軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その③

 先日の会議で決まったアンツィオ高校への潜入調査。これをみほに頼まれた優花里が無事に戻って来たということで、再び会議室の応接間に人が集まった。みほと生徒会のいつものメンバーに加えて、梓、カエサル、典子と言ったそれぞれの戦車の大将分の者たち、そして優花里である。

 彼女たちが一様に視線を向ける先にはモニターが備えられており、映っているのは二回戦の相手であるアンツィオ高校だ。この映像は潜入調査に赴いた優花里が、自ら撮影したものである。手記だけより映像があった方が分かりやすいということと、今回留守になってしまったみほに、せめてもの慰めとしての配慮だ。優花里の配慮を受け取ったみほは大層な喜びようだった。

 映像は学園艦に潜入するところから始まり、校内の様子に移っていく。アンツィオ高校内では道行く道に屋台が出ており、生徒たちがそれぞれ経営しているようだった。毎日がお祭りのような賑わいがあるという。確かに、周囲を木々に囲まれた中で、蝉の合唱を聞いている気分が映像越しに味わえた。

 途中途中に優花里のグルメリポートが入るが、一同注目したのはやはり戦車道。校内を歩く映像内の優花里が一際盛り上がっている一団と合流するのだが、その一団こそアンツィオ高校戦車道部の面々だった。アンツィオの制服を着込んだ優花里が、違和感なく紛れ込む。カメラは当然、ハンディカメラではない。こんなものを持っていたら怪しまれるので、今回の映像は帽子に小型のカメラを仕込んで撮影している。

 広場の階段の下に整列したアンツィオ戦車道部に紛れ込む優花里が、二分、三分待つと三人の人物が姿を現した。

 

「ひなちゃん!?」

 

 この時、映像を見ていたカエサルが唖然と大口を開けた。どうやら三人の内の一人が知り合いだったらしい。金糸を紡いだがごとき美しい髪を風にたなびかせて、カルパッチョと呼ばれている少女がその知り合いのようだ。連絡はとっていても長いこと会っていなかったので、すっかり美しくなって驚いたらしい。

 このカルパッチョが左に陣取り、右には映像からでも元気が伝わって来る短髪の少女ぺパロニ、中央でマントと二つに結んだ薄い緑髪をはためかせている少女こそが、隊長の安斎千代美、通称ドゥーチェ・アンチョビであろう。

 彼女ら三人が上段に現れると一斉に『ドゥーチェ! ドゥーチェ!』とコールが響く。なるほど、アンチョビは下によく慕われているようであった。

 カルパッチョの指示でコールが止むと、アンチョビがよく透る声で言った。

 

『奴は必ずこう言っている。アンツィオの如きは手弱の極み。この分ならば三回戦への進出も心易きものである――とな』

 

 映像を見ていた者たちの視線がみほに集中する。アンチョビの言う『奴』とは間違いなくみほのことで、要約すると、アンツィオは弱いので勝ったも同然、ということだろう。

 

「西住ちゃん?」

 

 代表して杏が、そんなことを言ったのか、と問い掛けた。まあ、言ったかどうかなんて住む場所の違うアンチョビが分かる筈ないから、発言はアンチョビの想像の話だろうが、ただ似たようなことを言いそうではある。

 問われたみほは怪しい間を作りつつ、

 

「申しておりません」

 

 と、きっぱり答えた。ただ、言ってはおらずとも考えてはいたのだろう。それを証明するように、否定の言葉には無駄に強みが入っていた。

 杏たちは、さようでございますかとこれ以上の追及をすることなく、まだまだ続く映像に視線を戻す。

 映像では、アンチョビが秘密兵器を明かすと声を張っていた。これは聞き逃せない発言である。みほたちはモニターに食い入るように顔を近付け、映像内の優花里やアンツィオ戦車道部と一緒に秘密兵器の登場を待った。

 アンチョビが鞭で示す先には布で隠れた戦車が見え、カルパッチョとぺパロニが戦車を覆う布を取り払う。中から姿を表に出したのは、イタリア製の重戦車P40だった。映像内、映像越しに感嘆の声があがる。

 このP40で大洗を打倒するとアンチョビが勇ましく宣言し、再び『ドゥーチェ!』コールが始まった。そこで映像は終わる。

 

「アンツィオ高校はどうでありました、西住殿?」

 

 優花里が感想をみほに求める。みほはしばらくそのままの体勢で沈思していたが、やがて考えが纏まったのか言った。

 

「士気は高く、隊長のアンチョビさんはよく人心を捉えている。上も下も人は良さそうだね。ただ――」

 

 手元の桃が用意した方の資料に目を移しながら、みほは言葉を繋げた。

 

「ドゥーチェ・アンチョビ。奇、虚の術を好んで用い、よく敵を惑わす。つまるところアンチョビさんは奇道の戦術が得意な人。よく作戦を練って試合に臨むタイプだね。行き当たりばったりな人じゃない。だとすると、合わないね」

 

「何がですか、みほさん?」

 

 梓の口から疑問が出て来る。

 

「映像を見たところ士気が常に高い。確か、ノリと勢いが凄いらしいね。そんなところと緻密に作戦を練るタイプの人は戦術的に合わないってことだよ。勢いに任せたまま作戦を台無しにするのが目に浮かぶね。だからアンチョビさんと合わないって言ったの。アリサさん何かも絶対に無理だね。私が思うに、ケイさんなら、そういうノリと勢いを上手く操っていけるだろうね。アンツィオはケイさんと相性が良い」

 

「なるほど。だったらそこを狙ってアタックするんですね」

 

 この発言は典子である。

 相手の弱点に狙いを集中して攻撃するのは戦いの常道だ。卑怯は反吐が出るほど嫌いなみほだが、それはあくまで裏工作の類やルール破りが嫌いなのである。こそこそ、どろどろ、ねばねばと吐き気すら催す。だが弱点を突くのはそういうものではない。進んで自らやろうとは思わないが、別段それを卑怯とことさら攻め立てる気はさらさらなかった。

 座中をみほが見渡すと、典子に同意する動作が目立つ。他の意見は何もないようであった。ならばとみほが口を開く。

 

「磯辺さんの意見は道理に適っている意見だね。だけど私の考えるところは違う。この弱点に固執することは危険すぎる。アンチョビさん自身、あまりにもノリが良いのが自分たちの弱点だって気付いている筈。そしてこの弱点を上手く美点に変える手腕が彼女にはある。自分の作戦を台無しにされることを考慮して、さらに一歩先を見据えた作戦。これを考えられる頭脳があるんだよ。マジノ女学院を下したのが何よりの証拠。勿体ないなあ、何でアンツィオ高校にいるんだろ?」

 

 廃れた戦車道部を立て直すためにアンツィオに呼ばれたそうだが、そんな誘いは断ってそれこそもっと良いところに行けた筈である。アンツィオに恩でもあるのか、それとも頼まれて断り切れなかったのか。もしかすれば、彼女もまた、義を知る人間なのだろうか。

 そうこう思案して納得の行かないままに、話を元の対アンツィオに戻す。

 一応、典子の意見を却下という形にし、続けて話に上がったのが敵の戦力のことである。

 先ずは桃の集めた情報により、アンツィオはカルロベローチェと自走砲のセモヴェンテを使用していることが前もって判明していた。そこで優花里による調査の結果、P40が加わることを新たに知ったのである。

 自然と、こちらも戦力を増強すべし、そう言えばこの前の戦車探索の件はどうなったのか、という話になった。

 一任されていた桃が報告する。

 

「学園艦中を探し回ったんだが、成果はあるにはあった。ルノーb1bisが一輌、ポルシェティーガーが一輌、Ⅳ号戦車に搭載が可能な75ミリの長砲身が見つかった。しかし、全て今回の試合で使用することは厳しく、ポルシェティーガーに至っては三回戦でも使用は厳しいらしい。修理を担当している自動車部はそう言っている。報告は以上だ」

 

 大洗の戦車は全て、自動車部が修理、点検を行っている。彼女たちはそう人数が多いわけではなく、時間にも限りがあるので今回は無理だという話だ。

 その報告を聞いて、一同は残念そうに気を落とすも、元より期待してなかったみほは、見付かっただけ幸運だと思った。

 そして無いものは無いので仕方がない。今のままの戦力でアンツィオに勝つべく作戦を練る必要がある。

 すると、

 

「隊長、良ければこれを」

 

 言って、カエサルがみほに数冊の本と数枚のメモ書きを手渡した。役に立つかどうかと前置きされて渡されたそれは、イタリア語で書かれた戦車関連のものと、試合で役立ちそうなところだけ抜き出し日本語で記したメモ書きであった。

 

「エルヴィンから是非にと渡されてな。メモの方は私が書き出しておいたものだ。使ってくれ」

 

 エルヴィンは欧州の近代史を趣味として学んでいる。数冊の本は今回の試合の相手がイタリア風のアンツィオだと知って、何か役に立つかもしれないと用意したものだ。

 それらの本にはアンツィオが使用する戦車、P40を含めての情報が詳しく記されており、どのような活躍をしたのかも載っている。

 また、イタリア語は読めないだろうとカエサルが該当部分を日本語で翻訳してくれているのだ。

 

「ありがとう。私からも直接言うけど、エルヴィンさんにも伝えておいてほしいな」

 

 みほは感激しながらこれらを受け取ると、早速これを読む。付箋のついたページとメモ書きを見合わせながら、分かりやすいのか頻りに頷いている。

 一通り大まかに読み終わると、

 

「よし、これで今回もやることはやった。後は試合日を待つだけよ」

 

 こう呟いて、

 

「今日もやることはやりましたのでお開きとしましょう。今から私たちも練習に参加しましょうか」

 

 最後にこう言い渡し、誰も言葉を発せぬままに早足で会議室を出て行く。その後を少し遅れて梓が追いかけ、残った一同はそれぞれ顔を見合して苦笑を浮かべると、ぞろぞろと会議室を後にしていった。

 

 

 

 

 

 

 


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