梗が放った拳により、ふたりの戦いの火蓋は切られた。梗の右拳で赤く腫れた左の頬を撫でながらバベットも少しずつ臨戦態勢に入っていた。
「そんな、怖い顔しないでよ・・・。」
「・・・・・・。」
普段の優しさからは想像できない厳しい形相と眼光で梗はバベットを睨んでいた。それはまるで獲物を追う一匹の狩人のように。
先に仕掛けたのはやはり梗だった。勢いよく地面を蹴ると猛スピードでバベットを間合いに捉え、先とは違い右拳を今度は振り被る。
「あら、思ったより速いのね。」
一瞬で目の前に現れた梗に対してもバベットは冷静だった。バベットは梗の動きについてきていた、梗が拳を振り抜く前に少し後ろに下がり梗の間合いから出る。
「!?。」
梗は間合いから外れたバベットに攻撃が当たらないと気付くが一度振り被った右拳の動きを止める事はできず、全力で振り抜いた拳は彼女にはかすりもせず大きな空振りとなった。体勢も崩れ、梗はバベットに背中を見せる形になった。
「あらあら、大きな空振り・・・。ッ!。」
攻撃をかわしたと思ったバベットの頭上に遠心力の乗った裏拳が叩きおとされる。梗は空振りによって生じた縦回転の勢いを利用しその勢いのまま左拳で縦回転の裏拳をバベットの頭めがけておとしたのだ。
バベットは頭上で腕を交差させ、裏拳を受けるが、裏拳の衝撃は彼女の全身を縦に駆け抜け彼女を中心に衝撃が波紋のように広がる。
そして、今度はさっき以上に溜めの効いた右の拳がバベットの顔面へ向け突き出される。しかし。
「残念~惜しかったわね。」
右の拳がバベットの額を突き抜ける。・・・・・・だが、彼女の顔は完璧に原形をとどめている。
【すり抜ける程度の能力】
梗の拳にバベットの顔面をとらえた感触は伝わらなかった。確かに梗の拳は彼女の顔を突き抜けてはいるが、それはまるで水面に映った顔に腕を突っ込んだ時のように彼女の顔をただ拳がすり抜けているだけだった。
「あの時の能力か。」
「ええ、指先だけに使える能力だと思ってた?。だとしたら誤算ね、この能力はこういう風に防御にも使えるの便利でしょ?。まあ、一度にふたつ以上の物をすり抜けられないってとこに融通は利いてないけど・・・。」
そう言いながら彼女は梗の前にスペルカードを構えていた。
<盗符:ブラックパール>
そう唱えると真珠ほどの大きさの漆黒の弾幕が無数に梗めがけて放たれる。梗はバック宙で後方に距離を取る。しかし、無数の黒い弾幕は梗に迫ってきていた。
梗は一度その弾幕を避ける構えを取るが、何を考えたか踏みとどまると一枚の札を取り出す。それは梗のスペルカードだった。
梗はスペルカードを離す。すると札は教科書通りに万有引力の法則に従いヒラヒラと落ちていく。黒真珠のような弾幕が群れを成して迫る中、札が地につくと同時に梗はスペルを唱えた。
<夢符:桔梗色の旋風>
突如、札から巨大な竜巻が現れる。竜巻はゴォォォという轟音をたてながら弾幕を迎え撃つ。すると無数の黒真珠は桔梗色の竜巻の表面に接するだけでシャボン玉のように割れた。それに相反して砲弾が直撃したような音を立てて弾幕は消えていった。
全ての弾幕を弾き割ると桔梗色の竜巻はフッっと消え、両者がお互いの姿を確認することができた。
お互いの表情に変化はなしといった様子・・・。ふたりの間に戦いの場にのみ流れる独特の空気が漂い始めていた。
「スペルカードも打てるのね、あなた。」
「まあな、だが生憎、今日の俺は弾幕ごっこが出来るほど優しくはねえぞ。」
「わかってる、私だってあなたと弾幕ごっこをする気なんてさらさらない。スペルは戦術の一つにすぎない。私達がしてるのは・・・。」
「「ただの殺し合いだから。」」
「そういうわけだから・・・よろしくねっ!。」
そう言って動いたのは今度はバベットの方だった。右手には拳大の弾幕を握っていた。
<夢符:弐重結界>
梗がそう唱えながら右腕を振り下ろすと梗を包み込むようにドーム状のシャボン液色の結界が現れる。
「弐重の結界・・・なら!。」
そう言うとバベットはもう片方の手から結界めがけて弾幕を放つ。結界に当たった弾幕は大きな音と黒煙を上げる。結界には傷が付いていないように見えたがひとつめの結界が確かに破壊されていた。
「これならっ!。」
そういってバベットは結界をすり抜け梗に溜めていた弾幕を放つ。結界を全て割らなかったのは梗の避ける範囲を絞るため、そして、確実にとらえるためバベットは爆発する弾幕を放った。
結界の中は煙に包まれ、バベットは中の様子を探ることができない。そして、ようやく見えてきた光景は彼女の予想していたものとは違っていた。
「煙い弾撃ってくれてんじゃねえよ。」
梗は無傷だった。梗の左手はバベットの右手を指を交差させるように握っておりその間で弾幕を潰したようだった。それが証拠にふたりの手の平は黒く焦げていた。
「さて、これでお前は逃げられないわけだ・・・。」
バベットはすでに結界をすり抜けているため、梗に握られている右手をすり抜けられない。振りほどこうにも梗がしっかり握っていてほどけそうにない。
「さっき、お互いに言ったよな・・・これはただの殺し合いだって。」
そういって梗が空いていた右手を上げる、その上に乗っている物を視界にとらえたバベットの額に初めて汗が見られた。
梗が右手に持っていた鋭い槍の形をした2mを超える弾だった。太さは直径10cmほどの巨大な槍、それを梗はこの至近距離でバベットめがけて振り被った。
「結界ごとお前の心の臓を貫いてやるよ!!。」
放たれた槍の弾幕の弾は結界を突き破りそのままバベットの心臓の位置を的確についた。そして貫かれた際に割れた結界の破片がガラスのように数枚、彼女の体に突き刺さった。
槍に突かれた勢いのまま、バベットは後方に飛ばされ殴り飛ばされたときのように岩壁に叩きつけられる。
それでも、バベットは膝をつかなかった。服についた砂埃をはらい口から垂れていた自分の血を舌で舐めると表情は不気味な笑みとなっていた。
「やっぱり、あなたは強いわ。私、殺し合いなんて建前のつもりで言ったんだけど、案の定、手加減して勝てる相手じゃなかった。」
「・・・・・・。」
「私も、もうひとつの能力を使わないといけないみたいね・・・。」
【何かを奪う程度の能力】
「第二の能力のお出ましか。」
「本当はこっちが私の能力、形あるものを奪う能力。まあ、力や心みたいに形の無い物は奪えないけどね。」
「能力にも形は無いはずだが・・・?。」
「それはそれ、これはこれ。それにしても惜しいわ・・・。」
「・・・?。」
「正直、あなたには興味があったの、あなたの生い立ちや中身も気になる、でもあなたは強いから私を本気にしてしまう。」
「何が言いたい?。」
「あなたを殺してしまいたくない。」
「大した自身だ。やってみろ。」
「いいの?、本当に。」
「できるもんならな。」
「なら・・・遠慮なく・・・ね?。」
そう言ってバベットを大きく両腕を前にふった。しかし、梗との距離は数メートル離れていて一瞬、何をしたのかわからなかった。そして、これといった変化を見られなかった。・・・・・・が。
「!?。」
梗の表情が険しくなる。はたから見れば理解不能の出来事を理解しているのはふたりだけだった。
(こいつ・・・酸素を・・・。)
「苦しんでるみたいね、そう、あなたのまわりから酸素を奪った。正確には空気ね精々、もがき苦しんでね。」
バベットが勝ち誇った様子をしているなか、梗が謎の動きをとった。それは、なにかをジェスチャーで伝えようとしているようだ。
「あれは・・・手話かしら?。なになに・・・?。『空気を、奪ったの、は、失敗じゃないか?。』・・・え?。」
バベットが疑問の表情を示したした瞬間、梗が動く。右拳をバベットの腹めがけて繰り出す。その速さはさきほどのそれとは比べ物にならない速さだ。
「これはっ・・・気圧!?。」
梗の速度が上がっている原因を空気を奪った事にあった。それにより空気抵抗がなくなり、通常時以上の速度が出ていたのだ。
避けられないとふんだバベットはすり抜けの能力で回避しようと思うが。
「がはぁっ!。」
梗の拳はバベットの体をすり抜けず、彼女の腹部をとらえていた。
「こいつ・・・妖気ね・・・。」
梗の拳・・・いや、全身には妖気の膜が貼られていた。先までただ出していただけの妖気を身にまとい、ふたつ以上のものをすり抜けられないバベットの能力の弱点を的確についていた。
梗の攻撃はとまらない。あらゆる角度から、突き、蹴りがくりだされ、バベットをとらえる。たまらずバベットは梗のまわりから奪った空気を元に戻す。
それにより、速度の落ちた攻撃をバベットはかわし、後方に距離をとった。梗はもどった空気を一気に吸い込む。数十秒とはいえ、一息で猛ラッシュをかけたため梗の息は軽くあがっていた。
「相手に、少しでも武の心得があったら、今ので詰むところだったぜ・・・。」
「ことごとく、私の予想を超えてくれるわね。」
「そりゃどうも、だが、厄介な能力だぜ。触られたらほぼ終わりだ。」
奪うだけの能力なら、さわられるだけでもリスクは多少なり少なくなる。しかし、彼女にはもうひとつ、すり抜けの能力があった。その能力と併用すれば肌をすり抜けて心臓を奪い取る事も可能だ。
「さて、次は何を奪ってさしあげようかしら・・・?。」
そう言いながらゆっくりとバベットは梗に近づいてきていた。
「何か・・・策は・・・。」
「そんなもの無いわ!。」
バベットが間合いをつめる。そして右腕を思いっきり振り抜く。それを梗は回避しとっさに反撃にでる。
梗の左回し蹴りがバベットの首元に放たれる。しかし、蹴りの軌道のさきにはバベットの左手があった。
ドゴォォ!
左足はバベットのひだり手に止められる事はなく彼女の右わき腹をとらえていた。
<幻武:雷電>
梗の蹴りは空中で軌道を変えていた。
「雷電・・・派生!。」
<幻武:紫電>
雷電から連続して技が繰り出される。雷電でバベットのわき腹をとらえた左足に体重をかけそここを軸に体ごと右足も跳ね上がる。その右足の蹴りがバベットの顔を振り抜く。
その勢いでバベットの体が浮き、蹴りの反動で梗の体も宙に浮く形になった。しかし、それが同時に相手に隙を見せることになった。
「!。こいつ!。」
この形はバベットの狙っていたものだった。彼女は紙一重で梗の蹴りをかわし梗の足に狙いを定めていたそして彼女はその足めがけて右腕を思い切り振り抜いた。
何かが起こったはずだが、音はなかった。
しかし、何かが確実に起こっていた。
「なん・・・だと・・・!?。」
梗は地面に着地すると同時にバランスを崩し、尻もちをついた。そして・・・。
梗の左膝からしたが不気味な形に曲がっていた。それはまるで、軟体動物の足のようにグニャっと。
「腓骨(ひこつ)と脛骨(けいこつ)を抜き取りやがった。」
「その通り。」
~腓骨・脛骨~
それは四足動物の後ろ脚、人間のように二足歩行をする動物の足、その膝から足首までを支える骨だ。それをバベットはすり抜けの能力を使い梗の体をすり抜け、さらに剥奪の能力で全く力用いず梗の体からふたつの骨を抜き取っていた。
そして、彼女の手には梗から抜き取った腓骨と脛骨が握られていた。
「なかなか、楽しめたわ、ありがとう。」
「そして・・・さようなら。」
梗の目の前でバベットがスペルを唱える。
<盗符:ゴールデン・トライアングル>
金色の三角形をした弾幕が梗に放たれ、梗をとらえる。
あたりに、梗の叫びがこだまする。
「終わったわね。」
梗の体から妖力が感じられなくなる。
「だれが、終わったって?。」
「!?。」
バベットの背後から妖力の反応。振り向くと空中からバベットを狙う梗の姿が見られた。
『精神転移』
梗は被弾する瞬間、あらかじめ作っておいた分身に精神を転移させていた。
「しまった!。」
避けられない、バベットの表情に焦りがみえる。
「・・・詰みだ。」
[ドゴォォォォォォ]
「!?。ガハァッ!。」
口から血を吐いたのは梗だった。
「ここまで、楽しめたのは初めてかもね・・・。」
【空間を撃つ程度の能力】
読んで下さりありがとうございました!。はい、第五刻で終わりませんでしたね~ww。
まあ、当初からそのつもりだったので問題ありません。毎回第五刻で終わらせて、「あ、五刻だから敵倒されるね~。」
と思われるのもあれですからね~。
というわけで第六刻と楽しみにしてくれるとありがたいです!。