計十四騎のサーヴァントで行われる筈であった。
しかし、既に破綻した聖杯大戦で招かれるサーヴァントの数は二十一騎。
三つの陣営。
否。
赤の陣営、黒の陣営、蒼の陣営。
それだけで終わるのであればこの地は、此処まで特異点として際立ったなかった。
冬木の聖杯ではない、獣の遺した聖杯によって召喚されるサーヴァント達の争い。
交わる事のない筈の『人理を否定するモノ』の介入。
そして目覚める■の獣。
これは、世界を救う為の物語である。
結構な矛盾というか、これ明らかにおかしいだろオイって突っ込み所満載ですがお許しくださいませ。
取り敢えずヴラドおじ様が幸せになって欲しいです
「可笑しな話だ」
自らの状況を傍観者の如く鑑みて、欧風の顔立ちを持つ長身の男は笑う。
その笑みに悲惨さは見受けられないが、理解は出来ないという呆れの色が濃く出ていた。
「既に協会は赤の陣営として、六人の魔術師を排出した。その何れもが戦場を経験し、実力のある魔術師、ないし魔術使い。だというのに、あの杯はそれ以上を欲した」
手の甲に浮かび上がる、赤と蒼に明滅する三角の聖痕。
紛れもない。それは長身の男が、聖杯によって選定をされた魔術師として盃を巡る戦いへの参加権を手に入れた事の証左。
故に訝しむ。
この聖痕は果たして、如何なる聖杯戦争のものなのか、と。だが聖痕より巡る膨大な魔力は決して、冬木の聖杯戦争を模した紛い物の聖杯戦争では出し得ない魔力だ。
その紛い物に参列し、今の立場を与えられてしまった男には、その違いが良くわかった。
「既に十四騎。参戦する英霊の総数は確定しているが、それでも余剰がある冬木の大杯を恐ろしいと見るべきか。だが、この私に未だ尚の望みがあるとでも言うのか」
馬鹿馬鹿しい、と脳裏を過ぎった疑念を切って捨てる。
嘗て己が呼び出した英霊と再び、という願望はある。しかしそれは聖杯に託すべき願いではないし、そんな事をしてもあの王は未熟と怒鳴り付けるだけだと、男は理解している。
これではまるで、聖杯が更に魔術師を、英霊を必要だからと求めているようだ。
「さて。つまりだ」
独白、ではない。
語り聞かせるように、聖杯戦争の来歴を告げ、此度の状況が如何に異常であるのか。
その全てを自らの生徒に伝えた男は、改まって集まった五人の少年少女を見遣る。
誰しもが、緊張を隠せずに表情を強張らせていた。特に三人は、ありえないとさえ思った顔だ。
約一名、瞳を輝かせた馬鹿がいるのを、男は意図的に視界に入れないようにした。
「君達にもまた、ルーマニアで行われる聖杯大戦への参加権を手に入れた。協会としては容認するとの事だ。尤も、赤の陣営と協力しろと言う事ではないらしいから、体の良い捨て鉢扱いは必至だが」
皮肉気に口角を歪め、只でさえ渋面の顔立ちに皺を寄せる男。ロード・エルメロイ二世の言葉を遮るように、身を乗り出して無邪気な声が響く。
「はい! はい! 先生! 僕は参加します!」
「ファック。貴様からは一番聞きたくなかった、フラット」
まだまだ年若い青年は嬉々として挙手し、己の参加を宣言した。
フラット・エスカルドス。天恵の忌み子、魔に愛された寵児、天才馬鹿の渾名が差す通り、その類稀な才能を無どころかマイナス値に持っていく、魔術師らしからぬ奔放な性格の青年の瞳の輝きを一瞥し、エルメロイ二世は口汚く罵った。
誰がどう見ても、止めた所で如何なる手段を用いてでもルーマニアに赴きそうだ。なんだったらアメリカにすらも行きそうな勢いである。
「一つ、宜しいでしょうか。ロード」
「なんだ、エーデルフェルト」
貴族然とした佇まいと、魔術師としては如何と言う華美な青々としたドレスを纏った金髪の少女は、神妙な面持ちで男に問うた。
「仮に参加する、としましても今から触媒となる聖遺物を探すのは幾ら何でも遅過ぎるのでは? 赤の陣営として参加する魔術師は既に皆、ルーマニアに入っているとお聞きします」
流石はエーデルフェルトの当主。開示していない事を既に得ている情報収集は閉口せざるを得ないが、彼女ではなく、手回しの良い今回の下手人を想起し、忌々しげに鼻を鳴らすエルメロイ二世を責める事は出来まい。
「聖遺物は既に用意されている。別室にな」
「随分と準備が宜しいのですね。私達が参加しないと言えばそれは無駄になるのでは?」
傲慢ささえ醸し出す鮮烈な高貴の居住まい。
ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。彼女もまた、聖杯戦争に関して言えば全くの無関係ではない。寧ろ、冬木の聖杯であるのならば、フラットに次ぐくらい、何が何でも参戦をし、家名の雪辱を削ぐ事に専心するだろう。
「魔術的に価値ある物だ。無駄にはならんよ」
エルメロイ二世の脳裏に蘇るのは、集められた七つの触媒となる聖遺物。
彼のローマ皇帝を召喚する為に必要な月桂冠の切れ端、トロイアの門の欠片、源氏に組した弓兵の大弓の木片、ローマを恐れさせた賢将の馬の蹄鉄、エジプトの美女が持っていたとされる鏡、法の書の原典の切れ端、トロイアから見つかった鉄球の欠片。
その仔細を伝えた時、一名(フラット)以外の全員が露骨に顔を顰めた。
当然である。これはもうほぼ特定の誰かを狙って召喚する意図が丸見えであり、同時にそれが意図通りに召喚されたら赤の陣営との協力は不可能。下手をすれば自陣で殺し合いが始まるかもしれない危険性すらある。
「幾ら何でも、これを選んだ人は悪趣味が過ぎるんじゃありませんか?」
赤い服を来た勝気そうな顔立ちをしたツインテールの少女が呆れ気味に言ったのを、隣に立つ艶やかな黒く長い髪の、似通った顔立ちながら淑やかさが際立つ少女が首肯する。
「姉さんの言うとおりです。ローマ皇帝と……その、彼を会わせると殺し合い不可避かと」
遠坂凛、遠坂桜。
冬木にて行われていた聖杯戦争の始まり。
彼女達の先祖と、宝石翁の手によって冬木の英霊召喚と聖杯は完成した。
故に、彼女達もまた奪われた聖杯に付いて因縁があると言えよう。本人達の乗り気具合は些か、前者の二名に比べると落ちているが。
「ついでに言えば三大美女のアレが来たら気まずいどころじゃないでしょ」
ワカメが喋った。
もとい、酷く癖の強い、まるで海藻のような髪質を一生抱え込んだ魔力が余りにも少なく憐れみすら覚えてしまう青髪の少年が同意する。
「ミス遠坂と同じ意見は甚だ不本意ですが、これでは捨て鉢どころか遠回しに死んで来い、と言われているのと同じですわ」
「あれ? 僕は? 僕の意見はなかった事になる訳?」
己の扱いの不当さに表情菌を、もとい。表情筋を痙攣させる海藻。
否、間桐慎二。
遠坂姉妹同様に、聖杯戦争の根幹を造り出した御三家の跡取り息子。
魔術の際など皆無。辛うじて存在する魔術回路も凋落著しい本数でありながら、彼はこの時計塔に籍を置く事を許された、前者の歴々とはまた別の意味での天才である。
扱いの悪さは言うに及ばず。それにめげずに己の力を磨こうとする勤勉さを、エルメロイは一番買っていた。決して口に出しはしないが。
「ああ。だから、このまま与えられた令呪を破棄しても一向に構わん。態々お偉方の望み通りというのも、君達にとっては癪だろう?」
「愚問ですわ。このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。投げられた手袋は投げ返す主義ですの。でしたらこの私を見縊った方々へと聖杯を持ち帰り踏ん反り返ってやりますわ!」
オホホホホホッ、と高らかに笑い声を上げる少女の横で引き合いに出され、げんなりとした表情を隠しもしない遠坂凛は、気を引き締め直すように咳払いをしてエルメロイ二世へと視線を移した。
「元々この聖杯大戦の聖杯は、私達の管理する土地で行われる冬木から持ち去られた物です。でしたら当代の遠坂である私が参加しない訳にはいきません」
「姉さん本音は?」
「聖杯取り返す序でにユグドミレニアに参加している家からせしめるだけの資産をせしめて……何言わせるのよ桜!?」
吠え立てる姉の気勢を涼しげに躱し、桜は慎二へと視線を向けた。
「慎二さんはどうされます?」
「僕としてはなぁ、メリットがないし。聖杯興味ないし。でもどうせ拒否権ないんだろうなぁ、って諦めてる」
「では雁夜おじさんへの遺書は私が代わりに書いておきますね」
「お前の毒が一番生々しくて心を刻み付けるよね桜!?」
両隣で悲鳴に近い声が上がるのを無視する胆力を発揮した桜は、胡乱気に自分を見据えてくるエルメロイ二世に微笑み返す。
「という訳で、遠坂と間桐は参加します、先生」
笑顔、というのは時に威嚇の意味を成す。
妙な威圧感を放つ己の弟子の一人に、エルメロイ二世は頭を抱え込みそうになる。
「ファック……」
小さく呟いた彼のその誰に向けるでもない暴言は、痛む胃の前で正しく感じてしまう。
師として、参加をして欲しくないというのが本音だ。
あの殺し合いを体験している身としては。その殺し合いの末に、師を失い、なし崩しに時計塔の勢力争いに巻き込まれ今の地位を宛がわれた身としては。
それでも、遅かれ早かれ、フラットを除いて四人は冬木の大敗と関わりがある以上、何らかの形で関わっていたのかもしれない。
自らの手の及ばぬ所で、才ある芽が潰れる事は許し難い。
手綱を握れるかは別として、目の届く範囲に問題児が集まっている事を少しでもましだと思わなければ、エルメロイ二世はやってられなかった。
◇
アインツベルンは、既に没落した。
錬金術の名家たる東欧の魔術師の一族を知る者は誰もが口を揃えて憐れむだろう。
幾銭年に及ぶ妄執は枯れ果て、嘗て届いた魔法への執着への道は簒奪された。
残されたのは抜け殻のみ。三つの魔術協会のいずれにも属さず、独自路線を続け、竹との関わりを極限まで拒んできた結果が、衰退であり、滅びである。
ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンこそがアインツベルンにとって最も忌むべき愚者である。聖杯を奪われ、挙句の果てにはルールを破って召喚をしたサーヴァントにすらも裏切られて逃げ帰って来たのだ。
彼に残された道は二つ。素直に滅びの道を受け入れるか、矜持を捨て、己を捨てて次代の最高傑作の礎となるか。
彼が選んだ道は、後者であった。
ユーブスタクハイトはホムンクルスでなく、自動人形ある。
既に純潔のアインツベルンは冬の聖女ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンの時点で途絶えている。
脈々と受け継がれてきたのは、最高精度の人間に擬態する自動人形がユスティーツァを超えるホムンクルスを鋳造するという執念。
次代への礎を選んだ男は、そうして己の人生を閉じ、次へと託した。
第二次からずっと稼働し続けた、アインツベルン城の中枢を制御して来た自動人形は望んだ。
復讐を。悲願を。
我等の手に再び第三を。
そうして生み出された彼女は、十九年の年月を掛けてアインツベルンの全てを注ぎ込まれた。初代を模し、赤い瞳と雪のように白く長い髪をなびかせて時計塔の廊下を優雅に歩む。
その足取りに、殆ど敵地であるという認識はない。物珍しげに周囲へ視線を泳がせながらも、擦れ違う者に接触をしないように思考を分割している時点で、胆力は相当だが。
「えーっと……此処かしら?」
アイリスフィール・フォン・アインツベルンは、目的の部屋を見付けた。
エルメロイ教室。その室内で起きている、部屋主の説明に耳を澄ませながら艶然とした微笑みを浮かべ、最後のアインツベルンは扉を叩いた。
◇
楚々とし、決して華美ではない粛然とした教会。威を放つ虹面鏡(ステンドグラス)から降り注ぐ太陽の光を浴びる一人の女性がいた。深い藍色の髪を腰まで伸ばし、美しく整った顔。
荘厳な像の前で跪き祈りを奉げる敬虔な信徒。例え、簡素なシャツとジーンズという姿であっても、それを覆い尽くす程の圧倒的な聖気が総身から溢れていた。
「啓示を貴女も授かったのですね。ですから、此処に来た。そうでしょう?」
背後の扉が開く音がした。
祈りを止め、ゆっくりと女性は立ち上がり、教会へと入って来た少女へと声を掛けた。
美しい砂のようにサラサラと流れる金色の髪を巻いて纏めた紫色の瞳を持つ少女。
当惑ではなく、余りの衝撃故に言葉を失っている少女に、女性は慈母の如き微笑みを剥けた。
「初めまして、裁定者の資格を持つ者。オルレアンの聖女。私もまた、此度の聖杯大戦の為に招かれました。……私はマルタ」
感動か、それとも畏怖か。
己でも理解出来ない胸の内から溢れ出来る激情に、オルレアンの聖女と呼ばれた少女は身を震わせる。
それは彼女の本来の身体の持ち主である、レティシアという少女の感動でもあり、彼女に身体を借りたジャンヌ・ダルクの感動でもあった。
湖の聖女。
神の子より杖を授かり、悪竜を鎮めた聖人。
「裁定者の座に於いて、貴女と共に聖杯大戦を正しく運営する者です」
異常な事態である。
裁定者のサーヴァントが聖杯によって招かれる事自体が、世界その物に影響を与えるほどの何かが起きる可能性が高いという極めて稀有な時以外にありえない。
だが、ルーマニアで行われる二十一騎の聖杯大戦の聖杯は、求めたのだ。
一人ではなく、二人の聖者を。
既に『破綻してしまっている』聖杯大戦を如何にして収めるか。
剪定の結末でもなく、虚数に葬られるでもない。
編纂事象へと繋げる為に。
◇
「赤と黒。そして蒼。三騎の裁定者。だがそれでもまだ足りない。獣の残滓が遺した祈願を果たす者が起こした歪は、ユグドミレニアの小僧が奪った時点で最悪の物になった」
流れ行く黒色銀河。
天地の境なく、無数に煌めく星々の只中で豪奢な椅子に腰掛けた老練な魔法使いは嘆息を零した。
「気紛れ程度に観るべきではなかった。夢魔の真似事など」
『けれども既に幕は上がった。上がってしまった。南米の蜘蛛は動き始め、獣は起きる寸前。既に神の子の血は注がれ、悟りに至った御仏はそれがどの様な結末に繋がるかを全て観て、理解した上で行動している。月の時とは違う。けれどもアレもまた純粋な救いを望む声なのだろうね、彼にとっては』
他人事のような男の声が、レコード盤から漏れ出ている。
「厄介な物だ。人理を否定するモノが確立しているというのに、人理を肯定するモノも居る。既にどうしようもないほどに定礎は乱れている。今から天文台(カルデア)が向かった所で、最善の結末には程遠い」
『黒の姫が興味を向けるのも当然な世界だ。どうするんだ、シュバインオーグ。我々はこのまま静観なのか、積極的に関わるのかい?』
「戯言を。儂が出張った所で、始まりの王が是非も問わずに顕現しよう。アレを討てるのは、最後の人類種だけだ。最初と最後の人類が同時に西暦時代に顕現すれば、待ち受けるのは滅びだけだ」
『とは言っても、サンジェルマンも好きなように動いている。プレラーティも同様だ。君以外の使い手は、まあ興味がないだろう。……手は打ってあるんだろう?』
「……既にカルデアに細工はしてある。遠からず特異点として観測し、あの者が降り立つだろう。混濁した地に」
『可哀そうに。人理を救って、文字通り救世主の資格を得てしまったが故に逃れられない』
「もしもの時は貴様の千年錠を解きに行く」
『ん? それってあれかい? ボクも巻き込まれる口か?』
「無論。儂等は共犯者であろう。……到達地点を共に目指そうではないか」
『ははは、言うな魔法使い。良いだろう、その時が来るとしたら、まあ偶には出張ろうじゃないか。此方はつまらないが、そちらは中々に愉しそうだ』
◇
煤に汚れた白亜の十字架。
両の掌に釘を打ち込まれ、手首と足首を縛り付けられた男から輝かしく光る赤々しい血が地面に置かれている複数の杯に滴り落ちていた。
その前に置かれている神々しい蓮の葉に胡坐を掻いて座る男は座禅のように目蓋を閉じて、瞑想を止めようとしない。
「見ていて、気持ちの良いものではありません」
透き通るように美しい鈴の音の如き女の声が響いた。
二人の男を見上げるその瞳に宿る悲壮さは声に滲んでおり、女は左手に携えていた蔵書を持つ指に力を込めた。
「スッキリはしませんか? 嘗て貴女を死に追いやった原因の一つでもあるでしょうに。生きたまま皮を生剥ぎされて殺された。世界の真実を探求していただけの貴女を」
「黙りなさい、悪魔。彼女の気品溢れる貴意を戯言で乱す事は罷り通りませんよ」
スーツ姿に黒いサングラスを掛けた飄然とした優男が白々しく笑い、それを黒衣を纏った男が嫌悪感を隠そうともせずにサングラスの男を詰った。
「悪魔と数学者に言われてしまいました。どうしましょう、殺人鬼さん? 私、形無しです。でも彼私の弱点なんですよねー、困りました。逆らえません」
黒い靄に話し掛けるサングラスの男の姿を、頭がおかしいと思う者は居ない。
「仕方があるまい。アルキメデス氏とマックスウェル。そも君の存在理由さえ、今の時代では勝ち目などないだろうに。虚ろなる我等は、素直に実ある彼の者や、アルキメデス氏、ヒュパイティア氏に従う方が実益を得られるだろう」
靄から漏れ出る声は男の声。或いは女の声。老若男女、全ての声が混じり合った身の毛も弥立つような悍ましさに満ちている邪悪な音。
「聖杯に招かれし我等。捧ぐ願いは違えども、今は同胞なのだ。波風を立てる事をお勧めはしない。……言い方を変えれば、少しは自重しろ、キャスター」
秘するべき真名を敢えて口にした皮肉さえも、或いは黒い靄にとっては本来は実体を持つ事のない悪魔に対する牽制なのかもしれない。
「バーサーカー。アナタ以外は皆キャスターのクラスを与えられております。紛らわしい言い回しは止めて頂きたい」
嘆息を零すアルキメデスと呼ばれた男は、更に苦言を呈そうと口を開こうとした。
が、それを遮るように見開かれた奥で禅を組んでいた男が静かに呟いた。
「蜘蛛が動いた」
穏やかな、全てを包み込む慈悲に溢れた男は、ただ一言。
地球の終わりを告げた。
◇
ルーマニアの草原に降り立った、橙色の明るい髪をサイドテールに結った十代の少女。
白い制服で身を包み、爽やかに戦ぐ風で揺れる自分の髪を抑えながら目を眇めた。
「……久しぶりの平穏なレイシフトに感動する私!」
近頃は碌でもない転移の仕方ばかりで心臓もまともに休まらない中、彼女にとってどれだけ嬉しい事なのだろうか。万感の思いを込めて紡がれた一言に、空中に投影された先に居る眼鏡を掛けた少女が小さく笑った。
『先輩、その御様子では周囲に異変は無いという事でしょうか?』
「ぜんっぜん! もうこのままお昼寝したい気分だよマシュ!」
「戯け。リツカ、貴様この悍ましい気配に気付かんのか?」
少女の脳天に振り下ろされる手刀。
痛い、と蹲って悶絶するリツカと呼ばれた少女―人理継続保障機関フィニス・カルデアに所属する、人理修復を成し遂げた人類最後のマスターだった藤丸立香を見下ろすのは、人のそれとは思えない美しく精悍な顔立ちの偉丈夫。その平行世界を含めた未来を視る眼で聳え立つ城塞を、その更に奥にある山脈を睨み付ける。
「あうあうぁぁぁぁ、賢王様ひどい。って、悍ましい気配?」
「本気で気付いていないのか、マスター? もっきゅ、もっきゅ。辛うじて現行時代と同じ空気だが、いつこれは神代と同等の質になってもおかしくはない。もっきゅもっきゅ」
「オルタ、そのハンバーガーどっから出したの?」
「企業秘密だ」
立香は思わず、並び立つ二人の王が共に視線を向けている城塞へと視線を移した。
古代ウルクの偉大なる賢王ギルガメッシュ。反転したブリテンの最後の王アルトリア・ペンドラゴン・オルタ。
「……あの城塞?」
「うーん、ちょっと違うかなー。どちらかって言うとその奥だよ、マスター。」
「あー、今の状態の俺でもこれヤベェわ。ヤベェって思っちゃうわー」
目を細めて、更に拙いながら眼球に遠視の強化を掛けて立香は城塞を凝視するが、そんな彼女の頭の上にとてもふくよかな果実の如き大きさを持つ母性の塊が乗っかった。
「オリべえってばいつもこんな凶器に埋まってるとか羨ま」
「代わるか?」
食い気味に真剣な声で問い掛けて来た熊のぬいぐるみに視線を泳がせながら辞退する。
「ヤダナー、そんなアルテミスの愛を掻っ攫うなんて私には恐れ多くてとてもとても」
「ダーリン?」
「あ、はい。冗談、冗談だって。あ、ちょっと待って、締め付けると出ちゃう! 中身がっ! 綿が出ちゃう!?」
これが星空に輝く狩人オリオンと、その妻である女神アルテミスだとは誰が思おう。
第三特異点での、彼女を信仰するアタランテの絶望は計り知れまい。広がるアルテミス被害者同盟。最近は複合神性とアマゾネスの女王が加わったのは余談である。
魅力的なたわわの重力と女神の圧力から逃げ出した立香は、これまでの四人の言葉を受けて、流石に今が尋常ではない状態だという事を認識する。
ただ、認識出来たというのはあくまで客観的で、自分には何が拙い状態なのか実感出来ていない。
「落ち着くが良い、マスター(ローマ)よ。静かに目を閉じ、世界(ローマ)を感じ取るのだ。さすれば答え(ローマ)は自ずと掴み取れるであろう」
「……えっと。よし、取り敢えずやってみよう」
「貴様はそれで良いのか。だが、フハハハッ、良い! そして感じ取れ! 余もまた、見えているぞ、この時代に降り立ちしファラオの存在を!」
諭すように立香の肩に手を置いたのは、穏やかな微笑を浮かべる褐色の肌と巨躯を持つローマの神祖。呵々と大笑して胸を逸らして尊大に促すのは偉大なる太陽の神王。
「ほう、太陽の。詰まり、蒼にファラオが居るという事か」
「然り、だ、黄金の。余が同郷の王気を察せられぬ訳があるまい。だが果たして、赤と黒、蒼には余の眼に適う勇者がいるかどうか」
赤と黒の陣営のサーヴァントは、嘗てこのルーマニアで行われた聖杯大戦に参加し、尚且つその記憶を記録として所持している者達に聞き及んでいるので、素性は理解している。
しかし、それがイコールとして太陽王自身の求める正しき英雄の姿であるかどうかは別である。
例として挙げるならばヴラド公である。
カルデアには既に、吸血鬼としての己を受け入れてしまっている狂戦士の器を以って現界をしたヴラド三世と公王ではなく信仰の騎士としての側面が強く出ている槍兵のヴラド三世の二人がいる。彼等は英雄としての側面よりも、反英雄としての側面が強く出ている。
その気質こそ、オジマンディアスにとって好ましいものではあるが、求めている英雄、勇者として相応しいかと言えば否と断じるだろう。
であるならば、公王として在り、民草を守る為に鬼将とまで謳われた者として。吸血鬼としての己を断じて認めない高潔な槍兵のヴラド三世は如何か、という期待が僅かながらあるのだ。
「契約者よ。一先ず我は霊体化をしていよう。斯様に我等ほどの者が集っている所を知られる訳にはいくまい」
「あ、お願いしますね、初代様」
長身巨躯、髑髏の面貌を持つ大盾と大剣を持った威容が蒼白い炎と共に霞に消える。
「おい、マスター。改めて思うが……この戦力で良かったのか?」
「ん。この特異点は何というか、そうまでしなきゃいけない気がしたから。同行出来るギリギリのキャパだよ、クー」
全身を禍々しい黒い棘のような装備で固めた、低く不機嫌そうな声で立香に問うたのは、クー・フーリンオルタ。
女王メイヴが望む、王としてのクー・フーリン。狂戦士のクラスでこそあるが、その双眸には確かな理知的な色が存在していた。
「……んー。悍ましいって言うより、神々しい的な感じがする。こう、ジャンヌやマルタ姐さんみたいな」
「聖人……成程。ああ、そういう事か。であるならば、我と騎士王、ギリシアの夫婦が不愉快を覚えるのも必然か」
「どゆこと、賢王様?」
「知れた事。居るという事だ。聖人。それもとびきりのが、あの奥にな」
首を傾ぐ立香に、既に四個目のハンバーガーを頬張るアルトリアが嗤う。
「神の子か、それに準ずる聖人がいるのだろう。……これは色々と情報集めが必要だな。もきゅもっきゅ。兎も角、まずは私達も私服になって近くの街まで行くべきだ」
「特異点になっている時点で、正しい聖杯大戦じゃなくなってるだろうか……その違いに気を付けないといけないんだね。聖杯の場所はある程度わかっても、そこまで行く道のりが長いっていうのは、こう、珍しいかも」
「それだけで済めば良いがな」
「賢王様?」
悍ましい気配。それは嫌悪する神の気配だけではない。
人理を否定するモノの気配をギルガメッシュは感じ取っていた。他でもない、人の時代を切り開いた者であるからこそ、決して自分達と相容れる事のない存在を知覚出来る。
(水星の先兵だけではなさそうだな。ふん、忌々しい月の姉も何処ぞに居るやもしれんが、月からはそれだけ……ではないだろうな)
嘗て神々と敵対し地球を闊歩した遊星の先兵。
星の外敵たる者が降り立つその理由を考え、賢王は口角を愉快気に釣り上げた。
(あの小娘もまた、王としての自覚が芽生えたという事か)
微かな郷愁を胸に秘め、自分を呼ぶ現在のマスターたる立香の下へと歩み進める賢王。
その未来を見通す千里眼で見たこの世界の未来を語る事は、未だない。
END……?
此処までお読み下さってありがとうございます。
最近のアポアニメ見て、読み返して、これをカオスにしたらどうなるんだろう、と思って一つ書き殴ってみました。
お目汚しですが、内容や、自分の奈須先生の脳内の理解度が足りない所で、少しでも楽しんで戴けたなら何よりでございます。
誰か続き書いてくれませんかね(丸投げ)
以下、簡易的なキャラクターの紹介になります。
赤の陣営
・基本的にマスター、サーヴァントともに変更はなし。
・アタランテに待ち受ける信仰の試練(悲しみ)とアキレウス包囲網が強まっている。
・モーさんは父上が黒くなっていたり、映像越しに水着になって鼻提灯浮かべている自分を見たりとアイデンティティ崩壊の危機が迫る。
黒の陣営
・基本的にマスター、サーヴァントともに変更はなし。
・セイバーの途中退場、心臓譲渡はギルガメッシュのウルクの秘宝によって防がれる。
・ヴラド三世が途中退場すると、後々の戦力現象の幅が大きくなる為、それは回避。
・ジャックは玲霞と共に救済措置。ウルクの大杯で受肉。
但し、一度ジャック(fake)に襲われて大幅な弱体化を余儀なくされる。
・ダーニック、セレニケ、は原作通り退場。
・ロシェとアヴィケブロンの扱いは未定。少なくとも黒を裏切る事はない(出来ない)
蒼の陣営
・イレギュラーな陣営で、赤の陣営に対抗する時計塔の予備勢力。
……という名の、時計塔にとって都合の悪い人間をまとめて死んで貰うために選ばれた生贄。少なくとも、アインツベルン以外は聖杯その物を欲してはいない。
・ロードエルメロイ二世。
亜種聖杯戦争で生き残った経験を持つ時計塔の講師。
時計塔の思惑に気付きながらも、生徒を死なせない為に嫌々ながら参加する。
・遠坂凛。
遠坂家の現当主。逝去した父に代わって、十代ながら母と妹の助けを借りて懸命に没落を防ごうとする魔術的には天才な、しかし人としての正しい倫理観も持つ少女。
・遠坂桜。
本来の歴史であれば間桐かエーデルフェルトへと養子に行くはずであったが、聖杯を奪われた事によって父である時臣は、姉妹の稀有な才能を協力させる道を選んだ結果、虚数魔術の使い手として未熟ながらもやっていっている。
・間桐慎二。
祖父、間桐臓硯が己の魔術回路と刻印、原初の願いの全てを継承させた文字通り最後の間桐にして最後の『マキリ』。
父である鶴夜は既に亡くなっている為、戸籍上は一般人となったフリーライター叔父、雁夜の養子となっている。
魔術的な才能は皆無だが、何故か『extra』世界と同様に天才的なハッキング能力を魔術に転用している。
・フラット・エスカルドス。
愛すべき馬鹿。
・ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。
エルメロイ教室の生徒。遠坂凛の天敵。第三次聖杯戦争に於いてダーニックによって家名を汚された事を理由に参戦を決意。
取り敢えず殴り倒してからジャーマンスープレックスをしようと心に決めている。
・アイリスフィール・フォン・アインツベルン。
アインツベルンの最高傑作。その身に小聖杯を宿す筈であった短命の宿命を超克したユスティーツァの生き写し。完全な完成に十九年の月日を掛けた結果、本来出会うべき魔術師殺しや最愛の娘とは出会わなかった。目下の目的は大聖杯の奪還。第三魔法へと再びいたろうとするアインツベルンの悲願に関しては、それ程乗り気ではない様子。寧ろ、外の世界への興味と好奇心が旺盛。
・蒼のセイバー。
真名をガイウス・ユリウス・カエサル。遠坂凛のサーヴァントとして召喚されたが、直ぐに自身をセイバーで召喚した凛を扱き下ろした。何気にクレオパトラも同じ陣営で召喚された事を喜んでいる。
DEBUではない。
・蒼のアーチャー。
真名を那須与一。アイリスフィールのサーヴァントとして召喚された。極度のブラコンの美少年。どっかの漂流者と物凄く似ている。声とか顔とか性格とか。
・青のランサー。
真名をヘクトール。遠坂桜に召喚された。トロイア戦争の大英雄。アキレウス包囲網その1。普段は飄然としており、真意を測り兼ねる言動も多いが、その根底にある善性と英雄の気質は確かであり、蒼のバーサーカーに比べれば、まだアキレウスに対しても状況次第では共闘も已む無しと柔軟性を持っている。但し嫌い。憎い事に変わりはない為、何かあったらすぐに殺したい。
・蒼のライダー。
真名をハンニバル・バルカ。間桐慎二に召喚をされたカルタゴの雷光と呼ばれる天才的な戦術家で、ローマ帝国すらも畏怖させた大英雄。アルプス越えが有名。主神バアルの加護と己が名である雷から武名にも長け、文字通り文武両道。蒼のセイバーとはローマ的に因縁があるが、余り気にしていない。但しスキピオ、テメェは駄目だ。
・蒼のアサシン。
真名をクレオパトラ。ルヴィアゼリッタに召喚された世界三大美女の一人にして、エジプト最後のファラオ。と、同時にローマ皇帝カエサルの妻。何故自分が暗殺者のクラスで召喚されたのかという疑問は、共に召喚されたカエサルの存在で吹き飛んだ。
・蒼のキャスター。
真名をアレイスター・クロウリー。ロードエルメロイ二世に召喚された『法の書』を記した近代魔術師。神秘学問に浸る者。召喚されて直ぐに聖杯大戦の異常を察知したが、機が来るまでは流れに身を任せていた。英雄としての気質はないが、神秘を探求する者として、人類史の否定はこれまでの神秘と此れから生まれるであろう神秘の拒絶に他ならず、決して許容出来ないという考え。聖杯に託す願いは、魔術師らしく根源へと到る事だが、厳密には根源へと到る為に必要な寿命と環境。
・蒼のバーサーカー。
真名をペンテシレイア。召喚者はフラット・エスカルドス。アマゾネスの女王にして気高き戦士。自らの最期を辱めたアキレウスを誰よりも憎む。ギリシアの男英雄というだけで理性が吹っ飛びそうになるが、まだ我慢出来る。しかしアキレウスを見付けたら令呪を使ったとしても彼女を止める事は出来ない。なお、フラットとの関係は何故か良好。
カルデア
特異点と化したトゥリファスに藤丸立香と共に降り立った七騎の英霊。
そのいずれもが超一級のサーヴァントであるが、同時にこの時代に降り立った瞬間に起きた霊基の修正に気付いたのは直ぐであった。
セイバー、アルトリア・ペンドラゴン・オルタは聖剣の他に聖槍ロンゴミニアド、神剣マルミアドワーズ、楯船プリドウェン、黒馬ラムレイ、猟犬カヴァスがあった。
アーチャーであるアルテミスもまた、本来の霊基の核であるオリオンが本来の姿と全力全霊を出せるスキルが付与されていた。
ランサー、ロムルスに到っては、普段は封じ込めている神性と、国興しの槍の制限が解除されていた。
オジマンディアスはピラミッドの他にスフィンクス、大弓に戦車を持ち、更にダブルクラスというスキルで弓兵適性まで手にした。
初代山の翁は、原初の海に還した冠位の力が戻っていた。
賢王ギルガメッシュは、本来ならキャスタークラスでは持ち得ない乖離剣と終末剣の両方を持ち、更には己の蔵。弓兵とのダブルクラススキルまで手にしていた。
唯一の例外である狂王クー・フーリンオルタは、普段は押さえ込んでいる霊基の解放が緩んでいる事を直ぐに自覚した。
等々、過剰戦力にさらに過剰な宝具やスキルを追加されるという修正を世界側から受けたのである。
逆に言えば、これだけの戦闘能力が必要だと世界が判断をしたという事であり、人理定礎値A++が示す程の危険な状態。
聖杯によって召喚された陣営
・アポクリファ本編で没になった坂田金時、武蔵坊弁慶、ダビデ、ゲオルギウスが参戦。
???陣営
覚者を筆頭とした『聖杯』を所持する勢力。
救世主のサーヴァントである覚者を筆頭に、マックスウェルの悪魔、ジャック・ザ・リッパー、アルキメデス、ヒュパイティアといった学者や実体を持たない存在が召喚されている。
また、捕えられた神の子が召喚された理由については、覚者が大きく関わっている。
???陣営
厳密には陣営と一括りにするべきではない、この聖杯大戦を観測する者達や関わる者。
現時点で判明している者は以下である。
南米の大蜘蛛、黒き吸血姫、宝石翁、千年錠、人類最初の王(アルリム)、人類最後の銃使い(ゴドー)、サンジェルマン伯爵、プレラーティ、神殺しの遊星使者。