軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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第七話 戦力増強
その①


 大洗は熱狂していた。わけは言うまでもなく、大会初戦突破を果たしたからである。過去に戦車道を行っていたとは言え、その頃とは全てが比べものにならない。良質な戦車は売り払ってしまい残っておらず、長いこと戦車道をやっていなかったので素人ばかり、名声は皆無で全くの無名校状態、これで強豪校の一つと数えられるサンダースを討ち破ったのだから驚愕の一言である。まるで大会で優勝を果たしたような盛り上がりようだった。

 そんな中で、無邪気にはしゃいでいない者たちも当然存在する。勝利することを当たり前と思っているみほと優勝以外に意味がないことを知る杏、桃、柚子の三人だ。

 みほたちはサンダース戦の翌日、会議室の応接間で二回戦のことを早速会議していた。裏方の仕事をさせれば、大洗で右に出る者はいないとされる程出来る女な桃。彼女は既に二回戦の相手を調べられるだけ詳細に調べ上げていた。先ずはこの情報を基に会議を進めて行く。

 

「アンツィオ高校、ねえ」

 

 ホワイトボードに黒文字で記されたアンツィオ高校の文字に、杏は好物の干し芋を口に含みながら呟いた。生徒会長として学園艦という形で存在する高校の名は一通り知っている。アンツィオ高校も例外ではない。

 

「ご存知なので?」

 

「うん、まあそこそこにね」

 

 小首を傾げるみほと頷く杏。

 みほも名前だけは知っているが詳しいことはとんと分からない。名前を知った時に興味がわかなかったので、すっかり記憶の隅で放置していた高校だ。優花里がこの場にいれば、これを機に興味の視野を広げろと苦言をみほに呈してくるだろう。みほ自身思うところがないわけでもないので、少しは改善しようかと考えた。

 

「イタリア色の濃ゆい高校だよ」

 

「ノリと勢いが強い高校なんだって」

 

「お前の元母校である黒森峰やサンダースに及ばないと言えども、強豪校の一つに数えてよかったマジノ女学院を下している。中々に強敵だと見ても良いだろう」

 

 杏、柚子、桃の三人が流れるように言葉を紡ぐ。

 

「それに私たちとそっくりだ」

 

「ほう? 気になりますな。お教えたまわりたい」

 

 自分たちと似ているというところにみほは反応した。人は誰しも似ていると言われれば大なり小なり気になるものである。

 手元の資料を確認しながら、桃が大洗とアンツィオの共通点をあげていく。

 

「大洗と同じくアンツィオの戦車道は一度廃れている。これをどうにかするために、愛知の方より招かれたのが、今の隊長安斎千代美。イタリア風にドゥーチェ・アンチョビと呼ばれているこの人物が、二年前にやって来て立て直しを図ったんだ」

 

 大洗の場合は廃れていた戦車道を復活させて、偶然大洗に転校して来たみほを隊長に据えることで、廃艦という運命に立ち向かっている。目的こそ違えど、確かに似ていなくもない。そして似ているとされるのはこれだけではなかった。

 

「アンツィオが使用する戦車は、基本的にカルロベローチェという戦車が主だ。主砲が八ミリの機銃のみ、最大装甲は十四ミリのこの戦車は豆戦車などと呼ばれている。これが主力という質の貧相ぶりは共通するところがあるだろう」

 

 それも確かに共通すると見ても良かった。事に寄れば大洗の方がマシだと言えるだろう。

 話を聞いたみほはアンツィオの隊長アンチョビの人物を想像した。この人物はもしや、自分に近しい性質の人物なのではないか。カルロベローチェを主力にして世間で強豪とされるマジノ女学院とやらを倒したのならば、生半可ではない。ふと、サンダースのアリサを思い出す。彼女の柔軟で奇抜な思考。アンチョビはアリサの思考を取り入れた自分、と言ったところだろうか。一応、そのように結論づけてみた。

 二回戦は組織としても人物としても、似た者どうしの対決ということになろうか。

 

「もう少し奥の情報が欲しい」

 

 この時みほは、サンダースの時のようにアンツィオに忍び込む決心を固めた。

 けれどもこの行動を許さない者がこの場にはいる。

 

「駄目だよ、西住ちゃん」

 

 杏だ。みほがぼそりと呟いた一言から、彼女が何をしようとしているのか察したのである。特にみほは前科があるから察しやすかった。

 また隊長自ら偵察など、杏は認めるわけにはいかない。前回捕まりそうになったと優花里に聞いた時は内心で驚いたものだ。捕まる危険性を証明された以上、こればっかりは断固として反対の意を示す必要がある。

 

「秋山ちゃんの言葉を忘れたの? 慎重に行動しろって言われたでしょ。それなのにまた西住ちゃんが自分で偵察なんて」

 

「忘れてなどおりませぬ。慎重の二字を謹んで胸の内に刻み込み、一時も忘れずの所存でございます。なに、前回のようなへまは致しません。ご安心下され。有力な情報を必ずや持ち帰って来ますから」

 

 こう言われて杏は呆れる他なかった。偵察中にいくら慎重を心掛けようが、根本的に隊長自らの偵察が慎重な行為ではないのだ。肝が据わっていると言うか大胆と言うか、とにもかくにも何と言われようと答えはノー以外にない。

 

「駄目なものは駄目。偵察なら秋山ちゃんに頼めば良いでしょ。西住ちゃんは隊長だからそんなことをしなくて良いの。って言うかしちゃ駄目なんだよ」

 

「しかし――」

 

 なおも食い下がるみほに杏は止めの一撃を放った。

 

「西住ちゃんは、秋山ちゃんを信用出来ないの?」

 

 これを言われてしまえばみほは何も言えない。今回は大人しくしている他はないということだ。アンツィオへの偵察は優花里に一任が決定した。

 みほが諦めたことを確認した杏は話を次に進める。

 

「さてと、目先のことも大切だけど、準決勝、決勝のことも考えないといけないな。初戦は何とか勝った。でもこのままじゃあ、やっぱりきついよね」

 

「戦力の増強を考えないとですね。何か新しい戦車を買えないかなぁ」

 

 無理を言っているのは自覚しているのか、はあと柚子は息をつく。

 そんな柚子に真面目くさった顔で桃が答えた。

 

「戦車を買う金なんてうちにはないぞ」

 

 そもそも入用の金が手元にあるなら悩んだり苦労したりしない。かと言って、このままずっと変わらない戦力で戦うのはあまりにも無謀な話だ。

 みほとしても、今のままでやりようはあるし、勝てる気は十分だが、戦力を増やせるものなら増やしてもらった方が嬉しい。

 ただ当ては全くなかった。

 どうしようかと思案しても良案は浮かんでこない。

 一瞬、みほの脳裏に母のしほがよぎった。実家になら使える戦車があるだろう。その戦車を無心してもらうのはどうだろうか。しかし考えたのは良いが、母がそんな真似をしてくれるとは思えなかった。何より乞食、物乞いのようで、そんなことを本気で実行に移そうものなら、憤死する自信がある。みほは考えたことを恥じて、一人顔を赤くした。

 結局、何時まで経っても良案は出て来ず、

 

「仕方ないや。また発掘作業だね。運が良ければ戦車が見つかるかもしれないし」

 

 と、杏の妥協的な意見を採用との形になった。

 今ある五台の戦車は杏たちが、売れ残りでどこぞに埋まっていたり、放置されたりしていたのを探し出したものである。もしかしたら、探せば他にも売れ残りが隠れているやもしれない。

 続いて、では誰が大洗の船に眠っているだろう戦車を探すのかという話になる。順当な判断を下すなら、戦車道の履修者が探すべきなのだろうけど、これはみほが反対した。

 さして当てにならないものに、練習時間を割くわけにはいかないというのがみほの反対理由だ。それなりの報酬をちらつかせ、他の生徒たちに探させようという別案も一緒に出した。

 反対意見は出なかった。

 

「決まりですな。では、諸々の手配は河嶋さんにお任せいたします。私はこれより、優花里に偵察の件を話して参りますので、本日の所はこれにて御免」

 

 


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