軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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第二話 練習試合と麗しの乙女たち
その①


 戦車道の授業初日。みほの姿はグラウンド奥の倉庫前にあった。彼女と一緒に生徒会の三人もいて、その視界には五台もの戦車が並んでいる。これらの戦車は、杏率いる生徒会の面々と協力者たちによって用意されたものだ。Ⅳ号戦車D型、八九式中戦車、38t、M3中戦車リー、Ⅲ号突撃砲F型の五台で、これらはお世辞としてはともかく事実として強力な戦車とは言い難かった。また数も少ないときている。

 

 みほは、この戦車群とこれからやって来る素人たちをもってして、大会に出場し優勝へと導かねばならなかった。

 

 並みの人間であれば、いや古今東西の英傑であろうともこれには匙を投げることだろう。これを用意した杏も流石にと不安で心がいっぱいだった。柚子も顔を青白くするばかりで、桃はと言えば意外にも感情豊かである本性を晒し、涙ながらに悲観的な発言をして柚子に抱き付き宥められる始末である。

 それら生徒会の面々の反応を余所に、みほはどこ吹く風といった様子であった。さして気にすることもなく、どころかやる気に満ち溢れているのである。

 

(十分十分。これを目にしてなんの不満があろうか。この者たちの胸中には不安が渦巻いており、さもあろうことだがこの西住みほ。世に人身を受けてこの方、交わした約束を破ったことは一度たりともない。そも、相手は英霊や鬼神の集まりではない。サンダースや聖グロリアーナ、知波単に継続などは路傍の石を蹴り飛ばすが如く始末し、姉上と決戦の末これも討ち破り、私の義と武名のほどをさらに天下に広く知らしめてくれよう)

 

 大層な自信であった。みほは他の誰が無理であろうとも自分ならばいけると信じ切っていた。最早信仰の域ですらあった。実際にみほは公式戦や訓練の今までを含めると負けたのは一度きりである。昨年に行われた、第62回戦車道全国高校生大会決勝戦でプラウダ高校に敗れたのだ。ただこれも純粋に敗れたとは言い難い。プラウダの実力に押されたというよりは、内部で仲間割れがあった末の敗北だ。

 

 そんなのは言い訳で、チームを纏めきれていない時点でお粗末。西住みほ、西住まほ、と言うよりそもそも西住を過大評価し過ぎていたのではないか、という声も挙がってはいる。それはともかくとして、みほが遅れをとったのはこの一度きりで、後は勝利と引き分けだ。引き分けは訓練で、母であるしほと、姉であるまほの二人とのものである。

 

 こんな戦歴であるし、自分には軍神毘沙門天のご加護があると強く思っているから、負ける筈がないという自信に繋がっているのだった。

 それほどに傲慢とも言える自信は、しかしながら今の生徒会にとって悪いものではなかった。寧ろ極めて頼りとなる姿だ。身体の内より湧き出て来るそれは、杏たちを安心させ、勇気を百倍させるに至った。彼女に付いていけば大丈夫と思わせるのである。

 

 一時もすればぞろぞろと戦車道履修者が倉庫前に集結し始めた。その数十八人。オリエンテーションで恐らくと予想していた人物が全員集まっていた。みほと生徒会を含めると合計して二十二人と少数であるが、車輌数を念頭に入れるとちょうど良かった。

 恰好はバラバラの履修生たちは、行動も居並ぶ戦車に瞳を輝かせる者、生徒会と一緒に行動しているみほに疑問を抱く者など様々だが、共通しているのは戦車道を純粋に楽しみにしていることだった。

 

 良い目をしているとみほは思った。

 

「はーい、皆ちょっと整列してねー」

 

 履修生が全員集まったのを確認した杏は、取りあえず五つのグループに分かれさせた。戦車と同じ数だ。初めからそこそこのグループ分けはできていたので、これに時間が掛ることはなかった。武部沙織と五十鈴華に他二名を加えた四人と、みほが同じグループになって五人、元バレーボール部である四人、制服の上からお気に入りの恰好をしている四人、一年生を一纏めにした六人、ここに生徒会メンバーの三人で五つのグループである。

 

 生徒会とみほを除いて整列が完了すると、後はよろしくお願いしますとばかりに杏たちはみほの後方に控えた。これには何も異論はない。戦車道においては、全権を持つのは自分だと認識していたし、杏も端からそのつもりである。みほは一歩前に出た。

 

「初めまして、私は名を西住みほと言います。各々方にはこれより私の指揮下に入っていただきますので、先ずはそのことをご理解下さい。各々の心の中にはどうして生徒会ではなく私がという思いがあるでしょうが、私は多年に渡り戦車を操る身。経験はここの誰よりも積んでいますので心配は無用のこと。各々が戦車道を履修して良かったと心から思えるよう努力していく所存ですのでどうかよろしくお願いします」

 

 さわやかに、力強く、堂々とした物言いだった。おおぅ、と感心した声があがり、みほは履修生たちの心を掴んだ。これから彼女の指揮に従うことに何の疑念も抱かなくなった。

 すると履修生の一人が、みほを指さしてああっと甲高く叫んだ。

 

「やっぱりそうです! こんな所に居る筈は無いと、ただの他人の空似だとばかり思っていましたが間違いありません!」

 

 視線を集める彼女の名前は秋山優花里と言った。家は理髪店を営んでいる優花里は、幼い頃より戦車に愛を注いで生きてきた。故に当然と言うべきか、戦車を用いた武芸戦車道にも手を伸ばすようになり、昨年の大会も直接見に行く程であった。戦車道の経験こそ無いものの、界隈についてはそれなりに詳しいのである。みほの事を知らない筈はなかった。

 

 だんだんと顔が紅潮し、弾み上がる声を出した。

 

「西住の龍こと西住みほ殿。戦えば必ず勝ち、勝率十割を誇る軍神として天下にその名を轟かせる天才です! 西住殿に心を寄せる人は全国に数知れず! わたくし、秋山優花里もその一人でありまして……ああ、こんな所でお会いできるとは光栄です」

 

 優花里は感極まっていた。紅潮した顔を蒸気させ、目に涙を浮かべそうになっている。憧れの存在に会えたことが嬉しくてたまらなかったのだ。

 ちなみに優花里は勝率十割と言ったが、上記した通り一回負けている。これはみほを慕う者の中には、素直にみほの敗北を認めない者もいるということだ。みほ本人は、癪に障るが負けは負けだと認めており、その責任も全てではないものの自分にあるとしている。が、少なくとも自分の指揮が拙いせいで負けたとは微塵も思っていないのだが。

 

 履修生たちもみほが尋常ならぬ人物だと聞かされると驚きを隠せずにいるが、最も驚愕したのは華と沙織であろう。只者ではないとは感づいていたが、まさかそれ程の人物とは露知らず、親しい友人が軍神などと呼ばれるような人だったなんて。

 

「えええええ!? みほってそんな凄い人だったのー!?」

 

「あの、みほ様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

 

 華が真面目ぶった顔で言った。これが冗談交じりであることをみほにはきちんと分かっていたので、苦笑しながら断った。それは、様付けなど慣れているけれど、友人には普通に接してほしいという心からである。

 

 場の興奮が落ち着いてきた頃合いで、みほはグループごとの搭乗戦車を決めることにした。最初は好きな戦車に搭乗してくれとも考えたが、戦車の乗員数を念頭に置いた時、Ⅳ号戦車とM3中戦車リーは決まったも同然。それぞれ五人乗りと六人乗りだったので、Ⅳ号戦車にはみほたちが、M3中戦車リーには一年生たちが搭乗する。これが偶然であるのか上手く当たったもので、華たちも一年生たちも目を付けていた戦車の担当になった。

 

 残りの三輌は四人乗りだ。みほは残りのどのグループがどれに乗ったところで大して変わりはないだろうと思い、これは好きに選ばせることにした。結果、38tに生徒会が、八九式中戦車に元バレーボール部が、Ⅲ号突撃砲に残り一つのグループがという形に収まった。

 

「次は、役割分担をせねばなるまいな」

 

 呟くと、みほは全員に聞こえるよう声を張り上げた。

 

「各々方、搭乗する戦車が決まりましたら、次は役割を決めて下さい。車長、操縦手、通信手、砲手の四人です」

 

「西住ちゃーん! 私たちは三人しかいないんだけど」

 

「誰かが兼任して下さい」

 

「はいよー」

 

「先輩! 私たちは六人です!」

 

「砲手を二人にして、あと装填手も決めて」

 

「はいっ!」

 

 これもみほは本人たちに決めさせることにした。彼女たち一人一人が何に適性があるのか分からないので、みほがあれこれ口を出すよりやりたい役割をやらせるべきで、あまりにも見ていられないような状態に限り口を出すという結論に至った。

 みほもⅣ号戦車の搭乗員として、役割決めに意識を集中させる。

 

「コマンダーは勿論、西住殿で決定ですね」

 

 コマンダーは車長のことで、言うなれば頭脳である。こなす仕事は多岐に渡り、操縦手を誘導し進路を決定、周囲の状況確認を行い乗員に的確な指示を出すなど重要な役割だ。車長の説明がなされた時、満場一致でⅣ号戦車の車長にはみほが適任となった。みほもやる気であった。

 

 五人乗りなため、残りは操縦手、通信手、砲手、装填手の四つ。どれがやりたいのか訊ねてみると、すかさず声が挙がった。

 

「はいはーい! 私は通信手ってのをやるよ」

 

 沙織であった。メールを打つ速度は人並み外れているから、自分に向いているのは通信手に違いないとのことだった。メールを素早く打つことが役に立つかはさておきだが、やってみたいのならそれでいい。通信手は反対意見もなく沙織に決まった。

 

「私は……でしたら砲手をやってみたいです」

 

 続けて手をあげたのは華である。優花里も砲手をやりたそうであったが、早い者勝ちということで華に譲った。その優花里は装填手をやることになった。

 最後に操縦手は冷泉麻子の担当とあいなった。この冷泉麻子という少女は、大洗女子学園で秀才の誉れ高く、大洗一頭脳明晰なことで有名を馳せている。後にみほをして、

 

「私は戦う者として麻子さんに遅れは一切とらないものの、知能は七日ほどの遅れがあるだろう」

 

 と、言わしめるほどだった。

 低血圧で朝が弱いという明確な弱点はあるけれど、それを補って余りある才覚の持ち主だ。現に、備え付けてあったマニュアルに目を通しただけで、操縦を覚えていたのである。

 

「す、すごいですね」

 

 華が舌を巻くと、麻子の幼馴染である沙織が自分のことのように胸を張った。

やがて、続々と役割が決まったという声がみほの耳に届いた。皆は今か今かと待ちきれない様子でみほの次の指示を待つ。

 みほはこれよりどうするか考えた結果、先ずは動かしてみるべしとエンジンを入れるよう指示を出した。

 

 先手を切ったのは既にやり方を把握している麻子が操縦手のⅣ号戦車であった。これに続いて38t、Ⅲ号突撃砲、八九式中戦車、遅れてM3中戦車リーである。

 地獄の底から鳴り響くがごとき重厚な音が少女たちの耳を刺激した。

 

「あわわわわ、ちょちょっと、なになになになによこれー!? もの凄い音じゃない! 自動車と全然違うよー!」

 

 沙織が慌てふためきながら声を荒げる。他の皆も沙織と同じく混乱したり、あるいは驚嘆しながら戦車のエンジン音に負けない大きな声をあげた。中でも、

 

「イイヤッホー! 最高だぜぃ!!」

 

 という優花里の雄叫びは最も大きい声であった。

 続けてみほが指示を出した。

 

「練習場は既に確保されているようですので、そこまで運転してみましょう」

 

 またもや先陣はⅣ号戦車であった。慣れたような手付きで操作をする麻子の姿はとても初めてだとは思えなかった。

 

「ほう。みなみなどうして、大したものだ」

 

 上部ハッチ、所謂キューポラから上半身を出しているみほは、思わずといった様子でⅣ号戦車の後続に感心していた。小山柚子、おりょう、河西忍、阪口桂利奈の四人の操縦手も、麻子には劣るがしかしこちらも唸らせられる腕前であったからだ。

 こうなってくると、みほは他の者たちの腕前も気になるところ。これなら腕前に関しては期待しても良さそうだと思い、柔らかな笑みを浮かべた。

 


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