二人の弾幕戦は熾烈を極めた。一進一退の攻防、どちらも全く引かず止まっている幻想の刻を本当に永遠なのではないかというほどのものだった。
「はぁ……はぁ………<夢符:
梗が複数枚の札を一気に投げるとそのひとつひとつが鳥の形の弾幕となりパラノクスに飛んでいく。五匹程の鳥の群れを回避したパラノクスだったがかわしたはずの弾幕が背後から自分を追ってきたのだ。
「ちっ、追尾型の弾幕か<時壊術:ゾーンクェイク>!」
自分に迫ってくる弾幕に対しパラノクスは手の平をそれを弾幕の前にかざした。すると、空間が音を立てて振動し、それに押しつぶされるようにそれらは弾けた。
そしてお互いが遠くから睨みあう。
「やるじゃねえか、ここまで苦戦させられるとは、いかに自分が能力に頼ってたかを痛感させられるよ」
「その割にはそれなりの弾幕を張ってくれるじゃねえか、ここで息が切れるとはな」
「褒め言葉と受け取らせてもらおう。<時壊弾:トラベリーショット>」
オレンジ色の弾幕が今度は完全に隙間なく放たれる。弾幕ごっこではやってはいけないが弾幕戦なら何の問題もない。
「ちっ、一点集中! <夢符:赤炎狐火>」
札に妖力を集中させ特大の狐火をひとつ創り上げるとオレンジ色の弾幕の壁のど真ん中にそれをぶつける。
爆音と荒々しい黒い煙を立てる。それでもオレンジ色の弾幕は迫ってくるが狐火によりできた穴に身を通し回避する。
前転しながら着地し体を起こそうとした梗の前に光る手がかざされる。梗が顔を上げると零距離でパラノクスが妖力たっぷりの弾を放った。
爆音と黒い煙が梗の顔があった辺りから上がっているがパラノクスの手に標的を捉えた感触は無かった。
「後ろか!」
そう言ってパラノクスが後ろを振り向こうとした時、自分の足に何かが引っかかる違和感を感じた。自分の足元に目をやると地面から碧色に輝く鎖が自分の足を締め付けていた。
「『
再び顔を上げると既にスペルカードを構えている梗がいた。
「俺も回避不能弾幕という物を持っていてな……<夢符:
梗が持っていた札を空中に放るとその札が風船のように膨れていった。
元の数倍という大きさにまで膨らんだところで限界が来たのか札は震え始めた。そして。
耳をつんざくような爆音がするとパラノクスの全身を押しつぶすような衝撃が襲った。
「ぐあぁぁっ! 音の弾幕か……」
鎖が消え支えを失ったパラノクスが膝から崩れ落ち咳き込む。
しかし、すぐに立ち上がり構えをとる。
「案の定、威力不足か……」
「そうでもないがな」
呼吸を整えパラノクスが再び構える。
「まだまだ行くぜ!」
そう言って二人はお互いに弾幕を放った。
二人の弾幕戦は熾烈を極めた……。
「ぐあっ!」
空中で弾幕を相殺した梗がその反動で弾かれた。
上手く体勢を整えられずに尻もちをつく。息を荒らげながら反動をつけて飛び起きる。
ふぅ。と、ひとつ息を吹き精神を落ちつかせる。
━━━使うしかない━━━
別に<それ>を信用していない訳ではない。むしろ絶大な信頼を置いているのだが……それは少々癖があったのだ。だが。
「仕方ねえ、スペルカー……うおっと!」
梗が構えていたひときは大きな妖力を宿していたスペルカードが自我を持ったように暴れ出した。そして。
「オウオウ! キョウヒサシブリジャネエカ!」
喋った。スペルカードが独りでに話しだしたのだ。対するパラノクスは状況を理解できず口をあけてそれを見ていた。
「悪いな、最近はお前が必要な相手と会えなくてな。だが今回は頼んだぜ!」
「オウ、マカセナ!」
エコーがかかった声でスペルカードが粋に答える。そして、それを梗が掴み構えなおし高らかにスペルカードを唱えた。
「スペルカード! <
梗が叫ぶとスペルカードが発光し、気がつくと人型をなぞった<それ>と思われる物が立っていた。
「ハデニイクゼ!」
それが地面を蹴ってパラノクスに向かう。右の拳を後ろに振り被り一直線にパラノクスに放つ。
危険を感じたパラノクスが上空に回避した。するとパラノクスの四肢を何かが縛り上げた。そこへ目をやると空間の隙間から鎖が出現していた。
「『
「ヴォオオオオオオオオ!」
獣の様な雄たけびをクレイジー四面楚歌が上げるとその体が無数の弾幕に分裂してパラノクスに放たれる。
刃物が体を貫くような少し湿った音を上げ弾幕がパラノクスの体を次々に貫いていく。数百という数の弾幕を喰らったパラノクスは勢いよく血を吐いたがまだ終わらない。
パラノクスの体を貫いた弾幕がパラノクスの背後で再び人型を形成するとパラノクスの方に向き直り両腕を後ろに目一杯ひいた。
そして、クレイジー四面楚歌の怒濤のラッシュが繰り出された。
「ヴォォォォォォォォォォララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララヴォォォラァァ!!!!!」
ラという単語を気が遠くなるほど連呼した気がしたがその高速ラッシュのあまりの速さに実際は一瞬の出来事だった。
無数の残像ができるほどの速さで拳のビートをかましたクレイジー四面楚歌は仕上げと言わんばかりにまたこれでもかと溜めを効かせた拳でパラノクスを突き飛ばした。
パラノクスが放物線を描き地面に突く前に二人の視界をまばゆい光が覆った。
「ぐはぁぁっ」
現実世界に精神が戻ってきたパラノクスが地面に打ち付けられる。クレイジー四面楚歌で空けられた筈の傷穴どころか外傷は全くなかった。
しかし、血に這いつくばったまま、何かを吐き出そうと呻いていた。
「あれほどのショックを受けたんだ。激しい頭痛、鬱の症状、耐えられない程の嘔吐感、精神の暴走による狂気、その他諸々の症状がでるのは必須だな」
梗が言うとおり、パラノクスは非常に悪い顔色をしていて。口はあんぐりと開き、目は明らかに本来の役割を果たせていなかった。
「おえっ……ア゛ァ゛………」
とても醜い声を上げのたうちまわる。少し落ち着いたと思うと意味もなく頭を何度も地面に打ち付ける。顔から大量の出血をしてもパラノクスは全く意に介していなかった。
「まあ、
そういって、狂ったパラノクスに背を向けると梗は入ってきた細い路地裏に姿を消していった。陽の高さを見るとやはり時間はあの時から進んでいなかった。
「しかし、ラリー・パラノクス………厄介な相手だった。あれクラスの相手がこれから何人も来るとなると厳しいな」
人々の流れとは逆向きに進みながら梗はそう呟いていた。
「少しいいかな?」
「!?」
不意に背後から声をかけられた。ただそれだけならよかったのだ。梗が驚いたのは後ろの者から恐ろしい程の殺気を感じたからだ。
「八雲梗……とお見受けした。合っていたら黙って聞いてほしい。違っていたら聞き流してもらって構わない」
「俺に何の用だ?」
「警告だ」
その言葉に鳥肌と冷や汗が溢れだす。低い男性のような声は梗より上から聞こえてきた。自分を背後から包み込む感じか全体的に一回り梗より体が大きい。
そして、その警告の言葉はただならぬ威圧感を帯びていた。
「いや、そんな大それたものではない単なる意志の確認だ」
「か、確認?」
「八雲紫が我々のターゲットだ。お前と八雲藍の事を主様は全く眼中にない。邪魔さえしなければお前達の命は保証する」
「そんな話に乗るわけないだろ」
「そうか……」
肩が一気に重くなり男の殺気も一段と強くなる。梗は直感した。
絶対に勝てない。と、格上なんて次元ではない。自分の後ろの男は自分では手の届かない所に居る。
今、ここで戦ったら確実に自分に生き残る術はない。
しかし、主である紫の為に決意を固め、自分も妖力を解放しようとした時、自分を包み込んでいた殺気は消えた。
「別に、今ここでやる気はない。式が主の為を思うのは当然のことだ。だが、その時が来ればまたお前の意志を聞くだろう。最もお前では結論を変えられない、過程がどうなろうと無駄なことだ」
そう言い残すと、梗の後ろの殺気は一瞬で消えていった。梗が後ろを振り向いたときにはもう誰の影も形もなかった。
梗はこの日、自分の無力さを嘆いた。
「うぅ……う……」
気がついた時には真夜中だった。僅かに残る頭痛を我慢しながら立ち上がる。
辺りを見渡すと自分が吐きだしたのであろう嘔吐物と血液、よだれが状況をよりカオスにしていた。
これから、どうしようかと考えていた時に自分にかかる声を感じた。
「任務失敗だ。パラノクス」
「
家の屋根に立っていた銀髪獣耳の青年はパラノクスを見下ろすと軽やかに飛び降りた。
銀色の髪の毛が月明かりに照らされ光沢を放っていた。
パラノクスに龍と呼ばれていた青年はゆっくりと時間をかけパラノクスに歩み寄る。まるで永遠の時を駆けるように、悪く言えば時間を無駄にしながらだ。
手を伸ばせば届く程の距離までに近づいた龍はパラノクスを見下ろしていた。確実に頭一つ以上高い。
「任務失敗。この言葉が指す意味ぐらいわかってるな」
「ま、まってくれ俺はまだ闘える」
「これだけ無様に負けておいてそう言われてもな。というより主様の決定だ逆らうことはできない」
「そんな……俺は……まだ」
「まあ、俺がこの事を伝えようが結論は変わらなかったがな。これでお別れだラリー・パラノクス」
そう言い放つと、龍はくるりと体の向きを変えて歩み出した。その体にパラノクスがしがみつく。
「待ってくれ! 龍、お前なら何とか出来るだろ! 側近のお前な……ら……」
龍を掴むパラノクスの力が弱くなりその体が地面につく音がした。
パラノクスの顔が中から破裂したのだ。首から血が勢いよく噴き出す。やがて本体も内部から勢いよく弾け飛び、辺りには肉塊だけが残った。
「確かに、俺は主様の唯一の式で側近という立場だが、俺は主様の道具だ。道具が話す必要はないだろう。主様は絶対なんだ」
誰もいない場所でそうつぶやくと龍はまたゆっくりと歩き出した。
お気づきでしょうか? まだ第肆章は終わってないんですよ。第七刻に突入するわけですが、お楽しみにして頂けると幸いです。