軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その⑤

 優花里たちが偵察より帰って来ると、みほは先ず言葉で労をねぎらい、冷えた身体を温めるようにと手ずからスープを与えた。そうしてから地図を広げ、プラウダの布陣がどうなっているのかの情報を求める。優花里たちはスープを飲み干して、丁寧に口頭で説明をしながら地図に書き込んでいった。

 

「完全に包囲されていますね。しかし、一部に手薄な部分があります」

 

 梓が地図を指さす先に視線が集中する。地図を中央にして集まっているのは、偵察に行った四人を含めリーダー級の者たちだ。彼女たちは、ならばこの手薄な場所を突破して脱出しようと口々に言う。これにみほは首を振った。

 

「それが敵の狙いだ。兵法における初歩の中の初歩。態とここの包囲を手薄にしておるのだ。このように包囲戦を仕掛ける時、どこも万全であれば、包囲される側は死兵と化して死に物狂いで戦わざるを得ない。だが、逃げ道を作っておけば、藁をも掴む心地でこちらに行くだろう。死兵と安心感がある兵では、戦いに歴然の差があるからな。プラウダの狙いはそれだ。故に、私たちはここへと突撃する」

 

 地図上の教会から真っ直ぐと人差し指を動かしていくみほ。突撃のルートはプラウダの包囲が一番厚い中央部であった。中央へと駆け抜け、そのまま敵のフラッグ車を討つ。

 敢えて最も万全な所を狙い意表をつくのである。わざわざ敵の狙い通りに動く必要はないので、危険そうでも有用だと思われるが、これには梓が反対の意を示した。

 

「プラウダはそれをこそ狙っているのではないでしょうか?」

 

「どういうこと?」

 

 杏は首を傾げる。杏だけではなく、他の者たちも梓の懸念が分からない。言ってみろ、と先を促すみほは笑っている。

 

「敵はみほさんのことを良く知っている筈です。ですから中央突破をして来ることも、読んでいるのではないでしょうか」

 

 先ほどみほは、包囲に手薄な個所を作るのは兵法の初歩だと説明した。であるならば、プラウダは知っている筈なのだ。自分たちが包囲に穴を開けた理由を、みほは知っているという事実を。知らずとも、兵法の初歩であるとするなら西住流の人間ならば学んでいるだろうという予想は容易に立てられる。だから敵が狙っているのは、手薄な個所を攻撃して来ることではない。

 

「プラウダはみほさんが中央突撃をして来ることを狙っているのです。意表をつかせたと私たちに思わせておきながら、悠々と待ち受けて殲滅する。だからその裏をかいて、ここの手薄なところを突破するべきです」

 

 仕舞いにとんとんと梓は地図を叩く。

 なるほど、確かにお前の申す通りだ。そう言ってやりたいみほであったが、まだまだ読みが甘いと言わざるを得ない。敵の狙いはやはり、手薄なところを突いてもらうことである。

 強豪校の一角を占めるプラウダ高校の隊長を務めるカチューシャ。礼節を知らない輩ではあるが、出来る人物ではある筈だ。みほに油断はない。

 

「梓。カチューシャめは私たちがそう読んでくることを、ほくそ笑んで待っておることであろうよ。奴はお前の一歩先を行っておるのだな。だが私はさらにその先を行く。裏の裏のそのまた裏をかくのだ。ハハ、しかしよくそこまで考えたな。お前がそこまで考えついたことは嬉しいぞ。これからも精進致すようにな」

 

 本当に嬉しそうに声を出してみほは大笑する。

 梓は頭を鈍器で殴られたような衝撃を味わった。まだまだ自分は甘いのだ。

 自分の未熟さを思い知ったのと、誉められて嬉しい――羞恥と照れが入り混じり、梓はポッと頬を赤らめる。と、同時に、みほへの敬意を一層深くした。

 二人以外の者たちは、やり取りに感心する他はない。自分たちはまったく気がつかないことに意見を発した梓に驚き、それ以上に敵の考えを読み解くみほの凄さを再認識した。

 作戦会議はこれで終わりだ。敵の包囲が一番厚い中央部への突撃と決まった。

 

「さてと、うん? おお、これは!?」

 

 みほが外へと視線を向けると、すっかり吹雪が止んでいた。作戦会議が終わった途端に降り止むとは、何と良いタイミング。直ぐにも作戦を実行に移せという天からの思し召しであろうか。やはり天は私たちの味方なのだ。

 

「よし、みな戦車に乗れ! これより教会を出、敵の包囲を突破し、フラッグ車を討ち取るぞ!」

 

 指示を出されると、大洗戦車道履修生たちは早々と動き出し、あっという間に出撃の準備を整える。それを確認したみほは、腕を大きく振った。

 

「突っ込めッ!」

 

 六輌の戦車が教会から飛び出す。

 すると、白雪の世界が砲音とそれを上回るような叫喚に引き裂かれた。

 

 

 

 

「皆、勝てる戦いよ。気張りなさい!」

 

 カチューシャは旗下のプラウダ生たちを励ましながら、今度は驚きもなく大洗の動きに対処した。みほを一人の敵として認めている今、彼女の心には流石だという思いが強い。本来であれば、包囲が手薄な個所を狙って来たところを一網打尽とするつもりであったが、自分の考えの奥まで読み取られてしまったらしい。見事だと言う他はなかった。

 こうして見ればノンナが惚れ込むだけのことはある。頭の回転は速く、常に先頭を切り堂々としていて、勇敢。でも負けない。勝つのはこのカチューシャだ。

 

「怯える必要はないわ。敵の突撃の勢いを止め、押し包んで討ち果たしてしまいなさい」

 

 最も包囲の厚い中央部は、八輌の戦車を二列に分けて配置している。前後それぞれ四輌で備えていた。まるで百や千の雷が一時に落ちかかって来ようとも、何ともないような剛健さを秘めている。そこに大洗勢は突進して来た。

 先ず前列の四輌が交戦状態に入る。激しい砲撃戦。押し止めようとするプラウダと防御を破ろうとする大洗。突撃の勢いは甚だすさまじく、優勢なのは大洗であった。

 

『プラウダ高校、76及び85、戦闘不能を確認』

 

 プラウダはたちまちに二輌の戦車を撃破された。やったのは38tである。無人の野を駆けるが如く雪上を疾走する38tが、汚名を返上するべく身を捨てんばかりに奮戦したのだ。続く形でⅢ号突撃砲、Ⅳ号戦車が二輌を討ち、これでプラウダの前列は全滅した。

 勢いそのままに後列へ向けて大洗勢が駆け出す。しかしカチューシャに焦りはない。接近をさせるなと、IS-2に、すなわちノンナへと主砲発射の指示を出した。

 

『お任せください』

 

 IS-2が特大の火を吹いた。一撃目、これでM3中戦車リーが粉砕された。ドッと吹き飛ばされ、雪上を三度回転し、ようやく止まると白旗が昇る。

 まだ終わりではない。二撃目はルノーB1bisを捉えた。動かなくなり黒煙が天へと向かう。白旗を見るまでもなく戦闘不能である。

 二輌撃破された大洗は、けれども突撃を止めることはない。ここで勢いを止めれば負けるということを分かっているのだ。遮二無二フラッグ車を討ち取らんとしている。

 

(フラッグ車だけを後退させるべきかしら)

 

 カチューシャは考える。突撃して来る大洗と迎え撃つ後列の隊は同じ四輌だ。プラウダは今回の戦いで十五輌用意し、その内八輌は撃破された。後列の隊が四輌となると、別の地点に残りの三輌がいる。どうするべきか選択肢は二つである。

 フラッグ車を後退させ、三輌で迎え撃つ。だがこれは、突破されてフラッグ車の追撃を許せば負ける可能性が高い。もう一つの選択肢は四対四での決戦。数の上では互角、そして戦っていれば他の地にいる三輌の戦車が合流して来る。そうすれば七対四だ。一気に押し切れるだろう。

 

(カチューシャにはカチューシャのやり方がある。決めたわ。有無の一戦。私が死ぬか、彼女が死ぬか、ここで決着をつけるわ!)

 

 堂々迎え撃とうではないか。もとよりフラッグ車だけを逃がそうなどと言う発想は、このカチューシャに相応しくない。敵に背を向けるなど恥ずかしいことだ。

 考えている間に、大洗勢は距離を縮めて来た。駆けながら四輌が同時に砲撃をして来る。砲弾はプラウダの戦車を掠める。そして一発はカチューシャの近くを通り抜けて行った。

 胸が引き締まり、噛み砕かんばかりに奥歯を噛み締めると、カチューシャは叫んだ。

 

「西住みほ! 尋常に勝負よ!」

 

 砲撃の音にかき消され聞こえはしないだろう。でも構わないと声を張り上げた。するとどうだろう、みほの返答が返って来たのである。

 

「心得たりッ!」

 

 これを合図に決戦が始まった。

 戦いは一進一退である。互いに中々傷を与えることが出来ない。そんな中で先手を取ったのは大洗であった。プラウダの四輌は、T-34/85が一輌でこれにカチューシャ、IS-2が一輌でこれにノンナ、残りの二輌はT-34/76であり、内一輌がフラッグ車だ。大洗が仕留めたのはフラッグ車ではないT-34/76である。このまま大洗が追い込むかというところに、思いもよらぬ方角からカチューシャらは援護する発砲音が鳴った。別地点にいたプラウダの三輌である。

 このプラウダの増援が加わると大洗は逆に追い込まれる形となった。38t、八九式中戦車、Ⅲ号突撃砲が瞬く間に撃破され、フラッグ車のⅣ号戦車も危うしという状況であったが、一瞬、プラウダのフラッグ車が油断を見せた。圧倒的優勢になったことで、気に緩みが出たと思われる。この油断を見逃すようなみほではない。

 Ⅳ号戦車より放たれた一発の砲弾は、吸い込まれるようにプラウダのフラッグ車を貫いた。白旗がパタパタと翻る。

 

『プラウダ高校、フラッグ車の行動不能を確認。大洗女子学園の勝利!』

 

 審判の声が通信越しに結果を教える。

 

「負けたわね……」

 

 白旗の上がる自勢のフラッグ車を眺めながら、カチューシャは呟く。とは言うものの、呟いたほどの無念さはなかった。たとえ負けたとは言え、自分らしく戦い抜くことが出来たのだ。何よりも――

 

「お疲れ様でした、カチューシャ。今日の貴女は最高にかっこよかったです」

 

 と、ノンナの笑顔と言葉。戦いには負けてしまったけど、果たすべき目的は果たせたように思える。ノンナはみほを敬愛し、このカチューシャのことも敬愛している。それで良いじゃないか。別にノンナがみほのものになったわけじゃなかったのだ。それが分かっただけで、今は爽快な気分であった。

 


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