聖杯戦争というものがある。
いかなる願いをも叶える聖杯を手にするべく、七人の英雄が呼び出したマスターと共に戦う一種の儀式だ。
その聖杯戦争の舞台として選ばれた、とある時代の日本のとある場所で。
市内を歩く者。否、歩く王がいた。
王の名はギルガメッシュ。歴史や伝説として存在する全ての王の頂点に立つと自負をしており、その自信と確信を嘘と否定できない実力と知見を持つ王である。
市内を歩いているのは討つべき敵を探しているからではない。聖杯戦争自体は始まってはいるが、まだ王の出る幕ではない。出しゃばるのではなく、相応しい時に出向く。それこそが王たる者としての行動。
ではなぜ自らの脚で市内を歩いているのか。答えは簡単、単なる暇つぶしである。まさしく強者の余裕と言えるだろう。
商店街を歩いていた王の目が一つの店を捉える。それは骨董品を扱う店。表のショーウィンドウには古い時代の皿や絵巻などが、決して手軽に出すことは叶わない値段表示を添えて展示されていた。
じっくりと眺めて観察する。
「この国由来の品々も悪くない」
座によって召喚される時代の文化や言語などの知識と理解を得られるとはいえ、実際に目にしてみるのとはまた異なる。
「我が手に取る程の宝ではないがな」
合法非合法問わず手に入れる手段はどうとでもなるが、そこまでして宝物庫に保管したい程の物品ではない。
踵を返して店から離れる。それからも適当にブラブラと見て周った後、もう充分だと帰路につく。
人通りがない河川敷の横の土手を歩いていると、浅い川の水流による環境音とは別の音が王の耳に届く。その音が何度も耳に入り、気になって音がする方を見れば小さな少年と少女が川に向かって何かを投げていた。
他にすることもなかったからか、なんとなく気になった王は土手から河川敷に降りて二人の元に行く。王の接近に気づいた少年と少女が視線をむける。
「小童ども、なにをしている」
少年が元気よく答える。
「水切り!」
「……して、ミズキリとはなんだ」
サーヴァントとして召喚される際、呼び出した側の時代に必要な知識を受け取る。だが貰えるのはあくまでも日常面での常識であり、遊びの内容などの細かい範囲までは含まれていない。
だからこそ、どこぞのライダーは座によるネタバレもなく未知の感動と興奮を持ってゲームをプレイすることができたのである。
「しらないの?」
「じゃあ見てて」
少年が手に持つ石を川に向かって投げる。石は水面に接触したが沈むことなく跳ね上がり、また水面に接触。もう一度その現象が起こり、三回目の接触にて石は川底へ沈んでいった。
「こーやっていっぱい跳ねさせて遊んでた!」
「おにいさんもする?」
実践してみせた少年は得意げな表情を、少女は期待を込めた表情をしている。
「よかろう。退屈を凌ぎ、遊びに興じることは我のような余裕のある者には時には必要だ」
遊び心すら持てない余裕のない者は、いずれ下らん者に成り下がるか潰れてしまうかのどちらかに行きつくと知っている。
故に、王は『慢心してこその王』の考えを持っている。
「だが一つ言っておく。我はお兄さんではない。我は王。この世に並び立つ者なき、王様であるぞ」
「おうさま? めずらしい名前なんだね」
少年が小さい目をパチパチさせて言葉を反復する。少年の言葉に王が付け加える。
「フッ。珍しいどころか、王様と呼ばれるべきなのは我のみだ」
少女が少年の脇をこづく。
「だめだよ。年上の人をよびすてにしちゃ。先生が言ってたでしょ。おうさまさんって言わないと」
「あ、そっかー」
「構わぬ。我は王として大きな器を持つ者だ。好きな方で呼ぶといい」
では早速試してみよう、と王は足元にあった手のひらサイズの石を一つ拾い上げて水面へと狙いを定めた。
サーヴァントの筋力にものをいわせて全力で投擲。常人の目では追えない速さで水面に石がぶつかり、サイズに見合わない水柱を立てた。
結果だけで言うと、跳ねることなく勢いよく水底にぶつかり石は砕けちった。水切りとしては誰から見ても失敗だ。
「むぅ……」
王が結果に不満げにしていると、少女が声をかけた。
「おうさまさん、しゃがんで」
「なぜだ」
「いいから」
仕方なく黙ってしゃがむ。目線が低くなったところで少女が自分がする石の持ち方を見せる。
「指をね、こうして持つの」
具体的に説明しきれないので、実際に握ってるところを見せて教えたかったらしい。
王は少女がしているように小指、薬指、中指を閉じる。それから中指の上に石を乗せて人差し指を石の角をなぞるようにして持つ。
「これでよいか」
「うん!」
少女は教えれたことが嬉しくて、屈託のない笑顔で王に返事する。
「おうさま。平たいのいっぱい拾ってきたよ」
少年の方はみんなで使える分の平たくて水切りするのに適した石を集めてきた。
「ほう、それなりには役立つではないか」
少年から一つ受け取り、少女から教わったやり方で石を持つ。力が強すぎた先の時よりも抑えめに調整して川に向かって投擲。
回転のかかった石の平たい面が水面に当たり、上に弾ける。少年が投げて見せた時よりも高く、勢いもある。重力に掴まれて落下して水面に接触してまた弾ける。それが繰り返され、石が八回目に弾けたところで勢いが衰えて川の中に消えていった。
「すごい! おうさまさんのいっぱいはねてた」
「おうさまカッケー!」
「当然であろう。これこそが真の王たる英雄の力よ」
子供からの邪気や皮肉のない純粋な尊敬と憧れを向けられて王はフハハハと笑う。
それからも子供たちは、一度でコツを掴んだ王の御業に感嘆の声を上げたり同時に投げたりして楽しい時を過ごすことになった。
王の方も単純でわかりやすい遊びもたまには良い、と興じていた。
「そろそろ帰らないと」
「だね」
夕方になり、太陽の光が空を茜色に染め上げていた。楽しい時や幸せな時ほど、時間が経つのは残酷なまでに早い。しかし子供たちは終わってしまうことを悲しむのではなく、楽しく過ごせたことを喜んでいるので表情は明るい。
王とお別れをする前に、少年と少女がこそこそとナイショ話をした。それが終わると少年が王にお願いする。
「おうさま、手をだして」
「なにを企んでいるのかわからんが、ここはひとつ乗ってやろう」
王が出した手のひらに、少女がなにかを乗せた。
「これあげるねっ」
手のひらに乗せられたのは
「ふたりで遊んでいるときに見つけたんだ」
「いっしょに遊んでくれてありがとう」
感謝だけではなく、ひと時の遊び仲間にプレゼントしたかったという気持ち。
ある意味で、自分たちがそうしたいと感じた曇りなき心そのものを形にした物と言えるかもしれない。
『ばいばーい!』
少年と少女がまだまだ元気いっぱいな様子で手をぶんぶんと振る。王は王らしく、手を振るう平民に軽く手を上げることで応える。
やがて二人の姿が見えなくなり、王はひとり呟く。
「割れ物の破片か」
多くの宝を集めて眺めてきたことで、鍛え上げられた観察眼は
早い話が、川辺に流れ着いたゴミ。
一銭の価値すらない物品である。通常の価値観でみれば、王の財宝に眠らせている数々の秘宝と比較することすらおこがましい。
「ふむ……」
しかし、王は丁重に宝物庫へと碧色石を収めた。
金銭感覚でしか物を見れないのは、卑しい者の感性であり特徴である。
王の視点は違っていた。価値を決めるのは周りの者や値段ではない。自分が持つに値するかを決めるのは自分自身である、と達観できている。
王は、子供たちから受け取った物を今日という一日を彩る宝物として認めたのだ。
悪くない一日だったと満足げな顔で少しばかり川を眺めた後、帰路につくのであった。