High School Fleet ~封鎖された学園都市で~   作:Dr.JD

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――――正当な理由で立ち上がった者をテロリストと呼ぶことは出来ない――――
ヤセル・アラファト

どうも皆さんおはこんばんにちわ。
Dr.JDです。

前回の投稿からかなーり時間が経ってしまいました。
小説の構想がなかなか練られず、方針に迷っていたからです。
予定としては、もうそろそろハイフリとは別の物語でも投稿していこうかと思います。
今回からは他人視点での話となります。
しばらくは岬さん視点の話は予定してません。

余談ですが、ハイフリのアプリゲーム化&劇場版アニメ作成決定が決まりましたね!
いやぁ、これであと5年は生きることが出来ますね。
ハイフリなどのアニメがある世界線に万歳。

では挨拶はこの辺にして、ストーリーをどうぞ。


第15話 脱出

[脱出]

2012年、7月22日、10;39;54

高校1年生 陽炎型航洋艦五番艦「晴風」 副艦長

宗谷 ましろ

茨城県 尾阿嵯(おあさ)町 中央研究所 地下ドッグエリア

 

彼女の背が、どんどん小さくなっていく。

私達を導いてくれた、あの人の小さくて大きな背が。

私はただそれを見ていることしか出来ない。

その背中を見たら、自然と嫌な考えが頭を過ぎった。

幹部からの呼び出し。

そして私とは別に呼ばれた理由。

これだけの不安要素が集えば、誰だって嫌な考えくらいはしてしまうだろう。

嫌な汗が背中から湧き出てくる。

いつの間にか手汗も出てきて、ぐっと力を込めるも指の間から滲み出て止まらなかった。

それが気持ちの連動して、負の思考が湧き出てくる。

このまま逃げ出したい。

みっともなく大声出してここから離れたい。

だけど。

再び遠くなった彼女の背を見直す。

私よりも背が低く、私よりも掛かる重圧に耐えている。

真っ直ぐ歩く彼女の後ろ姿は、誰よりも頼もしく見える。

そしたら、マイナス思考が徐々に薄れていった。

手を見つめる。

あの鬱陶しい汗は、止まって見えた。

ただの錯覚かもしれない。

そう思いたいだけかもしれない。

だけど。

私に託され、いや、出来ることがあるはずだ。

ならばあの人に遅れを取られないようにしなければならない。

船を、皆を支えるもう一人の責任者として。

私は先程までの臆病な態度をしまい、彼らと相対する。

 

宗谷 ましろ

「ところで、さっきは燃料補給中と言っていたな。後どれくらいで終わる?」

ドロイド兵2

「燃料がほとんど残っておりませんでしたが、大分前から入れていたこともあり、あと10分ほどで完了します」

宗谷 ましろ

「そうか。船体にはまだ警備が残っているのか?」

ドロイド兵2

「いえ、誰も居ません。解析班はすでに戻られたかと」

 

時計をチラリと見て、計画通りかを確認する。

現在時刻は1040。

燃料満タンになるには10分程度。

予定では1100までに出港準備を終えて、施設から脱出させる算段となる。

それまでにやるステップは以下の通り。

 

1.警備ロボットを晴風から引き離すこと。

2.ドッグにあるゲートを開放すること。

3.セキュリティシステムの無力化。ただし、無力化するためのエリアはこのドッグのみ。

4.施設突入班が全員での脱出。

 

1はこれから私がクリアしなければならない問題だ。

2と3については、外で作戦に参加している納紗さんにハッキングをお願いしてあるからその腕に掛けるしかない。

そして4は、これは私とあの人次第だ。

 

――――そんな中、私は不意にあの人がこの作戦前の言葉を思い出していた。

”もしも私が脱出できそうになかったら私を置いていって”

作戦結構直前に言っていた言葉。

あの時は彼女のその言葉を突っぱねたが、内心ではそれも仕方ないと考えている。

あくまで最優先は、晴風の奪還だ。

これは、あの人が決めたことであり、私達の共通の希望である。

――――――――

――――

――

………!?

いやいやっ、何を考えているんだ私は!?

あの人を置いていって仕方がないなんて、あり得ない!

何で、こんな考えを………。

 

私は思考を隔てるように、晴風を見上げた。

奪還されたあの時から、何も変わってないように見える。

あの海で、あの場所で行われた作戦で、晴風は。

………やはり、晴風には無理をさせすぎたのかもしれない。

数歩近付いて、船体に手を触れる。

鉄の冷たい感触が、掌に伝わってくる。

ゆっくりと両目を閉じて、心を無にする。

そして胸に手を置いて深呼吸を繰り返す。

………。

よし、やろう。

私の一世一代の迫真の演技を。

 

宗谷 ましろ

「うっ、うぐっ!!」

 

突然の腹痛で、宗谷は腹を押さえてその場でうずくまった。

本当は全く腹痛など感じないのだが、これしか思いつかない。

傍に居るドロイド兵の注意を引くにはこれしかない。

案の定、近くのドロイド兵は彼女の異変に気付いた。

 

ドロイド兵2

「どうかなさいましたか?」

宗谷 ましろ

「お、お腹が、痛い………」

ドロイド兵2

「なに!?おい、急いで救護班を」

宗谷 ましろ

「そこまで、しなくていいっ。でも2人で医務室に案内して欲しいんだ、頼む」

ドロイド兵3

「でしたら別の警護を呼びますので、少々お待ちを」

宗谷 ましろ

「いたたたたたっ!?」

 

通信機を取り出そうとするドロイド兵の言葉を隔てるように、宗谷は再び叫んだ。

同時にドロイドの腕を掴んだので、通信が出来ない。

必死さに、さすがのドロイドも焦りを感じ始める。

 

ドロイド兵3

「分かりました!すぐに医務室へ運びますので、手を離してー!」

ドロイド兵2

「おい、そっちの肩を担げ!急いで運ぶぞ!」

 

迫真の演技が伝わったのか、ドロイドは慌てて宗谷の両肩を支えながら、その場を後にする。

その中でチラッと背後を振り返るが、追っ手や応援などは呼ばれなかった。

呻き声を適度に出しつつ、手をそっとポケットの中へ突っ込み、通信機のスイッチを2回を2セット押した。

これで突入準備は整ったと言う合図だ。

後の計画は、彼女達に任せるしかない。

そして私は、脱出準備が完了する無線が届くまで、どうやって医務室から脱出するかの算段を考え始める――――

 

 

納紗 幸子

「………来ました」

 

パソコンの前で待機していた彼女がぼそりと呟く。

傍に置いてある無線機からオンオフの音を耳にする。

回数は2回。

この音は計画の第2段階の合図である。

 

彼女は特に無線機の方を見向きもせず、パソコンの方を見つめたままだ。

その目は、獲物を捕えるような獰猛な目をしている。

普段を知ってる彼女の友人・知人なら、初見で彼女だと判断できないだろう。

別に髪がぼさぼさになって訳でも、両目が死んでる訳でもない。

要は雰囲気の問題だ。

指をポキポキと鳴らして、キーボードに指を置く。

そして、画面を睨み付ける。

 

納紗 幸子

「さぁ、どんなセキュリティが待ってるんでしょうね?」

 

ニヤリと頬を吊り上げて、楽しそうに呟く。

もう一度言うが、普段の彼女からは想像が出来ないような表情をしている。

キーボードをいくつか操作して、目的のプログラムを探す。

長く操作して………ようやく見つけた。

彼女にとって掛け替えのない2人が、命を掛けて潜入した組織・中央研究所のセキュリティシステムに。

プログラムを開いて、赤く光っている”レッド項目”を挙げていく。

そのレッド項目は、常に作動していると言う意味だ。

他にも緑色の項目は時間帯によって、作動のオンオフをしている箇所だ。

灰色は点検中で、今は作動していない箇所だ。

 

数日前に何者かが侵入して、侵入者と警備側とで争ったそうだ。

その影響で部屋のいくつかが破壊されたとのこと。

今はその修理と改修作業を行っているらしい。

もっとも、今回の計画で潜入した2人が見かけることのない箇所ではあるが。

 

そのことを思い出しつつ、作業する手を決して止めない。

時計の針の音とキーボードの叩く音だけが、部屋を満たしていた。

そして――――

 

納紗 幸子

「ふぅ、これでセキュリティシステムは侵入、と」

 

最後にエンターキーを押すと、あるプログラムが表示される。

そのプログラムの中に、別のプログラムを入れる。

セキュリティシステムを一時的に無効化するのと同時に、遠隔操作を可能にするプログラムだ。

これで仮に逃走がバレたとしても、警報を鳴らされる心配も無い。

増援だって呼ばれることもない。

不安材料はある程度除けるのだ。

これで、晴風が逃げる準備が完了した。

 

納紗 幸子

「任せましたよ。シロちゃん、艦長」

 

自分が愛する2人の名を呟きながら、無線機を3回だけオンオフした――――

 

 

柳原 麻侖

「おっ、書記長が上手くやったみたいだな」

 

腰から下げてる無線機の音で、この建物のセキュリティシステムを無効化したことに成功したとの合図を聞いた彼女は、鼻を手の平で掻くと、機関の調整に入る。

彼女の両手は、顔同様に既に油まみれだった。

道具もまた然り。

 

黒木 洋美

「ホントに?やるわね納紗さん。なら急いで作業を終えないと、いつまでも出向できないわ。ルナ、そっちはどう?問題ない?」

駿河 留奈

「圧力、問題なし………うん、見たところ熱入れても大丈夫そうだよ」

若狭 麗央

「こっちもポンプ系は問題なし。晴風が持ってかれた時のままだわ、と言うよりも整備もある程度されてるから、ぶっちゃけこのまま出向できるしね」

広田 空

「おまけに燃料も満タンにしてくれるなんて、太っ腹だねぇ、ここの連中は」

黒木 洋美

「なに言ってるの!ここの連中は警備会社を雇って、晴風を奪いに来るような事を考える連中よ!そんな奴らに太っ腹も何もないわよ!」

伊勢 桜良

「まぁまぁ落ち着いて。怒るのはここから皆で無事に脱出してからにしましょ。ね、機関長」

柳原 麻侖

「おうよ、機関に熱入れる準備はとっくに出来てるぜ!後は艦長と副長を待つだけだな!」

黒木 洋美

「宗谷さんが遅れるはずがないでしょ!心配なのは、先日から様子がおかしい艦長の方でしょ?」

柳原 麻侖

「………クロちゃんも気付いてたか」

広田 空

「おお、機関長殿達も気付いてましたか。艦長殿の様子の変化に」

黒木 洋美

「そりゃ、ね」

柳原 麻侖

「………おう」

 

ばつが悪そうに、黒木は視線を逸らした。

そして珍しく柳原も頭をボリボリと掻き始める。

黒木はこう考えていた。

あの時から、一応は和解したつもりだったのだが………と。

 

黒木 洋美

「とにかく、後は艦長と宗谷さんを待ちましょう………それで岬さんに、今度こそ話をして貰うわ。今回のこの無茶な作戦を実行した理由を、ね」

柳原 麻侖

「ん?何か言ったかい、クロちゃん?」

黒木 洋美

「何でもないわ。それより、艦橋の様子を確かめてくるわ………知床さん、かなり不安がっていたから、ね」

柳原 麻侖

「おうよ。航海長、作戦始まる前でもガタガタ震えていたから頼むぜ」

 

黒木はコクリと頷くと、他のメンバーを残して機関室を後にする。

いつもの通路が目の前に広がっている。

その瞬間、彼女は力なく壁にもたれ掛かる。

そして力なくその場に座り込む。

こんな姿を仲間の前で晒すわけにはいかない。

そう、彼女自身もかなりのプレッシャーを背負っていた。

仲間に気付かれないようにするために、機関室から出て行ったのだ。

皆も命がけでこの作戦に参加してるのに、自分だけが逃れているみた嫌だったが、自分があの場で倒れたら、きっと作戦に支障が出てしまうだろう。

それだけは避けたかった。

しかし仲間の安否も気になるのも事実。

本当なら伝声管を使って様子を確かめても良いのだが、黒木自身が自分の目で確かめたかったのだ。

この世界に来てから、自分のクラスメート以外はほとんど信用していなかった。

自分の目で見て、仲間の無事を確かめたいのだ。

人間不信までは行かずとも、数々の不安要素が重なれば、警戒心も大きくなっていくモノだ。

例えそれが自分が馴染みのある船であっても。

黒木は目の前の景色を睨み付けながら、黒木は艦橋へと向かって行った――――

 

 

知床 鈴

「あっ、黒木さん!機関科の様子はどう?」

黒木 洋美

「こっちは問題ないわ。大丈夫、晴風は動かせるはずよ」

西崎 芽依

「よっしゃ!順調に計画通りに進んでるな!」

 

舵の前に陣取っていて、オドオドしている彼女に黒木は優しく微笑む。

横でウロウロしていた西崎もその一報を耳に入れた途端、手を振り上げる。

いつだって彼女は自分に正直なのだ。

 

黒木 洋美

「後は………艦長と宗谷さんが戻ってくるだけよ。それまで待ちましょ」

西崎 芽依

「オッケー………ところでさ、そっちはどう?」

黒木 洋美

「?どうとは?」

西崎 芽依

「機関科の子達だよ。ほら、武装した人間が居る施設に押し入るってさ、かなり緊張するじゃん?だからそっちは緊張とかしてないカナーって」

知床 鈴

「わ、私は今でも逃げ出したいけど、岬さん達が頑張ってるのに私だけが逃げるなんて、嫌だから………」

 

両腕を後ろ頭で組んで、黒木の様子を伺う西崎と、オドオドしながら口を開く知床と視線が合う。

その視線は黒木の心中を深く貫いた。

だから、黒木はすぐには答えられなかった。

先程まで、自分はプレッシャーで押しつぶされそうになり、機関室から逃げ出した、とは言えなかったのだ。

言葉を濁すために、思わず口を開いてしまった。

 

黒木 洋美

「え、ええ。大丈夫そうだったわ。皆、覚悟を決めていたから、特に体調を崩したりはしてないわ」

知床 鈴

「よ、良かったぁ~。不安だったんだ、私みたいにプレッシャーで押し潰されていないかね」

黒木 洋美

「麗央や留奈はピンピンしてたわよ。全く、あの子達はホントに大したものだわ。私なんて」

西崎 芽依

「プレッシャーとかで胃が痛くなったとか?」

黒木 洋美

「まぁ、そんなところね。今はもう大丈夫だけれど」

知床 鈴

「………岬さん達、大丈夫かな?」

西崎 芽依

「不安だよね。何か知らないけど、作戦が始まる前にもなんだか様子が変だったし」

知床 鈴

「あっ、芽依ちゃんもそう思う?最近の岬さん、どこか怖くって訳も聞けないし………」

黒木 洋美

「まったく、あの艦長も困るわ。普通なら部下である私達にここまで心配なんてさせないでしょ?それに、あんな態度取らなくったっていいじゃない」

西崎 芽依

「まるで別人だったよね。私達を心配はしてくれるのは、以前から変わらないけど、それ以外は容赦しない感じだよね」

知床 鈴

「どう、しちゃったんだろうね。岬さん………」

黒木 洋美

「それは戻ってきてから聞きましょっ………ところで、今は何時?」

西崎 芽依

「えーっと、1050ね」

知床 鈴

「あと10分しかないよ!?大丈夫だよね!?」

黒木 洋美

「落ち着いて知床さん。大丈夫よ、あの2人が肝心な時で失敗した事なんてないでしょ?」

知床 鈴

「そ、そうだけどぉ………」

西崎 芽依

「もう、心配しすぎだって。そうだ、こういう時に頼れる呪文があってさ。掌に人?心臓?って字を指で書いて、それを口に入れて」

黒木 洋美

「いやそれ当事者が使うお呪いだから。それと人って字で合ってるわよ?心臓って怖いわよ!」

知床 鈴

「すごい間違いするね、芽依ちゃん」

西崎 芽依

「………てへっ」

黒木 洋美

「可愛いけど、場面が場面だから色々と台無しね」

 

などと茶番を繰り返していたら、いつの間にか自分の中からプレッシャーが消えているのに気付いた。

こう言った場面で、やはり仲間の存在は大きかった。

おかげでこの後の計画に支障が出ることはないだろうと思っていた――――

 

 

宗谷 ましろ

「………」

 

再び場面は戻って宗谷視点。

彼女は仮病を装って、ドロイド兵をあの場から注意を逸らすことに成功した。

居るのは、ドッグと同じ階にある医務室へと運び込まれていた。

今はベッドの上で休んでいて、機を伺っていた。

………介護ドロイドと付き添いの2体のドロイド兵の監視付きで。

腹痛を訴えていて、検査をさせられて、ベッドで安静にするように言われてしまった。

おかげでドロイドの監視が常に纏わり付くようになった。

まぁ、宗谷自身が言ったことだから酷くは言えない。

やはりこういう所は人と違って、命令に忠実であるのは仕方ないと言える。

しかし、急いでここから逃げ出さないと、脱出に遅れてしまう。

とりあえず、彼女はベッドから上半身だけを起こした。

 

視界に映ったのは、薬品と思われる小瓶がビッシリと入って棚や、人が横たわれるような上下可動式のベッド、X線を見れるレントゲン装置、後は宗谷自身が知らなさそうな機器類が完備されていた。

人の出入りが極端に少ない研究所にしては、設備が整っているなと、感じた。

それにしても………鏑木さんが見たら、食い付きそうな部屋だな。

 

宗谷 ましろ

「う、うぅ………」

介護ドロイド

「お目覚めになりましたか」

宗谷 ましろ

「ああ、心配を掛けたな。もう大丈夫だ」

介護ドロイド

「脈を測ります………うむ、異常は認められませんでした。もう大丈夫です」

 

ドロイドは彼女の腕を取ると、腕から機械を取り出して、問題なしと診断された。

ま、仮病だから病気の可能性なんて全く皆無だろうから、心配は全くしなかったが。

 

宗谷 ましろ

「私はもうそろそろ、仕事に戻ろうと思う。研究室まで同行してくれ」

ドロイド兵

「「はっ!!」」

介護ドロイド

「お気を付けて」

 

見送られて、宗谷とドロイド兵は医務室を後にした。

エレベーターに乗って、荷物のある部屋へ戻ろうとする最中のことだ。

宗谷は先頭を歩いていて、ある事に気付いた。

 

宗谷 ましろ

「あっ、しまった!医務室に大事なモノを忘れてしまった。取りに行くから、先に戻っててくれないか?」

ドロイド兵2

「忘れ物ですか?」

宗谷 ましろ

「ああ、それを取りに行く。あれがないと困るんだ」

ドロイド兵3

「それなら、我々が取りに行きますので………」

宗谷 ましろ

「いや、君達に見られると困るモノなんだ。だから私に構わず、君達は先に戻っていろ!」

 

あまりにもしつこく付いて来ようとしたので、思わず語気を強めにして、半ば無理矢理その場を後にしてしまった。

あれで怪しまれたくはなかったが、時間的にも余裕が全くない。

時間は1055だ。

あと5分足らずで晴風はこの施設からの脱出が行われる。

それに間に合わなければ、私はここに置いてきぼりにされてしまう。

そうなる前に、地下のドッグへ降りなければいけない。

 

私は急いでエレベーターへ乗り、地下へ。

降りている間も、焦りは募り募っていく。

エレベーターが地下へ着くと、またも走って、医務室へは向かわずにドッグへと向かった。

途中からはドロイドとは出会わず、そして。

とうとう晴風の前まで戻って来れた。

さっきぶりの筈なのに、酷く懐かしく感じられた。

艦橋を見上げると、見張っていた西崎と目が合った。

彼女は手を振ると、宗谷は親指を立ち上げる。

急いでタラップに上がって、晴風に乗艦する。

その足で艦橋まで走った。

 

宗谷 ましろ

「全員揃ってるか!?」

西崎 芽依

「いや、まだ艦長が戻ってないよ!?一緒じゃないの!?」

宗谷 ましろ

「岬さんは幹部に呼び出されて、離ればなれになったんだ!だから………」

知床 鈴

「そ、そんな!!」

黒木 洋美

「待って、まだ時間は少しだけあるわ。もう少しだけ待ってましょう!」

宗谷 ましろ

「黒木さん、悪いが機関室へ戻ってすぐに晴風を出せるようにスタンバイしててくれ!」

黒木 洋美

「宗谷さん………分かったわ!」

 

力強く頷くと、黒木は急いで機関室へ戻っていった。

その背を見送ると、宗谷は計画の内容を確認するために、窓の外を眺めた。

………脱出する際に重要なのは、タイミングだった。

晴風の居るドッグの門を開放するには、セキュリティシステムを解除しないといけない。

あの分厚い門は、さすがに今の武装では破壊できそうにない。

しかしシステムを切るには、担当IDを使って解除しないといけない。

そのため、外部からコンピューターをハッキングして強制的にシステム解除した方が手っ取り早かったのだ。

だがそのシステムを解除できるのは1分程度。

1分経過した後、防衛システムが作動して、強制的にシステムから閉め出される。

そうなれば門は閉じられてしまい、脱出が出来なくなる。

 

………納紗さんからはもう既にシステムに入り込んで、プログラムを仕込んだ知らせを受けた。

こちらの合図一つで、簡単にセキュリティシステムを無効化できることも分かっている。

後は艦長が戻り次第、そのプログラムを発動させて脱出すれば、計画は完了となる。

 

カチッ、カチッ

 

そんな折、両耳から乾いた音が2回だけ聞こえてきた。

考え事をしていたから反応が遅れたが、この合図は何だっただろうか?

代わりに知床さんが悲鳴を上げていた。

 

知床 鈴

「こ、この合図って、岬さんからの!?」

西崎 芽依

「このタイミングから考えて多分そうだと思う!でも、確か2回って………」

 

ボタンの音が、2回、2回………………。

……………………………

………………

………!?

私の記憶が間違いであって欲しいと、これ程までに思ったことはなかった。

だって、この意味は。

 

宗谷 ましろ

「………自分の身に何かあったから、先に脱出しろって意味だ」

 

ボソリと呟いてしまったのが仇となったのか、知床さんがますます悲鳴の声を高めていった。

 

知床 鈴

「それって、岬さんを見捨てろって事!?ダメだよ、そんなの!」

西崎 芽依

「そうだよ!ここまで来て、艦長を見捨てるなんて………!」

宗谷 ましろ

「だがこのままここに留まったとしたら、他の皆にも危険が及ぶ。しかし………」

西崎 芽依

「そんな簡単に艦長を見捨てるなんて言わないでよ!!」

宗谷 ましろ

「見捨てるだなんて言わないわよ!ただ、副長である以上、仲間の安否も気遣わないといけないんだ!」

 

こうして言い争っている間にも、現実は非情にも時間だけが過ぎていく。

宗谷自身は、自分の不幸さを呪っていた。

自分の不幸がこんなタイミングまで蔓延するなんて………全くついてない。

などと考えているヒマはない。

 

ピリリリリッ、ピリリリリッ

 

またも耳に、今度は通信機から着信音が聞こえてきた。

イライラしながら通信機を出すと、焦った納紗の声が聞こえてきた。

そもそもこの通信機は敵に傍受される可能性があるから、非常時以外は使用を禁止していた。

通信機からその納紗の焦った声が。

 

納紗 幸子

『もしもし、シロちゃん聞こえますか!?』

宗谷 ましろ

「ああ、聞こえてる!一体どうしたんだ!?非常時以外は使うなって決めただろう!」

納紗 幸子

『非常事態です!こちらのハッキングがバレて、システムから締め出されそうなんです!このプログラムを発動するなら今しかありません!!』

宗谷 ましろ

「な、何だと!?」

 

あまりにも急な事態に、宗谷は判断に迷っていた。

他の仲間を危険に晒してまで、彼女の帰還を信じて待ち続けるか。

………彼女を見捨てて自分達だけで脱出するか。

どちらの選択にも、危険と後悔が渦巻きそうだ。

 

納紗 幸子

『!!シロちゃん、締め出したが激しくなってきました!早く指示を下さい!!』

宗谷 ましろ

「分かってる!分かってるが………」

西崎 芽依

「副長、まさか艦長を見捨てるだなんて言わないよね?」

知床 鈴

「そ、そんな!そんなのはダメだよ!岬さんを見捨てるだなんて言わないで!」

宗谷 ましろ

「っ………」

 

詰め寄られた途端、宗谷は通信機を一旦切った。

2人に詰め寄られることで、さらに宗谷はますます心理的に追い詰められていった。

別に2人に責められたことで追い詰められていったのではない。

自分がこんな重要な決断を迫られるとは、予期しなかったからだ。

………こんな事なら、腹痛を訴えた時点で覚悟を決めなければ良かった。

だけど、そんな後悔を感じてる時間もヒマも全くない。

 

今後の戦いにおける重要なターニングポイントで。

宗谷ましろは決断を、下す。

伝声管に近付いて、機関科へ繋いだ。

 

宗谷 ましろ

「………艦長命令だ。我々は現時刻をもって、航洋艦晴風で敵拠点からの脱出を行う………機関科、準備はいいか?」

西崎 芽依

「ちょ、副長!」

柳原 麻侖

『ああ、いつでも行けるぜ………副長、本当に良いのかい?艦長を置いて行っちまって」

宗谷 ましろ

「今は、これしかない。仲間をこれ以上、危険な目に遭わせるわけにはいかないんだ………すまない」

黒木 洋美

「宗谷さん………」

知床 鈴

「嫌だよぉ。岬さんを置いていくなんて嫌だよぉ!」

宗谷 ましろ

「納紗さん、システムを実行してくれ。これから我々は施設から脱出する」

納紗 幸子

『分かりました。システムを実行します』

 

次に通信機の再び電源を入れ、彼女にゴーサインを出した。

そして宗谷は、2人の仲間から睨まれ、戸惑いの目を向けられていた。

だが宗谷は臆さず、知床の傍へ寄っていった。

 

宗谷 ましろ

「知床さん、操舵を頼む。門が開いたと同時に脱出する。だから――――」

知床 鈴

「岬さんを置いていくなんて、絶対にダメだよ!危険を承知で、この場を離れたのにっ」

宗谷 ましろ

「だけど、戻って来れなかった。これ以上待っていたら、警備ロボットに気付かれて増援を呼ばれる可能性だってある。そうなれば、目的である脱出は出来なくなる。岬さんはそれを望んでない」

西崎 芽依

「そうだけどさっ、なんで簡単に諦められるのさ!?今まで私達を引っ張ってくれた艦長だよ!?それを簡単に」

宗谷 ましろ

「簡単な筈がないだろう!!」

 

西崎の言葉にキレたのか、宗谷が今まで上げたことのない怒声を上げた。

2人はビクリと身体を震わせるが、宗谷は止まらなかった。

 

宗谷 ましろ

「簡単に割り切れると思うか!?こんな狂った世界へいきなり飛ばされて、事件に巻き込まれた上に裁判で犯罪者にされかけて、船に無事に戻って来れたと思ったら、訳の分からない集団に襲われて、今度は船を盗られたんだぞ!今だってその敵の本拠地に乗り込んでいるんだ!」

 

はぁ、はぁと息遣いを繰り返し、続けた。

2人は黙ってその様子を伺っていた。

 

宗谷 ましろ

「そこに、岬さんを1人にするなんて、私が望んでいると思うか?どんな危ない時だって、岬さんは私の隣に居てくれて、常に私を勇気づけてくれた。そんな彼女を、敵地へ置いていくなんて、したくなんてなかったさ………」

 

叫んでいたら、頬から水が伝わるのを直に感じていた。

いつの間にか、大粒の涙を流していた。

 

宗谷 ましろ

「だけど、今の状況を見ても、岬さんは敵に捕まったと見ていいと勝手に判断した。だから、このまま晴風と共に施設から脱出、する、ことを………」

 

これ以上の言葉は、無理だった。

声は枯れていき、両目は涙で見えなかった。

今まで溜まっていたモノが溢れそうになったが、グッと抑える。

そして、知床を見つめた。

 

宗谷 ましろ

「知床さん、門が開いてる。操舵を、頼む。西崎さんは、周囲の確認を………出来ないなら、私が」

知床 鈴

「ううん、大丈夫。出来る、よ。ごめんね、辛い思いをしてるのは、私だけじゃないのにっ………ごめんなさい岬さん、私、弱いから結局逃げるって選択肢を選んじゃうよ………」

西崎 芽依

「………艦長、後で絶対に助けに行くから、ホントにごめんね。今は、無事を祈ってるよ………」

 

2人も宗谷の言葉に呼応されたのか、普段通りとはいかないが、なんとか出向するための準備を済ませていく。

いつの間にか正面にある巨大な門は開かれていた。

窓の外を見てみると、燃料が満タンになったのか、給油ホースが格納されていた。

錨も上がっているのが見え、これで出向することが出来る。

 

宗谷 ましろ

「微速前進、付近に注意しながら操舵しろ」

知床 鈴

「は、はい………」

西崎 芽依

「!!やばいよ副長、あのロボットがこっちの脱出に気付いて、こっちに向かってきてる!うわ、撃ってきた!」

宗谷 ましろ

「機関室!敵に気付かれた、機関最大船速にしてくれ!」

柳原 麻侖

『熱入れたばかりであまりやりたくないけど、敵を振り切るには仕方ねぇ!行くでい、みんな!』

 

ピンッ、カンッ

レーザーライフルから放たれた光線は、船体に被弾しては乾く音が続いていた。

威力は左程ないが、これで敵の増援を呼ばれるのは時間の問題。

そんな時、ある異変が起きた。

隊列を組んでいるドロイド兵と船体の間に、見知った顔が映った。

 

宗谷 ましろ

「!!岬さん!」

 

敵に捕まっていたと思われていた、岬明乃本人だった。

別れたのはつい先程なのに、随分と昔のように感じられた。

ドロイド兵に飛び掛かり、ライフルを奪い取っては、敵に投げつけて注意を引き付けていた。

敵をある程度倒したら、彼女は晴風を、宗谷を見つめていた。

宗谷はいつの間にか後部艦板へ走っていた。

遠目で見てみると、岬の着ている衣服はなぜかボロボロであり、所々怪我をしているようだった。

見るに堪えない姿に、宗谷は手を伸ばして必死に叫んだ。

 

宗谷 ましろ

「岬さん!早くこの手に掴まって!この距離ならまだ間に合う!」

岬 明乃

「………」

 

だけど岬は何も答えず、ただこちらを見つめているだけ。

視線が交差する中、先に動いたのは岬だった。

………と言っても、やることは一つだけだった。

宗谷に向かって微笑んだ。

ただ、それだけだった。

伸ばした手を掴もうともせず、走り寄ろうともしなかった。

 

宗谷 ましろ

「み、岬さん!!」

 

だけど、それらは一瞬の出来事だった。

背後からやって来た別のドロイド兵らに取り押さえられる。

 

私はただそれを、見ていることしか出来なかった。

 

宗谷 ましろ

「か、艦長おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

巨大な門をくぐり抜けられた後部艦板から、彼女の叫びが海原を揺らした。

そして、その場で蹲って泣いていた。

彼女は――――岬明乃を救うことは出来なかった。

仲間の命を優先させて、晴風奪還を成功させた。

だけど、だけど。

本当にこの選択肢で良かったのだろうか?

もしもの話をしたところで、全く意味がないのは分かっている。

岬さんを見捨ててまで、この選択肢を貫き通す。

脱出する直前はそう考えていたが。

もはや回答は見出せない。

 

そしていつの間にか、彼女は気を失ってしまった。

………気になる謎を残したまま。

だけどそれを解けるのは、もっと先の話になる。

 

同時に言えることがある。

この選択肢によって、後の世界の命運を左右するとは、誰も知る由がなかった………。

 


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