軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その③

 ダージリンはエキシビジョンマッチの日を心待ちにしていた。実のところ、大会の時よりも期待に胸が膨らんでいるぐらいであった。

 ダージリンの傘下には、諜報に長けた人間が多く存在する。そんな彼女たちの能力をフルに活用することで、世の動静、実情をしっかりと把握していた。だから、今回のエキシビジョンマッチで対戦相手となる大洗に、みほが抜けた代わりとしてエリカが加わっていることも既に知るところであった。

 

(それにしても、大洗も災難なことですこと)

 

 ティーカップに注がれた紅茶で喉を潤しながら、考えるのはエリカが大洗に来ることになった経緯。大洗が廃校の危機にあり、それを無くすための条件として大会に優勝することを決意し、見事優勝したのは周知の事実だ。誰しもこれで廃校問題は無くなったと思ったわけだが、どうもそう簡単な話ではなかったらしい。優勝を条件に廃校を取り止めにするという約束事は反故にされ、大洗は廃校への道を否応なく進んでいる。

 しかも、大会で大洗を優勝に導いた立役者たるみほは、文部科学省学園艦教育局長という政府のお偉いさんの命によって、表立って大洗に力を貸せない状況にあった。そのため、みほの意を受けたエリカが大洗に向かったのである。

 未だ大洗の中で生徒会しか知らないこれらの一連の流れもまた、ダージリンは漏れなく把握していた。

 

(逸見さんなら、みほさんの代わりは十分に務まるでしょう)

 

 それに、どうも大洗に向かったのはエリカだけではないらしい。エリカ以外に二名ほど、他校の戦車乙女が大洗に足を踏み入れたという情報が、ダージリンの下に届いていた。この動きの裏には、やはりというべきかみほがいるという情報もあった。

 

「表で動けないから、裏でこそこそやっているようね」

 

 声に出して言うと、ダージリンは思わず破顔してしまった。こそこそという表現が、自分で言ったことながら面白かったのだ。ダージリンの知る中で、こそこそという表現が、みほほど似合わない人物もいない。正々堂々が服を着て歩いているようなみほだから、こそこそとはまるで正反対なのである。だが現実、みほは廃校阻止を目論み、裏でこそこそと何かをやっているみたいだった。

 

(あのみほさんがねえ……)

 

 ただ考えてもみれば、彼女は意外に裏で動くことが多いような気がする。大会の初戦の時、自ら対戦校であるサンダースに忍び込んでいたと聞くし、どうもみほの中ではこそこそにも善悪というか、そういう良いこそこそと駄目なこそこその基準があるように思える。その基準がダージリンにはいまいち分からないが、そういうことなのだろう。

 それにしても、

 

「こそこそ……」

 

 ダージリンはまた笑った。何だかツボに入ってしまったというか、暫くはこの単語だけで笑えそうである。ティーカップに口をつけながら、心の中で単語を繰り返す。

 そんなことを二分か三分、あるいは五分ほどやっていると、オレンジペコが姿を現した。

 

「ダージリン様、お客様がお見えです」

 

 誰であろうか。今日は誰かが来るという報告は受けていないが、まあ良いだろう。

 客を通すようにダージリンが言うと、オレンジペコは一礼してから、自身の後ろに控えている客を部屋の中へと通した。それからオレンジペコの姿はなくなり、部屋にはダージリンと客の姿だけとなった。さて、客とは誰なのか。

 

「ぷっ……」

 

 客の正体を知ったダージリンは、笑いを吹きこぼした。

 客は、ダージリンのそれを見て、ムッと顔を顰めさせる。

 

「な、ぶ、無礼ではないですか! いきなり人の顔を見るなり笑うなどと」

 

 怒気を含む口調で言う客の正体は、西住みほその人であった。

 なるほど、みほにしてみれば怒りを抱かざるを得ない。人がいきなり自分の顔を見て笑えば、温厚な人間でも機嫌を悪くするだろう。況や沸点の低いみほだから、如何に友達であるダージリンと雖も怒りたくなるものだ。

 けれども、ダージリンにも言い分はある。先ほどまでみほを題材に挙げて笑っていたのだから、その張本人が現れればついついというやつなのだ。とは言うものの、どちらにせよ無礼であることには変わりないので、ダージリンは素直に謝った。

 

「ごめんなさい。思い出し笑いをしてしまいました。不快な思いをさせたことを謝罪致しますわ」

 

 椅子から立ち上がり、頭を下げるダージリン。

 謝罪をされれば、みほとて殊更怒りを継続する気はない。

 

「左様でしたか。何か私の衣装におかしな所があるのかと思いました」

 

 ほがらかに笑みをうかべながら、みほは自分の恰好を見回す。

 それについてダージリンは首を横に振った。

 

「確かに見慣れない格好ではありますが、よくお似合いです」

 

 みほの恰好は、まるっきり尼僧そのものであった。そしてこれがまた様になっているのである。ここでダージリンは思い出した。みほが将来的に仏門の道に進む気でいる話を。戦車道は高校生で終わり、そこからは仏道修行に本格的に励むらしい。

 ダージリンとしては、友達が自分で選んだ道なのだから、背中を後押ししてやるだけである。それはともかくとして。

 

「さっ、みほさん。こちらへお掛けになって下さいな」

 

 いつまでも客に立たせておくわけにはいくまい。ダージリンは自分の対面の席を手で指し示した。

 

「では、失礼を」

 

 みほは一言断ってから示された席に着く。

 みほが席に着いたのを確認すると、ダージリンは手ずから紅茶をティーカップに注いで、みほの前へと用意した。

 

「これは、忝い」

 

 早速、紅茶を味わうみほ。先ず、紅茶の風味で驚きを顔に出し、口に含んでからますますの驚きようであった。

 

「美味い。このような美味なる紅茶を飲むのは初めてです」

 

「あら、そうなの?」

 

「ええ。以前頂いたものを自分で用意してみたのですが、これほどのものではありませんでした」

 

「紅茶を淹れるにはコツがあるの。今度、淹れ方を教えて差し上げましょうか?」

 

「是非、お願いしたい」

 

 みほは心底美味そうに紅茶を飲む。その姿を、ダージリンは嬉しさと楽しさ半々の表情で眺める。そうしてから、みほの飲む段が一区切りついたところを見計らって、すかさず話を切り出した。世間話は省いた。

 

「近頃、みほさんはアンツィオとサンダースを訪問なされていますが、何か意図でもおありなのでしょうか?」

 

 遠回しをせずに直球な質問だった。

 みほの眉がピクリと動いて、僅かに警戒の色が顔に浮かび上がる。普通であれば見逃しそうな動きだったが、ダージリンはその手のことが得意だったので、見逃さなかった。

 みほ自身も、自分の感情の変化を読み取られたことに気付いたのか、今度は露骨に険しい顔つきを晒した。何を知っている、と目が語る。

 

「両校ともに貴女が訪問なさって直ぐ、生徒が一人ずつ大洗に向かった。それも戦車道をやっている生徒が。貴女の訪問で何かがあったと見るのが普通でしょう。そして、次はこの聖グロリアーナへの訪問。一体、何を企んでいるのです? お聞かせ願えませんこと」

 

 みほは沈黙したままだったが、それは僅かの時間であった。直ぐに、観念したように口を開いた。

 

「どうやら、全てご存知のようで」

 

「ええ。私、情報収集能力なら、高校戦車道界ナンバーワンを自負しておりますの。貴女と局長様のお話も、逸見エリカさんが大洗にいる事も、存じ上げております」

 

 そう言うと、感心したとでも言いたげに、ほう、と息を漏らすみほ。

 

「そこも。だとするならば、寧ろ話は早い。良いでしょう、話しましょう」

 

 みほは紅茶で一息ついてから、語り出す。

 

「御大層な意図があるわけではありません。今の私に出来る範囲内での、大洗への援助と申しましょうか、はたまた梓個人への援助と申しましょうか」

 

「澤梓さんへの?」

 

「ええ。彼女は私の恋人であると同時に教え子でもあります。私は師として、彼女に様々な教えを施してきました。ですが、まだ教え足りないことは山ほどあります。しかし、ご存知の通り、私は大洗に戻れる身ではありません。ですから、私の他に良き教師を送ろうかと考えた次第でございます」

 

 こちらへ参ったのは単純なことで、貴女と話をしに来ただけです、と言葉を締めた。

 ダージリンは納得がいった。なるほど、確かにアンツィオとサンダースから大洗に向かった二名は、教師として適してるように見える。彼女たちならば、みほも安心して梓を任せることが出来るだろう。みほ自身がその能力を認めた二人なのだ。

 そこまで考えてから、ダージリンの思考は、どうして二人が大洗に向かうことを承諾したのか、という方向になった。まあ、可能性としては、大洗を初めて負かすのは聖グロリアーナとプラウダじゃない、と言ったところだろうか。負けず嫌いの二人であるから。

 

(これはますます面白いことになって来ましたわね)

 

 大洗にエリカが加わる事だけでも満足ものなのに、この上、高校戦車道界にその人ありと名を轟かせた二人が、大洗の現隊長たる梓に自身の技能を伝授する。

 みほがいた頃とは全く別の大洗に生まれ変わるのだ。それがどんなものなのか想像するだけでもワクワクするし、何よりも――潰し甲斐がある。

 

「最初に謝っておきますわ。申し訳ありません、みほさん」

 

 何の事だとばかりに、みほは小首を傾げた。

 何の事と言うのは勿論、大洗の廃校に関してである。友達が裏でこそこそ廃校阻止に向けて頑張っているみたいだが、その頑張りを水泡に帰させよう。大洗は今回のエキシビジョンマッチの結果を以って、廃校にする。この私が、廃校にさせる。生まれ変わった大洗を完膚なきまでに叩き潰して。ダージリンはカッと胸の内が熱くなった。

 

「エキシビジョンマッチの日が、待ちどおしいですわ」

 

 この言葉と、闘志を剥き出しにするダージリンの姿で、みほは謝罪の意味を理解したようであった。とても仏の道を目指そうとしている人とは思えないほどの気を、ダージリンに負けじと発する。

 

「私も、梓の晴れ舞台が楽しみです」

 

 ダージリンとみほはお互いに笑い合った。笑い合ってから、ティーカップに残った紅茶を飲み干す。すっかり冷めきっていたが、昂ぶり火照った身体にはちょうど良かった。

 

 


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