あの二人は「戦車喫茶 ルクレール」まで行って何がしたかったのかと、真面目に考えすぎたらこんなSSになりました。
あの二人は「戦車喫茶 ルクレール」まで行って何がしたかったのかと、真面目に考えすぎたらこんなSSになりました。
……私には、かつてライバルがいた。
私は、何をしても彼女に勝てなかった。
この世界には、戦車道というものがある。
乙女のたしなみとされる、戦車というものをあやつる武道だ。
私は、幼少時より、戦車道の才能を見いだされ、いま、この国で右に出るものはないといわれる学校で、それを専科として学ぶ身だ。
体格は普通であっても、この武道を修めるために必要な膂力に生まれつき恵まれ、集中力、敏捷さ、身体能力といった適性もさることながら、やはり生来の負けず嫌いと気の強さから、同年代の選手の中で私は見る見る頭角を現した。
そしてもはや町道場では教えることもなくなったとして、いま通う学校に推挙された。
そこで、私は初めて自分をしのぐ存在と、自分と互角に戦いうる存在に出会った。
これまで、敵なしだったということが異常だったのだ。
私はそう理解した。
この学校で最上級生でないにもかかわらず、この学校の戦車道の頂点に立つ隊長。
それはすなわち、高校生で彼女にかないうる存在はないということだ。
私もそれは素直に認めた。
自分こそ最高だという自負心がなかったといえば、ウソになる。
しかし、彼女は高校生にしてすでに将のカリスマを備え、私であっても頭を下げざるを得ない威厳に満ちていた。
個人としての選手の資質はもとより、まさにこの世界で王者となるために生まれた人物。
自分にも他人にも厳しく、常に勝利とともにあった。
いずれをとっても、俊才の名をほしいままにしたはずの私がまったく及ぶところではない。
そしてもうひとり、隊長の妹。
姉である隊長に比べ、はるかに覇気がなく、初めは優れた姉の付録ぐらいに思っていた。
ふーん、姉がスターだと妹というだけでこの学校に来られるのだなと。
しかし、この覇気のなさ、戦いをいとう人となりから考えれば、追い抜くことはたやすい。
そう、思っていた。
私は、一応声をかけてみることにした。
「ねえ、あんたも新入生でしょ?」
「はい! ……」
それっきり何も話そうとせず、ただこちらを見たまま硬直している。
話がつづかない。
「何でもないわ……」
そういうと、私はそのとりたたて特徴があるわけでもない平凡な少女からはなれた。
なんか、安堵のため息が聞こえたようなのは気のせいか。
しかし……
「なんなんだよ。あいつ」
あいつは俊英の誉れ高いはずのこの私の前に、ことごとく立ちはだかった。
私がベンチプレス100kgをこなしていると、あいつは120kg。
私が5,000mで17分切った日に、あいつは16分を切った。
立ち幅跳びに至っては私が2.5mがやっとなのに、あいつはなんとか3mをこえる。
オットーとハーマンの補給でも。
履帯交換の対抗戦でも。
距離の目測でも。
アハトアハトの装てん競争でも。
対抗兵棋演習でも。
ブラインドテストでも。
学科試験の成績でも。
一般学の成績でも。
あいつは、常に私の一歩前にいた。
私があいつに圧勝できたのは操縦繰法と美術だったが、これは私が優れているというよりもあいつが壊滅的だったと言った方が正しいので、正直自慢する気にまったくなれない。
しかもいちばん腹立たしいことは、あいつの眼中に私が全くないということだ。
私がこれだけ意識しているというのに。
いまならわかる。
あれは本人なりに「姉のフロク」と思われたくない一心で、必死に努力していたのだと。
だからそれだけで精一杯で、周りを見る余裕そのものがなかったのだ。
戦車道で強くなることも、本人が望んでいることではない。
私とちがって……
あいつは、戦車道ができて当然。と思われている人物だった。
私はあいつが楽しそうな表情をしているのを見たことがない。
常に、苦行僧のようなつらさを漂わせていた。
戦車道は、あいつにとって無限の苦行だったに違いない。
私は、強気な自信家と自分でも任じており、そのためか同じ学年の生徒からは人気があった。
交友関係については、私と反対にあいつはまったく不器用だった。
実力は折り紙付きなのに、本人の自信のなさが、あいつの陰影が、あいつを孤独にした。
といっても謙虚をとおりこしてむしろ卑屈に近い態度だったので、「出る杭」として打たれることもなかった。
私とあいつは、1年生の身でありながら一軍スタメンに抜擢され、ともに車長をまかされることになった。
これは担当教官と隊長、それに古参の三年生の優秀者だけで決めたことだった。
私に関しても不安の声があったくらいだ。
あいつに関しては、車長になり損なった先輩連中から「隊長の妹ゆえの情実人事」との非難があった。
当然だろうと思う。
しかし、あいつは実際に戦車に乗ると豹変した。
沈着冷静さで正しい判断を下し、結果をもって信頼を得るリーダーになった。
威風と峻厳さをもって人を引っ張る、隊長の姉のリーダーシップとは別物だ。
すくなくとも、あいつの配下であれば生き残ることができる。
そして皆を気づかい、決して成果のために無理させることはなかった。
だからハデな成果こそあげなかったが、要所と急所を押さえることに長けていた。
我が校が得意とする、正面攻撃の苛烈さで敵を粉砕するというありかたからは浮いていたが、その異質さが良かったのかも知れない。
姉である隊長は自分の裁量で動いてみろといって、あいつを遊撃に使っていた。
一糸乱れぬ、統制された動きで迅速果敢な攻撃を旨とするドクトリンの元では、確かにあいつの持ち味は生きなかったろう。
味方との競争にも意欲を示さない性格だったから。
しかし、敵の伏撃を見やぶり、進撃ルートを読み、混乱させ、時に同士討ちまで誘発させる。
そういった手腕に関しては、余人のおよぶところではなかった。
姉が正攻法の将であるなら、あいつは非対称戦の才にめぐまれていた。
しかしそれは我が校では、評価されることではなかった。
なぜなら我が校では戦場の外ですでに優位に立って、実際の戦闘ではただ叩き潰す。
圧倒的な力を持って粉砕する。それこそ王者の戦いと任じていたから。
そして、陽性な性格の私と内にこもるあいつとの距離は縮まることはなかった。
ただ、見ていて歯がゆかった。
あいつの功で、我が校の被撃破率は明らかに減っていた。
あいつのスコアが増えることはなかったが、もっと自分に自信を持ってもよいだろうと私は常に思っていた。
そういう意味では、私はあいつの数少ない「理解者」だったのかもしれない。
しかし、あいつは姉のあとを三歩遅れてついていくような生き方を変えることはなかった。
あるいはこれは偉大すぎる姉や、名門の出であるあいつなりの処世術なのかもしれない。
しかし、自分ならもっと自分を周囲に認めさせている。
あいつはそれだけのことをやっていた。
現に隊長が妹のあいつを副隊長心得として見習いリーダーに推挙しようとしたときも、性格面の懸念以外、反対論は出なかった。
私は悔しかったが、そのこと自体は不当とは思わなかった。
しかしその話は、あいつ自身が固辞した。
なんともったいないことを。と私は思ったが、それは人それぞれだなと思い返した。
気がつくと、私はいつもあいつをけしかける立場になっていた。
模擬戦のワンオンワンで私の相手がつとまるのが、同格ではあいつしかいなかったから。
というより、あいつに引っ張られる形で私の実力も向上していたのだろう。
私は一年の中ではトップエースだったが、それはあいつにエースになる気がなかったから。
そして、夏がやってきた。
一年にとって、最大の山場である夏の全国高校生大会。
スタメンは20両。要員は100名。
我が校には、戦車道専科の「機甲科」が存在する。いや、これは我が校独自の学科だ。
全学年あわせて千名ちかく。大会に出場できるのはそのなかで補欠を含めて200名。
当然、この大会に出ることなく卒業するものも数多い。
私とあいつは、当然のようにスタメンに選ばれ、たった二人の一年生車長となった。
いや、この学校では一年生が車長になることはいままでにないことだった。
車長としてのファイティングスタイルでいうなら、あいつと私は正反対だった。
性格と逆に私は技巧派の遠距離狙撃、リーチの長い戦いを得意とし、あいつはインファイターで、格下でも機動力に優れる戦車で相手のふところに果敢に突撃し、急所を突いて倒す。
「蝶のように舞い、蜂のように刺す」を地でいくブルファイターだった。
あいつは他の者が学校支給のⅢ号J型を使うのに対して、実家の戦車、それもエンジンをマイバッハHL66に換装した路上速度65km/hを出しうる専用機のⅡ号F型を持ち込んだ。
まさに「通常の三倍」「戦車の差は戦力の決定的な差ではない」「当たらなければ、どうということはない」というあいつのドクトリンそのままのチョイスだ。
もっともこのチョイスには、あいつしか知らない「こだわり」があったのだが。
いつのまにか、私の中からはあいつに対する隔意はなくなっていった。
なのにあいつは私と廊下ですれ違おうすると、反対側の壁にへばりつくように私を避けた。
それどころか遠くから私を見つけると、いそいそと回れ右までした。
私がそんなに怖い顔をしているのか。
あんたの姉の方がよほど強面だろうが。
私は気がつくと一人で怒っていた。なんなんだもう。
そして、そんなあいつと私を結びつけるような出来事が起こる。
第62回戦車道全国高校生大会。
高校生の公式戦の中でもっとも権威があり、強豪のみが出場できる大会。
そして今回は我が校にとって、特別な大会でもあった。
負けることは断じて許されない。そして、ありえないはずだった。
第一回戦の対戦相手は、石川県の継続高校。
決して勝てないわけではないが、嫌らしい相手なのはよくわかっている。
勝つことよりも、とにかく相手を困らせ、邪魔することが戦車道だと思っているようだ。
まあ、学校が貧乏だから仕方がない。
それなのに技量は高い。その上ずるがしこいと来ている。
ある意味うちとの相性は最悪で、戦っていて爽快な気分になれない、いやーな連中だ。
そうだ、フィンランド人のようだ。なにもかも。
リサイクル兵器を魔改造したり、多国籍多車種を意地になって維持する。
提携校もない独立校、戦車をボロボロになるまで使い、再起不能の戦車もニコイチにしたり、鉄板一枚、ネジ一個に至るまで拾い集めてでも活用する。
どうしても戦車が足りなければ他校に行脚して、更新直前のセコハンをもらってくる。
たいていは旧ソ連戦車。シャーマンは多数作られたが、金持ち国家のアメリカはちょっと古くなるとおしげもなく溶鉱炉にほうり込む。
ゆえに実は品薄。イスラエルも盗んだし。
だから戦後の有名戦争映画でさえ、あれほどいたシャーマンの実車はでてこない。
しかしそれに加えてどこで手にいれたのかⅣ号J型とⅢ突G型を1両ずつ持っていて、それはそれは大事に使っている。
ご苦労にもフィンランドまで出かけていって、スクラップを買ってきたとかいわれる。
この戦いで私は、Ⅲ号戦車J型でフラッグを仰せつかる。
上級生たちの指示は徹底的な隠ぺいだった。
つまり私は、あてにされていない。
あいつの方も、韋駄天だけどパンチと腹筋の弱いストロー級の戦車。
要は、これは次年度を見据えた研修ということなのだろう。
先輩方の戦いぶりをよーく見ておけと。
しかし、ただ息を殺してじっと隠れてろなんて私はたえられない。
むしろあいつ向きだろう。
しかしフラッグが最弱戦車というのも、あいつを軽く見ていた先輩方が承知しない。
隊長は自分がやりたがっていたが、さすがに三年生全員が反対では押し切れない。
そして先輩方は個人スコアを少しでも伸ばしたがっている。将来がかかってるから。
こうして私1両を残して、隊長車ティーガーⅠ型とⅡ号戦車F改に7両のⅢ号J型が敵主力がいるであろう方面に向かって進発する。
敵は比較的頑健な戦車をフラッグにして主力とともに行動させ、軽快戦車をこちらのフラッグ捜索に用いるものと推定された。
……ふん、BT相手だったら全部返り討ちにしてやるよ。
我が主力は、ほどなくがれきだらけの市街地の残骸で待ち受ける敵に遭遇した。
KV-1のつぎはぎ。T34/85らしいなにか。
なにかというのは主砲がドイツ製kwk40という魔改造だから。
そしてオリジナル無改造で、毎日みがいていそうなⅣ号とⅢ突に遭遇した。
だが地形に差がありすぎて容易に攻略できそうもない。
たぶんフラッグはこれらのどれかだろうけど、がれきでよくわからない。
時間はかかるが、半数ずつの躍進射撃で距離を詰めるしかなさそうだ。
そのときあいつが何かに気がついて、隊長に意見具申したそうだ。
隊長の許可をもらったあいつは、1両だけで戦列を離れた。
そして我が隊が隊長のティーガーを前に押し立てて、じわじわ距離を詰めていく。
射撃は牽制で回避に重点を置く機動だったから、倒しもやられもせずにただ時間が過ぎる。
変化は突然訪れた。
いつのまにか主力のうしろにBT-5とBT-7の4両ほどがあらわれ、50km/hで突っ込んでくる。
前にばかり気を取られていた主力がそれに気がついたのは、連中が200mまで迫って急停止したときだった。ティーガーはともかくⅢ号はやられる。
半数やられればBTを全部食ってもこっちは一気に劣勢になる。
しかし、BTどもはいつの間にか自分たちが1両増えていたことに気がつかなかった。
我々に自分たち以上の快速戦車がいることなど想像外だったのだ。
そして奴らの真ん中にいたその戦車は、砲塔を旋回させながら機関砲弾を数十発お見舞いした。
あいつだった。
側面15mmの装甲しか持たないBTたちが耐えられるはずもない。
そしてあいつは戦果確認もせずに、すぐにその場を去っていずこかへ消えたという。
私はものすごく退屈していた。
光の反射を嫌い双眼鏡ではなく肉眼で周囲警戒をしていた私は、1両の戦車を発見した。
どうせ私を捜しているBTだろう。不要な戦闘は避けるべきだ。
装てん手と砲手には戦闘準備を命じ、こっちに向かってくるかどうかに神経を集中する。
なにか様子がおかしい。
そいつは小さな車体に、不格好なほどの巨大な砲塔と短砲身の大口径砲を積んでいた。
そして、なんかよたよたと前進している。
例によって但し書きルール内での魔改造なんだろう。
無理しているから、まともに走れないというわけだ。
もしそれだけだったら私は無視を決め込んでいただろう。
しかしそいつは、まぎれもなくフラッグだった。
つまり、主力の相手にはフラッグはいないと言うことだ。
このとき私には魔が差した。
隠ぺい状態からでて、万全の遠距離射撃であいつを討つ。
私にはそれができる。この距離であの大きさなら、あのどんくさいのを倒せる。
私はキューポラから車内に戻り、全員に方針を伝えた。
異論があろうはずもない。これはチャンスなのだから。
機関の音を立てないよう、ゆっくりと遮蔽物から外に出る。
再度距離を測って砲手に伝え、まちがいなく一撃で倒せると確認する。
そして号令。
「撃ち方始め!」
しかし、必殺の一撃はかわされた。
発砲炎を見た敵が突如速度を上げたのだ。
50km/h以上は軽く出ている。
なんだあいつは!?
そして、突然車体下部に走る衝撃!
死角に敵が隠れていた。
T-34/76の1943年型。
フィンランド製のキューポラを持つ鹵獲戦車。
その可能性を考えるべきだった。
せめて隊長に一報入れるべきだった。
しかし、功名心に走る私はその一手間を惜しんだ。
敵弾は車体下部に当たり、転輪を砕いたらしい。
操縦手がうまく旋回できないと悲痛な声を上げる。
「くっ、弾種高速! T-34のドライバーズハッチを狙う」
T-34の弱点、丸みを帯びた砲塔防循の下側に弾を当てるショットトラップをねらうより、俯角で撃つのなら前面の中でも薄いハッチを狙う。
普通なら無理だが、この学校のスタメンならできる。
……しかし、車体を回せず砲塔の回転だけで狙いなおす時間があるのか。
もうこっちは狙われている。くそっ、間に合いそうもない。
ここで負けてしまうのか? 私のうかつな判断のせいで。
しかし、救いの神は意外なところからあらわれた。
突如として、T-34の後部を乱打する衝撃音複数が起こる。
かなたから猛然と60km/hのスピードで、20mm機関砲を撃ちまくるⅡ号F型。
あいつが来たんだ。
おそらく敵陣にフラッグとT-34/76がいないのを見て取って、こっちに向かっていたんだ。
でもkwk30の20mm弾では、接射してもT-34の後部は抜けない。
しかしあいつは精密射撃が可能な距離までたどりつくと、今度は砲塔と車体の境を撃つ。
T-34の主砲の軸線がぶれる。砲塔を回そうとするが、弾片が食い込んだのか回らない。
チャンスだ!
冷静さを取り戻したクルーの狙い澄ました一撃が、T-34のドライバーズハッチに貼りつく。
高速弾のデーターで貫徹と判定した判定装置が、白旗を揚げる。
私はキューポラから身を乗り出し、恩人の姿を追う。
彼女はやはり砲塔から身を乗り出して、私を見ていた。
互いの視線が、交錯する。
……彼女の視線は「よかった」といっていた。
笑顔がまぶしかった。
私はこの時初めて気がついた。
彼女の笑顔を見るのは初めてだったということに。
BTベースの変態戦車がいくら50km/hで逃げようが、彼女のⅡ号はそれにすら追いつく。
あと100mまで迫ったとき、kwk30が機関砲弾をばらまく。
それで勝敗は決した。
このあと、我が校における彼女の評価は一変した。
もちろん私の中でもだ。
彼女は、私の独断専行を誰にもいわなかった。
私は、おずおずと彼女に声をかける。
「……ありがとう」と。
よく、この私が素直に言えたものだと思う。
彼女は分かってると言わんばかりの笑顔で、私の手を取った。
これが「私たちの美しい友情の始まり」というやつだった。
そしてそのあと、私たちは十年の知己のようにふるまった。
姉である隊長もそんな私たちを見て、愁眉を開いたようだった。
妹のことは常に彼女の懸念だったのだ。
彼女は今度こそ副隊長の任につく。皆からも推挙されて。
そして彼女には、2輌目のティーガーⅠがあたえられた。
こうして、すべてがよい方向に向かいつつあったあの日。
……事件が起きた……。
誰にとっても、悲劇でしかなかった。
その悲劇の渦中にいたのは、まぎれもなく彼女だった。
私たちは、かけがえのないものを失わずにすみ、
……そして失ってはならないものを、すべて失った。
彼女を非難することは、気がとがめる。
さりとて賞賛することも、だれにもできない。
結局私たちも、教師たちも、町の人たちも、彼女を「無視」することしかできなかった。
彼女がいるところからは、潮が引くように人がいなくなった。
彼女は戦車に乗ることもできず、黙々とひとりで基礎訓練だけをやっている。
彼女の乗車は、黙して今日もあるじを待っている。
彼女は完全なる孤独におちいった。
実家でも最高師範である実母に叱責を受け、稽古差し止めになっているという。
そして私もどうにもできなかった……。
時々目があうことがあっても、私の方から目をそらしてしまう。
彼女の目に、悲しみが浮かぶ。
しかし、私たちは互いに無表情のまま、すれ違う。
隊長も、人が変わったようになってしまった。
何があっても、誰の前でも、最小限のことをつきはなすように話すだけ。
まるで、氷でできた彫像がそこにいるかのように。
寒い。
まだ残暑がつづいているというのに、何もかも寒い。
だけど、私は信じていた。
かならず時が解決してくれると。
皆がこのことを整理するまで、時間が必要なだけだと。
まだ、PTSDの後遺症から立ち直っていないものもいる。
それと同じだと、私は信じたかったのだ。
そして、表面上は何事もないかのように、時だけが確実にすぎている……。
いつまでたっても、何も進展しないまま。
三月初めのある日だった。
まだ風に冷たさの残るものの、比較的温暖なこのあたりでは春の気配がただよっている。
陸では、もうすぐ桜が見頃になるに違いない。
学園艦では落ち葉の問題があるから、常緑樹しか植生されていない。
下校しようと革靴を下駄箱から取り出したとき、小さなメモ紙が落ちた。
彼女からだった。
誰もいないところで、ふたりきりで会いたいと。
これはもう、よくよくのことだと思った。
いままで先延ばしにしていたことが、とうとう私と彼女を捉えてしまったのかもしれない。
私は、恐ろしかった。
しかし、足は勝手に待ち合わせの場所に向かっていく。
自分が自分でないかのようだ。
彼女は待っていた。誰も本当に来ない校舎の裏側で。
そこだけ、いまだ冬のように寒かった。
それは、そこが日陰だったからという理由だけではないと、私は感じた。
「あのね、……」
彼女は、精一杯の、しかし悲痛な笑顔で私に話しかける。
なにかが終わる。聞きたくない。怖い。
「私、この学校をやめて、よそに行こうと思う。
戦車道のない、遠くの学校へ……」
私の中で、何かがひび割れる音がした。
待ってよ、短気起こさないでよ。
皆が本当は、あなたを必要としている。
皆がいまだに傷つき苦しんでる。
時間が解決することを信じて。
いまあなたがいなくなったら、皆が、あなたのお姉さんまで、終生心に重い十字架をかかえて生きていく事になる。
でも、言えなかった。
察して欲しかった。
信じて欲しかった。
でも、言葉にできなかった……。
かわりに、私の口をついて出てしまった言葉……。
「ふん、そうなの。ならばどこにでも行ってしまうがいいわ」
彼女は私に助けを求めていたんだ。
だけど、私は彼女を助けられるほど強くはなかった……
彼女は儚げにほほ笑むと、背を向ける私を残して歩き去っていった。
私は背を向けたまま、涙を流していた。
何が悲しかったのだろう、何が間違ったのだろう。
彼女のせいなのか、私のせいなのか、何もかもわからないまま私は、ずっと涙を流し続けた。
そして私はこの日以来、彼女の姿をここで見ていない。
そしてこの日以来、私も何かが変わってしまった。
強さだけが真実。勝つことだけが正義。それだけが私のすべてになった。
隊長は三年生になり、そのまま隊長職を続けることになった。
私は二年になり、副隊長職を拝命した。
本来なら私でない者がなるはずだった副隊長に。
そして厳格な、厳格なだけの訓練の日々が続く。
隊長は総合成績で前回の大会のMVPとなり、昨年度高校生最優秀選手にもなった。
そのため、日本選手団の強化選手にも選ばれた。
それを報じるためにテレビのニュースキャスターがきて、隊長にインタビューした。
戦車道の勝利の秘訣とは何かと。
「あきらめないこと、そして、決して逃げ出さないこと」
隊長の答えはそれだけだった。
これは、誰に向けた答えなのだろうか。
彼女になのだろうか。我々になのだろうか。あるいは自分自身。
何をあきらめないのか、何から逃げ出さないのか。
私にはもうわからない。
そして隊長の能面のような無表情からは、何も読み取ることはできなかった。
我々はこのとき、ただ完全な機械のように訓練し、ただ勝利を自己目的化していった。
我々は強いのだ。と信じて疑わなくなっていったのだ。
我々は、常勝軍団の選ばれし戦士であることの誇りだけを胸に抱き、それを汚すことのないよう常に勝利するのだ。
何かが失われ、それは、向上心という名の飽くなき野心に取って代わられた。
我々は選良なのだ。王者であることを常に示すのだと。
そしてふたたび、全国高校生大会が近づいてくる。
初夏の一日。我々一軍選手団は東京のお台場にある大きなホールに足を運んだ。
あくまで規律正しく威風堂々と。鋼鉄の軍団であるかのように。
そこで行われていたのは全国大会のトーナメント抽選会。
大会開始時に全参加校が一堂に会する機会はないので、事実上の開会式だった。
各校の隊長が、順次ボックスのカードを引いていく。
我々の対戦相手となった学校の生徒たちは、なぜか万歳を唱えている。
頭のネジが2,3本まとめて飛んでいるのかしら。
だったら絶対強者とは何なのか、教育してやるまで。
赤っ恥をかかせてあげるわ。
私は無表情の奥で、そのように考える人間になっていた。
我々はもう、去年の我々ではない。
人間的な弱さなどとうに捨て去った、無敵の軍団なのだ。
それを思い知らせてやる。この国のすべての人間に。
壇上にその人物が登壇したとき、私は、心の中ではまさに驚愕していた。
しかし私の顔は、眉一つ動かすことさえもうなかった。
私自身のコントロールは万全だ。
見なくてもわかる。隊長も同じく無表情であろう。
意図してのものなのか、本当に何も感じないのかまではわからないが。
そこにいたのは彼女、いや、あいつだった。
いきなり強豪との対戦カードを引いて、おろおろしている。
あいかわらず甘くて弱い。
いなくなってくれてせいせいした。
なのにだ、他の隊員からあいつが「ルクレール」にいると聞いたとき、私の足は自然とそこに向かって行った。
行って何をしようというのだろうか。
話すことなどないはずだ。
いやきっと、遠目にしょぼくれているざまでも見てやろうと思っているのだ。私は。
その「ルクレール」のあるテナントビルのエントランスで、私は意外な人物と会った。
「隊長……」
「……お前も、来たのか」
ただ、それだけだった。言葉を交わしたのは。
そして私たちはまるで示し合わせたように、階段を上っていく。
私がドアを押し、戦車喫茶「ルクレール」に私たちは入店する。
そこで、私たちは信じられないものを目にする。
我が校ではずっと誰とも打ち解けず、見えない壁に囲まれていたかのようだったあいつが、4人の女生徒と楽しげに談笑している。
いったいなんなんだ?
私たちを屈辱と悲惨にさいなませておいて、お前はそれか!
気がつくと私たち二人は、そのテーブルの脇にやってきていた。
「副隊長?」
私はわざとらしくそう問いかける。そしてさらにこう付け加える。
「……ああ、『元』でしたね」
しかしあいつは私の方を見ない。
見るのが怖いか。そうだろうな。
そしてあいつは、姉に助けを求めるような視線を向ける。
「お姉ちゃん……」
しかし、隊長はそっけなくこう返しただけだった。
「まだ戦車道をやっているとは思わなかった」
そうだ、私たちはお前に心底あきれているんだ。
弱小どころか初心者以前の学校で、ポンコツと三流の戦車で、おままごとのような戦車道をやろうとしているお前にな。
まったく、ここまで来る意味などなかった。
せいぜいそいつらとお友達ごっこをしているがいい。
しかしその「お友だち」のひとりがやおら立ち上がると、私たちに食ってかかってきた。
戦車津のせの字も知らないド素人風情が。
「お言葉ですが、あの試合でのみほさんの判断は間違っていませんでした!」
ああお言葉だ。いいかげんにしろ。
貴様に我々の何がわかる。あの日から今日までの、我々の何がわかる。
貴様のようにきれいさっぱり割り切れるなら、とっくにそうしている。
私は、自分が殺意まで感じているのを自覚した。
だが私は相手をにらみながら、しかし、短く切って捨てた。
「部外者は、口を出さないでほしいわね」
「すみません……」
さすがあいつの「お友だち」だ。つっぱりとおす気概もないなら、初めから黙ってろ。
「……行こう」
もうここに用はない。そう隊長が言っている。
茶番だな。それを自覚しながら、私はあいつにこんな言葉を投げつけていた。
「(そのざまでまだ戦おうというのなら)無様な戦い方をして、西住流の名を穢さないことね」
そうよ、これは老婆心よ。
その「お友だち」の皆さんは、撃っても当たらないんでしょ。
守りのなんたるかも知らないんでしょ。
縦列行進さえ、できないんじゃないのかしら。
やめるなら今のうちよ。我らの神聖な戦場を、ごっこあそびで荒らされてはかなわない。
至尊崇高にして最強の西住の名を持つものが、笑いものになる。
しかし、「お友だち」もすこしは骨があるようだ。
「何よその言い方!」
「――あまりにも失礼じゃ……」
はあ? 何を激高しているのだ。貴様らは。
無知すぎて格の差さえわからないと見える。やれやれだ。
「あなたたちこそ戦車道に対して失礼じゃない? 無名校のくせに。
この大会はね、戦車道のイメージダウンになる学校は、参加しないのが暗黙のルールよ」
そうよ。だからさっさとしっぽを巻いてお逃げなさい。そこの負け犬のように。
どのみち私たちがお前らと当たることなど万に一つもないが。
しかしそんな私に、言葉の形をした刃を投げるものがいた。
私の知ったことではないが。とでも言いたげに。
「強豪校が有利になるように、示し合わせて作った『暗黙のルール』とやらで負けたら恥ずかしいな」
何の感情もない、平板な、ただの音声。
なにこいつ。私に向かって言っているの? それすらわからない。
私たちが負ける? 決勝戦で? お前たちに?
聞こえよがしの独り言だ。こいつも能面のような無表情で、まるで事実でも告げるかのように。まるで機械。
気味悪い。
そして「お友だち」のお一人様が、その切り文に便乗して遠吠えをかましてきた。
「もしあんたたちと戦ったら、絶対負けないから!」
軽そうなアーパー女が。
声が震えてるよ。
こんなの相手に、私は何をしている。
「ふん。がんばってねぇ」
我ながら道化だな。
自分の一部が自嘲する。
いつから私は、こんなつまらんことをこんなつまらん相手にするようになったのか。
私たちはなにか名状しがたいむずがゆさを感じながら、店をあとにした。
仲間たちのところに戻るまでの間、私たちは黙ったままだった。
私たちはわざわざあそこまで、何をしに行ったのだ。
まるで子どものケンカじゃないか。
もし、もしも。
彼女がたったひとりで、我が校にいたときのように所在なさげであったなら……
……私と隊長は、何を話してきたんだろう。
しかしあいつの「お友だち」は、私たちにできなかったことをやった。
あいつを弁護したんだ。
そうか、やっとあなたは「仲間」にめぐりあえたのね……。
私の心の中には、戦いに臨む高揚感すらなかった。
戦って順当に結果を出す。それが私たちの定まったマニフェスト・ディスティニー。
誰も変えられはしない。
全国高校生大会? ただの狩猟場だ。
最強の流派が、最強の戦いをするだけだ。
すべては我々のためにある。
宿舎に戻る電車の中で冷徹な光をたたえる隊長の瞳が、一瞬、中吊り広告に向けられた。
私もそれを見て、無表情のまま心の中だけで失笑した。
どこぞの三下風情が、四強の一角に属する高校生戦車道選手二人に四匹で襲いかかり、あえなく返り討ちにあってまだ集中治療室にいるそうだ。
バカめ。我々はほんの四、五切れで100kgに達する金属片を日常的に扱う者だ。
おおかた、胴元の指図で戦車道賭博のオッズを変えにいったのかもしれんが……
……強豪とはそういう者なんだよ。高い授業料だったね……。
つまらない。本当に、何もかも。
-Ende-
この短編は、私の短編集に収録していたものを加筆訂正の上、短編として分話にしたものです。