閑話休題。
どうも、Re:クロバです。単純なヤンデレものです。実をいうと、もうひとつヤンデレ作品を執筆しているのですが、息抜きにと、新たな作品を投稿しました。
楽しんでいただけると、幸いです。
それでは、どうぞ。
第1話:予兆
見事に晴れ渡った蒼穹。波打つ浜辺はまるで真夏の雪原。行き交う車は皆無。夏を告げる蝉の合唱が耳に心地良い。
じっとりと汗をかき、ゆっくりと開眼。見慣れた天井が広がり、体を起こす。
着崩れた寝巻きをそのままに、階下へ向かう。
ーー両親は海外へ単身赴任の為、家にはいなかった。
欠伸を噛み殺し、洗顔。寝癖も直し、朝食と弁当を作る。
ふわりと鼻腔をくすぐるベーコンエッグの香りがこれまた食欲をそそった。
肉汁が出るベーコンエッグをゆっくりと味わい、朝食を終える。丁寧にアイロンをかけた制服を着て、肩にカバンをかけた。
玄関まで足を運んだ時、下駄箱の上に置かれている兄の写真を眺める。
ーー数年前に亡くなった僕の大好きな兄だ。
交通事故となっているが、僕は『そうじゃない』と見ている。
…と、まぁ、これから登校するにあたって無関係のことを祖父の十八番であった推理で推察してみる。
「行ってきます」
やがてそんな遊戯にも飽き、前を向く。行ってらっしゃいと聞こえた気がしたので、微笑んで外へ出た。
すると、そこには僕と同じように微笑んでいた少女が3人。
「皆」
「おはよう、哀くん」
筆頭の千歌さんが朗らかに挨拶。それに小さく頷く、僕。
晴宮 哀刀。それが僕の名前だった。
「哀くん!もしかして今、笑ってたよね!久しぶりに見たよー!哀くんが笑ったとこ!」
ピョンピョンと飛び跳ねる、朝でも元気な曜さん。それをたしなめる梨子さんもいつも通りだ。
そんないつも通りの彼女らを前にして、僕の先程の微笑みはとうに消え去っていた。
真一文字に結んだ唇は不服の構え。生気の宿らぬ黒瞳で千歌さんらを一瞥し、バス停へ進む。
「ちょ、ちょっと哀くん!?さ、さっきまでの笑顔はどうしたの!?」
慌ててやって来る千歌さん。汗をかいているところを見ると、やはり暑いのだろう。
「ねぇ」
「な、なにかな?」
「この際、言わせてもらうけど……もう毎日迎えに来ないでよ」
「え……?」
「だってさ……そりゃあ迎えに来てくれるのは嬉しいよ?千歌さんの家は僕ん家の隣にあるし…そこんとこ考えても迎えに来てくれるのは幼なじみとしての気遣いなのかもしれない……けどさ、まず通ってる学校違うし、バスも逆方向だし。それに……ただ単に僕が嫌になったんだ。皆に迎えに来てもらうことが」
本音だった。故に嘘偽りの無いことを平気で言えた。けれど、それは僕自身の破滅を意味した。
こんな『皆が、邪魔だ』みたいなことを言えば、絶対に嫌われる。……でも、それも分かってて発言した。もう……関わって欲しくなかった。僕なんかが誰かと関わりを持つことに疑問を抱いていたのだ……兄さんが帰ってこなくなったあの日から。
落とした視線をもう一度上げ、彼女らを見る。きっと、辛い顔をしているに違いない……そうでいてくれたら嬉しいな。
しかし、現実は違った。
可愛らしい笑い声が重なる。もちろん声の主は千歌さんたち。皆でお腹を抱えて、身を悶えさせている。
「ちょっ……ちょっと待って!あっはっは!」
「わ、笑っちゃダメだよ千歌ちゃ……ふふふっ!」
「あっはっは!」
顔が火照るのが分かった。馬鹿にされているのが分かった。彼女らが僕の発言を愉快に感じていることが分かった。
「哀くん?」
「っ……何?」
「哀くんはおかしなこと言うんだね?」
優しく諭すように梨子さんは語る。髪をすく指は今日も綺麗だ。
「私たちが哀くんを迎えに来ないわけないよ?」
笑う。左手を口元に添え、艶美に笑う。道中にも関わらず、ドキッとしてしまった。胸が高鳴り、脈が早くなる。
「そ、それはまた……どうして?」
「そうじゃないと、哀くんの顔を毎日見れないでしょ?だって、哀くん部活してるから、学校終わりは当然会えない。その上、朝まで会えなくなったら、なかなか哀くんの顔を見ることができなくなるじゃない」
まるで僕の顔を毎朝見ることが当然のような口調だ。
「そ、そんなのどうでもいいじゃん……顔なんて、その気になればいつでも見れるんだし…」
「確かにそうだけどね?毎朝会うってのは…ちょーっと違うんだよね」
その違いが僕には理解できない。
「哀くんをもう迎えに行かないってのは私も反対かなー」
間延びした声で反対側から曜さんが会話に入ってきた。
後ろで手を組み、僕の歩調に合わせている。
「ま、ほとんど梨子ちゃんが言ってくれたからね。理由は」
「毎朝見ること…?なんだってそんな程度のことに……」
「そんな程度?」
曜さんの声のトーンが下がった。剣呑な空気が辺りを急激に支配し、寒気さえ感じた。
「哀くんと毎朝会うことがそんな……程度?」
「……本人がそう言ってるし、そういうことだよ」
「…………ねぇ?哀くん」
「何?」
「なんで野球選手の人達って点が入ったりしたら、ハイタッチするんだろうね?」
急に何を言い出すのだ。
「そんなの嬉しいからじゃないの?」
「そうだね。でもそれもあるかもだけど……こうは考えない?例えば、哀くんがホームランを打ったとする。チームの元へ帰ってきて喜びをハイタッチでこれでもかと体現する。嬉しいからハイタッチする。まぁ、間違ってはないけど……打者じゃなくって、他のチームメイトの視点から考えたら?」
「……つまり?」
「はぁ…女の子に会話のオチを催促するのは男の子としてどうかと思うよ?」
「だって、バス来ちゃうし」
「むぅ~……よし、分かった。じゃ、そのチームメイトだけど……ハイタッチすることで『喜び』を分け与えてもらってるんじゃないかな?」
「分け与える?」
「そう。だって哀くんも、バスケやってるんなら、分かるよね?点を入れたチームメイトとハイタッチしたら……何か、こう……熱い何かをもらえた!みたいなの!」
「まぁ、なんとなく」
「それだよ、それっ!私達が哀くんに毎朝会うのは、その日を元気に過ごす為のエネルギーをシェアしてもらうためだよっ!」
結論に至ったところで、先程の剣呑な空気が完全に霧散していることに気がついた。やはり、あれはただの杞憂か?
「ようするに、哀くんエネルギーだねっ」
可愛く敬礼のポーズを取り、にこやかにそう告げる曜さん。
言い返す言葉もなかった……あんな強引な論に対して。
「分かったよ……じゃあ、明日も来るんだね?」
「「「うん!!」」」
仲良く揃って、頷く。それをまたもや生気のこもらぬ黒瞳で見つめる。
「しかし……今日のバスは遅いな」
「本当だね…」
独り言のつもりだったが、どうやら千歌さんには筒抜けだったらしい。てか、どんな聴力してんだアンタ。
「あ~……もしかしたら今日学校無いかも」
傍らでスマホをいじる梨子さんが顔をしかめる。
「台風接近。暴風、波浪警報発令したって」
そういや、昨日の天気予報で台風が東海地方に上陸するとか言ってたな。そう思い返すも、周りの天気の良さを見て不思議に思う。
蝉も海鳥も逃げる気はなく、各々の生きるための活動に時間を費やしている。
空を見上げても、頭上に広がるのはやはり蒼穹だった。
「おかしなこともあるもんだ」
腕時計を確認し、ポツリと独り言を漏らす。
「とりあえず、自宅待機ってとこなのかな?」
僕が問うと、「そうみたいだね」の声。なるほど……では、とりあえず、昨日の晩に干しておいた洗濯物を屋内に迅速に回収せねばならない。
少しの言葉で断り、家の中に入る。
ベランダから体を出し、寝巻き、下着、ワイシャツ、タオルなどを部屋に放り投げる。整理するのは後ほどでいい。
家事に慣れた僕の手際の良さはなかなかに自慢できるほどで、先述通り、迅速に洗濯物を取り入れることに成功。
とはいえ、真夏の作業だったので、汗が滝のように流れ出るのは避けられなかったが。
はぁ、と気炎を吐き、ベランダの縁に腕を乗せる。水平線の向こうにも怪しい雲影は見えない。
ーー本当に台風来るんだよな?
訝しげに目を細め、下へ注意を向ける。すると、3人と視線が絡み合った。
「なんで見てるの」
「哀くんエネルギーもらってたの!」
「なんじゃそりゃ」
柄にもなくツッコミをしてみた。そして、僕は玄関まで戻り、顔を出す。
「皆は家に帰んないの?特に、曜さんは帰れるの?」
「あー…無理っぽい」
「だよね…」
「あ、じゃあさ!哀くん家に泊まらせてもらえないかな!?」
「千歌さん家の方が広いよ」
「ま、まぁそれはその……そうだけど……」
モジモジと赤面しだす曜さん。ようするに僕の家に泊めて欲しいということだろう。
最初のもう人と関わりたくないなどといった弱気な気持ちはとっくに消え去り、その後何度もおねだりしてくる曜さんにとうとう許可を与えてしまった。
嬉しそうにはしゃぎ回る曜さん。それを見た千歌さんと梨子さんはムッとした顔をし、僕に詰め寄る。
「私も泊めて!」「私も!!」
「いや…2人は近所じゃん……」
「曜ちゃんだけはズルいよ!」
「ズルいも何も泊めるだけだって…」
「ズルいズルいズルいーっ!!」
「……っ!…はぁ、分かった。着替えとか家から持ってきてね」
「「はーい!」」
押しに弱いのが僕の短所だ。キャッキャと騒ぎながら家に帰っていく2人を見送り、先に曜さんを家へ上がらせる。
「うわー…久しぶり。哀くんのお家」
「そうだね」
「あはは。この質素な下駄箱もそのまん……ま…」
か細くなる曜さんの声。原因は……言わずもがな。
「良い写真だよね、お兄さんの」
「そう…だね。僕はそれよりももっとカッコイイ笑顔を知ってるけど」
「あはは!嘘だぁ!」
「ホントだよ」
「そう?」
「そう」
そこで会話が終わり、無言が続く。不思議と、どちらも行動を起こそうとしなかった。
曜さんは世話になった我が兄の写真を見つめ、僕はそんな曜さんを見つめている。
そろそろ2人も来るかな。
そう思って方向転換し、リビングへ足を運ぼうとしていた時だった。
ギュッと力強くも優しい抱擁を背中からされた。腕を首に回され、吐息がうなじにかかる。
そんな密着した状態にドギマギするばかりの僕はどうにか声を絞り出す。
「な、何を……」
「ごめんね」
ゆっくりと紡ぎ出される謝罪の言葉。
「哀くん……やっぱり気にしてたんだよね?……お兄さんのこと」
「……まぁ……ね」
「世界でたった一人のお兄さんだもんね?」
「曜さんにとっては大切な幼なじみ……だよね?」
「そう……だね。あんなにカッコよくって素敵な人は居なかったよ」
「同感だ」
「……まだ辛い?」
「……あの時よりマシ」
「そう」
またもや無言が続いた。けれど、抱擁は解いてくれず、またそれが何故か嬉しかった。
背中に広がる彼女の温もりに安心し、安堵が胸の中を満たす。
僕の生気の無い黒瞳はこの時、潤んでいたのだと思う。理由は……いいや。それを少しでも言ってしまうと、目尻に溜まる水がこぼれ落ちそうだ。
「大丈夫だよ。哀くん」
「……」
「私たちがいるから」
「うん…」
「いつまでも哀くんの味方だから」
「うん…うん」
「見捨てたりなんかしないよ。離したりもしないよ」
「うん……」
「ずぅっと…傍にいてあげるから」
「曜さん……」
「だからね?哀くん」
「哀くんも私達から離れないでね?」
今になっては、この時からだと思う。
数年前に兄が死んだというのに、未だ立ち直れないでいて……心が衰弱しきっていて……
そんな弱い自分を見捨てず……あんなに拒絶を示した僕を見捨てずにいてくれた曜さんや他の2人に……心から安堵したのは正直な気持ちだ。これは嘘偽りもなく、本当のことだ。
だからこそ。僕は気づかなかった。
甘美なる言葉を囁く曜さんの、僕の『傍にいる』という意味を舐めてかかっていた。
その時僕は曜さんの囁きは天使のように幻聴していたが、それは破滅を誘う悪魔の囁き。
彼女の一言一言が麻薬のように僕の頭に浸透していた。
無知で無力で無粋な僕は……愚者で愚鈍で愚物な僕は……愚かで矮小で脆弱な僕は……
まだ………彼女らからの病的な愛の予兆を感じられずにいたのだ。
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