フランドールと一週間のお友達   作:星影 翔

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ここからはフランの精神世界内の話です。自分の想像がかなりありますのでそこはご了承ください。


6日目 血に塗れた彼女の世界

 しばらく白く濃い霧が続き、一寸先も見えない中を歩き続けていると、やがて僕の前に一つの建物が見え始める。

 

「あれは…?」

 

 僕の目の前に現れたのはあのいつもの紅い館であった。それも今よりずっと新しい。

 しばらく呆然としていた僕だったが、覚悟を決めて門の方へと歩み始める。

 門には誰もいなかったが、大きなその扉は僕が近づくとともに自然と軋んだ音を立てながら開いた。不自然な現象ほど、人間として恐怖を感じないものはない。紫さんにも絶対死ぬなという言葉をもらっているからして、この先は余程の危険が待っているのだろう。その中に人間が単体で飛び込むんだ。それは銃弾が飛び交う中に一人で飛び込むのと同じで、生きて帰って来られる可能性の方が低い。

 でも、僕は行く。フランの為に。必ず生きて帰ってくるんだ。

 固い決意を胸に僕はついにこの足で館の中へと踏み入った。

 

 

 

 

 玄関扉を開けて館内に入る。広く不気味さすら感じるエントランスをそそくさと立ち去ってフランのいるであろう地下へと続く階段を探す。食事場、玉座の間であろう空間、メイドさん達の自室や、レミリアさんの自室と思われる部屋も階段を探す過程で見ることが出来た。そして、最後にやってきたのは地下に出来ているあの広大な図書館だった。

 と、ここで僕は疑問に思った。

 

 さっきから館中を歩き回っているというのに人というものを全く見ていないのだ。現実世界(むこう)では沢山見ることのできた背の小さいメイドさん達、確か妖精メイドって言うんだっけか…。ここではその妖精メイドどころか、レミリアさんも、パチュリーさんも、咲夜と呼ばれていたあのメイドさんもいない。この館はもぬけの殻だった。

 図書館内も静まり返っており、ズラリと並びそびえる本棚がなんとも威圧的で不気味な空気を醸し出していた。

 

 かーごめかーごめ…

 

 と、ここでどこからともなく歌のようなものが聞こえてくる。

 僕は思わずぐるっと辺りを見回した。

 

 かーごのなーかのとーりーは…

 

 だが、やはりその姿を見ることはできない。一瞬気のせいかと思っていたが、

 

 いついつ出ーやる…

 

 不気味なその歌はまだまだ続く。

 

 よ明けのばんに…

 

 そびえる本棚が視界を遮っているせいで今の僕が視認できる距離は長いところで十メートル程しかない。非常に危険だ。だがしかし、この状況下で無理に動いて相手と鉢合わせするのはもっとよろしくない。僕は非力なただの人間なのだから。

 

 つーるとかーめがすーべった…

 

 うしろのしょうめん……

 

「だ・あ・れ?」

 

 身体が硬直し、脳が一瞬で危険信号を発する。耳元で囁かれた声に…、その声から滲み出る『狂気』に…。

 ゆっくりと後ろへ振り返る。視界はだんだんと彼女を映し出し、その異様な姿をしっかりと認識する。

 

 狂気の姫君、フランドールはそこでニヤリと口元を吊り上げていた。

 

「待ってたわ、俊」

 

 赤いドレスを血でさらに紅く染め上げて、その白い顔も、綺麗な金の髪にも返り血であろうそれがこびりついている。

 その瞬間に視界が今まで見えなかったものを映し出す。あちこちには千切られた腕や足、果てには首が転がり、それらからとめどなく溢れている血液がこの図書館の床の上に層を作っていた。そして同時に意識が飛びそうになるほどの腐臭が鼻を刺激する。

 

「うっ!?」

 

 流石の僕も血の気が引いた。以前のあの時でさえまだ甘かったということだ。思わずびちゃびちゃと音を立てながら数歩小さく後ずさりした。

 

「ここに来てくれたってことは、遊んでくれるんでしょ?」

 

「「「私達と」」」

 

 そこに、まるで出口を封じるように私の両斜め後ろからも狂気混じりのその声が響く。振り向いてみれば、いつの間にやらフランがあと二人ばかり増えていた。

 これこそが本当の絶体絶命というやつなのだろう。今度こそ誰の救いも望めない。ここはフランの世界、現実から干渉できる人はそう多くない。

 

「君達は一体なんなんだ?」

 

 恐怖からくる震えを必死に抑えながら僕は聞いた。彼女らはフランのようでフランではない。逆にフランではないようでフランでもある。この微妙な空気の違いは恐らく初対面の人間には感じ取れないだろう。だからこそ余計に彼女達の存在というものが気にかかった。

 

「私達はあの子の心の分身、もしあの子の心が壊れそうになったら、私達が紛らわせてあげてるの」

 

「それがフランが狂ってしまう原因か」

 

 フラン達はそうだと言わんばかりに笑う。彼女達へ向けて睨んでも、非力な人間一人の表情ごときで彼女達が変わるはずもなかった。

 

禁忌『レーヴァテイン』

 

 僕の皮膚をとてつもない熱気が襲う。三人の手を見てみれば真っ赤に燃え盛る剣が握られていた。その光景に僕はもう手遅れなんだと悟った。ここからどう逃げようと、彼女の剣は間違いなく僕を焼き尽くすだろう。飛ぶことすらできない非力な人間と、パワーもスピードも段違いの吸血鬼、ただでさえ勝負にならないのに、こうして完全に準備を整えられてしまえばもうどうしようもない。

 

「また会えて嬉しかったわ。でも今度こそお別れになりそうだけどね」

 

 彼女達が一斉に剣を振り上げる。そして、剣は一段と大きな炎を纏ったかとおもうと、僕の方へと振り下ろされた。

 思わず目を瞑ったその刹那に僕の身体は浮遊した。それと同時にとてつもないスピードと風が僕を襲う。それに遅れる形で爆発音が響いたが、その音はあっという間に小さくなっていった。かといって、スピードが速すぎて容易に目も開けられない。前も見られないほどの速度の中で唯一、誰かに抱かれている感覚だけが僕の中に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、僕はとある部屋へと行き着いた。あのフラン達は追っては来ておらず、そこで僕はそっと降ろされると、ほぼ同時に後ろへ振り向き、その正体を知った。

 

「レミリアさんっ」

 

 レミリアさんは微笑んだが、その身体は無事とは到底言いがたいものであった。顔からはかなりの血が流れ、服も所々破けてしまっている上に血が染み込んでいるところが何箇所もある。血の色合いなどからしてどうやら僕を助ける以前に既に怪我を負ってしまっていたようだった。そして直後、彼女は力が抜けたようにその場に座り込んだ。

 

「怪我してるじゃないですか!」

 

「まあね…」

 

 青い髪は所々血によって黒く染まり、腕からもかなりの出血が確認できた。全体を見たらより分かるが、かなり衰弱している。

 

「レミリアさんも来たんですか?」

 

「いいえ、私自身は外の世界から来たのではないわ。私はフランの記憶の中のレミリアよ」

 

 レミリアさんの言葉に一瞬混乱したが、飲み込みにさほど時間はいらなかった。このレミリアさんはフランが形作った想像の姿。恐らくはフランの記憶から形成されている者だろう。しかし、そんなことよりもこの痛々しい姿の方が気にかかって仕方なかった。

 

「どうしてそんなに血塗(ちまみ)れなんですか。何があったんですか!?」

 

 レミリアさんは俯いてしばらく黙っていたが、やがて意を決したようで、頭を上げた。

 

「現実のフランが意識を失った時、この子の精神世界のバランスも崩壊してしまった。狂気の化身である三人のフランを懸命に抑え込んでいたフランが意識を失ったことで、狂気を支配する三人のフラン達が完全に解放されてしまった。彼女等は本来のフランを幽閉してそのまま衰弱死させようとしているのよ」

 

「そんな…、でも、なぜそんなことを」

 

「簡単よ、たとえ現実に存在したあのフランを殺しても肉体はそのまま残るもの。そうすれば、自分達は晴れてこの世界の頂点に君臨できる。それだけじゃない。それによって彼女等は現実世界に永続的に、そして自由に干渉できるようになる…」

 

「あの子達は破壊衝動の塊と言って存在よ。そんな彼女等がもし現実世界で意識を取り戻せば…最悪、幻想郷が滅ぶ」

 

 事態の深刻さに頭がついていけない。幻想郷が滅ぶ?想像もつかない。

 

「私達はあくまでフランの記憶から出来た存在。けれど、一定の自我を持てる上、自律行動だってできる。そして、状況を知った私や他の者たちは事態をどうにか終息させようと試みたのだけれど、狂気の性質をもつ彼女達の前には誰も敵わなかった」

 

 傷が疼いたのか、レミリアさんは右手で出血している左腕を押さえる。僕は慌てて寄り添って

 

「これ以上喋らないでください。このままじゃレミリアさん自身が危ないじゃないですか。早く安全なところに…」

 

 僕がそう言って彼女の腕を掴もうとするが、彼女はそれを振り払った。

 

「ダメよ。この館はフランの記憶から出来ているんだから、安全なところなんてない。おまけに私は負傷しているわ。吸血鬼は血の臭いに敏感だから、どちらにせよあの子達に知れる」

 

「じゃあ、どうしたら…」

 

ドンドンドンドンッ!!

 

 タイミング悪く、扉が音を上げた。もう彼女達が来たのだ。

 

「ここにいるんでしょ?早く出てきなさいよ。はーやーく」

 

 僕の額から冷や汗が流れる。しかし、こんな状況でもレミリアさんは冷静だった。

 

「俊、よく聞きなさい。ここは私が時間を稼ぐから早く本物のフランを見つけなさい」

 

「本物の…フラン?」

 

「ええ、私の予想が合っていれば、あの子は今もどこかに囚われているはずよ。あの子さえ復活すれば、もう一度あのフラン達を抑え込めるはず…」

 

「さあっ、早く行って!一応結界は張っているけれど、こんなの慰めにもならないわ」

 

 背中を押されてフラン達がいるであろう扉とは真逆の方の扉へ連れて行かれる。しかし、そこで嫌な思考がレミリアさんの未来を予想した。

 

「待ってください!さっき言っていた時間を稼ぐってまさか…」

 

 しかし、答えを聞く前に部屋を追い出されてしまい、内側から鍵を掛けられてしまう。それは同時に彼女の答えでもあった。

 

「早く行きなさい!貴方ならきっと出来る。自分に自信を持ちなさい!」

 

「さあっ!走って!!」

 

 その瞬間、扉の向こうから強烈な破壊音が聞こえた。恐らくは扉が破られたのだろう。鍵を閉められてしまった以上、もう助けに行くこともできない。

 

…死なないでくださいね。

 

 僕は胸を締め付けられる思いをしつつも意を決して走り出した。目的地への道も分かっていないが、今はただひたすら走るしかない。僕を助けてくれたレミリアさんのためだ。そこに記憶の存在云々は関係ない。ただ僕を助けてくれたという事実だけを認識すればいい。それだけではない。僕を救おうと必死に動いてくれたフランのため。フランのあの笑顔をもう一度見るために。今度こそ一緒にいるために…。

 絶対、君を救い出すからな。待っていてくれ、フラン!

 その決意を胸に秘めて、僕は地下室を目指して走り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、お姉様だったの。もう死んだものだとばかり思ってたわ」

 

 扉を破ってやって来たフラン達の中の一人がそう言った。

 

「貴方の姉ですもの。そう簡単に死んでたまるものですか」

 

 あくまで私は姉として強気に答える。記憶の世界で作られた存在とはいえ、私だってフランの姉だ。妹を(しつ)けるのは姉の責務だ。

 

「でも、今度こそ死ねるね♪」

 

 相変わらず、彼女達の狂気は凄まじい。表情を見ても、一刻も早く私を破壊したいって顔をしている。けれど、だからって負けるつもりなんてさらさらない。

 

「負けるのは貴方の方よ」

 

 どうせ戦うなら勝つ!勝負になる時はこの気持ちが大事だったりする。

 

「ふふっ、その強気なお姉様が好きよ」

 

 あの子達もやる気満々だ。

 

「さあ!!」

 

「ゲームを始めましょうかっ!!」




なんで紫は俊について行ってあげなかったんだとか言われそうなので一応説明しておきます。
フランの記憶から作られたこの世界では基本的な概念は全てフランの記憶や経験をもとにできており、フランからすれば自分の世界なので自由に世界の法則を変えることができます。(フランの夢の世界だと思ってもらっても結構です)例えば、俊に強靭な肉体を与えるということもできますし、紫の能力をなかったことにすることも出来ます。もしそうなると、俊を現実に戻す手段が失われてしまうのでそれを防ぐために敢えて行かなかったということになります。
とりあえず、これだけは説明しておきます。他に何かありましたらぜひご質問ください。

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