軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その③

 翌日、杏にメールで伝えた通り、みほは大洗女子学園の倉庫前に姿を現した。

 頬は血色美しくふっくらとしており、眼裂の長い瞳は清く澄み渡っている。悩みを解決した昨日、よく食べ、よく寝た。身体も精神も盤石で、誰もがその場にいるだけで無視出来ない覇気を放っている。

 みほが倉庫前へとやって来た時、履修生らはずらりと整列し、みほの登場を今か今かと待ちわびていた。咳一つする者もなく、まるで深い森の中のように、清廉に静まり返っている。そこにみほが姿を現すと、姿勢を正して出迎えた。

 みほはつかつかと列の前へと歩み出て、履修生らと向き合う。

 

「皆の者、この三日間私情ながらに迷惑を掛けたな。しかし、決勝戦を前にどうしても決めておかなくてはならなかった。許せ」

 

 決勝戦後、黒森峰に戻るか、戻らないか。

 履修生らは大丈夫だとばかりに頷いた。貴女の気持ちは分かる、だから気にするな、という履修生らの意に、みほは感謝し頷き返す。良き仲間を得たものだと、みほは思った。

 

「よし。では、早々と練習に入ろう。時間は有限なのでな……と言いたいところだが」

 

 みほは列の左から一番目と二番目に視線をやった。見覚えのあるが列に混じっていることに疑問がある者が五人。そもそも見覚えのない者が二人。自分がいない間に何があったのだろうか。その七人から視線を外して杏を見ると、

 

「杏さん。彼女たちは?」

 

 と、詳しい説明を求めた。

 みほのいない間、指揮を執っていたのは杏である。彼女に説明を求めるのは当然のことだ。

 訊ねられた杏は、頷き、一歩前へ進み出すと説明を始めた。

 

「昨日、西住ちゃんがいない間に色々とあってね。先ずは自動車部の皆から紹介するよ」

 

 列の左から二番目に並んでいる四名だ。彼女たちは戦車の修理など裏方で活躍しており、みほも常に頼りとするところだった。自動車部がいなければ、大洗戦車道は立ち行かない。いなくてはならない存在なのである。

 

「アンツィオ戦の前ぐらいにポルシェティーガーが見つかったでしょ? あれのレストアが完了したんだけど、ちょっと問題があってさ。どうも欠陥機なんだってね、あれ。それでさ、まともに動かすことが出来るのが自動車部の皆だけってことでさ。まあ、そんなわけだから、だったらお願いして良いかなってことになったの」

 

 なるほど、そういうことであったなら納得を覚えるものだ。使える方法があるのだから使わない手はない。みほが昨日いたとしても、杏と同じ判断を下しただろう。

 

「自動車部の方々。決勝戦では期待させていただきます」

 

 ナカジマ・ホシノ・ツチヤ・スズキの四人は一礼することで、みほへの返答とする。

 その様子を見て、みほは微笑を浮かべた。さて、自動車部が列に並んでいる理由はこれで分かった。ならば残りの三人はなんであろう。

 するとその三人の内、みほが唯一見知り得ている人物の猫田が、おずおずと口を開いた。

 

「あの~、ちょっと良いかな?」

 

「んっ?」

 

「西住さんって、ボクのクラスメイトの西住さんなんだよね?」

 

 度の強い眼鏡の奥の目を伏せて、さらりと長い髪に隠れた口元から、ぼそりぼそりと蚊の鳴くような声を出して言った。

 みほは眉を顰めながら、

 

「何を言っておる。ここ三日間、いや四日間、金土日月と顔を合わせてはおらんが、基本は毎日のように会っておるではないか。何だ、この私の顔をここ四日で見忘れたと申すか?」

 

「い、いや、そうじゃないんだけど……何か、その……」

 

「教室にいる時と雰囲気が違って、まるで別人のようだと仰りたいのではないでしょうか」

 

 猫田の言葉を言い継いだのは華である。

 日を経るごとに戦車道のチーム内で素を見せるようになったみほ。プラウダ戦の終盤からは完全に素を出したみほだが、教室内では変わらず一切見せてはいない。猫田は教室にいる時のみほしか知らないので、今の素のままなみほに違和感があるのであった。

 華の援護に猫田はぶんぶんと首を振る。猫田の知っているみほは、お淑やかで女の子らしい、お姫様とまでは言わないが、ご令嬢のような人物だ。こんな鎌倉や室町の匂いを漂わせる人じゃ断じてなかった。

 

「ご令嬢って……西住ちゃんはどう見ても坂東や陸奥育ちの東国武士でしょ。義にはうるさいし、名誉にもこの上なくうるさいと古い頭をしている。西住ちゃんは九州の生まれだけど、東国生まれの私たちの誰よりもそれらしいからね」

 

 杏が言うと、猫田と他二人を除いて皆が笑った。みほも笑っている。言葉通りに侮辱したのではなく、誉めていることに気付いたからだ。

 

「まあ、こういうわけだから、ねこにゃーちゃんたちも承知しといてね。短い間だろうけど、よろしく頼むよ」

 

「ねこにゃー? 杏さん、何なのですか、そのねこにゃーとやらは?」

 

「ああ、オンラインゲームのハンドルネームだって。西住ちゃんはオンラインゲームって分かる? そもそもゲームって分かる? なんて説明しようかな……絵巻物みたいな――」

 

「分かっております。私は考え方が古いだけで、それ以外はすべからく現代に適応しております。虚仮にしないでいただきたい」

 

 拗ねたような、はたまた冗談のような調子でみほが言った。これにも皆がドッと笑った。今度は猫田たちもクスクスと声を漏らしている。

 

「ごめん、ごめん。それで、呼ぶ時はハンドルネームの方で呼んで欲しいってことだから、それぞれ、ねこにゃーちゃん、ももがーちゃん、ぴよたんちゃん」

 

 猫田がねこにゃー。桃の眼帯を着けた一年生がももがー。髪を一つに結んだ、そばかすの三年生がぴよたん。それは分かったが、この三人はどうするのだろう。戦車道をやることになっても、肝心の戦車がないのであれば何もしようがないのだが。

 そのことに関しては抜かりない、と杏は胸を張った。

 

「学園長が戦車持ってたから借りて来た。三式中戦車って言うんだけど、三人にはそれに乗ってもらおうと思うんだ」

 

 にしし、と白い歯を見せる杏に、みほは睨むような目つきで問い掛けた。

 

「よもや、学園長に対して無礼を働いたわけではありますまいな。生徒会の強権を利用して、盗賊まがいのことをやり、無理やりに接収したとか」

 

 付き合いの時間は短くとも、濃ゆいものである。杏がみほの性格を完全に把握しているように、その逆でみほも杏がどういう人間かを理解していた。

 杏ならやりかねない。長幼序あり、年少者は年長者に対して守るべきものがある。余程敬意を払うに値しない年長者でもない限り、年少者はしっかりと敬意を持つべきなのだ。そしてみほの眼から見て、大洗女子学園の学園長は敬意を払うに値する。そんな学園長に対して無礼を働いたとあっては、杏であろうとも考えなくてはいけない。

 

「やってないよ、そんなこと! ちゃんと事情を説明して、快く貸してもらったよ!」

 

 身振り手振り必死の語調で杏が弁解する。

 

「でしたらよろしいのです。その言葉を聞き、安堵致しました。既に杏さんたちが仰せでありましょうが、今日、私の方からも学園長へ礼を申し上げましょう」

 

「そうだね、それが良いよ! アハハ、ハハ」

 

 ぎこちなく杏が笑う後ろで、柚子が小声で一言漏らした。

 

「…………やろうとはしてましたけどね」

 

 幸運にもこの一言は誰の耳にも入らなかった。

 みほが猫田たちに向かって口を開く。

 

「未だ戦車に慣れてすらおらぬで身で、初陣の相手が姉上率いる黒森峰であるが、特に気負う必要はない。私の采配に従っておれば、無様を晒すことはなかろう。ねこにゃー、ももがー、ぴよたんさん、各々全力を尽くし、存分に働くが良いぞ」

 

 猫田たちは一瞬息を詰めると、

 

「はいい」

 

 と上擦った声で返事をした。

 

「うむ。これで自動車部の方々とねこにゃーたちがおる理由は分かった。私がおらぬ間に随分とまあ……杏さん、念の為にお訊ねしますが、他に何かございましょうか?」

 

「流石西住ちゃん、勘が働いているねぇ。じゃあ、二点ほど。先ず一つは、私たち生徒会の38tが目出度くヘッツァーに改造されましたあ、ぱちぱちぱち。実際はヘッツァーもどきだけど、ヘッツァーで良いでしょ」

 

 37ミリから長砲身75ミリ砲になったことで攻撃力が上昇した。少なくないデメリットもありはするが、メリットの方が強い改造である。

 

「もう一つは、西住ちゃんたちのⅣ号戦車にシュルツェン? とか言う装甲板を両側面にくっ付けて守りを固めてみました。以上の二つだよ」

 

「なるほど。それは随分と有意義なことでございます。それだけで戦術の幅が大きく広がりを見せるというもの。おっと、随分と時間を取ってしまった。明日は早くも決勝戦。今日という日の時間は一秒も無駄には出来ぬ。練習を始めることに致そう」

 

 みほが皆に指示を出そうとすると、ちょっと待って、と猫田が止めた。

 

「どうした?」

 

「度々、ごめん。だけど、ちょっと気になったことがあるんだ」

 

「構わん。申してみよ」

 

「うん。さっき、生徒会長が言ってたけど、短い間だけどよろしくの短い間ってどういう事? 西住さんとボクって同じ二年生だから、あと一年は一緒だよね。なのに短い間って」

 

 ああ、そのことか、とみほは至って軽い反応を見せた。

 その話であれば、練習終わりに言おうと思っていたが、別に今言っても、今日言うことに変わりはない。そう判断すると、みほはやはり世間話調に軽く言うのだった。

 

「決勝戦が終われば、私は黒森峰に戻る」

 

 


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