軍神!西住不識庵みほ   作:フリート

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その③

 翌日に広報の河嶋桃は、聖グロリアーナ女学院との電話越しでの交渉に入った。

 桃の予想では難航するかに思われた交渉だが、意外や意外、二つ返事の末練習試合が決まったのである。

 聖グロリアーナ側曰く、

 

「来るもの拒まず。正面から受け入れるのが我が聖グロリアーナ女学院の流儀ですわ」

 

 とのことで、みほはこのことを知っていたからこその確信であったようだ。

 交渉の結果は直ぐさまみほの下に伝わり、二日後の金曜日をもって、履修生たちに知らされることとなった。

 空を夕焼けが色取る時刻、訓練終わりの履修生たちは倉庫前に整列していた。

 

「急な運びではありますが、今日より二日後の日曜日、練習試合を行う事となりました。相手は聖グロリアーナ女学院」

 

 思いもよらないことだ。履修生たちはおのれの耳を疑い訊き返したが、どうやら誤りはなかった。驚き呆れるところに、優花里が、

 

「聖グロリアーナ女学院は、大会で準優勝したことがあるほどの強豪校であります」

 

 という情報をもたらすと、顔を青白くするばかりとなった。

 彼女たちは戦車道を始めて一週間と経っていない。練習試合を行うなど時期尚早、百歩譲ってやるとしても準優勝経験校とだなんて正気の考えとは思われなかった。素人に産毛が生え始めてきた者どもに何をやらせる気だとも思った。

 

「ハハ、ハハ、各々の気持ちはよく分かりますが、我々にも考えあってのこと。何事も経験と申しますし、もう既に決まったことです。今回のことは前向きに考え、学びの時間としていただけると、この西住みほも喜びに絶えないところです」

 

 だが、みほが笑いながらそう言うと、それもそうだな、という雰囲気が出てきた。滅多にあるようなことではないし、胸を借りるつもりで頑張ろうという気持ちになったのだ。何、負けて上等、失うものなど何もないのである。

 

 よしよし、とみほが頷いてから、磯辺典子、カエサル、澤梓の名前を呼んだ。それぞれ八九式中戦車、Ⅲ号突撃砲、M3中戦車リーの車長である。正確にはカエサルだけ車長ではなく、チームリーダーだ。とにかく三人がチームの長である。呼ばれた人々は列を離れてみほの目前へと進み出た。

 

「河嶋さん」

 

「ああ」

 

 後方に控えていた桃の手から三つ束となった書類がみほに手渡された。受け取ったみほは、束を一つずつ三人に差し出す。受け取った三人は、ざっと書類の束に目を通した。内容は練習試合における作戦計画であった。

 

「昨日、私と生徒会の方々が練ったモノです。細かなことは当日の試合中に変化していくことでしょうが、大まかにはそこに記されている通りの動きとなります」

 

 典子、カエサル、梓の三人が、一礼してから列に戻った。

 三人が列に戻ったのを確認したみほは、履修生一人一人の顔を見てから、

 

「明日の土曜日は休日と致します。そこで疲れを取り払い万全の状態をもって試合に臨んで下さい。それと、初めての試合ですから、勝敗は極力気にすることなく楽しんでやっていただけるとよろしいかと思います」

 

 最後にこう言い渡して、この日の訓練は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早くも二日後の日曜日がやって来た。まるで土曜日がなかったかのようにあっという間であった。

 履修生たちは慣れない戦車道で疲労した身体を回復させるべく、授業もないことを良いことに、土曜日は泥のように眠りこけていた。なので時間も気付いたらこれこれこの通りという有様であったろう。

 

 みほはと言えば、毘沙門天への祈りに集中し過ぎて、こちらもあっという間だった。もう少しで飲食も忘れるところであったから、その集中具合は生半なモノではなかった。ただ、戦車道の試合前だとよくある話である。

 

 午前八時ごろ、履修生たちは大洗の陸地に集結していた。どれもこれも緊張した表情である。初めての練習試合で、相手は準優勝経験校で、気楽に気楽にと思っても緊張するのは仕方のないことであった。また、自分たちよりも早く到着していた聖グロリアーナ女学院の学園艦が、大洗のモノより倍近くの巨体であったことも、表情が強張る原因の一つかもしれない。要するに気押されているのだ。

 

 そんな履修生たちの気持ちを余所に、みほは悠々たる態度であった。試合の時間が始まるまでと、Ⅳ号戦車の上に胡座し、持参した琵琶を抱き上げて気持ちよさそうに爪弾いている。それがまた見事な弾奏で、清涼な音が風に乗って朝日のみなぎった青い空に響き渡り、胸の底にまで染み届き、聴いていれば自然と一体化する様な感覚に陥るのだ。

 

 何を余裕面して琵琶などを弾いているんだと思った履修生たちも、次第にみほの弾奏に惹かれていき、口を出そうにも出せなくなった。また、その弾奏しているみほの恰好が、白絹の頭巾で頭と顔を包み込み、大洗の制服の上から白地の陣羽織を羽織っており、その陣羽織の背中には『毘』の一文字が縫われているというもので、悠々とした態度も相俟って、古の英傑を彷彿とさせる雰囲気が口を出させ難くしているのであった。

 

 それでも麻子などは、何をやっているのかと声を掛けるのであるが、みほは機嫌良さそうにニコリとするだけであった。時折、何かの歌詞を楽しそうに口ずさんだ。

 最後の方になれば、もう誰も何も気にせず、緊張していたことなども忘れて、素直にみほの弾奏に耳を傾けた。みほ自身も我を感じなくなり、小川の如く流れるように手を動かす。

 どれぐらい弾き続けたのだろうか、曲はラストを迎え、みほが四弦を一気に弾き切った。

 

 その時であった。

 

「お見事ですわ」

 

 手を叩いて称賛の意をみほに示す、赤い服に身を預けた三人の少女たちがいた。

 お世辞ではなく心の底からの称賛なのが彼女たちの笑みから伝わってきたので、みほの機嫌が分かりやすく良くなる。

 この時、三人に視線を向ける中で、中央に立っている金髪碧眼の少女に目を強く惹かれた。

 

「拙いモノで、お耳を汚してしまったようで」

 

 みほは立ち上がると、琵琶を抱えたまま戦車から降りた。

 そこで、金髪碧眼の少女と自分の目線の位置が同じことに気づく。上から見た場合そこそこ身長は高そうに見えたが、きっちり背筋を張っているからであろうか。

 

「謙遜なさることはありませんわ。あれほどの弾奏はそうそう聴けるモノではありませんもの。私、琵琶は見た目通り専門外もいいところですが、それでも絶対の自信を持って言えますわ。素晴らしい弾奏でした、と」

 

「ありがたきお言葉です」

 

「ふふ、そうでしたわ。先ずは名前を名乗らなくては非礼に値しますわね。私としたことが……ダージリン。聖グロリアーナ女学院戦車道部で隊長の位を拝命しております、ダージリンと申しますの。以後お見知りおきを願いますわ」

 

 この時みほは、

 

(はてな?)

 

 と思った。

 ダージリンという名前はどこかで聞いた覚えがあるのだ。何時だったのか記憶を遡ってみれば、そうだそうだ黒森峰に居た頃、姉が油断ならぬ人物として名をあげていたではないかと思い出した。

 

 みほはダージリンを仔細に観察する。

 容貌は甚だ優れていた。目鼻立ちは端正で、雪を塗りたくったように白いが血色は良さそうだ。自然と自信に満ちている表情には、才智が見え隠れし、瞳は力強くみほを見据えている。動作の一つ一つにはいちいち気品が見受けられるし、稀有な才幹を感じ取れた。

 

 また、ダージリンの後方にいる二人も中々の人物のように思えるし、その二人からの信頼を得ているのも無視できない。

 

(ただの鼠かと思うておったが、これは本当に油断できん。聖グロリアーナにもこれ程の者がおったとは)

 

 完全に誤算であった。だが、誤算ではあったからと言って何かあると言えばそうでもなかった。敵が有能であろうがそうでなかろうがやることは変わらないのだ。戦うのならば潰す。ただそれだけのことであった。

 そんな心の内はおくびにも出すことなく、みほはダージリンとの会話を続けた。

 

「ああ、これは申し遅れました。私は大洗女子学園戦車道隊長の西住みほと申します。本日は急であった試合を受けていただき、この上なき喜びでございます」

 

「構いませんことよ。私たちもあなたと戦えることは光栄の至りですわ」

 

 それから暫く、みほはダージリンと機嫌良く談笑を続けた。その間、仔細に観察をすることも忘れない。そうして話す内に、あるいは観察する内に、ますます以て只者ではないという思いを心中に巡らす。同時に、好感も持ち始めてきていた。

 どうもダージリンという女は根っこの所に清潔感を備えた女だ。表の面では陰謀臭い所がありそうだが、本質は堂々としたもの。みほは良い人物だと感心した。

 間もなく、審判役を務めるという聖グロリアーナの少女が、

 

「ダージリン様。西住様。お時間です」

 

 と、開始時間の訪れを知らせにやって来た。

 

「あら? もうそんな時間なのかしら?」

 

 ダージリンは残念だとばかりに眉根を下げる。もう少し言いたいことがあったのだが、時間ならば仕方がないと、後方に控えていた二人を伴って一旦引き下がった。

 この時、みほに対して礼をする事も怠らない。

 ああ、戦車道界にもきちんと人はいたのだな、とみほは感慨深いものを覚えた。

 そうしてから改めて整列の際に、

 

「お互いに騎士道精神で、正々堂々と頑張りましょう」

 

 涼やかにそう言った。

 みほは二っと口角を上げて返した。

 

「あいにくと騎士道は存じておりませんので、武士道でよろしければ」

 

 ダージリンは白い歯を見せて笑う。それは年相応の少女の笑みであった。

 

 

 


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