1/2のボク:今日のカラオケはなかなかに興味深かったね
1/2のボク:まさかあそこまで春川くんの歌唱力が高かったなんて
ハル:からかうなよ二宮
ハル:アイドルに言われるのなんて皮肉もいいところだぞ
ブリュンヒルデ:皮肉ではなかろう
ブリュンヒルデ:我もそなたの戯曲に酔い痴れていた身
ブリュンヒルデ:従者よ、どこでその芸を身につけた
ハル:好きな歌をそのまま歌っただけだ
ハル:練習なんかたまに鼻歌歌うくらいだしな
1/2のボク:それで上手くなれればレッスンなんていらないね
1/2のボク:キミの歌声は見事なものだった。ボクらが証を示そう
ブリュンヒルデ:汝の歌に敬意を示そうぞ!
ハル:そこまで言われると照れる通り越して気持ち悪いぞ
1/2のボク:素直じゃないね、キミは
ブリュンヒルデ:全くである
ハル:ブーメラン刺さってんぞ
ーーー
その日、俺と神崎と二宮は休日が合ったのでカラオケに出向くことになったのだ。
「カラオケは初めて来たな、こんな所なのか」
「キミ、ボクたち以外に友達はいないのかい?」
失礼な奴だ、二宮にもほとんど友達などいないだろうに。
そこで笑っているお前もだぞ、神崎。
「そうは言うが、ボクらには事務所の仲間たちもいるからね。それに最近はキミのおかげでボクらに話しかけてくれる人も増えて来たものさ」
「左様。孤高の存在として謳われた我だが、崇められるのも悪くはない」
「可愛がられるの間違いだろ」
「むぅぅ!!」
ポカポカと神崎の攻撃を流しながら、さて歌うかとマイクを持つ。
「……どうやって曲を入れるんだ?」
「キミは本当に来た事がないんだね。仕方ない、最初はボクらが歌おう。これを使うんだ」
そう言って二宮は妙に大きなパッドを持って来た。それを慣れたような手つきで扱い、しばらくして曲目が入る。
「『nameless survivor』……誰の曲だ?」
「岸田教団っていうロックバンドの曲さ。 ……あぁ、どうせなら採点も入れようか。自身を磨くためには必須だからね」
「む、評が付けられるか。であれば我も我が魔力を用いて本気で行かねばならぬな」
「おいおい、勘弁してくれよ……」
そうして曲が始まる。
歌っている二宮を見ると、かなりこの曲には思い入れがあるらしく真剣で、その歌声に惹かれてしまう。
「……なんというか、二宮のためだけにあるような曲だな」
「然り。詞に写る意味は存在論者の叫びそのもの。おそらくそこで共鳴しあっているのであろう」
「あいつらしいっちゃあいつらしい」
二宮が叫ぶ意思。
自身の存在証明とは言うけれど、俺だって自分の存在証明など知りもしないし考えもしなかった。
ただ流されて生きてきて、これからも流されて生きていくのだろう。
『だったらキミはボクがどこにいても何をしてても、【ボク】を見つけてくれるのかい?』
そう聞かれた時、俺はなんて答えただろうか。
今ならなんて答えてやれるだろうか。
『キミはボクの言葉を聞いても距離を取らないんだね。みんながボクを面倒な奴だとか痛い奴だって言うのに。キミもその一人で、流されるタイプだと思ってたよ』
その時は、なんとなく流れが気に食わなかったんだ。
それだけのことだった。
曲が終わりを迎える。
二宮が満足そうにマイクを下ろしていく。
「どうだい?」
「……お前らしい曲だったよ」
「それだけかい? 皮肉を混ぜたり歯の浮くようなセリフを吐かないなんて、キミらしくもないね」
「従者は歌声に耳を傾けるのに必死であったぞ。凄まじく集中しておったな」
「やかましい」
否定の言葉は出ない。実際その通りだ。
俺の様子を見て、二宮が誇らしげにニッと笑う。そして俺の耳元に口を近づけ、小声で呟いた。
「安心しなよ。もうあの頃のボクじゃないさ。キミに居場所を強要したりしない」
「…………」
それだけ呟くと二宮は俺から離れ、神崎にマイクを渡す。
「むぅ、何の話であるか?」
「何でもないさ。ただの遠い昔の話。さぁ、次はキミだよ蘭子」
「うむ……まぁ追求の手は伸ばさぬようにしよう」
蘭子の入れた曲は……『色彩』?
「Fate/Grand Orderの主題歌だね。ボクも彼女も結構やってるんだ」
「Fateか、前に勧められたな。少し見たが確かに神崎は好きそうだ」
そういう意味では神崎らしい曲だ。
少し独特なメロディが鳴り響き、神崎が歌い出す。音程の取りにくそうな曲だが、あいつにはそんなもの関係がなかった。
「やっぱり上手いな、神崎は。歌の神崎に舞の二宮ってとこか?」
「歌も負けるつもりはないけどね」
『我は孤高の魔王であり、傷ついた悪姫ブリュンヒルデ。それで良い……良いのだ』
懐かしい幻聴だ。今でもあの光景は瞼に宿っている。
神崎は二宮に会う前、俺が遭遇した最初の厨二病患者であり、変人であり、一人ぼっちの女の子だった。
理解されないと分かっていても自身を貫き通した、寂しがり屋の少女。
「だから放っておけなかったのかい?」
「……顔に出てたか?」
「君は理解りやすいからね。蘭子を見る目がまるで父親のようだったよ」
意地悪そうに微笑む二宮を尻目に、俺は黙って神崎の歌に耳を傾ける。
『汝は我が従者、我が眷属、そしてーー私のはじめてのお友達になってくれるの?』
あの日、俺と神崎が友達になった日。
あの頃から何かが変わった気がするんだ。
あいつは俺が自分の環境を変えてくれたと思っているだろうけど、それだけじゃない。俺もあいつに影響されてるのかもしれない。
神崎の歌が終わる。二宮の手を叩く音で我に帰った。
「従者よ、どうであったか!」
「良かったよ。綺麗だった」
「そ、そう? ……えへへ」
神崎は照れたように笑って、誤魔化すように飲み物に手をつけた。
「お熱いところ申し訳ないが、キミの出番だよ春川くん」
妙に不機嫌そうな目で二宮が俺にパッドを渡してくる。
よく分からないが、さて、何を歌うかーー
「……『vivi』か。好きなのかい?」
「この前お前と見に行った映画でこの人の曲が気に入ってな。それで調べて聞いたんだ」
「へぇ、キミの趣味に影響を与えられたなんて光栄だね」
「お前らと一緒にいたら嫌でも染まるさ」
イントロが始まる。
マイクを持って、俺はぎこちなくも歌い始めた。
ーーー
驚いた、と素直に告げよう。
彼が歌ったところをボクらは聞いたことはなかったが、まさかここまで上手いとは思わなかった。完全な予想外、それこそ歌手を目指せるんじゃないか?
「す、すごいね! 春川くん!」
「蘭子、ペルソナが剥がれてるよ。でもまぁ、確かにすごい」
蘭子の口調が崩れるのも無理はない。本当にカラオケ初心者かと疑いたくなるくらい、彼の歌はブレなく、真に迫っていた。
彼の歌がボクの心の中に這入ってくる。
湧き上がるのは、なぜだか分からないけれど、どうしようもない焦燥感。
理由もなく、耳を塞ぎたくなってしまう。
「蘭子」
「……なぁに?」
「…………」
「……大丈夫だよ、飛鳥ちゃん。飛鳥ちゃんが何を怖がっているのか、よく分からないけど、きっとなんとかなる……ううん、なんとかしてくれると思うよ、春川くん」
何も言っていないのに見透かされている気がした。存外、彼女もボクと同じように恐れを抱いているのかもしれない。
ボクたちはアイドルで、彼は男の友達。
彼と付き合えるのは、今はまだボクらが駆け出しだから。
アイドルとして大成したいし、それを目標として努力しているけれど、もしそうなって仕舞えばその時はーー
ーー果たして彼はボクらの隣に、存在しているのだろうか。
ご指摘通りに修正しました。大変ご迷惑おかけしました。
これからもこの危なっかしい作品をどうぞ宜しくお願いします。