版権元:Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ ドライ!!
注意事項:ネタバレ ねつ造
美遊の兄の一日の話。
瞼越しでも日は昇ったかどうかわかるものだ。
意識の覚醒と目を開くのはほとんど同時だった。眠りに片足を突っ込んだ微睡みの中、天井の木目をぼんやりと眺める。
朝、時刻は六時くらいだろうか。少し寝坊したな、と反省しながら体を起こす。
月曜日だ。日課の鍛練をこなしたら、自分と妹のための朝食を拵えなくてはならなかった。
スタタタタ、と小刻みかつ控え目ながらも慌てた足音が廊下から近づいてくる。それを察しつつ味噌汁の味見を続行していると、よしと頷いた辺りで足音の主が障子を開いた。
「お兄ちゃん! 起こしてって言ったのに!」
高く抗議しながら台所まで真っ直ぐに駆け寄ってきた唯一の同居人を振り返る。走った勢いで着ぐるみパジャマのフードが外れたせいか、艶めく黒髪はあちこち跳ねてしまっていた。
「おはよう、美遊」
「う……。おはよう、ございます」
元気なことはいいことだ。笑って朝の挨拶を贈ると、おはようもなく怒鳴り込んできた我が身を省みたのか、美遊は気まずそうに頬を染めてもじもじと目を反らしてしまった。
が、ややもすると抗議に燃える初心を思い出し、キッと顔を上げて味噌汁の火を止める俺に視線を戻す。
「今日は私が作るって言ったのに……」
完成した味噌汁やお浸しや良い匂いを立てる塩鮭の数々を恨めしそうに見つめている。怒っていると言うより悲しんでいると言うべき態度に俺の方も慌てた。
「忘れてないさ。ただ朝飯は昨日俺が下拵えしてたから、そのまま作っちまった方がやり易いだろ? 代わりに弁当にはまだ手をつけれてないから、手伝ってもらえるとありがたい」
言いながらもサイズ違いでお揃いの茶碗を取り出して炊きたての米をよそう。
弁当作りが残っていると知ってやや溜飲を下げたらしい美遊が手伝おうと手を伸ばしてきてくれたが、それはやんわりと制した。
「まずは冷める前に飯にしよう。……ただ、美遊はその前に、手と顔を洗って着替えてきた方がいいな」
起き抜け早々食卓の匂いを感じ取り飛び起きてきてくれたのだろう。
着ぐるみパジャマも気に入ってはいるようだが、美遊はきちんと寝間着として使い分けているらしく、その格好で食事をするのは見たことがない。
「あ――」
ハッと自分の格好を見下ろした美遊が何事か言おうと口を開閉させている。しかし何も言えないまま見る間に頬が染まっていくのを見て、フォローのつもりで「美遊は和服も綺麗で似合うけど、その服も可愛らしいからな。たまにはそのままでいるのも悪くないと思うぞ」と声をかけた。
が、今度こそ美遊の顔や首もとまで真っ赤に染まり、それを隠すように素早くフードを被ってしまった。身長差のせいですっかり見えなくなったフードの向こうから、
「き、着替えてくる……っ!」
消え入りそうな声でそう言うと、脱兎の勢いで居間を出ていってしまった。
そんなに慌てなくても、と言ってやりたかったが美遊の足はとても早い。とっくに見えなくなっていた。
「……うーん」
ポリポリと頬を掻いて、一先ず食事の準備を再開させる。
――女の子の扱いは難しい。どうにも、切嗣のようにはいかないものだ。
食べ終わった食器は流しに置いて、そのまま弁当のおかず作りに取りかかる。
美遊は非常に覚えが良い。なんであれ俺が先に手本としてやってみせると、もう一人分をやや拙いながらもきちんと手順通り作り上げていく。
とはいえ玉子焼きは事前に「弁当に玉子を入れるならしっかり火を通さなきゃダメだ」と説明したためか、全体的に焼きすぎてしまい肩を落としていた。
「そう落ち込むことじゃないさ。玉子焼きをスクランブルエッグにしないだけ大したもんだ」
頭をぽんぽんと撫でて励ます。慰めとかじゃなく本心だ。
致命的に不器用だった切嗣と美遊では比べるのも失礼なくらいだが、俺にしたって最初はもっと酷いもんだった。切り分けた端切れを一切れ味見するが、焦げてもいないし全く問題ないレベルだ。
「でも、お兄ちゃんのは綺麗な黄色をしてるのに……。どうして? 布巾で冷ます時間も火加減も焼き時間も全く同じだったはず」
納得いかなそうにぶつぶつと呟く妹に苦笑して、乗せたままの手でグリグリと痛くない程度に頭を揺らした。
「わっ、ちょっ――!」
「そんなすぐ追い付かれたら俺の面目が立たないだろ。ほら、手を休めない。崩れないように詰めるまでが大事なんだから」
揺らされる美遊が本格的に怒る前に手を離して続きを促す。根本的に素直な美遊は、急かされるとさっきまでの不満も忘れてすぐに目の前の作業に集中し始めた。
「今日は何時に帰ってくる?」
見送りに来ていた美遊が問う。なぜか俺の荷物を持ちたがる彼女から荷物を受け取りながら答えた。
「いつも通りだ。部活が終わってから帰るよ」
「わかった。夕ご飯作って待ってるね」
「うん、楽しみにしてる」
玄関戸に手をかけながらも振り返る。
「いってらっしゃい、お兄ちゃん」
嬉しそうに笑う。それが辛くて目を細めた。
毎日出かける俺と外に出ることを許されない自分の身を、比べてみたことがないんだろう。美遊の生活は、すべてこの家だけで完結していて、それを恨むこともない。
「……ああ、いってきます」
もう少しなんだ、と思う。その『もう少し』は俺の勇気が足りないがための誤魔化しだと、心のどこかで気づいていながら。
「……天変地異の前触れか」
斜め向かいにいつものとおり腰掛けたジュリアンが、不意に妙なことを言い出した。口の中の昼飯を飲み込んでから答える。
「なんだよ、急に」
「お前のその玉子焼き、形が崩れているだろう」
「ん? ああ、そうだな」
言われてはたりと手元に視線を落とす。美遊が作った玉子焼きは最後にとっておこうと思ってまだ手つかずで残っている。
「姑じみたお前がそんなミスをするとは、何かの前触れかと思ってな」
「ああ、それで天変地異。……って、そこまで珍しくないだろ」
美遊は気落ちしていたが本当によくできているのだ。というか俺だって、別にそんな弁当の玉子焼き一つに渡るまで整えてなきゃいけないと思うような性分じゃないつもりだ。
「――これはさ、妹が作ったやつなんだ。ほら、前に話したろ?」
こういう細かいところに気づくあたりが生徒会長なんだなあと感嘆しつつ、家に残したたった一人の妹を思い返して言葉を継いだ。
「妹、か。おまえが兄だとは前まで知らなかったがな。なぜ最近になってそいつの話をするようになった?」
「こんなご時世だし、いろいろあってさ。でも、過ごした時間の長さとかに関係なく、本当に大切に思っている。大事な妹だ」
「……チッ、そのニヤケ面をやめろ。気色悪い」
「はいはい悪かったって」
俺の反対側の壁の方を向いてこちらには目もくれない。その相変わらずな態度がおかしくて喉を鳴らした。
「あ、お前の方の弁当はちゃんと俺の作ったやつだから安心しろよ」
「………………返す」
「うん?」
「急に食欲が失せた」
「なんでさ!」
「こんにちは、先輩!」
弓道場に入るや否や、嬉しそうな後輩の声が出迎えてくれた。胸当てをつけない袴をたすき掛けで留めて、ムンと力こぶを作る動作でやる気をアピールしている。
「今日は弓道場のお掃除ですね! 私ばっちり準備してきました。これが先輩の軍手で、あと雑巾と、ハタキと――」
「わかったわかった、とりあえず着替えてくるから」
二人だけの弓道部だ。掃除や手入れなんかも定期的にしっかり時間をとらないと、立派な弓道場の整備はままならないのである。
自分も着替えてたすきをかけながら戻る。桜が先にバケツに水を汲んで準備してくれていたのを、手伝おうと慌てて駆けた。
「お疲れ様でした。先輩、一射だけしてくれませんか?」
片づけまで終えて一息ついていると、そう言った桜が俺の弓を持ってきた。
「今からか? 別にいいけど、もう暗くて危ないから時間がないぞ」
「はい、ですから一射だけ。後片づけも私がやりますから」
「馬鹿言え、それは俺がやる。――それじゃあ、一射だけな」
桜は自分では射る気はないようで後ろに控えている。前にも聞いた通り、俺の射形が好きなんだろう。少し気恥ずかしいものがあるが、見られて乱れるような無様は晒せない。
息を吐いた。いつものように射場に立つ。射法八節、その原点に立ち戻る。
俺自身を弓とする。否、弓のためにこそ俺が在る。
構え、引き絞り、揺らぐ心を整えて一本の柱が己に備わるときを待ち、放つ。
――射はどこか、神託を授かる無垢な刹那にも似ている。
「的中、ですね。息を呑むようなすばらしい納まりでした」
残心を解くのを待って、たった一人から、しかし溢れんばかりの拍手が送られた。
「よしてくれ、そんな大したものじゃないさ」
「いいえ、先輩は本当にすごいです。私だけが独占してるのがもったいないくらいに」
両手を握って力説される。桜は少し俺を持ち上げすぎるきらいがあるが、真剣に言ってくれているのはよくわかるのであまり否定もできない。
仕方がないので誤魔化しも兼ねて矢を回収しに向かうが、結局桜も着いてくるのでしばらく褒め殺しにあった。
いつもの交差点に差し掛かると、自然に二人して足を止めた。
「それじゃあ、そろそろ」
「……はい、ここでお別れですね」
名残惜しそうな桜だが、笑顔で手を振ってくれる。
「今日もありがとうございました、先輩。また明日」
夕日が射すと、彼女の髪は暖かさが強調された穏やかな色彩を放つ。
かわいい後輩であるが、美しい女性であるのだとこういうときに気づかされる。
「ああ、また明日」
使い古された挨拶に万感の思いを込めて言うと、桜は自分の名と同じく花のように綻んだ。
夜道を歩く。
隣の人がいないだけで、この街はこんなにも寒かったのだと思い知る。
鞄がいつもより重いのは、本を借りて来たからだ。美遊のための習慣のおかげで、俺はすっかり本好きの勉強熱心な生徒だと思われていた。
知識量でいったら美遊に抜かされかねないので気が抜けない。借りた本には一応、俺もすべて目を通すようにしている。
今日は、美遊が気にしていた天体についての専門書だ。喜んでくれるといいが。
「――――星か」
少しだけ足を止める。
人口減少に伴い明かりも減ったこの街では、星空は目を見張るほどの明るさを誇る。
「冬木は、空が近いな」
冷えた空気は美しさをはらんでいる。
車通りも少ないのをいいことに、二つの星が流れるのを認めるまでの間をそこで過ごした。
少し遅くなってしまった。
といっても三十分ほどのずれなのだが、料理を作って待ってくれている妹がいる中では感心できない遅れだろう。
玄関戸を開けると、門扉の開閉の音を聞き咎めたのかすでに美遊が廊下で待っていた。三和土が低い分、いつもより身長差が縮まって美遊の表情も近く見える。
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
言葉には、無限の親愛がこもっている。
それくらいは、俺にでもわかる。
「――ただいま、美遊」
返せるものなんて何もなかったが、せめて俺の持つ今の心がすべて届けばいいと思った。
美遊はいつものように嬉しそうにはにかむと、今日も今日とて懲りずに俺の鞄を受け取ろうと手を伸べた。
劇場版プリヤをよろしくお願いします。