軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その③

 二回戦の試合会場は一回戦同様に森林の多いフィールドであった。また山岳と荒れ地も目立ち整備された街道は殊の外少ない。機動力を生かして動き回るよりも重要な地を早急に制圧し拠点を構築する。あるいは森林に砲台となる戦車を伏せて、敵を引き込み撃破するのが良さげであった。

 みほも当初はそのどちらかで動こうと思っていた。

 しかし、試合前のアンチョビの宣戦布告のごとき挨拶ですっかり気を変えたのだ。

 

(正面から完膚なきまでに叩き潰して、如何に自分が無謀で世を理解していない発言をしたのかを分からせてやるわ)

 

 と、闘志を滾らせる。

 勝てると思われるのが心外で、下に見られるのが大嫌いなのだ。

 奇策や小細工が得意だと言うのなら、こちらは一挙に兵を推し進めて小細工ごと踏みつぶす。どんな小細工を弄しようとも一つ一つ確実に堂々と踏みつぶしていく。地雷が仕掛けられようとも自ら足を置いていく。これほどまでやって完全勝利を掴もうとしていた。

 けれどみほの頭は非常に冷静である。身体の底から上りゆく苛立ちを胸の辺りに留めて、頭に上らないようにしていた。故に、血気に逸って拙い指示を出すようなことはしない。

 指示を出すその口調が、表向きのものなのが冷静な証拠だ。

 

「定めて敵の先鋒は、先ずもって十字路を押さえようとする筈。そして押さえた十字路に何か小細工を仕込むだろうね。両車輌は偵察に向かって。最初にその十字路の小細工を潰すから」

 

 そんな言葉が咽頭マイクを通して、M3中戦車リーと八九式中戦車に送られた。大洗で偵察と言えばこの二輌なのだ。

 

『了解です、西住隊長!』

 

『任せて下さい』

 

 気持ちの良い返事が通信越しに帰って来た。自信に満ちた返事は、みほの心を満足なものにさせる。満足な心のままに梓と典子の二人に激励を送ってから、二輌が集めて来る情報を待った。

 はてさてどんな下らない小細工を仕込んでくるのか。それとも下らなくはない小細工か。まあ、小細工は下らなくとも、下らなくなかろうとも、所詮小細工でしかないのだが――と、言葉遊びのようなことを考えていると梓たちから通信が入った。

 その通信の内容は予想だにしていないものだった。

 

『みほさん。十字路には何もありません。アンツィオの人も戦車も何もありません』

 

 これにみほは眉を顰めた。

 そんな筈はない。これまで集めたアンツィオとアンチョビの情報から、確実に十字路へ何かして来る筈である。何もないというのは考え難いことだ。

 が、現実に何もないのである。梓たちに少し遅れて通信を寄越して来た典子たちも、同じく何もないと言った。

 拍子抜けである。

 出鼻を挫かれたと言っても良い。

 どうしようかと指示を仰がれれば、敵がいないのであればどうしようもないので、偵察に赴いている梓たちにはその場で待機を命じ、みほも残りの全車輌を率いて十字路の方へ向かった。

 梓たちと十字路の中央で合流してみれば、確かに何もない。人も戦車も小細工も、気配のけの字も感じられなかった。

 

(先入観に捉われ過ぎたようだな)

 

 こう何度も言うことではないが、戦いにおいて情報は最も重要な要素だ。『孫子』には『謀攻篇』というものがあり、その中に有名な『彼を知り己れを知れば百戦殆うからず』という一文が載っている。古代から如何に情報が大切であったのかが知れるというものだ。

 今回はその情報を過信する形となった。アンチョビは奇策や小細工を好むという情報を鵜呑みにした結果がこの状況である。

 己の読み違いをみほは悟った。

 だが、特に何か問題があるような読み違いでもない。

十字路にどんな策を仕掛けても、自分には通用しないことを悟って何もしていないだけであろう。大方、試合会場の半分以上を占める森林に戦場を限定して戦おうという魂胆に違いない。木々に紛れた方が小細工もしやすかろう――みほはそう思った。

 そう思った上で、だったら望み通りにしてやろうではないかと意気揚々、北西、北東、南西、南東四つある内の、南西に位置する森林地帯に戦車前進の指示を送ろうとする。

 その時。

 みほの頭の中はたった一つの思考に捉われていた。

 いや、その時ではなく試合が始まって最初からと言うのが正しいだろう。

 すなわち、小細工諸共アンツィオを粉砕するという思考。

 だから、轟然たる一声とそれに続く大喊声が大気を揺るがすという事態は、みほにとって完全に思考の外からの事態だと言っても良かった。

 

「assalto!」

 

「sì!!」

 

 アッサルト――イタリア語で突撃を意味する――アンチョビの一声。

 スィ――同じくイタリア語ではいを意味する――カルパッチョたちの大喊声。

 すわ、何事かとみほが警戒したのも束の間、鉄の雨が大洗を襲うと警戒は瞬時に驚愕へと変わる。

 襲撃だ。

 アンツィオが正面から突撃して来る。

 全く、これっぽっちも、欠片も、ミジンコほども、アンツィオが突撃して来るなどみほは予想していなかった。

 けれども流石である。

 伊達に軍神、西住の龍などと他称されているわけではない。みほはすぐさまこの突撃に反応し対応を試みた。

 が、アンツィオの動きはまさに疾風のごとくであり、みほの反応を当たり前のように凌駕する。

 

「すっとろいぜ、大洗! お前ら、このぺパロニに続けッ!」

 

 突撃して来るのはぺパロニが率いるカルロベローチェ四輌とセモヴェンテが一輌。突撃隊の第一陣と言ったところか。機銃による弾幕と砲撃を伴いながら、まっしぐらに突進して来る。

 威力の方はさほどでもなさそうだが勢いが凄まじい。百雷が一時に落ちかかって来たような勢いだった。さしもの大洗勢も色めき、浮き立ち、たじたじとなる。そこにペパロニら疾風の一団がなだれ込み、散々と突き破って駆け抜けて行った。

 この様子にぎりぎりとみほは奥歯を噛み締める。不意であったとは言え、烏合の衆がごとく右往左往しみすみすペパロニたちに中央突破を許した味方への怒り、アンツィオがこんなことをして来ると想定していなかった自分への怒りが、胸の辺りで抑えていた苛立ちと呼応する。

 

「不覚であったわッ!」

 

 と、強くⅣ号戦車へ向けて拳を振り下ろした。

 何よりも、こんな変哲のないただの突撃をアンツィオに実行させたのが口惜しい。アンチョビにこんな突撃が自分、ひいては大洗に通用すると判断されたのが堪らなく、事実として通用しているのが許せなかった。

 何はともあれ、このまままごついているわけにはいかない。背後に回ってこちらを脅かそうとしている五輌と、第二陣としてもう目前にまで迫って来ている本隊の五輌に対処しなくてはならなかった。これ以上の恥を晒すような真似をしてなるものかとみほは思っていた。

 

「八九式中戦車! M3中戦車リー! この二輌は背後のカルロベローチェとセモヴェンテをお願い!」

 

 カルロベローチェだけならば無視しても良かったのだが、セモヴェンテがいる以上そういうわけにもいかない。

 浮足立っていた大洗勢は既に態勢を立て直していた。これも流石である。まだまだ素人集団ながらに、一見してそうは見えない動きだ。

 指示を受けた梓と典子が駆る二輌が反転し、砲撃を放ち、おのが敵へと向かって行く。

 続いてみほは前方を凝視する。厳しく引き締められた切れ長の瞳は、だんだんと大きくはっきりしてくる敵を見つめていた。

 迫って来るのはやはり五輌の戦車だ。それぞれ二輌のカルロベローチェとセモヴェンテ、そして隊長車たるP40が猛然と襲い来る。

 そのP40のキューポラからアンチョビは姿を見せていた。

 みほとアンチョビの目が合う。

 すると、みほはかっと激した。

 アンチョビは笑っていた。微笑とも得意げとも取れる笑いで、増上慢め思い知ったかとでも言いたげであるとみほは受け取った。これが考え過ぎであろうとも、自分を見てふっと笑われれば良い気はしないものだ。

 

「この程度で頭にのるな! そものこのこと出て来たのが貴様らの運の尽き! この状況こそ真に私の願うところと知れッ!」

 

 みほは自分自身を奮い立たせた。

 敵の大将が目の前に姿を現したのである。決戦しこれを討ち果たしてやろう。

 奮い立つ心のままに指示を出すと、Ⅳ号戦車、Ⅲ号突撃砲、38tの砲塔が突撃して来る敵に狙いを定める。

 

「撃てッ!」

 

 みほは叫ぶように声を張り上げると、右手を采配に見立ててびゅっと振った。

 一斉にドッと三輌の戦車が火を噴いた。けたたましい轟音と一緒に飛来する砲弾は、敵の突撃を弱めるばかりか、カルロベローチェを一輌吹き飛ばす。

 お返しだとアンツィオも撃ち立てて来るが、これを三輌とも危うげながら全て回避した。

 みほはここぞと再び采配を振るった。

 

「かかれッ!」

 

 Ⅳ号戦車、Ⅲ号突撃砲、38tが唸り声を上げ駆け出し、アンツィオ勢へと急接近すると、距離を潰して接触し、せめぎ合いを始めた。

 猛烈に攻め立てる大洗と、同じく勢いのおもむくままにがんがん攻勢に出るアンツィオ。車体をぶつけ合い、至近距離で砲弾を撃ち交わす。

 お互いの力量は互角だったので中々勝敗は決しない。

 変わらない戦況に業を煮やしたみほが、

 

「何をしておる! これしきの相手に手こずっておっては、決勝で姉上を相手にどうしようと言うのだッ!」

 

 と、叱咤をすればアンチョビも、

 

「一歩も引くな! 勝利も栄光も、ついでにパスタも目の前だぞッ! 私たちは弱くない、いや、強いんだ! 西住にも勝てるんだッ!」

 

 と、味方を鼓舞する。

 こうすると、両勢士気を上昇させ力の限りを発揮する。戦いはさらに激しいものとなった。

 


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