梗が白玉楼を訪れ、闇討ちを免れてから数日といったところだろうか。梗は魂魄組を目をつけられてしまったようだ。連日、マヨヒガと里をつなぐ一本道で魂魄組を名乗る者に絡まれていた。一気に十数人に絡まれた日もあったが、所詮人間である彼らは根本的に梗に身体能力で劣るため、敵ではなかった。しかし最近、敵も幹部格を突き付けてくるようになり、徐々に対処にかかる時間が伸びてきていた。
一方の魂魄組もことごとく梗に返り討ちにあってはなんとか自分の足で帰ってこれるほどの傷を負わされ帰ってくる手下たちに組長である「ようき」は苛立ちを隠せないでいた。今日も左腕を折られた青年が逃げ帰ってきた。
「っったく、どうしたことか、どいつもこいつもそんな軽傷で逃げ帰ってくるのかね……」
不機嫌そうな低音ボイスが物静かな室内にこだましていた。逃げ帰ってきた青年は左の上腕を右手で押さえ肩で荒い息をしながら膝立ちの形で、ようきの背中を見つめていた。
「別によ、仕向けたのは俺だがこうも毎回生きて帰ってこられると腹が立つんだよな。梗とかいう狐に俺は会った事が無えからよ、そいつがどんな奴で本当に強いのか、実際は弱いのかなんて分からんわけよ」
身の丈ほどある長い刀の手入れをしながらその刀身をみつめ淡々と呟く。その刀の刀身には傷どころか僅かな曇りもない近づくだけで肌を裂かれるような雰囲気を醸し出すその銀色の一振りが部屋の緊迫感を加速させていた。
ふと、ようきは背中を向けたまま青年を手招きし、青年はようきまで1m弱の距離まで近づいた。すると、ようきはおもむろに左手に持っていたその刀の刀身を青年の左肩に置いた。肩に置いただけのはずなのにその刀身は青年の肩に食い込んでいた。青年が苦痛に顔をゆがませる中、ようきは眉ひとつ動かさずに言葉を続けた。
「俺って馬鹿だからよ、相手がどんな奴か見たり聞いたりしただけじゃ分からんのよ」
ようきが話している間も刃は青年の体に食い込み、体は10cm以上斬られていた。切り口から滴る血が刀身を伝いようきの指先に到達する。
「でも俺の師匠が昔教えてくれたんだよ……そんなことは……」
そして、ようきが一気に刀を持った手を振り落とす。青年の体が真っ二つに裂け、その肉塊が鈍い音をたて、地に伏せた。
「斬ればわかるってな。お前、弱いわ、強くなって出直してきな……ってん?」
ようきが振り向くと後ろにはぐうの音も出なくなった二つの肉塊が転がっていた。
「まあ、いいか、自分で話しておきながら梗とか言う奴に興味が湧いてきた。おい! 鬼弩」
誰かの名前を呼ぶとそれらしい男が物陰から姿を現した。その体は痩せていて肌は青白く焦点の合ってない目の下にはくっきりとクマが出来ていた。鬼弩と呼ばれる男はけだるそうにゆっくりと、ようきの傍に近づく。
「何か用?」
あまり口を動かさずだるそうに鬼弩がようきに問う
「梗っていう狐なんだが、ちょっとそいつを斬ってきてくれねえか? ちと興味が湧いたんでな」
手下たちと話している時とは違う声のトーンでようきがその問いに答える。鬼弩は上のほうを向き少し考えるフリをしたあと、もごもごと口を動かしてその要望に答えた。
「要するに狐を斬ればいいんだな」
ようきが首を縦に振ると鬼弩は陽の差し込む屋外に消えていった……。
その日、梗は焔と一緒にマヨヒガへと帰宅していた。あの一件以来、焔は梗と絶対一緒に帰っていた。この前、梗が仕事の都合で迎えが遅れるなんて言った日は……。
「やだやだやだやだや~~~~~だ! 絶対、迎えに来てね! ひとりでなんて絶対に帰らないんだからね!」
その後、梗が「いや、迎えには行けるから」の一言で片づけたのは言うまでもないのだが、送迎中も今まで以上に梗にべったりになった。この日も仕事が多少長引き、いつもより迎えが遅れていた。真っ赤な夕日の端が少し山のかげに隠れ始めていた時だった。ふたりの正面にひとりの男が歩いてきた。
「おい……」
梗の表情が彼を見て多少曇る。その男のからだは細く青白く、体の前に垂れさがっている細い腕は歩くたびに左右に揺れ、その細長い指先には神経なんてものは通っていないとでも言いたげだった。首を多少前に出し目をキョロキョロさせながらこちらに近づいてくる彼に焔も流石に違和感を感じていた。しかし、誰という確証がなかったので何とかやり過ごそうとふたりの足は多少急いでいた。
だが、男が梗とすれ違った時、彼は歩むのを止めてしまった。反射的に梗と焔の足も止まる。焔の顔は青くなり、梗の頬にも多少の汗が出ている。男は首を斜めに向けたまま、左後ろの梗の横顔を見つめ、短く、言葉を発した。
「八雲梗?」
[ゾァァッッッ]
血の気が引いていく感覚が二人を襲った。それほどか細くも低くドスの利いた声の威力は抜群だった。梗の表情はますます険しくなり、焔は手汗をかいた手で梗の服を握りしめ、ガタガタと震えていた。
男はというと首をかしげながら梗の表情を覗き込む。焦点の合わない瞳で上目づかいを使いながら梗の顔を舐めまわす。
「だとしたら、どうする?」
梗の声を震えていた。そんななかでも普段は使わない目つきで不敵な男の顔を睨み返した。梗ににらみかえされた男はニヤリと笑みを浮かべると簡潔な言葉を返した。
「斬る」
梗が焔の襟を掴み後方に飛び距離を取る。スローな動きで梗のほうへ体を向け肩の関節を鳴らしながら体をほぐし始めた。
「焔、今すぐ逃げろ。全力でマヨヒガまで逃げるんだ」
小声で梗が焔に指示する。焔は不安そうな目で梗の顔を見返した。
「そ……そんな、ひとりでなんて……やだよ……」
「じゃあ、今すぐここで斬られたいか? 嫌なら必死こいて逃げろ!」
梗が険しい表情のまま、焔に言う。つまり男がそれだけの相手だということなのだろう。しばらく「うぅ……」、と言いたい事が言えない様子の焔だったが、やがて言葉として声を発した。
「わかった」
焔が梗を背にマヨヒガへの道を駆けていく。男は焔を目で追いこそするもも興味を示す様子はなかった。
「魂魄組にもこれほどの玉があったとはな……名は?」
「鬼弩(きど)……鳳雁(ほうがん)。魂魄組、副組長」
そう小さく呟くと鬼弩は右腰に掛けてある刀に手を伸ばした。
「左利きか……」
梗も腰を深く下ろし右手を前に構え臨戦態勢に入る。それでも額の冷やせはひいていなかった………。
━━━梗……死なないで……………━━━
二人の間は数m。夏の日とだけあり、その間を吹く風は温かいが、今の状況ではそれはまるで首元を舐めまわす生温かい何かと形容できるようなものになっていた。鬼弩が柄に手をかけカチャという金属音が聞こえると二人は同時に突っ込んだ。
<抜刀白閃(バットウ・ハクセン)>
鬼弩が鞘から刀を抜くと真っ白な刀身が梗に牙を剥いた。首を右に傾け紙一重で居合をかわすとさらに一歩踏み込んで梗が右の拳を構える。しかし、その拳を放つ前に鬼弩が手首をひねり刀をもちかえると梗の踏み込んだ体に落とした。
「くっ……」
それを梗は左手で掴んだ。しかし、やみくもに掴んだため手のひらの皮は斬られ、血が溢れだした。だが、梗は刀を離さずより一層強く握りなおすと今度は右の回し蹴りを放った。鬼弩は左手だけで刀を持ち、梗の手から引き抜くようにして後方へ飛びさがった。引き抜きにより梗の手のひらはさらに斬られ出血の勢いは増していた。
「速い……今までの奴とは比べ物にならない速さで斬りつけてきやがる。それに、何ださっきの切り返しの速さは、とても人間業とは思えねえ……」
左手を握ったり開いたりして傷口の様子をはかる。そして一度、強く握ると再び鬼弩の間合いに飛び込んだ。それを鬼弩は中段の構えで迎え撃った。目にもとまらぬ速さの突きが放たれる。梗は顔を反らすがその刃は梗の右の頬をザックリと裂いた。左足を踏み込み、再び右の突きを構えた所に間髪いれずに次の突きが放たれる。
今度は左の頬を裂いた。しかし、梗は構えた右の拳をお構いなしに突き放つ。それに対し鬼弩は刀を左から右に斬り払いながら後方に回避した。
「ちっ、当たらないか」
左右の頬を左手を犠牲にしながらまだ梗は鬼弩を捉えられない。このままでは梗がじり貧になってしまう。
「突きだ……物凄い速さで連続の突きを放ってくるが、明らかに抜刀の斬り付けよりも切り返しが遅かった。リスクは高いが奴が突いてきたところにカウンターをぶつける……!」
梗が作戦を考え終わるのと同時に鬼弩が梗を斬りつけてくる。そして不幸にも、その刃が西日に重なり、反射的に梗は目をつむってしまった。
「しまっ……」
[ガキィィィン…………]
目をつむったまま梗は左腕でその刃を受けた。普通なら真っ二つになるはずの腕だったが、刃が食いこんではいるものの骨のあたりで受け止めていた。
「<幻武:剛身弾刀(ゴウシンダントウ)>。体を極限まで硬直させ、刃物を弾く技だが……ここまで食い込むとは……」
鬼弩はすぐさま追撃に出ようとするも刀が梗の腕の筋肉に挟まれ抜けない。一体その細い体のどこからそんな力が湧くというのだろうか。
「全力で体を再生させたからな、お前のそれに斬られた傷口もふさがってる。引き抜いたりしないと無理だな」
その言葉に反射するように鬼弩が梗の腕から刀をノコギリをひくように抜く、その切り口から血しぶきが舞うと、抜いた反動で鬼弩は体勢を崩した。そこをみのがさずに梗が踏み込む。
鬼弩も無理なはずの状態から物凄いスピードで突きを放つ。しかし、ギアのひとつあがった梗はその突きを回避する。
「散々斬りつけてくれたな、そのツケも、こいつでまとめてチャラだ!」
鬼弩の顔面を思いっきり拳が撃ち抜く。数m吹き飛ばされた鬼弩は起き上がろうとするもガックリと頭を落とすと意識を失った。
「本当にとんでもない奴だったぜ……」
梗がそういうと同時に梗の頬が一気に四か所血を吹いた。
「あの一瞬で<四段突き>とは……人間業じゃねえ……」
そう言い残し、梗は顎にたれた血を拭い、マヨヒガへ歩き出した。
「そういえば、源義経に剣術を教えた天狗の名の読みも法眼(ほうがん)だったっけな……」
そんな事をつぶやきながら、焔はどうしてるかな? なんて考えながら梗はゆっくり歩んでいった。
その梗の後ろ姿を高台から眺める影があった。
「梗っていう狐野郎……期待していいのか……? でも、俺の気配に気づいてないならやっぱ期待できねえが、気付いてないフリをしてると嬉しいな……。まあ、なんであれ、人でもなんでその真意ってのは…………………斬らなきゃ分かんねえんだ………」
原作?なにそれおいしいの?。