それでは…どうぞ!
「やめろぉぉおぉぉ!」
そんな叫びに呼応するかのように血飛沫は辺りに赤黒い痕を残す。腹を貫かれた彼女はその
「…あ…、あっ、あぁ…」
言葉にならない
「……どうして…」
怒りなど湧き上がることすらできないほどの空虚、実感のない痛みが僕の身体のあちこちを刺激する。
もはや、フォーオブアカインドがどうかなどと考えているだけの心の余裕など微塵もなかった。フランを助けられなかったという悲愴感だけが僕の心をどこまでも痛みつける。
「やったね!これでこの子の身体は私達のものよっ!」
一見無邪気にも見える笑顔を浮かべながら、フォーオブアカインドは天井を見上げて絶望の宣言を叫ぶ。
「ウフフフッ!アハハハハッ!!」
悪魔の笑い声が辺りに響く。ふと
そういう僕もこの状態からまるで身体が動かせない。いや動かせるだけの気力もないのだろうな。そんな中、彼女が僕に向けてニヤリとあの悪魔の笑みを浮かべた。
「そろそろあなたも始末してあげるわ」
コツコツと音を立てて、徐々に彼女は僕に近づく。しかしながら、今の僕にはそれを恐怖するだけの心の余裕すらも持ち合わせてはいない。フランがいなくなってしまった今、僕はこれ以上何のために生きていけばいいのか。この仮初めの彼女を愛せばいいのか…。
そもそも、なんで彼女達はフランを殺そうと考えたんだ…。彼女を殺してまで一体何がしたかったというんだ。
彼女達は何が欲しくてこんなことをしたんだ?
…………
………
「そろそろお別れね。楽しかったわよ」
顔を上げてみれば、爪を伸ばし、僕を殺さんと構えを取る彼女がいた。
……そうか、そうなんだな…
……君は…それが欲しかったんだな…
フランドール…
小さな微笑を浮かべて、僕は両手を目一杯広げた。
「分かったよ。そこまで殺したいなら、僕を殺したらいい。なぜ君が、君達がこんなことをしたのか、何のためだったのか、そして、僕は君達が何が欲しかったのかが分かったよ」
彼女の表情が少しばかり強張った。僕は優しげな表情のまま催促する。
「さあ、僕を殺して、望みを叶えたらいい」
表情が強張っていた彼女だが、しばらくしないうちに口の端が吊り上げる。
「あははっ!まさか自分から死を受け入れるとは思わなかったわ。実に愉快ね」
「君は本当は、僕の、いや皆の死なんて望んでない。むしろ皆と一緒に生きていきたいって」
「ふん、破壊の化身などと呼ばれた私達がそんな戯言に惑わされると思ってるわけ?」
そういうと、彼女は腰を落として重心を下げた。だが、彼女に浮かぶ笑みはそこまで悪に塗れてはいない。心なしか、どこか戸惑いがあるように見える。
「終わりにしてあげる」
彼女の肩に力が入る。僕はそっと目を瞑り、直後にくるであろう激痛を覚悟した。
「さよなら」
グシャァアァァッッ!!
僕の
「かはぁっ!」
ドロドロした錆びた鉄の味、そして身体中が痺れるような感覚に陥る。朧げな意識の中、懸命に開いた目は狭いながらも僕に視界を認識させてくれる。
そしてそこには、僕の腹目掛けて手を伸ばし、僕の吐血の為に紅く染まった彼女がいた。
「…フ…ラン」
直後、彼女が勢いよく腕を引き、僕の身体から手を引っこ抜いた。
「終わり…ね」
何もかもが朧げな中、彼女の声が僕の耳に小さく響く。
そうは…させないよ。
僕は、最後の力を振り絞って彼女の腕を掴んだ。そして、彼女がそれを認識した刹那、僕は彼女を引っ張り、さらには最後の足掻きとばかりに彼女をそのまま抱きしめた。
「……へっ…?」
呆気に取られたようにその場に立ち尽くす彼女。僕のあまりに唐突な行為に動揺を隠せず、そして、周りで戦闘していたはずのフォーオブアカインドや咲夜さん達までがこちらの状況を食い入るように見ていた。
「……ごめんな」
絞り出すように一言、彼女に耳もとに向けてそう口にした。彼女は依然として固まったまま動かない。
「どうして…?」
その場に呆然と立ち尽くす彼女と瀕死の僕。痛みは決して和らいできているわけではない。少しでも気を抜けば、それこそ完全に逝くだろうな。
でも、せめて彼女のために何かしてあげられないかと考えれば、今の僕にはこれくらいしかできない。
「…どうして、どうしてそんなことを言うの?私はあなたにとって大切な人を奪ったのよ?それだけじゃない…。私はあなた自身も壊そうとしている…。なのに…なんで…」
「はぁはぁ……君が…何故こんな行為をするのか…。理由は簡単だった」
「君は…愛されたかったんだろう?」
明らかに反応が違った。そしてそれは僕に確信をくれた。今こうして抱きとめた彼女も1人のフランなんだ。
「辛かったんだよな。一人が愛されてるのに、君達はまるで忌み嫌われて…、破壊するのが自分達の役目だと
フォーオブアカインドなんかじゃない。偽物なんかじゃない。彼女も他の彼女達も純粋なフランドールなんだ!
「怖かったんだよな、存在を否定されそうで…。辛かったんだよな、意識の奥に閉じ込められそうで…、自分という存在が忘れ去られて消えてしまいそうで…」
この時、僕は初めて彼女の背をさすり、そっと宥めた。「ごめんな」と彼女に謝ることができた。ようやく気づけた。ただあまりに理解するのが遅すぎたのが少しばかり恨めしくも思う。
「本当にごめん、僕がもっと君を見てあげられていたら、君を受け止めることができていれば…こんなことにはならなかったのに…」
そして、気がつくと、彼女の肩が震えてきたのが僕の手を通じて感じることができる。
「…うぅ…グズっ………」
「無理しなくていいよ、泣きたい時に泣いた方が良い。今ならまだ受け止めてあげられるから…」
「…うぁぁあぁん!!」
彼女は声を上げて泣いた。僕の胸の中で込み上げてきたものを一気に放ったようだった。
「寂しかったよぉ…!怖かったよぉ!!辛かったよぉぉ!!」
そこにはさっきまでの冷酷な彼女はいなかった。僕の目の前で泣いている彼女は人間味に
「よしよし…」
「うゔっ!ごめんなさぁいっ!私のせいで…ごめんなさぁいぃ!!」
僕の服の袖を力一杯引っ張り、僕の胸に顔を埋めて必死に許しを乞うフラン。彼女だって不幸な吸血鬼だったのに、僕は彼女の思いを
そうこうしているうちに、徐々に視界がぼやけてきた。頭もボーッとする。おそらく、僕の身体も限界を迎えてしまっているのだろうな。出血が酷いからもしかしたら血が巡りきれていないのかもしれない。
「いいかい…フラン。これからはもっと皆と仲良くなるんだ…。それが今の君に…いち…ばん……大切なことだ…から……」
意識ももう限界だった。視界は完全に闇の中に消え、朧げに聞こえた声も、もはや聞こえない。彼女に言いたいことが伝わったか反応を見たかったが、意識という名の灯火も、もう間も無く消えてしまおうとしている。
あぁ…フラン、今から君の元に行くよ。また一緒にいよう。またあの時みたいにお話ししよう。
そうして、曖昧だった僕の意識は完全に闇の中に溶けていった。
「……て、起きて!起きなさい!!」
視界が開ける。目の前には心配げに僕を見つめるレミリアさんの姿があった。
「レ…レミリア…さん?」
僕が小さくそう言うと、途端に彼女は安堵からか大きなため息をついた。
「良かったぁ…」
…なんだろう、胸をなでおろすレミリアさんを見ているとどこか母さんに似ている気がする…。
……そうだ、フランは!?
「レミリアさん!フランは一体…?」
飛び起きた拍子に身体の傷が少しばかり疼く。そしてそれが僕に以前に起こっていたはずの記憶を呼び覚ました。そうだ、確か僕は彼女のレーヴァテインにやられて死んだはずだ。僕は今更ながらに自分の両手、両足が健全に存在していることに驚いた。そして、それを悟ったのか、レミリアさんが僕に起こった事実を告げる。
「フォーオブアカインドが…、あの子達が貴方を救ったのよ」
「彼女達が…僕を……」
「ええ、貴方が命を落とした直後、自分の存在のあり方を知った彼女達は、貴方を助けるために自分の命を生贄にした」
信じられない。彼女達が僕のためにここまで…。
「じゃあ結局、フランは!フランはどうなったんですか!?」
食い入るように詰め寄る僕を余所に、彼女は俯き、しばらくして、ある箇所へ視線を向けることでそれを示した。
そして、その姿を見た僕はやはり絶句した。目の前にはベッドで眠るように横になる彼女の姿があったが、慌てて駆け寄って彼女に触れてみるものの、やはり生者としての気色がない。
「フラン……ごめん…。助けてあげられなくて…ごめんなぁ!」
フランの亡骸を前に思わず目から小さな雫が零れ落ちた。その場に膝をつき、フランの手を取って、止まることのない涙を払うこともせず、僕は声を上げて泣いた。
「ゔぁぁあぁぁああぁ!!」
「…俊」
背後からレミリアさんが僕の肩を抱いてくれる。それに安心してしまったのか、涙がこれまで以上に止まらない。愛しい人を亡くしたという意味では彼女も同じだ。いや、それ以上に彼女の方が辛いだろうに、決して僕に弱さは見せず、懸命に強く振舞っている。本当なら僕がしなければならないのに…。
そう思っていた矢先、僕のこの肩にも何やら生温かい液体が落ちたのがわかった。
「泣いちゃダメよ、俊。泣いちゃ…フランが悲しむでしょ?」
そんな彼女も身体も震えてしまっている。必死に僕が泣いたことで堪えてきたものも堪え切れなくなってしまったのだろう。
僕と彼女は泣いた。もうこの世にはいない愛しい人を
「……ぇ?」
僕は小さく呟いた。ふと手元を見てみると、いつの間にか、以前レミリアさんから貰ってポケットに入れているはずのあの蒼いブローチが一際強い光を放った状態で握られていた。
「これは、私のブローチ?」
横からのレミリアさんも驚きの声を上げる。しばらくすると、ブローチは思わず目を細めるほどに明るい輝きを放つ。
「うわっ!」
直後、大きな亀裂が走り、ブローチは粉々に砕け散った。その破片が僕の指の間をすり抜けて、パラパラと床に零れていく。そんな光景をしばらく呆然と眺めた僕等は二人、顔を見合わせて、起こったあまりにも不可解な現象に首を傾げた。
「何が起こったの?」
「僕にも分からないです……」
どうにか論理的に理由をつけたくて、しばらく考えを巡らせる。俯き、考え込む僕の目の前から小さく何かが聞こえてきた。
「ぅ…ん……」
その正体は呻き声だった。だが、僕はその光景に目を見開いて驚いた。
「フラン…?」
「うぅ……ぁ…しゅん…俊…なの?」
それは死んだはずのフランの呻き声であり、同時に瞳も開き、今やその幼い手がそっと僕の顔を撫でている。信じられなかった。彼女から目が離せず、瞬きもせずにずっと彼女を凝視していた。
「私…確か、冥界で…それから………」
「フランッッ!!」
「ひゃあっ」と思わず驚きの声を上げる彼女を気にも留めずに僕は力強く彼女を抱きしめた。奇跡が起こったと、そう心から感じた。抱きしめた彼女の奥からあの温もりが伝わってくる。本当に嬉しかった。この世界の誰よりも、何よりも大好きな彼女とまたこうして一緒に生きることが出来るのだと思うと、嬉しくて涙さえ溢れてくる。
「良がっだぁ…本当に良かっだよぉ…」
身体の奥から込み上げてきたものが溢れて肩が震える。その瞬間、彼女が僕の背中をそっと
「本当に…嬉しかったよ。助けてくれてありがとう…俊」
優しい笑みを浮かべるフラン。そこにレミリアさんが穏やかな、けれども心からそれを喜んでいる表情のまま、僕ら二人の頭を撫でてくれる。
今まで色んなことがあった。でも、僕等はどこまでもお互いを愛して想いあった。そして、ようやくまた再会することができた。もし願うのならこの光景、この時間、そしてこの幸せが今度こそいつまでも続きますように…。
フランとレミリアさん、二人の温もりを感じながら、僕は心からそう願うのだった…。
今日まで本当に沢山のお気に入り、評価、感想をありがとうございました!こうしてこの物語を完結させることができましたのも、多くの読者の皆様の応援のおかげです!!最後にあたり、この作品を読んでくださった皆様に心から感謝いたします。本当にありがとうございました!!
なお、不定期に簡単な後日談を書くかもしれませんので、その際はのんびりと読んでいただけると有難いです。