それは何の前触れなく訪れた。精神転移によって梗はバベットを確実にとらえられる状況をつくった。そして梗が、攻撃をしようとしたまさにその時だった。突如、梗の左の脇腹辺りに激痛が走った衝撃の範囲はサッカーボール程だろうか、その部分が5cmは凹む破壊力は梗のあばらを砕き、血を吐かせた。力を失った梗はそのまま地面に叩きつけられた。
「これが私の第三の能力、【空間を撃つ程度の能力】。まさかこの能力まで使うことになるなんて想像以上ね。」
バベットは自分に三つ目の能力まで使わせた梗の実力を認めながらも勝ち誇った様子だった。地面に仰向けに倒れた梗の表情は髪の毛の影で見る事が出来ない。口元には吐きだした血が付いていて攻撃を受けた左脇腹部分の服にも体から出た血が滲んでいた。
「あの子を助けようと奮闘したみたいだけど、ここまでね。残念ながらあなたの力じゃ彼女を守るには力不足だったのよ・・・。」
梗が負ければ焔の病を止める者はいなくなり、やがて病の魔の手は焔の命にまで届くのだろう。
「俺しかいねえんだよ・・・。」
声を発したのは梗だった。空間攻撃によるダメージで息はあらくその声を絞り出しただけで咳き込み、吐血した。
「まだ・・・闘るなんて言わないでしょうね。」
「おめえに俺の選択を妨げる権限なんて、ないんだよ。」
そういって梗は体を起こす。精神転移を使ったため、一度、梗の体力はほぼ全快したはず。それでもバベットの空間攻撃は一撃で梗にこれほどのダメージをあたえていた。
「空間を撃つ程度の能力・・・かなり本質を要約した説明じゃねえか。」
「?。」
梗が突然、淡々と話し始める。
「お前のその能力は座標式で空間に地雷のようなものを仕掛ける。その地雷は相手が触れるだけでは起動しない。操縦者のお前が自分の意志で起爆させる。そのため多くを仕掛ける事は出来ない出来て1、2個がいいところだろう。起爆した地雷のイメージとしては圧縮されていた空間が一気に爆発するようなもの。まあ、俺流に要約すると『火を吹かない空気地雷』ってところか。」
「で、それがどうしたの?。」
バベットの聞き返しはごもっともなものだった。能力の詳細なんて彼女自身が一番理解している。梗が攻撃を受けたのはたった一度、その解釈が当たっている保証はない。仮に当たっていてもこれといったメリットが発生するようには思えない、いわば無駄な会話だった。
「この第三の能力を攻略すれば俺はお前に勝てるってことだよ。」
「あら、私が第四の能力をもっている可能性だって・・・。」
「それは無い。」
言いきる前に梗が断言した。一体、この自身はどこから湧いてくるのだろうか。
[フッ・・・]
バベットが右手を前方にかざす。すると次の瞬間、梗がいるところの大気が揺れ、鈍い衝撃音がした。空間攻撃だ。今度の攻撃は梗の右肩を捉えた。
「ぐっ・・・。」
梗の表情が苦痛で歪む、おそらくあばらに続き、右肩も砕けただろう。衝撃で右足が一歩後退するが、踏みとどまり、そこから梗が攻撃を仕掛ける。
それでも、肩とあばらへのダメージへの影響か、スピードが格段に落ちている。
「そんなものなの?。やっぱり限界なんじゃないの~?。」
梗の攻撃がことごとくバベットにかわされる。渾身の左の蹴りもバベットに受け止められる。
「無駄な抵抗はしないのが身のためよ。」
そういってバベットの梗の左足を掴んでいた右手が梗の皮膚をすり抜け、また腓骨(ひこつ)、脛骨(けいこつ)を奪い取る。
「~~~ッ。」
激痛で梗の攻撃の流れが止まるそしてそこに空間攻撃が叩き込まれる。
「ガハッ・・・。」
胸に攻撃を喰らった梗が後方に吹き飛ぶ。服は汚れ、体中痣だらけといった状況だ。それでも梗は立ち上がる。
「頭が悪いのかしら・・・それともこの状況でおかしくなったのかしら・・・?。」
バベットの呆れたような馬鹿にした言葉が梗に突きつけられる。梗は肩を揺らし荒い息で呼吸し、顔には血がつたい、ポタッ・・・ポタ・・・と垂れていた。
「まだ、俺は闘えるぜ・・・?。」
強気な言葉だが、この状況でその言葉は力を持たない。バベットがゆっくりと梗に歩み寄る。
「黙って倒れればいいものを・・・これ以上シラケさせないで頂戴。」
そう言って振りかざしたバベットの手が今度は梗の左の太ももを捉える。
再び、梗の体に激痛が走るが、そこから梗は反撃に出た。左手一本で体を浮かせるとまだ骨の残っている右足で逆立ち蹴りをバベットのみぞおち部分に叩き込む。
<幻武:龍起(リュウキ)>
「カハッ。」
バベットは息を吐き出したが、今の梗の蹴りでは彼女を弾き飛ばすことはできない。彼女の右手が梗の右足からも骨を奪う。そして容赦のない空間攻撃が顔と腹にふたつ同時に叩き込まれる。
梗はその衝撃に踏ん張る事も出来ず吹き飛ばされる。今やほぼ下半身が使い物にならなくなった梗はうつ伏せで腕立てのような体勢をとった。
「どうした・・・?。確かにいい破壊力だがまだ俺を殺すには火力不足だな。もっと近づいて自慢のスペルを叩き込んでみろよ。」
明らかな挑発。ここにきて梗の策は単純になってきていた。
「そんな下らない挑発には乗らない。悪いけどこれでチェックメイトよ。」
そういってバベットが指差した上空には赤い稲妻を帯びた直径2~3メートルの黒い妖気弾があった。
「<怪盗符:just・5・minutes>嘆きと苦痛の連鎖を味わって死になさい・・・・!!。」
バベットが突き上げていた指を梗に向けると妖気弾は梗の頭上に落下してきた。
避けられない、今の梗ではこの妖気弾を避ける事が出来ない。バベットはそう確信していた。
「・・・。」
突然、梗が異様な構えをとる膝立ちで両手を上に挙げ、ひじを曲げ、手のひらを外に見せる構えだった。
その表情は不敵だった。しかし、その梗の上に妖気弾が落とされる。その威力が周囲に直径数メートルのクレーターをつくり勢いよく黒い煙を巻き上げていた。
「最後の抵抗は・・・いえ、あれは抵抗じゃない、ただ単に変な構えを取っただけ。意味なんてないのよ。」
そう呟き、バベットは後ろを振り向き帰ろうとした時だった。
煙を切り裂き上空に梗の姿が現れた。
「!?。」
バベットがあわてて振り向き、確認する。間違いない、八雲梗だ。一体どうやってjust・5・minutesを抜け出した?下半身不随で一体・・・?。
「落ちつけ、空中の相手に自由はない。落ちついて、空間攻撃を叩き込めば・・・。」
バベットは両手の親指と人さし指で四角形をつくり梗との距離を測る。
「そこよっ!。」
梗の空中での起動上に仕掛け、一気に作動させる。
[キィィィン]
聞こえたのは金属音のようなものだった。空間が破裂する瞬間、梗はその空間を両手で叩きつけた。その勢いで再び梗の体は跳ね上がり上昇する。
体を回転させながら。再び空中にアーチを描く。
「今度こそ・・・。」
そう言って再び作ったバベットのレンズに映ったのは・・・。
両手を横に広げ、体を反らし、真っ赤な西日を全身に受ける梗の姿だった。
「・・・・・・。」
バベットの動きが止まる、それを確認した梗が急降下し、彼女に攻撃を叩き込む。
<幻武:飛燕枝垂桜(ヒエンシダレザクラ)>
落下の勢いを加えた梗の手刀が「X」の形にバベットの体を切り裂いた・・・。
「!?。」
我に返った、バベットの体に少し遅れて攻撃の痛みが走る。
切り口から血が噴き出すほどの激痛にも関わらず何故か彼女の表情は緩やかだった。
そして、「フッ」っと笑うと口から血を噴き出して意識を失った・・・・・・。
○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ●
バベットが目を覚ますとあたりは夕日が山に隠れ始め徐々に暗くなってきていた。
彼女が頭の辺りに違和感を感じその辺りを確認すると彼女の頭は誰かの膝の上にあった。そして彼女が上を見るとそこには何故か梗の顔があった・・・。
「これは夢?。おかしいわね、私はあなたに殺されたはずなんだけど・・・。」
「残念ながら、お前は生きてるよ。ほら、目が覚めたんならさっさと起き上がりな。」
そう言われ、バベットが体を起こし自分の体を見ると、切り裂かれた傷口は治療されていた。
「優しいのね。」
「あまいだけだよ。別に殺す事もないと思っただけだ。焔の病気が治れば俺はそれでいいんだから。」
バベットが起き上がったのを確認し、梗も立ち上がった。両足でしっかりと大地を踏みしめている辺り、奪われた骨も戻っている様子だった。
「待って・・・。」
帰ろうとした。梗をバベットの声が引き留める。
「何であのとき・・・私が攻撃をやめると思ったの・・・?。あんなリスクまみれの攻撃、あなたが何も考えないでするとは思えないんだけど。」
「・・・・・・。」
「ねえ、答えて。」
「自信があった。ただ、それだけだ。」
「へえ、自信ね、怪盗である私から<心を奪う>自信とは、大それたものね。」
「お前に過剰な美意識があるのは分かってた。だから、あの技を選んだんだよ。」
「枝垂れ桜のこと?。それにも理由があるの?。」
バベットが聞くと、梗は少し、黙ったが、やがて口を開いた。
「枝垂れ桜の花言葉は『優美』。だから、お前を虜にする自信があったんだよ。」
「あら、そうだったの?。その花の言葉ってそんなのだったかしら。」
「・・・とにかく、そういうことだ。」
そういって、梗が再び歩み始める。
「待って!。まだ聞きたい事は残ってるわ・・・。」
バベットの声がまた、梗の足を止める。梗がなんだよと聞くと彼女はまた質問した。
「あの状況で、あなたには他にもリスクがあった。空間地雷がもうひとつ仕掛けられる可能性、第四の能力の可能性。それは私の心を奪うこととは別問題のはずよ?。」
「お前にその両方がないのも知ってたよ。」
「え?。」
バベットが今日一番の驚きの表情を見せると梗は続けた。
「心臓のリズムだよ、狐は耳もいいんだ。精神転移で攻撃を仕掛けられた時のお前の動揺から焦った時の心拍リズムは分かっていた。そして、能力を俺が推理した時も同じリズム。質問が的を射ていた証拠だ。」
「第四の能力のリスクは?。」
「お前の話に割り込むように話したから心拍リズムは驚いた時のものだったが、額から出る汗の匂いが妖怪が焦った時に出す汗の匂いだったから無いと確信した。」
「全て、お見通しだったって、訳ね・・・。な~んだ、折角、幻影の九尾さんに勝てると思ったんだけどな~。しっかり尾行して研究したのに。」
バベットは戦闘前のいつもの暢気な性格を取り戻していた。
「本当だぜ、毎日、毎日、尾行される身にもなってみろよ。」
「あら、いくらなんでも毎日はしてないわよ・・・?。」
「え・・・?。」
場は沈黙した。バベットは何気なく返答したはずだが、その回答に梗は焦った。確かに毎日、物陰から自分への目線を感じていたからだ。
(一体・・・だれが・・・。)
考えても心当たりはなかったので、梗は本題を切りだすことにした。
「まあ、今なら警告よりお願いで通ると思うんだが、これから焔には変な真似はしないでもらいたい。別に焔に関わるなといってる訳じゃない。そういうことだ。」
「・・・。」
バベットはしばらく考えている様子だったが、その回答は意外と速かった。
「まあ、どうかされちゃったしね、もう恨みなんてものはないからね、あの子には手出しはしないわ。それにしても本当に優しい九尾さんね。」
「だから、あまいだけだよ。心拍リズムからも嘘はついてないみたいだし。たのんだぞ。」
「お~い、梗~!。」
遠くから、梗を呼ぶ声が聞こえた。焔だ。梗はバベットとわかれ、焔のもとへ向かう。
「どうしたんだ梗!?。傷だらけじゃないか!。」
梗の体を見て焔が驚く。バベットの治療を優先していたため、梗の体はまだ傷だらけだった。
「大丈夫、こんなん一晩寝ればすぐだよ、それより、お前は大丈夫なのか?。」
「うん、もう平気だ!。早く帰ろう、焔、お腹すいた~!。」
「じゃあ、帰るか。」
焔と一緒に帰る梗だが、少し足を引きずるような形で歩いていた。それを見ながらバベットは思った。
「やせ我慢してるじゃない。あの傷はあなたでも数日はかかるわ。あの子のために頑張りすぎよ・・・・・・あ、思い出したわ、枝垂れ桜のもうひとつの花言葉は・・・。」
「『ごまかし』よ♪。」
ふたりを見送るバベットの顔もなぜが爽やかな笑顔だった・・・。
【第弐章:動き出す闇の影】 (完)
[コンコン]
「いいわよ。」
「失礼します。」
そういって部屋に入ってきたのは、大柄な青年だった。白髪で動物の耳がはえている辺り妖獣なのだろう。彼が話しかけていたのは修道服を着た女性だった。髪は金髪で何を考えているのか読めない不気味な表情をしていた。
その部屋・・・というよりは空間だろうか、薄暗い、紫色の空間で、辺りに立方体のブロックが置いてあるだけ、そして、真ん中には直径2m程の水晶がおいてありその光が辺りを照らしていた。
「向こうの状況はどうなの?。」
女性の質問に彼が答える。
「ええ、現在、向こうの式は雄雌各一匹ずつ、雌のほうは猫又を式として使役し、雄のほうも彼女の式という立場のようです。」
「へえ。」
自分で聞いておきながら彼女は全く興味を示さない。いや、この報告に呆れているのだろうか。
「で?、ふたりの力はどうなの?。」
「ええ、総合的力ではやはり、雌の式の方が優秀ですが、戦闘の力に限っていえば雄のほうが長けているでしょう。」
彼の説明は淡々としていた。情報以外の物はその口から出ていなかった。
「で?、じゃあ、その雄の式は強いの・・・?。」
始めて、僅かながら彼女が彼のほうをむき質問する。それでもやはり、興味を示している様子はなかった。
「ええ、気になったので、最近、尾行して調査しましたが・・・。」
「が・・・?。」
「正直、あんな雑魚、話になりませんね。」
その回答も淡々としたものだった。
(続)
言えない・・・枝垂れ桜の花言葉をしったのがあの技を考えた後だなんて・・・。