軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その⑤

 きっちり三曲吹き終わったところだった。余韻に浸ることもなく尺八を片付けたみほは、さっとその場で立ち上がる。眼下に視線を落とすみほは、場の空気がざわついているような感じがしていた。何かある。と言うよりは、ついに黒森峰が動き出したのだろう。

 見下ろす先に黒森峰の姿はない。ただ、大地を踏みつける音が、鉄の獣たちの唸り声がかすかながら聞こえる。見えはしないが、気配はひしひしと伝わって来るのだ。

 

「来たか!」

 

 吼えるように、みほが呟いた。

 そうしてから、沙織たちに急いで戦闘態勢に入るよう指示を出した。命を受けた沙織たちが準備し、態勢に入る頃に虎の群れが姿を現す。二列になって今にも襲い掛かってきそうな勢いだ。数は十を超えて、二十は数えない。

 みほは唇を噛み締めた。予定では全車この地に集結している筈であるのに、見下ろす先にはその半数ほどしかない。やはり、黒森峰は然る者の集まりである。

 

「見抜かれたか」

 

 己の考えをだ。逃げ場のない高地、天然の要塞ではあるが死地でもあるこの地に陣取り、敵のフラッグ車、すなわちまほを誘き寄せて決戦に持ち込み一気に雌雄を決しようという考えは、見事に読まれてしまったらしい。

 残念だと思いながらも、流石は、と心の中でまほたちを褒め称える。そうでなくては面白くない、とも思った。自然と笑みが出て来る。

 

「さて、もうここには用は無い。下りるとしよう」

 

 そう言い放つみほに、迎撃はしないのかと皆は首を傾げる。

 勿論、しない。そんなことをしたところで、何にもならないことが分かっているからだ。何故ならば、黒森峰勢が盾のようにしているヤークトティーガーという戦車は、ようにと言うよりはまさに盾である。前面装甲は厚く、今の大洗の砲弾では抜くことが出来ない。迎撃などしたところで無駄玉なだけだ。

 

「奴らの考えは読めた。ヤークトティーガーを前面に押し出し、この地に押し寄せ我らを追い出そうというのであろう。我らに何時までもこの地に籠られては堪らんということだな。全車で押し寄せれば、そこには当然姉上がおり、私の思惑通りとなる。しかし姉上がいなければ統制が取れない。だからこそ、統制が取れるだけの数で来たのだろう」

 

 みほは履修生たちをかえりみながら、真白な歯を剥き出しに笑う。

 

「ハハハ。良いだろう、健気な考えではないか。その健気さに免じてここから下りてやろう。しかし、ただ下りるだけではつまらない。奴らが上り始める前に、不意を打つが如く全速で駆け下りてしまう。すると、想定外のことが起きた奴らは混乱し、統制が乱れる。そこで一撃食らわせて一泡吹かせてやろう。各々方、そういうことだ。良いな」

 

 問答する時間などないので話を打ち切る。何か言いたいことがあった履修生たちも、こうも一方的な物言いをされると何も言えなかった。今回ばかりは梓だろうが、優花里だろうが、杏だろうが、口を出させる気はない。

 

「そら、下りろ!」

 

 みほは話を打ち切った後、間髪入れずに高地より駆け下りるよう、腕を采配代わりに振って大音に叫んだ。Ⅳ号戦車を先頭に最後遅れて三式中戦車が、眼下の黒森峰目掛けて突進を始めた。地鳴りのような重厚感溢れる音が響く。

 見込みは半分だけ違わなかった。突如として疾駆して来る大洗に、二輌のヤークトティーガーは面を食らったのかもたつきだした。想定外のことに動揺しているようだ。

 

「よし、このまま……何だと!?」

 

 そう、半分だけ違わなかったのである。残りの半分、ヤークトティーガー以外の戦車は、動揺するどころか極めて冷静であった。列を成していたのを、瞬時に左右に展開し大洗を迎え撃つ態勢に入る。まるで、大洗の行動が予定通りと言わんばかり。

 これには、みほの驚きもこの上ないものであった。

 

(私の考えを完全に読み取られた。なんたることだ!)

 

 大会初戦のように、通信傍受による作戦バレではない。純粋に、みほの動きを読み取られたのである。不覚だとした言いようがない。

 みほの身体が小刻みに震えた。むらむらと怒りが湧き上がって来る。こうまで鮮やかに読み取られてしまった自分に対してだ。自分で自分の誇りを傷つけたような気分であった。

 

(誰だ? 姉上か? エリカか? それとも他の誰かか? 誰が私の考えを読んだのだ)

 

 その時、みほの視界に飛び込んだのは一人の少女であった。距離があるから目をこらしてもおぼろげであるが、見えなくはない。ぼんやりと大まかな輪郭から、少女が何者か理解すると合点がいった。

 小梅だ。彼女ならば、納得のいく話だ。黒森峰に居た頃はずっと傍にいたのだから、手に取るように自分の考えを分かってもおかしくはない。同時に、ヤークトティーガー以外の戦車を操る者たちが、元々自分の下にいた者たちだと気付く。

 

(そうか、完全に読み取ったということではないのか。私ならばもしかしたらこうするかもしれないと、各々が頭の中の片隅に置いて警戒をしていたから、奴らだけ対応して来たのか)

 

 綿密に計画を練り規律正しく正確な動きを旨とするのがまほ派の特徴だ。だから、突発的な事態に対処できない。丁度、動きを乱している二輌のヤークトティーガーのように。対してみほ派は、大まかな皮だけを決めて、後は臨機応変にやっていくというのが特徴。お互いのトップの性格が実に分かる特徴である。

 

(これでは、迂闊なことは出来んな)

 

 思うと、みほは嬉しくなった。感動すら覚えてくる。

 瞬間、轟音が鳴った。天に轟く雷のようだ。当然、これは表現であって、本当に雷が鳴っているわけではない。今、何が行われているのかを念頭に置けば、おのずと音の正体は判明する。言うまでもなく砲音だ。

 

(感動している場合ではなさそうだ。それにしても、序盤の序盤でこうも不覚を取るとは……一本取られた、だが、真に面白くなって来たぞ。必ず借りは返す。勝つのは私だ。そのためにも、一先ずこの場を乗り切らねば)

 

 咄嗟に考えて、みほは引き締めた表情で真っすぐ前方を見つめた。前へ前へと疾駆するにつれハッキリと見えてくる黒森峰の姿を、厳しく引き締まる眼が捉える。

 やはりヤークトティーガーが穴だ。あの二輌の態勢整う前に突破するべし、とみほは判断し、二輌のヤークトティーガーの中央を抜けるよう麻子に指示した。

 

「はあ、遊園地の下手な絶叫系アトラクションよりスリル満点だね」

 

 みほの指示を、立てていた聞き耳で聞き取った沙織がため息をついた。

 飛び交う砲弾。息をもつかせまいと弾を乱射する黒森峰の猛攻は、まるで火のように激しいものであった。これを麻子が巧みな操縦で回避していく。

 

「安心しろ、沙織。身の安全は保障してやるぞ」

 

 麻子が不敵にニヤリと笑った。

 連動するかのように、華も口角をあげる。撃たれてばかりでただ逃げるのも面白みがない。標準を合わせ、応射する。これに我もと続いて、Ⅳ号より後方の車輌も応戦を始めた。

 玉煙が充満し、濛々と辺りを包み隠す。その煙の中からワッと大洗の戦車が飛び出した。

 激しい砲撃戦の末、大洗は黒森峰の戦車を二輌撃破する。その上で、先ずⅣ号戦車が黒森峰の備えを突破した。続く形で八九式、ルノーB1、Ⅲ号突撃砲、ポルシェティーガーも駆け抜けて行く。しかし、この五輌が抜けた頃には、ヤークトティーガーもようやくのこと、態勢を立て直した。

 

『みほさん。私たちは別へと向かいます。このまま駆け続けて下さい』

 

 梓がみほに通信を送る。ヤークトティーガーが態勢を立て直した以上、突破はもう無理だ。強行などすれば、M3中戦車リー、ヘッツァー、三式中戦車の三輌は全滅を免れないだろう。だからこそ、梓は瞬時に決断したのだ。

 方向を転換し、M3中戦車リーを先頭にみほたちとは別方向へと駆ける。すると、黒森峰はみほたちに見向きもせず、梓たちを追撃しだした。

 

『隊長、このままではあの三輌が危ない。反転し、あべこべに黒森峰を追撃しよう』

 

 カエサルは言うが、みほは千載一遇の好機が訪れたと思っていた。このまま梓たちに小梅の相手をさせてやれば、まほの周辺はかなり手薄となる。黒森峰が、まほが、小梅が何を考えているのかは不明だが、ただ訪れた好機を逃す手はない。

 

「梓、その方に小梅の相手は任せた。どんな手を使っても構わんから時間を稼ぎ、そいつらを姉上と合流させるな」

 

 みほは梓に通信し言い放つと、顔と頭を包み込んでいた白練の布をきっちりと包み直した。

 


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