竜食いの乙女   作:炎海

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ところでうちのアーンゲールは、いまだにコンソロールを使わないと最初のシャウトで敵対するのですが、誰か治しかた知りません?


第二話 ヘルゲン脱出

 砦の中は薄暗く、しかし外よりかは確かに安全であった。

 

「なるほど、確かにここは安全そうね」

「だろう、帝国軍の砦さ」

 

 ハドバルは誇らしそうに胸を張ると、腰に差した剣を抜いた。ブリットは殺すつもりかと身構えたが、出てきたのは全く逆の言葉であった。

 

「腕を出してくれ、その拘束を外せないか試してみる」

 

 かくして、ブリットの両腕は久方ぶりに大きく広げることが可能となったのであった。

 

「感謝するわ、両腕が使えないと殴り合いも出来ない」

「見た目に似合わず、勇猛なんだな」

「よく言われるわ」

 

 そう言うと、ブリットは大きく腕を振る。拘束されてから今まで、ずっと鈍っていたのだ。ハドバルはその様子を見ると、壁に掛けていた剣を放り渡した。

 

「こいつを使ってくれ。帝国純正のものだから、品質は高い」

「良い武器使っているのねー」

 

 鞘から刃を取り出し、二、三度素振りをする。前の剣ほどの振り心地では無いが、そこそこ良いものであるとは理解出来た。

 

「とりあえず、先ずは火傷に効く薬を探そう。君の身体、至るところが火傷だらけだ」

 

 確かに、炎の中を駆けたり転がったりしたせいか、ブリットの全身には至るところに軽い火傷が出来ていた。

 

「そうね、出来ればお願いしたいわ」

 

 その返事を聞いたハドバルは、机から鍵束を取り出した。

 

「よかった、砦の鍵束だ。これで奥に入れるぞ」

 

 ハドバルについていき、砦の奥へと歩みを進める。なり行きでついてきたが、どうやら正解であったようだ。

 ブリットがそう安心しきっていると、玄関ホールにあたるであろう場所に差し掛かったところで、二人の男女とおぼしき声が聞こえてきた。

 

「あれは……、ストームクロークの兵士か。ブリット、少し待っててくれ。どうにか説得出来るかもしれない」

 

 そう言うと、ハドバルは玄関ホールに入っていく。だが、ブリットにはどうも嫌な胸騒ぎがした。

 

「なあ、あんた達……」

 

 ハドバルがそう話しかけようとした瞬間、ブリットの身体は動いていた。

 剣を抜き払い、ハドバルへ手を伸ばす。そのまま彼を突き飛ばすと、ストームクローク兵士が振り上げた戦槌を受け止めた。

 

「あぐっ……つ……!……流石に両手武器の一撃は重いわね……」

 

 そのまま相手の胴を蹴りあげると、その体勢を崩させる。無防備になった首元へ、得物の結先を突き刺した。喉を突き刺したが故か、断末魔すら上げることなくストームクロークの女兵士は倒れ伏す。

 蛙を潰したような声を聞いて振り返ると、もう一人の兵士の胸へ、ハドバルが剣を突き立てていた。

 

「ありがとう、助かったよ」

「今死なれるのは困るのよ。私はこの砦、構造を全く知らないのだから」

 

 感謝を述べるハドバルへ、ブリットは素っ気ない返事を返す。彼女の目は、先程襲いかかって来たストームクローク兵士へ向けられていた。彼らは問答無用とばかりに武器を振り上げたのだ。他もそうとは言い切れないが、以降は警戒するに越したことはないだろう。

 

「ハドバル、薬類は何処においてあるの?」

「兵舎の中に無いとなると……そうだな……」

 

 ハドバルは腕を組み、思い出すように眉間へ皺を寄せた。そうして考えていると、ひとつの扉へ目を向けた。

 

「やはり、地下の倉庫位だろう。だがストームクローク達も同じ考えかもしれん。ブリット、手伝ってくれるかい?」

 

 当然だろう。ブリットがそううなずくと、ハドバルは安堵したように微笑を浮かべた。

 

「良かった。なら行こう、地下倉庫へはこの階段から行けるはずだ」

 

 そう言うと、ハドバルは近くの木扉を押し開けた。中にはキャベツの入った手押し車と、地下と延びる螺旋階段が存在していた。

 

「この下には、砦の物資保管庫があるんだ。そこならきっと、火傷に効く薬があるだろう」

「ここから逃げるなら、ある程度は食料もあった方がいいわ。でもあまり多くは持てないわね、逃げるときに足枷になる……」

 

 階段を下りながら、二人は必要となるであろう物資を挙げていく。こういった逃走に必要なものは、ハドバルよりもブリットの方がよく理解していた。

 階段を下りきると、木の扉が見えてきた。恐らく、あれが地下倉庫の入り口だろう。

 

「よし、倉庫は無事だ。待ってくれ、今鍵を………おおっと!!」

「へっ……?うおわっ……ととっ……!?」

 

 突然地響きが起こり、二人は思わずよろめく。突然のことに、ブリットは思わず体勢を崩してしまった。その様子を見たハドバルが、咄嗟に駆け寄って受け止める。同時、轟音と共に天井の一部が崩れ、瓦礫がその辺に降り注いだ。

 

「ーーーーっ!?危なかった……。もう少しで下敷きになるところだったよ」

「全く、本当にしつこいドラゴンね」

 

 ここまで追ってくる執念に、流石にブリットも呆れてしまう。溜め息をつきながら身体を起こそうとして、ふと違和感に気がついた。

 

「……あー、ハドバル。先程のことは感謝しているのだけどその………。離してくれないかしら?」

 

 今の二人の状態は、咄嗟にハドバルが受け止めたことで、彼がブリットを抱き締めるような構図となっていたのだ。

 

「…………む?ああ、済まない。大事がないようで何よりだよ」

 

 その事に気が付き、ハドバルはあわててブリットの身体を離す。ブリットは立ち上がると、目線を反らしながら衣服(と言ってもぼろ布だが)を正した。

 

「……え、ええ。問題はないわ。早く行きましょう……、うん早く」

 

 急かすように言われ、ハドバルは頭をかきながら鍵を差す。しかし……。

 

「おや、鍵空いている。……誰か先客が居るのか?」

 

 その言葉に、ブリットは目を鋭く細めた。

 

「……ハドバル」

「ああ、恐らくは」

 

 目を交わすと、二人は揃って剣を抜いた。そして、ハドバルがドアに手を掛け、一気に蹴破る。

 

「ーーっ!?誰だっ!!」

「帝国兵めっ!!」

 

 予想通り、中にはストームクロークの兵士たちがいた。人数は三人、いずれも戦槌や両手剣で武装している。

 両手剣持ちが床を蹴り、ブリットに向けて逆袈裟に斬りかかった。ブリットは後退しつつ、右手の剣を前に構える。

 金属のぶつかり合う音と共に、今度は斬りかかった両手剣持ちが後ろへ弾かれた。鍔迫り合いになると同時、ブリットが刃を受け流しつつ、柄で殴り付けたのだ。

 よろめいたところへ、ブリットは剣を水平に振る。狙いは相手の首元、その頸動脈である。斬撃は狙い通り、両手剣使いの首元へ吸い込まれる。斬りつけた先から噴水のように血が吹き出し、そのまま両手剣持ちは石床へ倒れ伏せた。

 横を見ると、ハドバルが戦槌持ちを壁際へ追い詰めている。しかしその後ろへもう一人、片手剣持ちが迫っていた。

 

「あんたの相手はこっちよ!」

 

 ハドバルと片手剣持ちの間へ割り込み、その剣を受け止める。そのまま相手の脇腹へ蹴りを叩き込むと、ハドバルから距離を取らせた。

 

「助かった!!」

 

 ハドバルの礼に目だけを送ると、片手剣持ちヘ向き直る。向こうは革の盾の構えを解くと、剣を振り上げて突っ込んできた。

 

「勝利か、ソブンガルデか!!」

 

 そう叫びながら向かってくる剣を、ブリットは横へ避ける。だが、その避けた方向へ別のものが迫ってきた。彼が左手にもった盾である。

 シールドバッシュを貰い、ブリットは思わず体勢を崩す。その隙を逃さないとばかりに、片手剣の一撃が来た。

 

「あぐっ……。この野郎!!」

 

 なんとか重傷こそ避けたが、左腕へ鋭い痛みが走った。やはり鎧が無い状態での戦闘は、こちらが圧倒的に不利である。返すとばかりに当て身をしかけ、その隙に斬りかかる。

 

「この……、帝国の外道どもめ!!」

「残念、私は流れの傭兵よ」

 

 飛んできた罵声を切り捨て、同時にその首も切り落とした。憎しみの形相を浮かべながら、片手剣使いは倒れ伏す。

 

「無事か?」

「ええ、少々冷や汗をかいたけれど。少なくとも生きてはいるわ」

 

 倒れた死体を脇にどけ、ハドバルがやってくる。鎧には血の跡がついていたが、恐らくはストームクローク兵のものだろう。

 

「それは良かった」

 

 ハドバルは安堵したように微笑を浮かべる。そうして、今自分達のいる部屋を見渡し始めた。

 

「ここが地下倉庫だ、この中のどこかに薬もあるはずさ。済まないが、一緒に探すのを手伝ってくれ」

「良いけれど、見た目はどんな感じなの?」

 

 ブリットの質問に、ハドバルは身ぶり手振りを交えて形を説明した。

 

「あー、色は赤色。底が四角いタイプのものだ。シロディール語は分かるか?」

「まあ、多少はね」

「ならよかった。薬の名称を教えるから、ラベルをみれば一目瞭然だ」

 

 そうして、二人は倉庫の中を探し始める。棚の中、木箱、樽の中と探していき、二つ目の樽の中を探していときにブリットが叫んだ。

 

「あった、同じラベルが貼られているわ」

 

 その樽の中には、確かにハドバルが言った通りの品が入っていた。他にも、魔術の薬などの品々が入れられており、ブリットはそれらを全て持っていくことにした。

 

「あって困るものでも無し、薬品類は貴重だもの」

 

 薬を傾け、その中身を火傷へ塗布する。同様に傷用の薬もあった為、それも先程の負傷へつけておいた。

 ハドバルもブリットの負傷を気づかってか、直ぐに発とうとは急かさなかった。しばし、つかの間の休憩である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 樽の中身以外にも、塩や食料、あるいは金銭といったものを見繕っていると、ハドバルが今後のことを話にやって来た。

 

「ブリット、確かここには地下道から外に出られる場所があったはずなんだ。そのルートを使えば、外に出ることなくヘルゲンを抜けられるはずだ。ただ…………」

「ただ、どうかしたの?」

 

 ハドバルは言いよどむと、頭をかきながら答えた。

 

「地下道とは言ったが、ほとんど洞窟に近いルートなんだ。フロストバイドスパイダーなんかの生き物が住み着いてる可能性がある……」

「……それは、確かにゾッとするわね」

 

 フロストバイドスパイダーとは、巨大な人食い蜘蛛である。罠を仕掛けて獲物を待ち、血液を凝固させる毒で殺す厄介な蜘蛛だ。

 

「でも、ドラゴンよりかはましでしょう?」

「確かにそうだが……。まあ良いさ、ここまで来たんだ、やれるとこまでやってみよう」

 

 そう言うとハドバルは、地下道へ向かって進み始めた。

 

「一番近いのは、地下牢から続く洞穴だ。そこには拷問部屋を通ればすぐに着くはずだ」

 

 そう言うと、ハドバルは倉庫の奥にある扉に手をかけた。だが……。

 

「……ん?なにかおかしいぞ」

 

 扉の向こう、下へ続く階段の奥から微かな音が聞こえてくる。ブリットがよく知り、先ほども聞いていた音、剣と剣を打ち合う音だ。

 

「これは……」

「不味いな、下にもやつらが居るのか」

 

 階段を駆け降り、地下の拷問部屋へと転がり込むと、そこには予想した通りの光景があった。

 帝国兵二人にストームクローク兵が三人、見るまでもなく押されているのは帝国だ。

 

「おい、レイノフ!加勢してくれ」

 

 帝国兵の一人、フードを被った老人が叫ぶ。もう一人の禿頭の男は生きも絶え絶えだ。加勢しなければ死んでしまうだろう。

 だが、レイノフとブリットが加勢したことで状況は逆転した。向こうが三人に対し、こちらは四人だ。決着は直ぐに、ブリット達が生き残る形でついた。

 

「ハドバル、これはいったい何事なんだ?何が起こってる」

 

 一息つくと、フードの老人が慌ててハドバルへ詰め寄る。身なりからして、恐らくここの拷問官だろう。

 

「ドラゴンだ。地上はドラゴンに教われているんだ!」

 

 それを聞くと、拷問官は眼を剥き、続いて首を振った。

 

「馬鹿馬鹿しい、そんなことあるわけがない……」

 

 あり得ないとばかりに否定するが、その顔にはどこか不安が混じっていた。

 

「本当だ。俺も彼女が居なければ死んでいたさ」

「しかし……。いや、心当たりはあるな。さっきの崩落音はまさか……」

 

 焦りが混じるハドバルの様子に、ドラゴンは信じられずとも何かが起こっていることは察したらしい。禿頭の拷問官助手は、ブリットに話を向けた。

 

「なあ、そこの囚人……。その、本当なのか?ドラゴンが現れたって」

「そうよ、そのせいで私もハドバルも焼かれかけたわ。……まあ、それで死刑が中止になったのだから幸運と言えるのかしらね?」

 

 皮肉混じりに言うブリットに、拷問官助手は黙りこむ。そもそも少し考えれば、帝国兵士のハドバルと、死刑囚(遺憾ながら)のブリットが一緒に、それも自由に歩き回っている時点でおかしいのだ。拷問官助手は考えるようにうつむき、話が真実であるか迷っていた。

 だが、待っている暇など無い。ハドバルは地下牢の入り口に近寄ると、そのまま奥へ入っていった。

 

「ブリット、こっちへ来てくれ。ここの地下牢から行けば洞窟に入れるはずだ」

「彼らはいいの?」

「かまわないさ、言うことは言った。後は俺たちの関わることじゃない」

 

 それもそうだろう、ブリットとて分らず屋と心中するのはごめん被る。ここはさっさと逃げるに限るだろう。

 

「それじゃあ行かせてもらう。止めはしないだろうな?」

 

 先へ行こうとするハドバルに、しかし待ったを掛ける声があった。まだあるのかと嫌そうにハドバルが振り向くと、そこにはあの禿頭の拷問官助手が立っていた。

 

「いや、俺も一緒に逃げさせてもらう。あの偏屈と心中はしたくない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし酷い臭いね。鼻が曲がるわよ」

 

 地下牢を覆う異臭に、ブリットは軽く愚痴をこぼす。拷問部屋の隣にある地下牢など大概がロクなものではないが、やはり嗅いでいて気分のいいものではない。

 

「ここはスカイリムの、国境に近い場所だからな。そういった辺境に送られてくる連中なんてわかるだろう?」

「屑のような罪人か、あるいは公にできない者か。まあ、どっちにしろ関わりたくないのは明らかね」

 

 カビ臭さと血の臭いが混じったそれは、否応なくブリットの記憶の奥底を刺激する。彼女はそれが堪らなく嫌だったのだ。

 

「まだ出口にはつかないの?」

 

 早くこの空間から出たい気持ちから、ブリットは前にいるハドバルに急かすように訊ねた。

 

「もうすぐ……、ああ見えてきた。あれがそうだ」

 

 どうやら目的地のすぐそこまで来ていたらしい。ハドバルは指差すと、そこへ下りていった。

 

「これが抜け穴……ねえ」

 

 ハドバルが言っていた抜け穴は、文字通り壁に開けられた穴であった。元々作られていたものではなく、後から魔法か馬鹿力かで開けられたものだろう。周囲の具合から見て、そう新しいものでも無いようだが……。

 

「こいつは昔、とある囚人が脱獄するために開けたものだ。どうやら地下の洞窟に面していたらしくてね、結局そいつには逃げられてしまったけどな」

 

 やれやれとばかりにハドバルは肩を竦める。隣の拷問官助手も首を振っていることから、ここの帝国兵士達は皆知っているのだろう。

 

「とは言え、修繕されなかったのは幸いだ。お陰でここから逃げられる。地上を逃げてドラゴンに食い殺されるのはごめんだからな」

 

 そう言うと、ハドバルは洞窟へと踏み入っていく。続きブリット達もその中へと進んでいった。

 狭い横穴を抜けた中は意外なことに、きちんと石壁で舗装されていた。たいまつや石でできた階段があることから、間違いなく自然そのままのつくりではないだろう。

 

「囚人が逃げた後、この洞窟をいっそのこと通行路にしてしまおうかという案も出ていたんだ。だが奥には熊やフロストスパイダーなんかが住み着いていてね、せっかく整えたものの無駄になってしまったんだよ」

「……アホなの?」

 

 それを判断した者の軽率さに、ブリットは思わず呆れてしまう。とはいえ、その人物のアホさに救われているのもまた事実なのであった。

 石でできた橋の下には地下水が流れ、まるで地上にある川のようなせせらぎの音が聞こえる。だが、そんな光景に見惚れている暇はなかった。

 

「……二人とも、避けな」

「ーーーー!?」

 

 ブリットの忠告を聞いたハドバルが、慌てて姿勢を低くする。対して拷問官助手はなんのことかわからずに、呆けて突っ立ったままであった。

 瞬間、洞窟の奥から矢が飛来する。狙いはもちろんブリット達三人だ。ハドバルは物陰に隠れ、ブリットは拾った鉄の盾を構えて避ける。しかし拷問官助手は訳がわからないまま、頭から矢を生やして倒れ伏した。

 

「ストームクロークか!!」

「……あのバカ、避けろって言ったでしょうに」

 

 直ぐに物陰から青い鎧を着た敵達が現れる、ストームクロークの兵士達だ。ここでやろうと言うわけらしい。 

 

「射手は!?」

「奥の方だ!やれそうか?」

 

 そう聞くハドバルに、ブリットは苦い顔を返す。

 

「殺るしかないでしょ!ハドバル、前のやつらを引き付けといて!!」

 

 そう言うと、ブリットは盾を解いて駆け出した。手すりを飛び越え、岩場へと着地する。そこを狙ったかのようにストームクローク兵が戦鎚を振り上げた。

 

「帝国め、よくも同志を!!」

「知らないっつってんでしょ!!!」

 

 姿勢を低くしたまま転がってかわし、返す手で柄を敵の顎へと叩き込む。止めを差している余裕はない。そのまま向こう側の階段を駆け上がると、射手の前へ躍り出た。

 

「くそっ、もうここまで来やがった!」

「逃がすかっ!」

 

 奥へ逃げようとする射手に追い縋ると、その背中に剣を降り下ろす。戦いを正義とするノルドには、大変に不名誉な死に様だろう。

 

「次っ!!」

 

 目の前にはもう一人の射手が、既に弓をつがえて狙っている。この距離、この状況、かわすことはできない。ならば……。

 

「っオオオオオオおおぉぉお!!!」

 

 矢が放たれるのも構わず、ブリットは射手に向かって走り出した。致命傷だけは避け、後は構わず突き進む。左肩に熱い痛みが走るが、構いはしない。そのまま当て身を叩き込むと、左手で首根っこを掴み押し倒した。

 

「死に腐れクソがっ!!」

 

 守りが空いた胴へ、深々と剣を突き刺す。ブリットは抉るように剣を捩じ込むと、そこから一気に引き抜いた。溶岩が噴出するように吹き出した血が纏った襤褸を赤黒く染め、もう一人の射手は無惨に息耐える。

 ブリットは休む間もなく死体を探ると、射手が持っていた弓を手に掴んだ。そうして矢筒から鉄の矢を抜き出すと、弓に構える。狙うのは岩場、そこでハドバルと戦うストームクローク兵士だ。

 1射目、頭を外して岩場に刺さる。2射目、敵の背中に命中。3射目、4射目と次々に放ち、ハドバルを援護していく。

 やがて8射目を射つ頃には、ハドバルは最後の敵を壁に追い詰め、その首を叩ききり落とした。

 ハドバルは肩で大きく息をすると、ブリットに向かって安堵の笑みを浮かべる。

 

「ふぅ……、また君に助けられたよ。心から感謝する。ブリット、君が居なければ俺は死んでいたよ」

 

 その言葉に、ブリットはニヤリと得意気な笑みを浮かべた。誰しも誉められれば悪い気はしないものだ。

 

「弓扱えたのかい?」

「幼い頃に叩き込まれたわ、武芸は一通りね。……そう言えばあの男は?」

 

 一応とばかりに、ブリットは拷問官助手の安否を確かめる。もっとも、彼女自身は余り彼のことを余り良く思っていなかったが……。あの男、拷問部屋で会ったときからブリットを変な目で見ていたからだ。

 

「……駄目だ、これは即死だな」

「……そう」

 

 特に残念がることもなく彼女はその報告を聞き流す。ブリットが彼の生死を気になったのは、ただ単に逃げるのに利用できるかどうかだけだった。他人の命まで心配している余裕はないのだ。それよりも今は、ここから生きて逃げ延びる方が先だ。

 

「奥には敵の侵入を防ぐための仕掛け橋がある。それを越えたらフロストスパイダーの巣だから気をつけてくれ」

 

 なるほど、この砦はそういった方法で地下からの侵入を防いでいたらしい。ハドバルが言っていた仕掛け橋までたどり着くと、その理由がわかった。

 

「上がった橋が扉の役割もしていたのね」

「間に合わせのようなものだったがな。それでも効果はあったさ」

 

 そう言って、ハドバルは壁際に置かれたレバーへ手を掛ける。仕掛けを動かすと橋がかかり、奥へと続く道が開いた。

 

「さて、そろそろやつらの巣にたどり着く。用心してくれ………うおっ!!」

 

 二人が向こう側へたどり着いたと同時、ブリットの背後で轟音が響き渡る。振り返ってその理由がわかった。自分達が今来た道が崩落していたのだ。

 

「……危なかったわね。もう少し遅ければ巻き込まれてたわ」

「強運に感謝……か?」

 

 だが、悠長に安堵もしていられない。これだけの轟音が響いたと言うことは……。

 

「来るぞ!!」

 

 前を向くと、地面を這うように黒い塊が蠢いていた。巨大グモ、フロストバイトスパイダーだ。毒を持つ上にその巨大かつグロテスクな容姿から、スカイリムの女性からは特に嫌われている生き物だ。おまけに人を食う。

 

「でも毒は有用なのよねー」

 

 その巨大な頭を蹴り飛ばし、ブリットは腹に剣を突き刺す。こうすればもうクモどもは動けなくなるだろう。

 邪魔者を始末して通路を抜けると、そこは広い空間だった。

 

「うげぇ……、予想以上にエグいわね。こいつをペットにしてるやつの気が知れないわ」

 

 壁と言う壁、一面に張り巡らされた蜘蛛の糸。ひとつひとつが鋼糸のごとき強靭さを持ち、フロストバイトスパイダー達を支えているのだ。

 仕事柄こういった場所にも多く入るブリットでさえ、肌を粟立たせずにはいられない。そういった生理的な嫌悪を催すような場所である。

 だが引いてもいられない。洞窟の天井からは蜘蛛どもが次々に降り、舌舐めずりのように鋏をならしているのだ。油断をすれば次に獲物とされるのは自分達だ。

 

「こう数が多いとかなわないわね。ハドバル、少し下がってて」

「何か策があるのか?」

 

 剣を構えながら後ずさるハドバルに、ブリットは苦い笑みを浮かべた。

 

「あまり使いたくは無いのだけど……」

 

 そう言うと、ブリットは剣を腰へ下げる。怪訝な顔をするハドバルを尻目に、彼女は空いた手を前へ構えた。

 

「……火よ」

 

 ブリットが何か呪文らしきものを呟くと、その両腕から赤い炎が飛び出す。それはまるで大蛇の舌のように蜘蛛どもへ追いすがると、その身体にまとわりついた。甲高い声をあげ、蜘蛛どもが悶えるようにのたうち回る。左へ右へ、そしてこちらにも。

 

「うわっととと……、危なっ!」

 

 思い描いた作戦は成功したものの、予想外の最後っ屁に流石のブリットも慌てた。蜘蛛にへばりつかれて火だるまなど、思い付く限りでも最悪の死にかたである。

 

「ぶ、ブリット。これも考えの内なのか?」

 

 流石に今回ばかりは、ハドバルも顔をしかめる。それくらいに想定外のことだったのだ。

 

「たはは、…………ごめんハドバル」

 

 幸いなことに、ここが洞窟であったこと、蜘蛛の巣が長年の経過により燃えにくくなっていたことが幸いし、延焼などの大事故には至らなかった。だが、この一見でブリットは、二度と巣まみれのなかで火の魔術を使うまいと誓ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は魔術の心得もあったんだな、つくづく不思議な人だ。普通ノルドの民は魔術を忌むものだが……」

「生き残るために、色んなことを教わったからね。とはいえ素人よ、だからこそあんなミスをおかすの」

 

 蜘蛛の巣を越え、いよいよ洞窟の出口へと近づいていく。もうまもなくすれば、外の世界へ出られるだろう。

 

「ブリット、君は一体何者なんだい?ただの傭兵と君は言ったが、それにしては…………」

「さあね、自分のことなんて自分が一番知らないでしょう?そんなことよりほら、見えてきたわよ」

 

 ハドバルの質問をバッサリと切り捨て、ブリットは前方を指差す。彼女が示す先には、地上の光が漏れ出ていた。

 

「光だ……、地上に出られるのか!」

「そうみたいね。はあ……、やっと一息つけるわ」

 

 慎重に確認しながら、出口へと近づいていく。光へ近づくと共に、しばらく感じなかった冷気が身体を包んでいく。間違いない、スカイリムの空気だ。

 洞窟の外は一面の雪景色であった。そこに生きる者を試すような冷たい風が、鼻孔の中にまで入ってくる。蒼天から放たれる太陽の光を、降り積もった雪が宝石のように反射する。その様子が、ここを地上であると間違いない証明していた。

 

「地上だ……。ここがイスミールでもソブンガルデでもなければ、間違いなくスカイリムの大地だ」

「ようやくたどり着いたわね。まったく、とんだ旅だったわ」

 

 シロディールを出てしばらく、(囚人用の)馬車に揺られて(物理的に)暖かい歓迎をされ、ようやくスカイリムについた気分であった。

 

「ありがとうブリット、君がいなければここまで来ることはできなかった。改めて礼を言いたい」

「良いわよそんなこと。私も生き残るために利用しただけだもの。それよりも、これからの身の振り方も考えないとね……」

 

 そう考えて、ブリットは肩をすくめる。不当に捕まったとはいえ、元死刑囚。スカイリムを歩くにはそれなりに影に身を潜める必要があるだろう。だが、それを聞いたハドバルは首を振ってその考えを否定した。

 

「いや、君はもう十分に罪を償ったはずさ。デュリウス将軍も、きっともう罪を問うことはしないだろう。それでもダメというならば、君の力になれるかもしれない」

「私の……?」

 

 果たして、それはどう言うことであろうか?まさか、ハドバルが自分の逃走の手助けでもしてくらるのか。

 

「ここから先、リバーウッドという村に俺の知り合いが住んでいるんだ。この道をずっと行けば、村につける。日が暮れる前には着けるだろう。彼ならば、俺達を助けてくれるはずだ」

 

 なるほど、それは確かにありがたい。襤褸布一枚に剣一本という粗末な身なりでは、心もとないところであったのだ。

 

「なるほど、それじゃあまずそのリバーウッドってところへ向かいましょうか。ちょうど身なりも整えたかったところだしね」

 

 連戦続きで身体はボロボロ、しばらくろくに汚れも落としていないためか、身体からは少し臭う。せめて水浴びのひとつでもしたいものである。

 

「わかった、ならついてきてくれ。俺が道を知っているさ」

 

 そう言って歩き出すハドバルに、ブリットも異論なくついていく。だが、その出立を遮る声が響き渡った。

 

「今のは!!」

 

 姿勢を伏せ、辺りを見回す。この身体の奥底を震わせるような声は、つい先ほどに聞いたばかりだ。

 空の端から、黒い影が飛び出してくる。この遠さでもはっきりと分かる異様、間違いない。

 

「ドラゴンだ!くそっ、追い付かれたのか」

 

 ハドバルが苦渋の表情を滲ませる。だが、ドラゴンはこちらに目もくれず、空を優雅に舞うとそのまま空の向こうへと消えていった。

 

「……良かった、こちらには気がついていないみたいね」

 

 遠ざかって行ったことへ、ブリットは心の中で安堵する。やつがこちらに気がついていないのは幸いであった。

 だが、ハドバルの様子がおかしい。何やら厳しい顔をしている。

 

「……ハドバル?」

「あいつ、いま北の方向へ向かっていったよな」

 

 

 

 

 

 

 

「あそこがリバーウッド、叔父さんのいる村だ」

 

 

 


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