実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。※1年生編完結   作:2100

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また少し早めに更新できた……!


ep.94

 

 

 高度育成高等学校の敷地内は、監視カメラで溢れている。

 校舎内はもちろんのこと、娯楽施設も例外ではない。

 これはもちろん、生徒の不正や、生徒間の揉め事の監視を目的としていることは言うまでもない。

 もちろん、死角はあるにはある。

 例えば、清隆と堀北先輩が一悶着を起こした寮の裏側。

 また、龍園の差金により、須藤と石崎たちが揉め事を起こした特別棟の一角。

 各施設のトイレや寮の自室なんかも、一応死角に入るか。

 厄介ごとが起こるのは、常にこのような監視カメラの死角になっている場所だ。

 ただし、何か学校側にはバレたくない行動を起こす時に、それらの場所が絶対安全かといえば、決してそうではない。

 その場で何をしたか、は確かに記録されない。

 しかし、その場に誰がいたか、は解析すれば把握することができる。

 つまり、たとえ死角であっても、監査カメラから完璧に逃れられるわけではない。

 ただ、生徒は本来そちらの方を考慮する必要はない。

 その場に誰がいたか、だけでは、生徒が何か不正を犯したりした証拠にはならないからだ。

 しかし、時と場合によっては、それだけでは不十分なこともある。

 

「いきなりどうしたんだ知幸。こんなところに呼び出して」

 

 そんなことを考えながら木に背中を預けていると、目的の人物が到着したようだ。

 いつも通り、何を考えているのか分からない表情でこちらに近づいてくる。

 クラスメイト、そして友人の清隆だ。

 一之瀬と色々話したのが昨日。

 そして今日は、清隆と色々話すことがある。

 

「いきなりなのはそっちだろ。昨日一之瀬から話聞いてびっくりしたぞ」

「……ああ、あの話か」

 

 出会い頭に、少し毒づかせてもらう。

 俺が何のことを言っているのか、清隆は瞬時に理解したらしい。

 追加特別試験について。

 あの件での一之瀬救済の発起人は、俺だった。

 そのことは一之瀬には隠し、清隆が全てやったことにして、こいつに一之瀬へ恩を売らせる。そんなシナリオを予定していた。

 しかし清隆は一之瀬に、俺がやった、と本当のことを告げていた。

 これでは事前の話と食い違う。

 

「一之瀬は俺に任せる、ってメッセージだと理解してよかったんだな?」

 

 それに頷く清隆。

 

「ああ。伊吹から一之瀬にポイントを譲渡する現場に立ち会ったとき、はっきり感じた。一之瀬はオレより、お前の方に信を置いてる」

「……」

 

 俺に信を置いている、か。

 そうなのかね。

 

「それなら、今から一之瀬に近づくために関係を再構築するより、お前に任せた方が効率的だと考えた。何かまずかったか」

 

 清隆の語る理由は、概ね予想していた通りではあった。

 

「それ自体は全くまずくはないけどな……それならそうと事前に言えよ」

 

 俺が文句を言いたかったのはこの点だ。

 もしあの時、俺がその意図を理解していなかったら、「たまに話は聞かせてくれ」なんてことは言わなかった。

 あれで関係を繋ぎ止めることができたからいいものの……

 

「いや、それはマジですまなかった。言うタイミングがなくてな」

「結構危ない橋渡ったぞ」

「ああ。気をつける」

「貸し一つな」

「……」

 

 黙り込む清隆だが、この要求は当然の権利だ。

 そもそも清隆が一之瀬を繋ぎ止めておきたいのは、対南雲生徒会長のため……たぶん。

 俺は堀北先輩を交えての話し合いには参加したものの、作戦そのものへの参加は拒否した以上、本来なら関係のないことだ。

 それを、わざわざこいつに都合のいいように対処した。

 その対価は受け取らないとな。

 

「……分かった」

 

 やれやれという感を出しつつも、伝え忘れは自分に非があると考えているのか、清隆は俺の要求を了承した。

 

「よし。……なら、それはすぐに返してもらおうか」

 

 そう言うと、いつも無表情の清隆が少し驚いて見せる。

 

「……いいのか、こんなにすぐに使って。お前はこういうの、保留にしておくタイプだと思ってたんだが」

 

 まあ確かに、大体の場合はそうだな。

 ただ、保留するにしても考えなしにやるわけじゃない。

 

「必要に応じてだ。何でもかんでもってことはない」

 

 今回のように、相手にやらせたいことが既にある場合は、惜しむことなく使わせてもらう。

 

「まあ難しいことじゃない。この場で、数分あれば終わる」

 

 そう付け加えた。

 一見したところ、ここで貸しを使ってしまうにはもったいないとも思われる条件を提示した。

 訝しむような表情の清隆。

 

「……なんだ」

 

 どんな内容がくると踏んでいるんだろうか。

 こいつなら、あるいは正解の予想をしているかもしれない。

 だとしても関係はない。

 これは貸し借りの精算だ。

 どんなことがあるにせよ、正直に答えてもらいたいところだ。

 

「卒業式の直後、まあ謝恩会の最中だな。お前、応接室で何してたんだ?」

 

 疑問をぶつけると同時に、清隆をよく観察する。

 体の動き方、表情、呼吸のテンポ、何から何まで、こいつから出される情報全てを見逃さないように、注意深く。

 

「……」

 

 しかし、分からない。

 平時となんら変化がない。

 ここまでくると、相当訓練されているとしか考えられない。

 こいつの挙動から何かを読み取るのは、やはり不可能ということか。

 そう判断し、いったん観察は諦め、言葉を続ける。

 

「校舎を散歩してたら、たまたま目にしたんだ。応接室を使うってことは、教師が絡んでるんだろ? お前が入ったとき、中にはもう誰かいたのか、それとも後から誰か来たのか。それは誰か、その誰かと何を話してたのか。答えてくれ」

 

 俺が知りたいのは、あの時応接室であった出来事全てだ。

 質問の内容を受け、清隆がゆっくりと口を開く。

 

「あの時、何かを感じたが……まさかそれが人の気配で、しかも知幸だったなんてな。姿は確認できなかったぞ」

 

 ……なるほど、まず応接室にいたことは認めるんだな。

 

「視線送ったら勘付かれそうだったから、見えない位置に隠れて音だけ聞いてたんだ。そしたらお前の声だったもんだから……あの時はかなり驚いた」

「……そうか」

 

 さて、こいつはなんと答えるのか。

 

「ただの進路相談、って言ったら、信じるか?」

 

 進路相談って……そうきたか。

 素直に答える気はないようだ。

 

「まあ、生徒と教師がやることといえば、まず浮かぶのはそれだな。ただ納得はしないぞ。あの時は謝恩会の真っ最中。そこに絡んでくる教師は、わざわざ謝恩会を抜け出してきたことになる。進路相談が大事じゃないとは言わないが、謝恩会より優先することじゃない」

 

 進路相談が嘘なんてことは分かりきったことだ。

 こいつも、俺がそう判断すると分かった上で言っただろう。

 俺がどのような否定の仕方をするかを見て、こちらが応接室の件に関する材料をどれだけ持っているかを測る。恐らくはこれが目的だ。

 ただ、まさかこいつも、こんなんで逃れられるとは思ってないだろう。

 観念したようすで口を開く。

 

「……結論が出るまで口外するなって言われてるから、断片的なことしか言えないんだが……試験のことについてだ」

「試験? というと……最後の特別試験のことか」

「ああ。それについてちょっと、気になることがあったんだ」

 

 あの試験のことに関して、気になること……。

 ……偶然か、あるいはこれもこいつの狙い通りか。いや、恐らくこれに関しては偶然だろう。

 俺もチェスのあの場面については、少し気になる点がある。

 清隆がそのことを想定して言っているかは分からないが。

 

「なるほど、確かにその用事なら、学期が終わる前に早く整理しておきたいお前の心情も、試験に関することと言われて、謝恩会の出席時間を削る教師の心情も……まあ、ギリギリ理解できないことはない」

 

 それでも、謝恩会が終わった後でよくない? という疑問はついて回るが。

 ただ少なくとも、進路相談よりは優先順位が高いことだ。

 ひとまずはこの前提に立って、話を進めていくことにするか。

 

「てことは、応接室でお前と話したのは……お前と坂柳の対戦の進行役として多目的室にいた、星之宮先生か、坂上先生?」

「2人ともだ。ちなみに誰が入ってきた云々の話だが、応接室に入ったのはオレが最初で、2人は後から入ってきた」

「……なるほど」

 

 どうやら、これが清隆の言い分らしい。

 嘘は確定だな。

 なら、これでチェックメイトだ。

 

「じゃあ、お前が入った約10分後に応接室に来た、坂柳と真嶋先生は一体なんなんだ」

「……」

 

 微かだが、はっきりと感じ取った。

 こいつの感情の揺れを。

 俺は先程の質問の内容に、一つのハッタリを混ぜ込んだ。

 後から誰か来たのか、という言葉を入れることで、清隆は、俺は清隆が入っていくのを見た直後にその場を離れた、と勘違いした。

 その後の様子を知っているなら、そんなことを疑問に感じたりはしないからな。

 

「あの時真嶋先生は『既に集まっているようだな』と言っていた。応接室にいたのがお前一人だったら、集まっている、なんて言葉は使わないだろ。あの時点で応接室には、お前を含めて確実に複数人いた。つまりお前が入ったときは……」

「わかった、降参だ」

 

 俺の言葉を遮り、清隆が言う。

 

「……嘘ついたってことだな」

「誤魔化そうとしたのは謝る」

「困るな清隆。よりによって借りの精算で」

 

 はあ、とため息を吐く清隆。

 

「……まいったな。正直、お前を舐めてた」

 

 清隆が相手だ。この程度の保険はかけて当然だ。

 ……いや、違うか。

 清隆は当然、俺がこのような保険をかけている可能性にも思い至っていたはず。

 しかし俺を観察して、それはないと確信してしまったんだろう。

 清隆がそう考えてしまうように、挙動をコントロールした結果だ。

 こいつのポーカーフェイスもかなりのものだが、そこら辺は俺も得意分野だ。

 清隆はそこら辺の俺の力量を見誤っていたのだろう。

 いや、そんなことはいいんだ。

 

「俺への認識なんてどうでもいい。それより、早く質問に対する答えをだな」

「ダメだ」

「……は?」

 

 今度は誤魔化すことなく……真っ向から回答を拒絶した。

 

「いや、答えを」

「お前は関わるな。借りを返せというなら、別の形で返す」

 

 いつもと雰囲気が違うな。

 ……こんな清隆は初めて見る。

 

「その内容を制限する権利は、お前にはないだろ」

「それでもだ」

「関わるなと言っても、あの光景を見た時点で俺はもう関わってる。お前はそれを防ぐべきだった」

「そうかもしれないな。だが、これ以上は踏み込ませない」

「……どうしても言うつもりはないんだな」

 

 自分のことに関する、絶対的な防衛ライン。

 それは俺の中にも存在するものだ。

 だから、何ふり構わず拒絶するのも理解できる。

 

「はぁ……分かった。じゃあここではもう、これ以上は何も言わない」

「そうしてくれると助かる」

 

 無理だったか。

 この流れなら引き出せると思ったんだが……

 こいつがここまで意固地になるとは。想定外だった。

 まあ、珍しいものが見られたと思っておくか。

 じゃあそろそろ。

 

「さて、今日呼び出した要件なんだが」

「……いまのは要件じゃなかったのか?」

 

 まだあるのか、とでも言いたげだ。

 

「じゃないことはないが……どちらかと言えばついでだな」

「ついで……」

 

 お前の領域に「ついで」で土足で踏み込む形になったのは悪いと思ってるよ。

 

「これで終わりだったら、電話か、もしくは部屋で聞けばいいだろ。わざわざこんな変な場所に、直接出向いてもらったのにはちゃんと理由がある」

「いや、これで終わりとは思ってなかったが……じゃあなんだ、要件って」

 

 続きを促す清隆。

 

「大きく分けて二つだ。まず一つ目は……櫛田のことについて」

「……あの件か」

「ああ」

 

 清隆は、櫛田が俺に利用されていることを知っている。

 理由は単純だ。俺が全部話したからに他ならない。

 話したタイミングは……そう、堀北先輩を交えての話し合いがあった日。

 龍園が帰り、俺が寮に戻り……その後のことだ。

 俺はあのあと、自室には戻らず、1階のロビーで清隆が戻ってくるのを待っていた。

 そして、櫛田のことに関して話し合いを行った。

 もちろん、清隆が軽井沢を使ってやったことを全て看破し、清隆が櫛田を退学に追い込もうとしたことを認めさせたうえで。

 そして、こう持ちかけた。

 1年が終わるまで櫛田を利用し、利用価値があると判断できたら、櫛田を退学に追い込む考えを改めろ、と。

 元々は、本当に清隆と敵対して櫛田の退学を阻止しようと考えていた。

 綾小路グループに入ったのも、最初は清隆の動きを探るためだったしな。

 だがそんな方法より、清隆をこちらに抱き込んだ方がはるかに確実性が高い。

 

「で、どうだ。かなり有用だろ、あれは」

 

 あの話し合いから1年修了まで、清隆は大きく分けて2度、櫛田を利用した。

 1度目は一之瀬の件のとき。

 学内に一之瀬以外の噂を拡散し、学校側が動かざるを得ない状況に持ち込んだ。

 2度目は追加特別試験のとき。

 自身の退学について、櫛田から話を聞き、自身の危険を察知することができた。

 これらのことは、別に清隆から報告を受けたわけじゃない。櫛田の口から知ったことだ。

 1度目のときに櫛田が、清隆が来ることを俺が事前に知ってたんじゃないか、と疑っていたが……それについて事前に知っていたわけではない、というのも、もし櫛田を訪ねるとしたら清隆なんじゃないか、と予想を立てていたのも、全て嘘偽りのないことだ。

 1度目はまあともかくとして。

 2度目については、清隆にとっても大きい出来事だったんじゃないだろうか。

 

「……そうだな。あいつは使える」

「なら……」

「ああ。お前の言う通り、こっちから退学に追い込むようなことはしない」

 

 と、いうことだった。

 

「よかったああああ……」

 

 安心して少し力が抜け、膝に手をついてしまう。

 

「……そんな反応されるとは思ってなかったんだが」

「いや、だってお前敵に回したくないし……」

 

 清隆は、この学校で二番目に敵に回したくない人物だ。

 俺とは恐らくレベルが違い過ぎる上に、まだまだ全く底が知れない。

 ちなみに一番は藤野だ。 

 

「お前のコントロール下にあれば、櫛田も不用意な真似はしないだろう」

「ああ。ちゃんと手綱は握っとくよ」

 

 櫛田は恐らく清隆も退学させたがってるだろうが……それすらもやめるよう、後から言っておこうか。

 あいつが聞き入れるかは別としてだが。

 

「それを抜きにしても、前とは少し考えが変わった。櫛田の扱いについては、もうオレが何か首を突っ込むことじゃない、と思ってる」

「……どういう意味だ?」

「表向きの櫛田の扱いは、堀北に一任しようと思ってな」

「堀北に……」

 

 らしいというべきか、らしくないというべきか……。

 その心を伺い知ることはできないが……。

 なんにせよ、しばらくは櫛田のことを安心して使うことができそうだ。

 

「それで、二つ目の要件ってなんなんだ?」

 

 櫛田についての話を終え、そう聞いてくる。

 俺としても、そうしたいのは山々なんだが……。

 

「ああ、悪いが少し待ってくれ。まだ必要不可欠なものが揃ってない」

「必要不可欠なもの?」

「ああ」

 

 そして、それを揃えるためには、この場所から移動する必要がある。

 

「ついてきてくれ」

 

 いまいち要領を得ないんだろう。俺の行動について、疑問に思っている様子の清隆。

 しかし、一応のこと素直についてきた。

 集合した場所から、歩いて数分。

 木の幹や植え込みをまたぎ、目的地に到着した。

 俺の言った、必要不可欠なもの。

 その『人物』は、事前の取り決め通り、一人でベンチに腰かけて、俺たちを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 解散した後は、昨日レンタルした傘を返却し、寮に戻った。

 上着をハンガーにかけ、持っていた鞄を机に置いたところで、端末に着信が入る。

 

「誰からだ……?」

 

 さっき別れた清隆か、それとも藤野か……。

 しかし、画面に表示されていた名前は、そのどちらでもなかった。

 

「……堀北?」

 

 なんで堀北が……?

 まあでも、無視するわけにもいかないし……

 

「……もしもし?」

『今時間はある?』

「ないことはない。ただ昼飯作ろうとしてた」

『そう。かけ直した方がいいかしら』

「いやいい。飯作りながらでいいなら聞くぞ」

『……わかったわ』

 

 若干不満そうだが、かけ直して余計に時間をかけるよりはいいと思ったのか、了承した。

 端末を台所の端に置き、スピーカーモードに設定。

 和風のパスタでも作るか、なんて考えながら、堀北の話に耳を傾ける。

 

『昨日、あなたと一之瀬さんと別れた後、綾小路くんと少し話したのよ』

「すぐに帰ったわけじゃなかったのか」

『ええ、少し事情があってね。その流れで、こういう取引をしたの。学校のテストで、私が指定した科目で綾小路くんに勝ったら、彼は今後、出し惜しむことなく本気を出す、と』

「いや待て待て。その流れって片付けられても……なんでそんな話に」

 

 堀北は要旨だけパッと説明し、通話の時間短縮を図ったのかもしれないが……。

 表舞台に立つことを嫌う清隆がそんな話を受けるなんて、俺からすれば結構な大ごとだ。

 それまでの過程を省略されれば、当然気になる。

 

『まず、彼はAクラスを目指す、と言っていたのよ』

「……マジで? なんで?」

 

 さっきから驚きの連続だ。

 

『考え方が変わった、とのことよ。実際のところは分からないけれどね』

「まあ……あいつの言動は本当か嘘か分からないものばっかだからなあ。自身の心情に関わることについては特に……」

 

 堀北が納得するような答えを言わなかったのも、それはそうだろうなという感じだ。

 

『ええ。ただ動機がどんなものであるにせよ、彼にその気持ちが芽生えたのは吉報よ。だから動機如何に関しては、この際目をつぶるとして……問題はここから。彼は、春先から全力でやると、変な噂が学校全体で立つからそれは避けたい、と言ってきた』

「……あいつ、結構自信家だな」

 

 いやもちろん、あいつが相当高いレベルで優秀ってことは間違いないが。

 それ、思ってたとしても自分で言う? 

 いや、客観的に考えた場合の結論がそれってことか……。

 

『だから彼の全力が、本当にそんなことを気にする必要のあるレベルのものなのかを試す必要がある。それで、最初に言った取引が成立したのよ』

「……なるほどな。それでお前に負けたら、噂が立つレベルではないとみなし、春先から安心して全力でやってもらうってことか」

『そういうことよ』

「大筋は分かった。ただ、なんでわざわざ俺にそんなことを伝えるんだ」

 

 沸騰した水道水に塩とパスタを入れつつ問う。

 そんなもん、二人の間で内密にしておくことだろうに。

 

『……もし仮に私が負けたとき、彼の言うことをなんでも一つ聞き入れる、という条件を提示してきた』

「……なんでもか」

 

 なるほどつまりあんなことやこんなこと……はなさそうだなあ。なんと言っても安心安全の組み合わせ、清隆&堀北だ。ブランディングされてるレベル。

 ただそうだとしても、そんなもん堀北が二つ返事で受け入れたとは考えにくいし……。

 勝つ自信がないのか、とか煽られて、断れない流れになったんだろうな。多分。いや絶対そうだ。目に浮かぶ。てか多分堀北相手なら誰でもそうすると思う。

 

『そんな事態を招くわけにはいかない。そこで、私に数学を教えてほしいのよ』

「……」

 

 一瞬、思考が停止する。

 マジかよ。

 真っ先に思いついて、真っ先に切り捨てた可能性だったのに……。

 

「……俺が?」

『ええ』

「なんで。勝つ自信があるから受けたんじゃないのか」

『もちろん負けるつもりはない。けれど、念には念よ。彼は、同世代で相手になるヤツはほとんどいない、と言っていたわ。そして、その“ほとんど”の例外の一つが、あなたの学力だ、とも』

「……だから俺に伝えてきたのか」

『ええ』

 

 理解できた。

 ただ……。

 

「なあ、それ清隆に誘導されてるんじゃないのか。向こうが俺の話を出してきたんなら、俺を頼って科目を数学に指定するの、多分予想されてると思うんだが。それでいいのか」

 

 一応特別試験のときに、数学オリンピック問題であいつより多くの問題を解き明かしたからな。

 少なくとも数学に関しては、あいつより優っている部分が俺にはある。

 

『承知の上よ。私の最も得意な科目は数学だから。彼に誘導されていたとしても、それで構わない。それに、この条件で勝つことができれば、彼をより言い訳の効かない立場に立たせることができる』

 

 勝つ自信をしっかりと持っている堀北はそう言い切る。

 いや、ただなあ……。

 俺が1時間弱であの問題を解ききることができたのは、数学オリンピックの訓練を積んでいたから。

 恐らくそんなことはしたこともないであろう清隆が、1時間で2問目を解き終える寸前まで行くことができた。

 これ、俺の中ではかなりヤバイことなんだが……。

 ……まあいいか。

 

「……お前がそれでいいなら、俺からは何も」

『助かるわ』

「あと、初めに断っておくが……前にも言った通り、俺の守備範囲は高校までだからな。大学とか、それ以上の範囲は教えるの無理だぞ」

『さすがにそこまでは要求しないわ』

「ああ、それならいい」

 

 お互いに納得できる内容。

 ここで話がひと段落したように見えるが、まだ終わっていない。

 

「それで、まさか無償で手伝え、なんて言わないよな。俺だって自分の勉強があって、それを削るんだぞ」

 

 時間はタダじゃない。

 クラスのテスト対策とかなら、貢献の一環として勤める。しかし今回は堀北個人の依頼だ。謝礼を受け取る権利くらいはあるだろう。

 

『ポイントが欲しいの? あなたはもう十分すぎるくらい貯めていると思うけれど』

「俺がポイントを貯めこんでることが、お前が俺の労働に対してなにもしなくていい理由になるのか?」

 

 やわらか銀行の会長さんだって、きっと給料は貰ってるぞ。

 

『……いくら支払えばいいのかしら』

 

 ちゃんと謝礼をする気になったか。

 ならよし。

 ただ、こいつはさっきから少し勘違いしていることがある。

 

「別にポイントそのものを要求してるわけじゃないぞ」

『……』

 

 電話口で「うざこいつ」って感じの目をしている堀北が、かなり容易に想像できる。

 だが事実として俺は「ポイントを払え」なんてことは一言も言っていない。

 要求しているのは対価。その形態はポイント以外にも様々だ。

 

『じゃあ何?』

「その勝負が終わるまで、週に一回飯奢ってくれ。ただし、好きなタイミングで好きなものを食わせてもらうぞ」

 

 ここ最近、勉強量が増えている。

 すると必然的に疲れも溜まる。

 そんな中で、料理するのを億劫に感じることが少し増えてきたのだ。

 週一であっても、自炊しなくて済むようになればかなり楽になる。

 

『……わかったわ。それでいいのね』

「ああ」

 

 堀北の方も、この条件で文句はないようだった。

 

「で、いつから始める? 日時言ってくれれば融通するぞ」

 

 この春休みも、基本的に俺に予定はない。

 寝るか飯か勉強かバスケのいずれかをやっているだけだ。

 

『それは考えておくわ。少し待ってて』

「わかった」

 

 そこで通話は終わった。

 それと同時にパスタも茹で終わったので、フライパンを用意して味つけをしていく。

 作業をしながら、少し考える。

 

「……清隆の全開か」

 

 正直、興味あるな。

 クラスメイト……特に綾小路グループのメンバーには、どう説明するのか、とか。

 

 

 

 

 

 

 

 日は傾き、外はだんだんと薄暗くなってきている。

 そんな、夕方と夜の境目くらいの時間。

 インターホンが鳴る。

 来客だ。

 確認せずとも、誰かは分かる。

 施錠を解き、ドアを開けた。

 

「おお。来たか」

「うん」

 

 藤野だ。

 今日、この時間くらいに部屋に来てもいいか、と事前に連絡があった。

 要件も、大体予想はつく。

 

「誕生日おめでとう、速野くん」

「……ああ、ありがとう」

 

 今日、3月27日は、俺の16歳のバースデーである。

 しっかりと覚えていてくれたようだ。

 

「上がるか」

「あ、うん。でも長居すると速野くんに悪いから、玄関でいいよ」

「分かった」

 

 藤野を中に入れ、ドアを閉める。

 

「勉強中だった?」

「ん、まあな」

「大学範囲の数学に手を出してるんだっけ。私にはちょっと追いつけない世界だよ」

「この学校に入ってなければ、多分こんなことやってなかっただろうな……」

 

 特に考えなしに言った自分のセリフ。

 だがそれで、ふと考え込んでしまう。

 

「……どうかしたの?」

「ん、いや、俺がこの学校に入ってなかったら、どうなってたかな、と」

 

 あの時、担任の教師から勧められなくとも、恐らく俺はこの学校を受験していただろう。

 ただ、もし不合格だったとしたら。

 俺がこの学校の受験に向けて万全の態勢を整えられたのは、ある種幸運なことだった。

 もしも……。

 

「……!」

 

 と、ここまで考えたところで、一つの可能性に思い当たる。

 まさか、この学校は……。

 

「いや、でも……」

 

 あまりにも、俺の常識から外れたものだ。

 

「ど、どうしたの?」

「……ああ、悪い。何でもない」

 

 気づかないうちに、少し思考に没頭してしまっていたようだ。

 一人でうんうん唸っていて、挙動不審のかなり怪しいやつに見えただろう。

 

「今考えても、あんまり意味のないことだな」

「意味ない、かなあ? 私はちょっと気になるよ。自分がこの学校に入ってなかったら、って」

 

 今の俺のセリフはダブルミーニングだ。

 藤野はそのうちの片方の意味で解釈して、そんな返答をした。

 もう片方の意味は……藤野には知る由もないことだ。

 

「まあ、気になるといえば気になるが……」

「どうなってたと思う?」

「……言語化難しすぎるだろ」

 

 何もかもが違うのだ。

 全く違う画像を見せられて「間違い探しをしましょう」と言われているのに近い。何をどう言ったらいいのやら、皆目見当もつかない。

 

「あはは、確かに。言えって言われたら私もできないかも。でも少なくとも、私はこの学校に入れて良かったと思ってるよ。普通じゃ体験できないような、いろんなことをさせてもらってる」

「……無人島とかな」

 

 個人的にはあまりいい思い出はないが、貴重な体験であることは確かだ。

 

「それに何より、いろんな人に出会えたしね」

「……」

 

 藤野はそう言って微笑みながら、こちらに目を向ける。

 

「……そうか」

「うん。あ、そうだ」

 

 突然思い出したようにそう言って、右手に持っていた紙袋をこちらに手渡してくる。

 

「はい、これ。プレゼント」

「おお……ありがとう。今開けてもいいか?」

「うん、もちろん」

 

 少し小さめの紙袋に入っていたものは。

 

「……アイマスク?」

「うん。正直、何を買おうかかなり迷ったんだよね……靴とか洋服とか考えたんだけど、好みもサイズもちょっと分からなくて。でも、最近速野くん忙しそうだったから、これでぐっすり寝て休んでほしいなって」

「……なるほど」

 

 それでアイマスクか……思いもよらない角度からのプレゼントだ。

 

「……早速今日から使ってみる。ありがとう」

「どういたしまして。気に入ってくれるといいなあ」

 

 一度も使ったことないからな。少し楽しみだ。

 

「じゃあ、そろそろ戻るね」

「ああ。気をつけてな」

「うん。エレベーターに乗るだけだけどね」

「はは……確かに」

 

 軽い冗談をはさみながら、藤野がドアを開けて外に出る。

 そしてエレベーターホールに向かって歩き出す……ことはなかった。

 なぜかその場で立ち止まっている。

 

「……どうした」

「……突然、なんだけどさ。速野くんは、ボウリングってどう思う?」

「……??」

 

 本当に突然で、黙り込んでしまった。

 発音的に、娯楽の方のボウリングのことではあるんだろうが……

 どう思う、って……質問の仕方として少し違和感がある。

 藤野が何を聞きたがっているのかが分からない。

 

「どう思う、って言われても……年末に行ったが、普通に楽しかったぞ」

「……そっか。ごめんね、変なこと聞いて」

「……いや、別にいいんだが」

 

 一体何だったんだ。

 

「ごめん。じゃあね速野くん。あ、そうだ。明後日くらいに食材の買い足し行こうよ」

「ん、分かった。また連絡してくれ」

「うん」

 

 藤野がドアから手を離し、そのまま閉まる。

 ドア越しではあるが、藤野から発されたであろう足音も聞こえてきた。

 鍵をかけ、居間に戻る。

 

「……え、マジで何なんだ」

 

 誕生日を祝ってくれたことと、プレゼントは素直に嬉しいが。

 最後のボウリングの件が非常に引っかかる。

 ボウリングに、何か嫌な思い出でもあるのか。

 この質問の意味は、いったい……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 速野と別れた後、まっすぐ部屋に戻った藤野。

 シワになるといけない上着をハンガーにかけると、そのままベッドに身を投げた。

 

「……やっぱり、そっか」

 

 白い天井を見つめながら、そっとつぶやく。

 刹那、反射的に目を閉じてしまう。

 全灯にしてつけている部屋の電気の光が、直接目に入ってしまった。

 それを防ぐため、右前腕で両目を覆う。

 速野にプレゼントしたアイマスクがあればな、なんて、冗談交じりに考える。

 そして最後に速野にした質問に関して、思い返す。

 

「……仕方のないこと、なのかな」

 

 速野のあの反応も。

 そして、藤野の抑えきれない『感情』も。

 抱くべきではない。

 抱くのは筋違い。

 抱きたくない。

 それでも、抱いてしまう。

 速野に対しての、強い『感情』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憎しみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 11.5巻分、これにて終了です。
 綾小路と坂柳について深く事情を知らないオリ主は、綾小路が櫛田から「黒幕が山内である」ということを聞き出したことを、綾小路が自身の退学を阻止するための最大の鍵だった、と勘違いしています。そしてその勘違いを、綾小路はあたたか~い目で見ている、という構図ですね。
応接室の件では綾小路から一本取ったオリ主ですが……綾小路を完全に超える日は来るのでしょうか。












 そして、11.5巻分が終了したということはつまり……
『実力至上主義の学校に数人追加したらどうなるのか。』1年生編が完結いたしました!!パチパチパチ!クラップクラップ!
 今確認してみたら、初投稿日が2017/08/27……この作品を始めてから3年半弱が経過してるんですね。
 絶対にエタらない、というのを心に決めて書き続けていましたが、何とかここまでは来ることができました。
これは偏に、高いも低いも合わせて評価をつけてくださったり、感想を書いていただいた読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
そして何より、飽きることのない面白いストーリーの原作を書いてくださった衣笠彰梧先生。この場を借りて勝手に感謝させていただきます!あざす!どうかこのままこの二次創作を黙認し続けておくんなまし……



 今後についてですが、当然ながら、2年生編も執筆するつもりでいます。というか絶対書きます。
 しかしながら、原作の展開があまりにも面白く、かつ複雑で、この先どうなるかが全く読めないので、もう少し巻が進んで、原作の方向性が見えてきたら、筆を取ろうと思います。
 そのため誠に勝手ながら、それまでは「休載」という形をとらせていただきます。楽しみにしていただいている読者の皆様、申し訳ありません。
 ですが先ほども書いた通り、絶対にエタりません!
 2年生編が進んでいけば、どこかのタイミングで必ず帰ってきます。
 それまで、しばしお待ちいただければと思っております。

 ……というのは、この二次創作の「進行」についての話です。
 Twitterの方でぼそっとつぶやきましたが、現在この作品を大幅にリメイクしております。
 この作品でも、1巻分の序盤の序盤、ごくわずかな範囲でリメイクを行っておりますが、それをさらにリメイクしています。
 それを新たにリメイクバージョンとして投稿する……ということも考えています。
 このサイトに投稿するか、別サイトにするか、あるいは両方で行うか、はまだ決めていませんが……そちらの方も、楽しみにお待ちいただければと考えています。
 長くなってしまいましたが、これで後書きの方を終わらせていただきます。改めて、ここまでお読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。これからもこの作品を、そして何より原作「ようこそ実力至上主義の教室へ」をよろしくお願いします!








 あれ、これほぼ活動報告に書くべき内容じゃね?
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