カレーをパクパクというよりバクバク食べる曜を尻目に俺は母親に問いただす。
「か、母さん。なんで曜が?つーか夜食を食わせんな」
「いやー。渡辺さんから今晩預かって欲しいって頼まれちゃってー」
「気楽だなぁ……。なぁ、曜」
「ん?ぬぁに?」
「食べ物を口に含んだまま喋んな。……一人で暇じゃなかったか?」
「大丈夫だよ!哀刀のお母さんがハガキを大量に書いてたところを見てたから!」
「ハガキ?って、おいババァ!またジャ〇ーズに俺の写真添付させたハガキ送ろうとしてんのか!?黒歴史になるからそれはやめろって言ってんだろォが!!!」
「よ、曜ちゃんが目の前にいるんだからもう少し大人しく……!」
「あははは」
「ほら見ろあの天使の微笑みを!アレはどう見ても俺が母親に向けての嫌がらせをすることを許諾してくれてんだろ!?」
「そんな強引な!このロリコン!あ……このこともハガキに書いとこ。えーと……長所はロリコンっと」
「長所、ロリコンって何!?ンなこと書いて出してみろよ!事務所じゃなくって刑務所に届くからねそのハガキ!」
──っと、母親と漫才している場合じゃなかった。
「ゴメンな、曜。もしかして待っててくれた系か?」
「よーそろー!」
「ヨーソローじゃ分からんわ。ま、そういうことにしとくか。……母さん曜寝かせるぞ?」
「あ、その子お風呂入ってないわよ?私は入ったけど」
「入らせてやれよ!!とんだ放任主義だな、母さん!」
「哀刀入らせてあげなさいよ」
「哀刀!お願い!」
「ぬぐぅぉぉぉ!ンな目で見るな!マジでロリコンになりそうだから!」
「……短所はロリコンと」
「確かに短所かもしれんが、とにかく記入すんな!!!」
「──ハァ」
昨夜の一件から、疲労を蓄積させた俺は机に突っ伏していた。現在は昼休み。頭の中では曜という天使と、ハガキという悪魔が降り混ざって極上のハーモニー……も糞も生み出さなかった。
「どーしたよ晴宮」
「眠い。辛い。死にたい、母親に物申したい」
「まさかまたジュ〇ン?」
「ジャ〇ーズだ馬鹿。絶対黒歴史確定しそうだからやめてくれっつってんのに、あの母親は……」
「ま、同情するぜ」
「お前も……似たようなことが?」
「演歌歌手デビューイベントに応募されたことあるぜ──」
「また想像の斜め上を行きやがるなテメェは!どういう思いでお前は俺に同情してんの!?しかもお前音痴じゃん!よくも言えたな!」
「──その経験があるっていうことをジャ〇ーズの応募ハガキに書かれたんだ」
「あ、そっち!?ってかどっちにしろ音痴じゃん!挙句の果てにはお前ブサイクじゃねーか!」
「なら俺は舞祭組に参加できるな!」
「無理だよ!てか、お前もう黙れ!!」
夕日が映える空を見物している俺。今日はバイトもないので、放課後にも関わらず、友人らと屋上に寝そべり怠惰に過ごしていた。
「今日も平穏だな、晴宮」
「女子?」
思わず聞き返すと、肯首する彼ら。別に殺気旺盛で語ってくるのではなく、ただそのことを問うただけのような様子であった。
──だが、確かに。
「逆に俺は違和感すら覚えるぜ。晴宮の周りに女子がたむろしてないなんてよ」
「昨日も言ったけど、俺はお前らといる方が──」
「──ハイハイ、ホモの意見ありがとです。ご馳走様」
「なぁ、処すよ?師匠から伝授された黄金の小指で鼻の穴貫くよ?」
「小指かよ!つーか、鼻の穴って地味なとこだなオイ!鼻血出るくらいだわ!むしろ心が痛くなるわ!」
「あー、晴宮に〇〇。話してる途中悪いんだけどさ、ホラ」
「「ん?」」
眼鏡を装着している友人に促され俺は立ち上がり、鉄柵に手をかけ身を乗り出し、眼下を見渡す。すると、校門には見覚えのある夕日にも負けない真紅がなびいていた。
「……真姫?」
「うっわー……あの子可愛い…」
「お前その眼鏡実は双眼鏡だろ。普通見えねぇよ」
俺は軽くツッコミを入れてから、地面に放置してあったカバンを肩にかけた。
「んじゃ、また明日」
「ンだよ。他校のヤツにまで手ェ出しやがって」
「そんなんじゃねぇよ。俺、最近ロリコン気味だから安心しろ」
「……今、サラッとヤベェ発言しなかったか晴宮!?」
「──よっす」
「あら、哀刀。偶然ね」
「偶然?校門で待ってたのに?」
「……偶然よ」
どうやら真っ赤なお姫様は意地でもそういうことにしたいらしい。けれど、本当にただ俺の学校を覗きこんでいただけかもしれない。俺が音乃木坂にてやったように。
ま、ノってやるか。
「で?」
「で……って?」
「いや。せっかく会ったんだから何かしないのかな、と」
「うぇっ!?な、何もしないわよ!」
「なんで動揺してんの?あー……カフェでも行く?」
「だ、だからただ偶然ここに寄っただけなの!い、行かないわよ!」
「あ、そう。んじゃバイバイ」
「え、待っ……!」
「どっちだよ」
「い、行きなさいよ!」
「真姫」
「な、何?」
「お前って案外情緒不安て──あべしっ!!?」
──痛い。
哀刀と去った後の真姫は肩で息をしながら、その背中を見てニヤリと笑った。
「海未から盗み聞いた話。本当だったのね」
「確かに前から感じていた雌豚の臭いはほぼ無いわ」
「でも……まだ少し……ある」
「ふふ……見てなさい哀刀。その臭いを取り除いて、私色に染めてあげる。そして海未、ことり。貴女たちの思い通りにはいかさせないわ。誰を敵に回そうとしているか後悔させてあげるんだから」
──嵐が訪れる。しかし、それは台風のように大袈裟なものではなく、木枯らしのように小規模のものでもない。
それは狡猾に自分のリズムで獲物を狙う。可愛げで危なげな少女の恋の嵐。
それをある者はCutie Pantherと呼ぶのかもしれない……──
「ほら、目つむってー」
「んっ!」
「はい、綺麗綺麗」
「そう!?ふふふー!」
「あぁ!曜ちゃんズルイー!」
「ハイハイ、千歌もおいで」
「わーい!」
母親曰く──
なんか高海さんのところも預かってだって!なんでも千歌ちゃんがウチにお泊まりしたいって聞かなかったらしいのよ。それから、渡辺さんところは延長で今日もよろしく、だって~。
ありがとう神様。お陰で天使が目の前に2人も降臨しなさっておる。互いに体をタオルで洗い合う様は正しく天国がここに顕現したかのようであり、神秘的だ。
……魔性のロリコンって言われても仕方の無いこと言ってんぞ俺。
「あ~、見てみて曜ちゃん」
「何~?千歌ちゃん」
「哀刀くんのお股からお髭が……」
「なっ!!?ソレは駄目!絶対!オイ!引っ張んな!やめろ!色んな人に怒られるから!ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!痛い痛い痛い!血ィ!血が!」
「出てないよ?」
「誇張して言っただけだロリッ娘!早くその手を離せ!草刈りの時期じゃないだろ今は!」
「じゃあ稲刈り」
「鬼畜かおまえら!!あがぁぁぁ!!ロリは嫌いだぁぁぁぁ!!!──」
──虚しい。ただその一言だけで締めくくれる、そんな1日であった。