アンチョビが人物評価をするところ、西住みほと西住まほはある意味で最も姉妹らしく、驚くほどに奇妙な姉妹でもある。
試合前の挨拶でみほと初めて言葉を交わして、評価に確信を得るものとなった。
もし天に心があるならば作為を感じるほどに対称的な性格をしている。
まほとも話をしたことがあるアンチョビだが、彼女は人当たりの良い性格で常に気が穏やかな印象があった。一定以上に興奮しない冷静さもある。
対して妹のみほは、今日話した限りだと表向きは確かにまほと同じように優しそうではあるが、本性は苛烈にして激情の人。感情の振れ幅が激しいのである。貴女に勝つと宣戦布告をした途端に怒りで身体を震わせたり、大笑いしたのがその証左だ。
容姿や雰囲気だけで判断するならば、まほは堅物的で厳しく、みほは穏やかで優しいという感じであろう。しかし実際に話をしたアンチョビだからその判断は誤りだと言える。どちらかと言えば逆だ。
正反対の二人である。奇妙なほどに、作為的なほどに正反対なのだ。だからこそ姉妹的でもある。何故なら正反対ということは、協力すればお互いの弱点を補えるということなのだから。
「本題はここからだ」
アンチョビはカルパッチョに向かって話している。今の時間は、大洗の待機場からアンツィオの待機場に向かうまでの時間だ。
いきなりどうして西住姉妹の人物評価などを話しているのか、カルパッチョは不明だがここからが本題だとアンチョビは言う。この人物評価は今回の試合で重要らしく、つまり今からアンチョビが語る内容が試合に関係しているということだ。
さて。
性格が正反対の西住姉妹だが、戦車道においてもこの二人は正反対なのだ。
二人の戦術を比較した時、アンチョビはこう評価する。姉のまほは秀才的で、妹のみほは天才的だと。努力と勉強の果てに戦術を身につけたのがまほであり、閃きによって戦術を生み出していくのがみほであると。結論づけるならば、大人な秀才のまほと子供な天才のみほと言えるだろう。大きく誤りはない評価だと自分で思う。
「それがどうかしたのですか?」
トラックを運転しているため、アンチョビに視線を向けずにカルパッチョは訊ねた。アンチョビが何を自分に伝えたいのかまるで見当がつかない。大洗の隊長がただただ凄いことだけしか伝わって来なかった。
「慌てるな。西住みほが天才だというところが大切なんだ。それも神懸ったという形容がつくほどのな」
アンチョビは言う。
どこか惧れを含んだように。
みほのような天才的な人物には奇策の類は通用しない。秀才的なまほならば、万事学問仕立てなのでその範疇を超えるような作戦は大いに効果が見込める。けれどみほのようなタイプは、柔軟的な思考をしているので奇策、小細工を感知しやすいのだ。
ここまで話されれば、カルパッチョもアンチョビの意図を理解した。
「マカロニ作戦を取り止めにするということですか?」
小道具を用いた小細工的な作戦――マカロニ作戦。
簡単に全容を説明するとすれば、板でダミーの戦車を作り要の地点に置く。敵はこのダミーの戦車を見て迂闊に動けないところを、前後から本物の戦車で挟撃するという作戦だ。
アンチョビは我が意を得たりとばかりに頷く。
横目にアンチョビの長いツインテールが揺れ動くのをカルパッチョは確認した。
「分かりました。それでマカロニ作戦を止めるのならどんな作戦で行くんですか?」
他にも言いたいことは山ほどある。
急にこんな土壇場で言われても困るとか、マカロニ作戦は上手くやればそんな簡単に見破れる筈がないとか。
ただ。
既に取りやめることがアンチョビの中では決定事項になっているので、言っても仕方がない。ここはグッと堪える。
それにしてもどんな作戦で今日の試合を乗り切ると言うのだろうか。やる前から否定していれば、キリがないように思われるけれども。何か秘策はあるのか。
カルパッチョの疑問にアンチョビは答える。
「作戦はない」
「えっ!?」
思わずブレーキを踏んでしまった。
ガクンとつんのめるようにトラックが止まると、カルパッチョはアンチョビを見た。
良い笑顔である。
何を悟ったのか知らないが、頭を心配するような良い笑顔だ。
もしや自暴自棄にでもなってしまったのか。勢いのままにみほという名の龍の逆麟を撫でまわしたことで精神を病んでしまったのか。
カルパッチョの不安を余所にアンチョビはその心を語る。
「私は考えたんだよ。マカロニ作戦を含めてどんな作戦で臨めば西住みほに勝てるのかってさ。それで、ここに至って私は確信したんだ――今のアンツィオの戦力じゃどんな作戦組んでも無理だなってさ」
「え~、ドゥーチェ、情けないこと言わないで下さいよ」
「事実だからしょうがないだろ。西住みほは本当に凄いんだよ。あ~、今になって喧嘩売ったの後悔して来たぞ……パスタ食べたい」
笑顔のままにアンチョビはため息をつく。
「パスタだったら試合が終わって食べれば良いじゃないですか! そんなことより作戦はないってどういうことなんです!?」
流石に温厚で知られるカルパッチョと言えども怒声をあげたくなる。
考えなしの発言ではなく思う仔細があっての「作戦なし」という言葉なのであろう。気落ちしていないでそこを語って欲しい。
アンチョビは「それはだな――」と真剣な表情でカルパッチョの目を見ながら言った。
「逆転の発想だ。どんな作戦を立てても無駄ならば立てなければ良い。すなわち――正面から突撃するんだ」
如何なる奇策も小細工も通用しない相手に対して、残された道はこれだけである。端から総力戦で一気に決着をつけようと言うのだ。
アンツィオと大洗の戦力はそう大きく差を開くものではない。
それに自分たちの長所は「ノリ」と「勢い」があるところだ。わざわざあの軍神に対して戦術戦を挑んで、この長所をみすみす潰すわけにはいかない。下手な作戦では悉く読み取られてペースを持っていかれる危険性が強いのだ。
さらに、大洗側は自分たちがよもや策も何もなく突撃して来るとは思わないだろう。これまでずっと奇策や小細工で戦って来たのだから。
開幕して直ぐ遮二無二突撃。みほは対処して来るだろうが、彼女とて自分たちの突撃は予想の範囲外。反応は遅れるだろう。そして大洗が今年から戦車道を始めた素人集団なのは把握済みだ。いくらみほでも混乱する素人集団を、完全に収拾することは出来ない筈。
こうして流れを掴んだところをそのまま「ノリ」と「勢い」で押し切るのだ。
「天才の計算を崩すのは努力型の秀才でもなく、同じ天才でもない。天才の理解の外にある馬鹿な行為さ。馬鹿と天才は紙一重、違うようでいて実はそうでもない、この二つは対等な関係なのさ。天才に勝てるのは馬鹿だけだ。今回は、まさに正面から不意を撃つんだ。ああ、作戦はないって言ったけど、これも十分作戦だな」
付け加えて、みほも「勢い」の人であるとアンチョビは述べる。
ここで再び引き合いに出すが、まほは一歩一歩緻密に押し上げていくタイプで、みほは前へ前へと突き進んで行くタイプ。相手がまほならば正面突撃なぞ鴨でしかないかもしれないが、みほならば通用する。
まだ高校生のアンチョビが言うことでもないが、若いみほには熱がある。はたまた若いゆえに慎重さが足りない。
防御よりも圧倒的に攻撃に特化しているのだ。
守勢になると弱い――アンツィオと弱点は同じだ。
「私たちは勢いを長所と成し、西住さんは短所と成す」
「うん」
まさにその通りだとアンチョビはカルパッチョに返した。
自分たちの長所をフルに活用してこそ勝機は見出せる。凝った作戦はそれこそ勝ち目を見失うのだ。「勢い」で押し切る以外にアンツィオの勝利はない。
「よく分かりました。流石です、ドゥーチェ。考えなしの自暴自棄でなくて良かったです」
「そうだろそうだろ。伊達や酔狂で適当なことは言わないさ。私は本気で勝ちを狙ってるんだ。本気で西住を――倒す」
どるるるる、とエンジン音が鳴り響き再びトラックが動き出す。
聞きたかったことが聞けたので、カルパッチョが運転を再開したのだ。
道が不整地だったのでがたごと揺れながらアンツィオの待機場へと向かう。
「勝ったら大宴会だな」
「負けてもするんじゃないですか」
「まあな。それがアンツィオだ」
「ですね」
カルパッチョは微笑んで、アンチョビは呵々と笑っていた。