、二人の少女はハクが休憩していた島へと上陸していた。さすがに泣き止んでくれたが、移動から上陸までずっと文月はハクのセーラー服を掴んだままであった。というかさっきから密着して離れてくれない。文月を抱き抱えるような格好のままだ。一体どうしたものかと考えるが何も浮かんでこない。
「今さら言うのもなんですけど、私のこと、怖くないんですか?ほら、こんな見た目ですし」
文月が小さく首を振る。自分は深海棲艦の姫級っぽい見た目だというのに、彼女はまるで気にしているように見えない。それどころか初対面にしてはかなり気を許してくれている感じがする。
「そうですか……ありがとうございます……せっかくなので一応自己紹介といきましょうか。私はハク、今は出していませんが艤装である浮遊要塞のシロも一緒に旅をしています。私はとくに艦娘と敵対する意思はないので安心してください」
レディーは……説明が面倒なのでパス。シロは出すと余計な混乱を招きかねないので出さない。
「……文月です」
消え入りそうな声で返事が返ってくる。ハクの記憶にある少女とのあまりの違いに、どうにも調子が狂う。
「文月はどうしてここに?あ……べ、別に話したくなければいいです。でも、もしよろしければ話してくれませんか?私は文月の力になってあげたいです」
「ハ、ハクさん……」
「さんなんて要りませんよ、呼び捨てで構いません。文月の素の口調で話してくれると嬉しいです」
「で、でも……」
「……」
じゃないと口をききませんよと目で伝える。
「ハ……ハ、ハクちゃん……?」
「はい、何ですか文月?」
泣きすぎで腫れて真っ赤になった文月の目と自分の目を合わせて微笑む。すると何故か顔まで真っ赤にしてそっぽを向かれてしまった。何か気にさわったのだろうか?
「あ、あんまり見ないで……」
「?」
よく分からないが、とくに嫌がっているようには見えないのでハクは気にしないことにした。
「……助けてくれてありがとう」
お互いの吐息がかかるような距離から、ちらりと上目遣いで告げられた言葉。なんだこの可愛い生き物は。駄目だ、ロリコンになる。自分もロリであることを忘れてそんなことを考えるハク。
(きょ、強烈です……)
『……否定はしないけど落ち着きなさい』
レディーにそう言われ、ハッとする。それから少しして、ゆっくりと文月が自身のことを話し始めた。
艦娘にドロップ艦と元人間だった艦の二種類があることを初めて知って驚いたハクだったが、話しを聞いていく内にそんなことはどうでもよくなっていった。話しの途中で度々泣き出す少女をあやしながら、ハクはあまりにも救われない少女の人生に心を痛める。誰か一人でも、少女に寄り添ってくれる人がいたならば……そう考えるが、もしそうならばそもそも少女はここにいないだろう。少女を傷付けた者たちに対する怒りはもちろんある。けれども今は、それ以上にこの少女を助けてあげたいという思いが大きくなっていく。
「あたしはね、『必要ない』子なの……」
だからそんな風に話す彼女を見るのが、悲しくて、辛くて、嫌だった。
「ねえ文月」
「ハクちゃん……?」
両手をそっと彼女の肩に置き、少しだけ距離をとって向かい合う。きょとんとこちらの顔を見る彼女。一々仕草が可愛くてハクは頬を緩める。
「私と友達になってくれませんか?」
「……え?」
そんなことを言われるとは思いもしなかったのだろう、目を見開く彼女に続けて言う。
「友達です。私は文月と友達になりたいです」
「友達……でもあたしみたいな子は、ハクちゃんの友達には」
ふさわしくない、そう言おうとしたのであろう文月の言葉を遮る。
「落ちこぼれでもいいじゃないですか、役立たずでもいいじゃないですか。私にとってそんなことはどうでもいいんです。文月は『必要ない』子なんかじゃありません。少なくとも私にとっては」
「ハ、ハクちゃ───」
「だってこんなに可愛いんですよ?一日中ずっと抱き締めていたいくらいです」
「えっ、か、かわ……ふあ!?」
「いく宛もなさそうですし、いっそウチの子になっちゃいますか?旅の身なので家なんてありませんけど。あ、でもそうなるともはや友達というより家族ですね。私、妹が欲しかったんです」
「わぷっ!?」
ハクはあたふた慌てるする文月を正面から抱き締めた。そうして未だに戸惑っているであろう彼女の耳もとに口を寄せて囁く。
「……私は本気ですよ」
びくんと彼女の体が震える。彼女はゆっくりとハクの腕を解くと聞いた。
「……本当にあたしでいいの?」
「文月じゃなきゃいやです。……文月以上の逸材なんてそうそう見つかりませんから」
不安そうに揺れる瞳に対し、ハクははっきりと笑顔を浮かべて言う。
「これからよろしくね、文月」
「……うん!」
どこかぎこちなかったが、文月はたしかな笑顔をみせてくれた。
※ ※ ※ ※
パチパチと燃える小さな焚き火を二人と一匹の影が囲んでいた。
「晩ごはんの時間です」
「う、うん」
「……シロが気になりますか?大丈夫ですよ、いい子ですから」
缶詰めを取り出すため、倉庫代わりに呼び出したシロを、文月が恐る恐るといった感じで見ている。
「うわお……すっげえ可愛い娘ですねご主人!」
「ふわぁ!?しゃ、しゃべっ!?」
「当たり前です。文月は天使なのです。異論は認めません。世に文月のあらんことを……」
満足そうにハクが頷く。
「そうっすね。世に文月のあらんことを……」
「も、もうやめてよぉ。あたしは天使なんかじゃ……」
「天使ですよ、ねえシロ?」
「きっと、天使という言葉はご主人とこの娘のためにあるんですね」
「へっ?あ、あれ?私もですか?」
「あ、あう……」
「と、とりあえず缶詰めです!」
こほん、と一つ咳払いし、ハクはシロに適当な缶詰めを取り出してもらう。
「好きなのをどうぞ。牛缶は数が少ないですけど美味しいですよ」
「!?……く、口から缶詰めが」
「やっぱり驚きますか。まあそういうものだと思ってください」
四次元ポケット的な特徴持ちのシロが缶詰めを出す光景はやはりというか、すごく驚かれた。彼の中には他にも色々な物が入っており、容量の上限は未だによく分からない。よくよく考えるとものすごく便利なチート性能である。
文月が落ち着いた頃を見計らって、それぞれ好きな缶詰めを選び、封を切る。
「この時代の缶詰めってなかなかすごいですよね。パスタやハンバーグみたいな料理まで缶詰めであるんですから。今日の昼に食べた麻婆豆腐の缶詰めも美味しかったです。あ、シロ、割り箸をお願いします」
「了解っす」
『ホント便利よねこの子……』
「ん、では……いただきます」
「い、いただきます」
渡された割り箸で自身のハンバーグの缶詰めをつまみながら、文月はふと考える。
(こうやって誰かと一緒にご飯を食べたのはいつぶりだろう)
同じ場所で、というならばこれまでにもあった。けれども所詮は他人だったし、友達と呼べる存在はこれまでいなかった。家ではいつも一人だったし、艦娘になってからもどこか周りからは避けられていたから、こういう機会はまるでなかった。
「……」
ハンバーグを口に入れると、オニオンソースと肉汁の味が口いっぱいに広がる。美味しい。でも、この美味しさは多分、大好きなハンバーグを食べているからというだけじゃなくて───
「美味しい?」
「うん」
知らなかった。誰かと食べるご飯がこんなに美味しいものだったなんて。
気がつくとハンバーグを食べ終えていた。ハクの方を見ると、彼女は次の缶詰めの封を切っていた。
(次はパスタにしようかな……)
食べたい缶詰めを手にとり、封を切ろうとする。
───事件が起こったのはその時だった。
「痛っ」
指先に走る小さな痛み。どうやら缶詰めを開ける際に切ってしまったらしい。
「文月、どうしましたか!?」
「だ、大丈夫。指を切っただけ」
「と、とりあえず見せてください!」
「え?うん」
言われるまま出血している指をハクに見せる。
「ほっ、そこまで深い傷ではないですね」
「うん、だから全然大丈──」
「あむ」
その瞬間、文月の脳はフリーズした。
「───」
ごくごく自然な動作で、パクリと、ハクが文月の指を咥えた。きっとハクにとってはただの善意から、無意識の内についやってしまった行動。しかし文月にとっては完全に予想外の何ものでもなかった。
「ん…あ…」
自分を友達と───あまつさえ家族とまで言ってくれた少女。自身の憧れ、尊敬する彼女が、一生懸命に自身の指を舐めている、そんな状況。
ぞくぞくっと、正体不明の謎の震えが文月の背を走った。なんだかある種の背徳感のような、それでいて大きな快感を彼女は感じ───
「だ、だめっ!」
「んう!?……あ、ご、ごめんなさい!つい!」
「ううん!べ、別に気にしてないよ!……嫌じゃなかったし……むしろその……」
「文月?」
「あ、あたし何考えて……と、とにかく、何でもないの!」
慌てたように首を振りつつ誤魔化す文月。
「……?」
ハクは不思議そうにしながらも、結局文月の変化に気付くことはなく、一方で文月はしばらくの間、激しい自己嫌悪に陥ることとなったのであった。
なんだかイケナイものに目覚めかけた文月ちゃん。そして悶々となかなか眠れぬ夜を過ごすのであった……。
文月ちゃんは多分Sだと思うんです。
あとイベントでのセリフなどを聞いている限り、意外と独占欲も強そう。なんなのこの可愛さの塊みたいな娘は……
ハクはすでにノックアウトされているようです。