軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その④

 敵味方の激化した戦いはしばらくの間続くことになった。両勢真に実力に差がないので、押されては押し返し、撃たれれば撃ち返し、ぶつけられればぶつけ返し、お互いにキリがなくなっている。進展のない状況に、みほの苛立ちも益々激しくなって来た。

 観客たち第三者は、素人も玄人も含めてどちらに軍配が上がるのか想像がつかない。固唾を呑んで激戦を見守るばかりであった。

 この状況の中で、先に勝機が生まれたのは大洗側だった。梓と典子の二人がぺパロニ勢を蹴散らし始めたのである。ぺパロニ勢は五輌のうち、四輌がカルロベローチェだ。乗員の力は互角でも、戦車の力には差があった。歩兵がいない戦車道では、所詮、牽制と攪乱を主目的に使う戦車である。地力の差がここに来て出始めたのだ。

 

『みほさん! こちらは敵を全滅させました!』

 

『アンツィオ高校、一輌、走行不能』

 

 梓からの報告と審判からのアナウンスを耳にして、今こそ竹を裂くように一気に攻め潰すべきだとみほは思った。

 仲間が次々と敗れて、尚且つ副将格のペパロニも撃破されたのだ。これにはアンツィオ勢も動揺は隠せないだろう。現にみほと相対しているP40は、アンチョビこそ冷静に指揮を執っているものの、操縦手はそうでもないようで、ところどころ操縦に隙が見え始めている。

 もう勢いはこちらのものだ。ここでさらに攻勢を強めるべきだとみほは見た。

 

「梓たち、あっぱれであるぞ! 他の者どもも後れを取るな! 今が好機だ!」

 

 と、咽頭マイクを通して絶叫した。

 口調を取り繕うこともなく気炎万丈するみほ。この励ましに大洗勢は大いに気を得て、動揺するアンツィオ勢をここぞとばかりに圧迫する。すると、次に次に嬉し気な報告と淡々としたアナウンスが交互に繰り返された。

 

『隊長、こちらⅢ突だ。敵将討ち取ったりってな』

 

『アンツィオ高校、一輌、走行不能』

 

『にっしずみちゃ~ん! やったよ~、誉めて誉めて』

 

『アンツィオ高校、一輌、走行不能』

 

 これで梓たちが撃破したぺパロニ勢と合わせて、七輌を撃破したことになる。また、最初の砲撃でカルロベローチェを一輌撃破しているし、戦いのさなか、もう一輌も撃破していたのだ。とするならば、残りはフラッグ車のP40だけということになる。大洗勢はまだ一輌も欠けていない。

 

『西住ちゃん。今から合流して皆でやっちゃおうよ』

 

 当然、こういう判断になる。

 フラッグ車を完全に包囲して袋叩きにしてしまおうと言うのだ。誰が見たってそうやった方が勝率が上がる、というか確実である。大洗勢も、観客たちも、ともすればアンチョビたちも、誰もがそうするべきだと考えていたし、そうするだろうと考えていた。

 しかし、みほはこの杏の提案をきっぱりと拒否した。

 

「それには及びませぬ。他の者どもも吉報を待っておれ」

 

 この時、みほの心を理解していた者は、本人を除けば梓だけであった。みほの薫陶を受けている彼女だけが、いや、彼女だけしか理解できなかったのである。

 それは、みほの名誉心が合わさった戦いにおける美学のようなものだった。例えば、芸術家には己が作品に対する美学があり、料理人には己が料理に対する美学がある。もっと単純に言えば、人という生き物には何事にも好き嫌いがあり、気に入る事と、気に入らない事がある。みほにとって、数を頼んで袋叩きにする選択は気に入らないのだ。卑怯なわけではない。でも気に入らない。

 真に奇妙な考えである。戦車道は武道であるものの、勝敗を決める立派な戦いだ。その戦いで気に入らないから嫌だ、などと随分にゆとりのある考えである。

 確かに、気に入らないからという理由で、戦いの選択を決める者は多々いる。みほの生家の西住家、及び西住流はそうだし、サンダースのケイが掲げる正々堂々さ、聖グロリアーナの騎士道精神もそうだと言ってもよい。 

 ただみほは、輪をかけてその傾向が強いのだった。どのように戦えば称賛されるか、流石だと拍手してもらえるか。自分は上杉謙信の生まれ変わりだと思っているから、彼のように戦い、彼の名を貶めないように戦う。戦い方を一つでも誤れば、それで全て終わりだ。天は二度と自分に微笑んではくれないだろうし、自分という存在はそこで死ぬ。極論すれば、戦いを一種の芸術のように見ているのだ。人をアッと言わしめる戦いぶりをしなければならないと、考えているような節がみほにはあった。

 

「数を頼む側は勝利を確信し気を緩めるであろう。それは敗北への道である。勝つか負けるかの瀬戸際に自らの精神を置き、常に気を張って敵に当たる事こそが必勝の道だ。故に、援軍は無用のこと。このまま一騎打ちにて決着をつける」

 

 表向きはこういう理由で、杏たちとの合流をみはは拒んだ。

 なるほどと納得出来る理由と言えば理由だったが、本心は、そのような戦い方は私のやり方ではないというだけの我儘だった。もう一つあるとすれば、一騎打ちの邪魔をするなという独占的な感情もあるのだろう。しほとまほが『潔いけど、子供みたい』とみほの生き方を評したことは既に記したが、こういう戦い方も含めて総評しての評価なのかもしれない。

 さて、合流を拒否された杏たちは、もう何もすることは出来なかった。無視して合流することも可能だが、戦いが終わった後が怖い。きっと憤怒の形相を浮かべて怒鳴り散らして来るのだろう。人間五十年の時代より、云百年、今や人間八十年、九十年の時代である。まだ、二十年も生きてないのに死にたくはなかった。

 何より、大丈夫だろうという気持ちがある。聖グロリアーナにサンダース、危ないところであったが、みほの言うことを聞いて何だかんだで勝利したのだ。今回も何だかんだで勝つだろう。

 みほは戦えば異常に強い。この異常というのが重要で、古今の歴史を紐解けば、戦の天才だとか評価されていた偉人、英傑は、運が飛びぬけて良かったものである。まるで天が味方をしたように。そう思えば、みほがこの二回戦で散ってしまうような運の無い人物とは到底信じられない。運も個人の力と言うし、みほの力を信じて勝利報告を待つことにしよう。

 

『そう? じゃあ、後はお願いね~』

 

『みほさん、それに皆さんも、頑張って下さい』

 

『根性だ! 根性で乗り切れ!』

 

『隊長こそ、まさに日ノ本一の武者……ここは戦車乙女と呼ぶべきか? まあ、お言葉に甘えて吉報を待ってるぞ』

 

 杏たちから通信が送られているこの時も、撃ち合いは続いている。Ⅳ号戦車の砲身が龍の息吹を吐き出すと、P40はこれを受けきり重戦車としての威容を見せつけ、お返しにと放たれた砲弾を、Ⅳ号戦車は軽々と回避した。

 みほは一言、二言発してから通信を切って、一騎打ちに集中する。

 よくよくP40の動きを観察していれば分かるが、どうやら焦りが出て来ているようだった。速く速く速くと動きがだんだん拙いものになっているし、アンチョビの顔に蒼白さが浮かんでいる。どうも、他の大洗勢が合流する前に倒そうと躍起になっているようだった。アンチョビは、あくまで一騎打ちで戦おうとするみほの意志を知らないのだ。

 これをどうしたものかとみほ。アンチョビに合流することはしないと伝えて、仕切り直し堂々と戦うべきかと一瞬だけ考えたが、それを信じてもらう術はないし、馬鹿にするなと一蹴されるだけである。

 このまま戦いを続行することにした。

 

「これならどうだ、くらえ!」

 

 雷喝と同時、Ⅳ号戦車の砲身が火を吹いた。常にP40より先手に砲撃を放つのは、驚異的な速度で装填する優花里の力である。

 砲弾はP40に当たるコースで飛来していくが、P40は辛うじて直撃を避け掠らせるに至った。

 

「しぶとい!」

 

 みほが声を上げたが、お互い様である。アンチョビとて、同じことを心中でぼやいていることだろう。

 さらに幾度か砲火を交わしたが、決着にはならなかった。随分と長い時間戦いが続いているので、さしものみほにも疲労の汗が額に浮き始め、白い頭巾を湿らせ、冷える風が心地よい状況である。況や、沙織たちは体力の限界が見えて来ていた。アンツィオも言うまでもない。

 猶予はなかった。

 次で最後だ、とみほは決意する。

 操縦手の麻子に何かを指示すると、Ⅳ号戦車が前進した。

 このⅣ号戦車の動きに合わせて、P40も前進し、お互いの側面を擦りながらすれ違う。そして、お互いに距離を取って旋回し、P40が砲撃を加えた。

 砲撃は、麻子の巧みな操縦、アンツィオの砲手の疲労と焦りが合わさり、これを回避。瞬間、Ⅳ号戦車は加速する。

 Ⅳ号戦車の狙いはP40の背後を押さえることだった。これまでも度々狙ったのだが上手く行かず、焦りと疲労で集中力と動きを鈍らせている今こそと勝負に出たのだ。

 そうはさせじと対処に出るP40だが、Ⅳ号戦車の方が速かった。P40の背後をとったのである。

 

「やれ!」

 

 轟音が大気を通じて周りの木々を揺らした。重戦車と言えど、背後からの直撃に耐えうるものではない。P40は完全に沈黙した。

 

『アンツィオ高校、フラッグ車、走行不能。よって大洗女子学園の勝利』

 

 審判のアナウンス。みほはそれを聞きながら、白旗を隠しながらもくもくと空に昇る黒煙を見つめていた。

 

 

 


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