嗚呼、僕に寄り添う彼女らはヤンデレ   作:Re:クロバ

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第2話:優しいね

油が爆ぜる音がフライパンを通して部屋に伝わる。取っ手を掴む手とお玉はひっきりなしに動き、卵と白飯を混ぜ合わせている。

 

「まだ昼食には早いけど……3人とも食べれる?」

 

台所に立つエプロン姿の曜さんが振り返り、尋ねる。陽気に「大丈夫!」と応じる千歌さんと梨子さん。僕も負けじと声を張って了承の意を示す……なんてことはなく、いつも通りの覇気と抑揚のない声で応える。

 

そんな僕に微笑みを向けた曜さんはすぐに作業に戻った。

 

そんな彼女から視線をずらし、手元の携帯ゲーム機を見つめる。ここで勘違いしないで欲しい。

僕が作るから、くつろいでいてくれて良いと言ったのだが、昼ご飯くらいは作らせてとの曜さんの要望を尊重した結果なのだから「男の癖に…」といった類の文句は言わないでいただきたい。

 

「「「「……」」」」

 

室内に沈黙が広がる。僕はゲームに没頭すると無口になる癖があるので、なんとも言えないが、他の元気な3人が無言なのは少し気がかりだ。

 

某狩りゲームをしていた手を止め、視線を上げる。キッチンでせわしなく働いてくれている曜さんの様子は分からないが、千歌さん、梨子さんの2人の目線はナイフのように僕に突き刺さっていた。

 

「……何?」

 

「あ、いやっ……な、なんでもないよっ?」

 

「そうそう!」

 

動揺を隠しきれていない彼女らを怪訝に黒瞳で見やるが、すぐに興味を失くした僕はゲームを再開。再びデジタルの世界に入り込んだ。

 

 

 

 

 

「出来たよー」

 

それは時計が午前11時を示す頃だった。香ばしい匂いが充満するこのリビングにいる者だけが、今から出てくる焼き飯がとんでもなく美味しいのだろうと推測できる。

 

そして、推測通りの焼き飯が出てきた。細かく刻まれたネギや、わざわざ千歌さんが持ってきてくれた豚の角煮の細切れ。全てが合わさった故の逸品だ。不味いはずがない。

 

「いただきます」と合掌し、スプーンでパラパラの米粒をすくう。どうやったら中華鍋でもないのにパラパラチャーハンを作れるのか今度聞いてみようかと思案させるほどの出来栄えだ。

 

口に放り込んだ感想も言わずもがな。食レポに自信が無い僕は「美味い」の3言しか出てこない。

 

プロ顔負けの焼き飯に短時間で圧倒された僕は素直に曜さんに感想を伝えることにした。

 

「美味しいよ、曜さん。こんなチャーハン今まで生きてきた中で食べたことないや」

 

「ほっ、本当!?」

 

「本当だよ、ほんとっ………!?」

 

続きの言葉が出せなかったのは、僕の顔が曜さんの胸に押し付けらたからだ。つまり、頭を抱きしめられた。

 

「嬉しいっ!哀くんにそんなこと言ってもらえるなんて!」

 

「いや……素直なかん……!…そ……だよ」

 

正直、拘束を解いて欲しい。年頃の高校1年生の顔を胸に埋めさせるなんて、しかも他の女子が見ている前でこんなことするなんて…公開処刑もいい所だ。

 

「あーっ!哀くん耳まで真っ赤じゃん!?」

 

悟られないようにしていたのだが、意外に高度な観察眼を持っていた千歌さんが僕に詰め寄る。

 

「曜ちゃんばっかズルいよ!」

 

そして、かなり強引に今度は千歌さんの胸に顔を押し付けられた。

 

幼なじみにこんな感想を抱くのはなんだと思うが……2人ともたわわに実っちゃってるんだから本当にやめて欲しい。

思春期であろうに基本的に性欲が無の僕でもかなり危ない。

 

柔らかく温かい感触が肌を通して伝わってくる。そのまま持っていたスプーンをどうにか机に置き、千歌さんの肩に手を添える。

 

キャッキャと騒ぎつつ、案外強い力でホールドされている僕は相手に不快感を与えないように無理やりにではなく、ゆっくりと顔を離れさせようとする。

 

またここで勘違いしないで欲しいことが1つ。決してこの状況を楽しんでいるわけではないということだ。

 

そりゃあ絵面的には全国の男子の反感を買うようなものではあるが、理解して欲しい。(ほぼ無性欲と言っておきながらも)健全な男子として、アレが肥大化しないわけがない。

焦るに決まっている。

 

「もう!千歌ちゃん!哀くん嫌がってるよ!?」

 

そんな窮地の僕に救いの手。

 

「はぁ~い」と千歌さんは間延びした声で名残惜しそうに僕を解放する。

 

ーー梨子さんに助けられた。

 

ホッと見えざる手で胸を撫で下ろし、いざ食事に戻ろうかと言うところで救世主は僕を裏切った。

 

机に向き直った僕を背後から引き寄せる梨子さん。狡猾なことに、2人のように強引ではなく、まるで誘導するかのように僕を引き倒す。

とは言うも、後頭部が梨子さんの胸で受け止められて完全に倒されはしなかったが。

 

「梨子ちゃんもズルいじゃん!」

 

抗議の声を上げる曜さん。レジスタンスという単語がお似合いなほどの激しい抗議っぷりだ。

 

「ふふっ……哀くんも大変だね」

 

よくもまぁ、あのうるさい抗議の声を無視できるものだ。

 

「一体誰のせいだと…」

 

「私のせい?」

 

「いや…梨子さんは違いますけど……」

 

「なら良かった」

 

僕の胸の前で交差させた梨子さんのしなやかな手腕は優しく僕を包む。後頭部は梨子さんの胸に預けている状態なので、まるでソファ……と言ったら語弊があるが…つまりそういう感じになっている。

 

「間近で見ると、哀くんは綺麗な目をしてるね」

 

「そうですか?学校では死んだ魚のような目って言われますけど」

 

「ううん、そんなことないよ。凄く、優しい目をしてる。私は好きだよ?哀くんの瞳」

 

いちいちドキッとさせることをやってくるからこの人には困る。

 

「それに髪の毛も柔らかいね」

 

周りの抗議の声を華麗にスルーしつつ、僕の頭を撫で、いつも自分の髪をすいている指で僕の髪をすく。

 

「生まれつきそういう髪質なんです」

 

驚くことに妙に落ち着いた僕はしっかりと梨子さんに返答できる。なんだろう。ドキッとはさせられるが、ここまで無性欲なのは考えものなのだろうか。

 

「じゃあリンスもいらないの?」

 

「そう…ですね」

 

「ふーん……羨ましいなぁ」

 

よく言われる。主に女子とカミングアウトしてしまったクラスメイトに。

 

「……」

 

唐突に無言になった梨子さん。

 

すると僕の側頭部を両手で包み、高度を落とす。次にゆっくりと後頭部が着地したのはなんと梨子さんの膝上だった。ようするに膝枕。全国の男子は僕のことを処刑してくれていい。闇討ちされるよりかは、堂々と殺されたい。

 

相も変わらず生気のない黒瞳の僕は、目で「どうしたんですか」と問いかける。

 

それが通じたのかは分からないが(なにせ僕の目に感情がこもってないからだ)、にこりと微笑む梨子さんは僕の頭を撫で続ける。そのまま顔を耳元に近づけ、

 

「今日くらいはゆっくりしていいんだよ?」

 

と囁かれた。

 

深く意味も考えなかった僕は、言葉に甘えることにした。……とは、言いつつも今は昼食中。体を起こし食事を続行しようとすると制せられた。

 

「千歌ちゃん、曜ちゃん」

 

「「ん?」」

 

「ジャンケンして、買ったほうが哀くんに、あ~んしてチャーハン食べさせてあげて?」

 

「「やってやるぞーっ!」」

 

闘志を漲らせるのはいいが、近所迷惑にはならないようにしてほしい。心の中でそう呟いた時、ふと耳を澄ませる。

 

ーーまだ蝉が鳴いている。

 

蝉の合唱は留まることを知らず、命を賭した鳴き声はこの内浦に響き渡る。

 

ーー本当に台風が接近してるのか?

 

疑問に思ったところでジャンケン勝負に勝敗がついたようだ。スプーンでチャーハンをすくった千歌さんは僕に近づいてきた。

 

「はい、あーん」

 

流し目で曜さんを見ると、この世の終わりのような表情をしていた。なんだかこっちが悪いような気分にさせられるので、心底やめて欲しい。

 

可愛らしく千歌さんが差し出してくるスプーンにかぶりつく。

 

なんと言う贅沢。台風のせいとはいえ、彼女ら3人に尽くされる今日この頃。

全く何を考えているか分からない目をしている僕だが、当然嬉しい。

 

このままこの怠惰な時間が1日の終わりまで続くと思っていた。その時。

 

ーーピンポーン。

 

インターホンの音が来客を告げた。

皆で顔を見合わせ、流石に僕が出る。

 

「えーと…どなたで…?」

 

『私よ私っ!』

 

『正確には私たちだけどね!』

 

インターホンの画面には様々な髪色が写り、雑音混じりの声はもはや騒音と化している。

 

「あの…もう少し引いてもらっていいですか?」

 

『哀くん見えてないんじゃない?』

 

『善子さん!下がりなさい!』

 

『善子言うな!』

 

もう大体察した。

 

「……Aqoursの皆さんじゃないですか。こんな嵐の日に何用で?」

 

『い、いや~…その…ちかっちたちってそこにいる?』

 

申し訳なさそうに頭をかく鞠莉さんがそう尋ねてくる。もちろん僕は「はい、いますよ」と返答。

 

『ちょっとちかっちと話がしたいの!出てきてくれるよう言ってくれない?』

 

「分かりました」

 

『あ、あと曜もね!』

 

「?……まぁ、分かりました」

 

伝言を幼なじみ2人に伝えた僕は特にAqoursの人達に用はないので、残っているチャーハンを口に放り込み、完食した。

 

「見ていて気持ちがいい食べっぷりね」

 

「食べっぷりを褒められたことなんて1度もないんですが。食い意地張ってるって言われて終わりですよ」

 

「そんなことないよ?私はそう思うな」

 

僕と同じようにリビングに残った梨子さんに食べることへの姿勢を賞賛された。

 

ふぅ…と、ため息をつく僕。いい感じに満腹だ。

 

すると、梨子さんはまたもや僕を背後にゆっくりと倒し先ほどと同じ体勢での膝枕。

 

「え…あの……」

 

「ゆっくりしていいよ?って言ったじゃん」

 

「……ありがとうございます」

 

ならば……昼寝でもするか。

こういうのを世間ではマイペースと言うのかもしれないが、僕にはそれが分からない。分かるつもりもない。

 

二重まぶたをゆっくりと閉じ、視界はほんのりと赤く染められた。

 

「ねぇ、哀くん?」

 

「……はい」

 

「千歌ちゃんと曜ちゃんのこと…どう思う?」

 

「質問の意味が分からないんですが…」

 

「素直に気になっただけなの。……で、どう?」

 

「まぁ、付き合いの長い幼なじみですからね。優しい友達と思ってますし、朝あんなことを言ってしまったけど…彼女らのことは大切ですよ」

 

「そっか……」

 

「……」

 

「…ねぇ、哀くん?」

 

「はい」

 

「じゃあ私のことは?」

 

「え?」

 

「ほら、私ってば東京から来た新参者じゃない?貴方たち幼なじみの仲に途中参加のよそ者。そんな私のことは…どう思う?変に思っちゃったりする?」

 

「それこそ質問の意味が分からないですよ」

 

わざわざ目を開けて答える。

 

「梨子さんのことを変だとか思ったことはありませんし、よそ者だとかも感じたことはありません。梨子さんのこともあの2人と同じくらい大切ですよ。幼なじみでもないのに、あの2人に文句も言わず毎朝迎えに来てくれるところとか……本当に優しい人だなとか感じますし」

 

「哀くん…」

 

「正直、哀くんエネルギーっていうのは意味不明ですが、……それでも毎朝迎えに来てくれる貴女を僕は優しい人だなと思っています。そんな貴女を邪険に扱うわけがありませんよ……って、朝にあんな暴言吐いた僕に説得力は皆無ですけどね」

 

「ふふ……ありがと」

 

艶美に笑みをたたえる梨子さん。頭を撫でてくれていた手で僕の前髪を優しくかきあげる。

 

「これはお礼」

 

その言葉に対して問うよりも早く、梨子さんは額に口づけを落とした。

 

一瞬、何をされたか分からなかったが、次第に赤面した。まるでトマトのように赤く紅潮した僕は慌てふためく。

 

それを穏やかになだめる梨子さん。

 

「なっ…!?えっ…?ぇぇえ!?」

 

「うわぁ!これは新鮮な哀くん!」

 

「年下をからかわないでください!」

 

まだまだ火照っている頬は僕の恥じらいを究極に体現していた。

 

「はぁ…なんだか疲れました……」

 

「うふふ…じゃあこのまま寝ていいよ?」

 

「さっきみたいなことをやらないでいただけるのならね」

 

「分かった。私も悪ふざけが過ぎたなって反省してるから」

 

「…はい」

 

「可愛い哀くん。それじゃ、おやすみ」

 

再び優しく頭を撫でてくれる彼女の手に導かれるように僕はまぶたを閉じた。多分夢の世界まで行くのにそう時間はかからないはずだ。

 

ならばそんな限られた時間の中で、梨子さんから慈しみを味わうとしよう。かなり変態的発言だが見逃してほしい。

 

そう締めくくった僕は本当にすぐに夢の世界へと旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…哀くん?もしかして寝ちゃった?」

 

リビングには外で話し合いをする千歌たちの声と哀刀の寝息以外は聞こえなかった。

 

梨子は慈愛を込めた目で彼の寝顔を観察する。

 

撫でる手をそのままに、空いた手でポケットからスマホを出す。アプリを起動し、シャッターを切る。

 

これで彼の寝顔は永久保存された。宝物にしよう。梨子はそう、たかをくくった。

そこまで考えた彼女は聞き耳を立てた。どうやら話はまだまだ終わる気配がない。

 

梨子は艶めかしく笑みを漏らした。

 

ゆっくりと顔を下げ、彼の耳元へ。ごくりと生唾を飲み込んでから、舌を伸ばし耳を包み込む。

 

静かなリビングに響く粘着質な音が淫靡(いんび)な色香を漂わせる。

梨子は舌を動かし続けた。彼を起床させないように細心の注意を払いながら、一方的で自己満足的な奉仕を続ける。

 

「ぷはぁ…」

 

唾の橋が出来上がっているのが、これまたいやらしい。

 

「これが……哀くんの味」

 

「な~んだ」

 

 

 

「曜ちゃんのチャーハンの何十倍も美味しいじゃない」

 

 

 

ニタリと歓喜の表情を静かに浮かべる梨子は満足するまで彼に奉仕を続けた。

 

「はぁ…哀くん……哀くん…好き……大好き。その寛大な心が好き……部外者である私を他の人と差異無く接してくれたことが好き……冷徹なようで優しいところが好き……愛想が無いようなことを言っているようで、歩道を歩く時は必ず車道側を歩く気遣いをしてくれる貴方が……先を歩いてたとしても、何度も立ち止まって振り返ってくれるその歩き方が好き………大好き」

 

彼女の愛の呪文は続く。

 

しかし受呪者である当の彼は……それについぞ気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

「で?どういうわけ?」

 

剣呑な空気が満ちる。

 

声を発した主である善子は眉間にしわを寄せ、怒りの表情。

 

「これって同盟よね?本来なら皆同時に訪問する手はずだったでしょ?なに約束破ってくれてんのよ」

 

「でも……ね?善子ちゃん。皆で同時に行ったら…単純に哀くん困るだろうし…」

 

「それはあるかもしれないけど……アンタたちに先を越されたってのが気に食わないって話よ」

 

弁解する曜だが善子は口撃をやめるつもりは毛頭ないようだ。

 

「まぁまぁ」

 

すると、傍観していたはずの鞠莉がたしなめた。

 

「マリー…」

 

「曜の言う事もやっぱり正しいわ。最初にそこをもっと検討しておくべきだったわね」

 

「鞠莉さん…」

 

「でもまぁ……善子の言うことにも同感かな。ズルいわよ、3人とも。……結構、嫉妬ファイヤーしてて目の前がチカチカしてるけど……我慢する」

 

「……そうしておいて…ね」

 

「それじゃあ、今度こそ。家に上がらせてもらいましょうか」

 

「そうですわね」

 

手打ちした鞠莉に同調するダイヤ。

 

「そうだね……じゃあ哀くんの許可は後で貰うとして……はい、どうぞ」

 

銀髪を揺らし彼女らを招き入れる曜。

 

各々の想いを胸に、彼女らは戦場に立つ。これは同盟という形の協力戦。相手は難攻不落の城……晴宮 哀刀。

 

彼女らは闘う。もう火蓋は切って落とされた。

 

彼は熟睡する。単純に起ころうとしている勝負に気づいていないからだ。

 

再度言おう。

 

火蓋は切って落とされた。

 

この意味を1番知らなければならない彼は……夢の中で兄とキャッチボールをして娯楽に興じていた。

 

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