軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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第六話 正々堂々
その①


 サンダースとの対戦、当日である。

 天はこの日を歓迎してくれている様に晴れ晴れとしており、時折、花火が撃ちあがっては、抜ける青さに刹那の彩を加えていた。

 一様に、昨日支給された濃紺のパンツァージャケットに身を包んでいる大洗チームは、余裕を持って花火を眺めている。初の公式戦とは言え、練習試合での聖グロリアーナに対する勝ち星、厳しい練習を積み重ねての実感した成長、自分の隊長の堂々たる背中が彼女たちから余分な緊張を取り除いていた。良い意味で弛緩している。

 

「う~、私のモテモテ道第一歩の始まりよ」

 

 大きく伸びをしていた沙織が、何かを見つけたのか仮設スタンドにポージングを決める。突然何事かと一同視線を仮設スタンドに向ければ、そこにカメラの姿を捉えた。

 

「テ、テレビですか?」

 

 華が呟いた。

 テレビに映されるとあっては女子高生として黙っていない。身だしなみを整え始め、てんやわんやと騒ぎ出す。

 そんな中でみほはと言えば、優雅に読書と洒落込んでいた。表紙には『源氏物語』と記されている。みほの愛読書の一冊だった。

 みほは試合の前によく本を読む。それは琵琶を奏でることもそうだが、単純に趣味なのと昂る気を抑えるためでもあった。

 心は安らかに、戦いは冷静を以って望むべきである。猪のように血を滾らせていればそれで良いというわけではないのだ。

 何回も読み込んで手垢の滲み込んだページを、丁寧にめくる。読みだしたら止まらない。紙面の中に作られた一つの世界に入り浸っていると、肩に軽い衝撃が走った。

 はてなとみほが見上げてみれば、

 

「ヘイ、気付いてくれた?」

 

 ケイだった。

 どうやらみほに声を掛けていたらしいが、全然反応しないので肩を軽く叩いたらしい。

 無視をする形になってしまったようで、みほは素直に頭を下げた。

 ケイは気にした風もなく、じろじろとみほの全身、特に頭部を見つめる。

 

「やっぱり、頭は隠してるんだね」

 

 言いながら親指を立てて、

 

「グッド! 先日は何か違和感バリバリだったけど、こっちは似合ってるよ。とってもクールね」

 

 カラカラと笑った。

 先日、優花里と一緒にサンダースに潜入したみほの正体を見破ったケイ。その時のみほは金髪のカツラで本来の髪を隠し、今は白い頭巾で覆っている。

 褒められたみほは嬉しげに、

 

「ありがたいお言葉です」

 

 と礼を述べた。

 ケイはうんうんと大きく首を振る動作をしてから、キョロキョロと周りを探り、優花里の姿を発見するや声を張り上げて手招きした。

 

「お~い! オッドボール軍曹、カモーンッ!」

 

 周囲の人が苦笑しながらケイとみほの所に行く優花里に注目する。オッドボール軍曹って何? と言いたげな様子だが、優花里は完全に無視した。

 みほの隣にしずしずと並んだ優花里に、ケイは抱きつく。優花里は、

 

「ひゃわっ!」

 

と、奇声を上げた。

 

「久しぶりね、オッドボール」

 

「お、お久しぶりであります、ケイ殿。先日はお世話になりました」

 

「はっはっは、別にお世話はしてないけどね」

 

 ギュッと優花里が少々の苦しみを覚えるぐらい強く抱きしめてから離れると、ケイはみほと優花里に名前を訊ねた。サンダースで別れ際、次会った時に二人の本名を教えてもらうと言っていたのだ。

 みほと優花里は偽りなく自身の名を告げた。

 

「先日は失礼をば。私は西住みほと申します」

 

「私は、秋山優花里であります」

 

「ミホとユカリ。う~ん地味だから、ユカリはオッドボールって呼ぶよ。ミホは、マサコでも地味だし……そうだ、ドラゴン。ミホはドラゴンって呼ぶね!」

 

 渾名というモノだろう。ドラゴンはみほの異名である、西住の『龍』から来ていると推測される。特別変な渾名でもないので、みほは文句をつけなかった。優花里は勘弁して欲しかったが、嫌だと言える雰囲気ではなかったのでこちらも受け入れる。

 この後、みほと優花里はケイと連絡先の交換を行うと、ケイはまだまだ話をしたい様子だったが、サンダースの選手の一人に連れて行かれた。

 携帯で時間を確認すると試合までもう少しある。

 古来より腹が減っては戦は出来ぬとあるので、みほたちは早い昼食を摂った。それで腹休めの時間も含めてちょうど良かったらしく、大洗は万全の態勢を整えて集合場所に整列した。

 向かいにはサンダースの一同も整列している。大洗とサンダースそれぞれの後方には、敵を屠る剣であり、我が身を守護する鎧でもある戦車が、互いの敵を威圧するように並んでいた。

 言うまでもないことだが、大前提として戦車道は礼に始まって礼に終わる。相手に一礼をしてから、お互い自分たちの戦車に乗り込んで開始位置へと向かった。

 

「みほ、今回の作戦はどうするの?」

 

 移動時間中、沙織がみほの裾を掴んで自身の疑念を晴らそうとした。また疑念は大洗チームの全員が抱く疑念であった。

 キューポラより上半身を出して、別の開始位置へと向かうサンダースの戦車を眺めていたみほは、喉に装着されたマイクを通して疑念に答える。

 

「サンダースは戦車の数、性能共にこちらより上。ならばそれらの利を活かして、じわじわと私たちを追い込み最後一飲みにしようとするに違いありません。戦力の分散や小出しはこちらが望むところですので、それはないでしょう。しかし――」

 

 事前の情報を加味すれば、サンダースはフラッグ車を埋伏させ、残りの全車輌でディフェンスラインを徐々に押し上げていくという戦法を取るように思われる。三・三・四の編制ではなく、フラッグ車だけを単独行動にしているのはそういう意図があるに違いない。よもや一騎当千であるとか、集団の行動に向いていないという理由からではない筈だ。

 大洗の取るべき戦法は、正面からは論外として、隠れ潜むフラッグ車を見つけ出し討ち取るか、機動性を活かし攪乱しつつ敵を分散して各個撃破するか、この二つの道がある。

 みほとしては前者を選びたい。地図を見れば大まかに埋伏先は想定できる。聖グロリアーナの練習試合とは違い、フラッグ戦はフラッグ車さえ倒してしまえば、どれだけ生き残りがいようが勝ちなのだ。この戦法には運の要素も絡むが、みほは己に天運があると信じている。

 後者を選んだ場合は堅実的だ。確実性を取るとすればこちらの戦法の方が良いだろう。

 二つに一つだが、みほにはある懸念があった。

 

「作戦を一手に担っているという副隊長のアリサさん。もしかすれば彼女が想定外の作戦を取って来るやもしれません。今回の試合は彼女が鍵となるのは間違いないかと思われます」

 

 それは、サンダースの副隊長アリサがみほの裏の裏をもかくような、古の諸葛亮、黒田官兵衛に匹敵する天才軍師、兵法家の可能性。潜入調査の際、情報を聞き出していた時、アリサの名前が挙がった。身内の評価だが、頭は切れるとのことで、それに小物であるとも。小物は総じて臆病なことが多く、軍師などは臆病なぐらいがちょうど良いとされているのだ。アリサがどれほどの人間かで話が変わって来る。

 大将首だけを狙うか、各個撃破を狙うか、はたまたまったく別の作戦を模索するべきか。黙りこくるみほの耳に、通信機からの声が入った。

 

『隊長、ここは慎重に行動しよう。一つ一つ堅実にやっていくべきだと私は思うよ』

 

 声の主はⅢ号突撃砲のカエサルであった。

 みほはハッとなった。優花里にも慎重に行動した方が良いと言われたことを思い出したのである。みほの気持ちは固まった。

 

「ありがとう、カエサルさん。それでは、私たちが執るべき作戦は、敵を分散させての各個撃破と致します。各々方、よろしいですね?」

 

 異論、反論はなく『おうッ!』という連帯した返事だけが、通信機から響いた。

 間もなく、きゅらきゅらと戦車が大地を踏み進める音が止んだ。試合開始位置に辿り着いたようである。

 それから十秒きっかり数えると、

 

『サンダース大学付属高校、大洗女子学園、指定の位置へ到着を確認。試合開始ッ!』

 

 審判の試合開始宣言が信号弾と一緒に高らかと空へ昇った。

 

 

 


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