第一刻:構図
男は自分の背丈より低い入口を腰を低くしてくぐった。視界を遮るのれんを手でどかしてみると、建物の中からは和紙の匂いが漂ってきた。入口からすぐに畳のつくりとなっていて中には小柄な女性が二人いた。
稗田家。幻想郷の歴史を記録し続ける家で最近は各書物を貸し出すようになっていた。現稗田家当主の阿求は玄関から入ってくる客に対して向かい合うようにして巻物に筆を走らせていた。
客人の顔を見ようとして筆を止め顔を上げた阿求は背筋が凍る感じを感じた。玄関口に立っている男の風貌に見覚えがなかったからである。
見上げるような大きな体つきに肩にかかるかぐらいの美しい白髪。顔つきにはまだ若干の幼さが残っていたが表情にはとても落ち着きがあった。男は履物を脱ぎ中に上がると一点を見据えそちらのほうに歩きだした。
阿求がそちらに目を走らせるとそこには彼女がいた。稗田家の書物を複製する仕事を務めている彼女は人拓ができるほど大きなキャンパスに筆を走らせていた。
「あの……」
男が自分の横を通り過ぎようとしたとき阿求は反射的に男を呼びとめたすると、男は阿求のほうを首をまげて見下ろした。
男の瞳はとても美しい白色をしていたが阿求にはただただ冷たい目にしか見えなかった。さらに阿求は男に見つめられている自分の体がピクリとも動かない事に気付いてしまった。全身が強力な水圧をうけるように四方八方から圧力がかけられる感覚。
阿求が自分の体が動かないとことに底知れぬ恐怖を感じていると。突如、口を開いた。
「これは失礼した」
その言葉と同時に阿求の体は自由に動き出した。体の前に両手をつき、生温かい汗を流しながら荒い息をつく。呼吸が落ちついてたところで顔を上げ、再度男の顔を見る。
今度の男の顔からは先のような威圧感は感じられなかったが、近寄りがたさは未だに消えていなかった。
「家に何の様ですか?」
息をつきながら質問をすると男は淡々と答えだした。
「ある者に用があって今日、それを伝えに来た」
「えっ、その者っていうのは……」
「私のことだよ……」
横から聞こえてきた声に二人は同時にそちらの方を向いた。そこには変わらずキャンパスと睨めっこを続けている少女の姿があった。
彼女は筆でキャンパスに何かを描き込みながら男に話しかけた。
「アポ無しで突撃はデリカシーに欠ける登場人物だと思うんだけど……
「
阿求は自分の前で繰り広げられている会話に処理が追いつかなくなったので少女に話しかけようとしたがその前に彼女が口を開いた。
「その名前で呼んでも阿求は私だってわかんないよ。それ、ペンネームだから」
「どうせ、ここでも偽名を名乗ってるんだろう、関係ないだろ」
龍という男の言葉で阿求の思考は少しクリアになった。しかし、未だに分からない事が多すぎるので確認をしようとした時、丁度、龍が自分のほうを向いて言った。
「ここで、話をするのは邪魔か?」
「あ、いえ、お構いなく。私は仕事を続けるので」
そう言って阿求は筆を持ち仕事を再開したが、すぐ後にやっぱり場所を変えてもらうべきだと心の中で反省した。
龍は家の奥の方で絵を描いている少女に歩み寄り話を再開した。
「仕事だ」
「……面倒」
「断れないぞ」
龍に即答されると構図と呼ばれている少女は大きなため息をついた。そうこうしている間にも彼女の筆はキャンパスに線を生み出し続け全体像の輪郭を完成させつつあった。
「う~ん……対象は、誰だっけ?」
「八雲紫だ。だが、奴の式がこちらの邪魔をするつもりだから交戦した場合はそちらも始末しろ」
「八雲藍と梗だっけ? あいつらあんまり面白くないんだよね」
「面白い、面白くないで仕事を選ぶな。どのみちお前の出番がくるのはお前を知ってたんだからそれが今になっただけの事」
「突然だけどさ、面白い話ってどうやったら生まれると思う」
龍が真面目に話している中、構図は自分の神経を龍との会話よりも目の前のキャンパスに集中させていた。墨で描かれていたのは人型の生き物だった。
「話の腰を折るんじゃない」
「例えば、読者に共感を持ってもらえるために日常を題材にしたり、娯楽である本が読者に現実を逃避させるためにファンタジーな内容を書くのもありだとは思うけど……」
「ああ、わかった勝手に話してくれ」
龍が首をふってやれやれという動作をしている間も構図はそちらに目もくれず筆を動かす。
「世界観もかなり大事なのよ、でも結局は……登場人物なのよ、世界をキャンパスに例えるなら登場人物は筆と絵の具。彼らが真っ白だったり日に焼けたりしてる様々なキャンパスの中で動く事で物語は紡がれるの」
「……もういいか? おわったか?」
「今回の物語は主に絶対の忠誠を誓った若き青年の悲劇の物語。青年は度々自分に襲いかかる驚異に怯えながらも主の為に何度でも立ち上がる。でも、彼の努力が報われる事は……絶対にない。………できたわ」
構図がそういってキャンパスから筆を離すと絵の全貌があきらかになった。それは男の妖怪だった。それは、確かに人型の姿をしていたがそれ以外は異質のものだった。
左右の目の大きさは吊りあっておらず。腕も所々色が違い、新しい皮膚を縫い合わせているようだった。獣のような体毛を生やしたそれはまさに「化け物」と我々が読んでいるものだった。
等身大に描かれたその異形の者はしばらくすると、突然キャンパスの中で瞬きを始め、鳴き声を上げ始めた。
ウゥ……アァ……
言葉では表現しづらいうめき声の様な声を上げる異形の者を構図は細部にわたって見つめていた。
「なかなか、上出来じゃないかしら、いいわ、でてきなさい」
構図が指示を出すと、平面であるキャンパスから少しずつ立体的な異形の者の腕が出現してきた。
腕、足、頭、胴体、と順にキャンパスの中から姿を現した異形の者は今一度大きな叫び声をあげた。音の大きさで屋敷の材木がビリビリと振動する。
異形の者に対して、構図は手のひらで異形の者の顎を撫でると、顔を近づけていった。
「九尾の狐を始末しなさい」
異形の者はまた叫び声を開けると、龍が入ってきた入口からでると、両手をつき四本の手足で大地を蹴りながら遠くへ消えていった。
その後、稗田家をしばらく静寂が包んだが、龍が口を開いた。
「とにかく、八雲始末の仕事は今、お前の者だ、期限や手段はどうでもいいが、必ず目的をしとめろ」
構図の返事を待たずに龍は構図に背を向けて入口のほうへ歩き出した。阿求の横に来たところで再び龍は怯えている阿求を再び見下ろした。
「別に口止めをしようとはしないから安心しろ、邪魔をしなければこちらが手を加えることは無い」
そう言い残した龍は速やかに稗田家を後にした。稗田家は何事もなかったのようにいつも通りの風景を取り戻していた。
「……動く」
何度も左手を握ったり、開いたりして確認する。そして、自由の素晴らしさに感動する。梗は自分の左腕が治った事を確認する。焔の治療を受けてから2週間弱、回復に悪影響を及ぼす事に巻き込まれたがなんとか復活した。
「よかったな~」
焔が縁側に腰をおろし、足を振りながら語りかける。今日は寺子屋が休みの日でふたりは朝の陽を受けながら大きな伸びをした。まだ優しい真夏の朝の陽が二人の体を温める。
首を左右に傾け、骨を鳴らしながら体をほぐす。紫から話を聞いてから2日、龍と接触した時の圧倒的な力の差が梗の記憶のなかに濃くこびりついていた。
「お~~~~~~い」
自分の頭上から気の抜けた声が聞こえてくる。梗がそちらを振り向くと木の上からぶら下がっている佐助の姿があった。頭をしたにしている状態から足をはなし回転しながら着地する。相変わらずしまりのない表情で佐助は梗に歩み寄った。
「やっと、治ったんだな」
元々細い目をさらに細め梗の左腕と肩の境界を見ながらそう言う。
「本当にやっとだな。しかし、何で会いに来た」
「なんだよ、理由がなきゃ俺はお前に会えないのかよ、せっかく完治したんだから何となく会いに来ただけだよ」
「お前は本当に暇人だな」
「うるせえ、今日はたまたま仕事が入ってないんだけだよ」
近所ばなしをするようなテンションで二人が話をしていると、梗の大きな耳がピクリと反応した。佐助も何かを感じとったのか、目つきが違う意味で細くなる。
その何かを最初に目撃したのは焔だった。焔は自分が見た物に対し、感じたままの感想を言った。
「な、なに……あれ」
それと、ほぼ同時に梗と佐助もそれを見る。そして、彼らも正直な感想を言った。
「お前、あれ、何だと思う」
「わかんね、とりまキモイ」
ふたりの目線のさきには、腕と足の四本でゆっくりとこちらに近づく異形の怪物だった。
右目の二倍はあろうかという左目の眼球は半分飛び出していてピクピクと動いていた。太さの異なる両方の腕も所々皮膚を縫い合わせたような感じだった。
その者は梗にある程度の距離まで近づくと、二本足で立ちあがり、威嚇の咆哮をあげた。
「なんだ? 梗、もしかしてお前、狙われてるんじゃね?」
「俺、こんな気色の悪い生物なんてしらん。お前だろ、佐助」
「いやいやいや、俺だって、知らん」
二人が暢気に話していると、怪物が声をあげ、梗に襲いかかった。巨大な鉤爪の生えた丸太のような腕を振り被り、梗めがけて振りきるが、梗はそれを軽やかに回避して距離をとる。
一度、着地した怪物は強靭な足腰で踏ん張り、方向を変えると、再び梗に飛びかかった。同じように、腕を振り被り、振り下ろすが、その腕は梗によって止められた。
鉤爪の生えている手ではなく、腕を受け止め力を流す。怪物はそこから無理やり押し込もうとするが、自分の腕より明らかに細い梗の腕はいくら力を入れてもびくともしなかった。
梗が、もうかたほうの腕を振り被ると、危険を察知した怪物は後ろに飛びさがった。
怪物が出方を伺っているのを確認した梗は静かに目を閉じた。
「どうせ、誰かに命令されて俺を襲ってきたんだろ、この様子だと、別にそこまで忠誠を誓ってるわけでもないだろう。無駄な戦闘はしたくないからな、事を軽く収めるために、ちょっと、心を折るか」
そして、鋭い目つきで目を開いた梗は目の照準を怪物に合わせて言った。
「イメージしろ」
受験勉強やら、何やらという言葉を最近言われまくっています。本日(12月20日)の終業式を終え、ちょっと時間的に楽になれるのかなと思っています。とりま、小説へのやる気を取り戻さなければ……!。