超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth2 Origins Progress   作:シモツキ

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第百五十二話 けじめの勝負

教祖と黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の皆さんによって、切り開かれた道。そこを駆け抜けわたし達はギョウカイ墓場の中へと突入した。

墓場の外へモンスターを配置(ただ集まっただけかもだけど)しておいて、中にはまるでいないなんて事はないだろうというわたし達の予想通り中でもちょくちょくモンスターに襲われて、それをわたし達は返り討ちにしながら進む。他の場所に住むモンスターなら、個体によっては襲ってきても威嚇する事で逃げたりするけど、こんな場所に住むモンスターはそうはいかない。

 

「てやーっ!アミューズメントワルツ!」

「いくよっ!ハードビート!」

「えーいっ!パワーバッシュ!」

 

襲ってきた数体のモンスターを、REDさんが玩具武器で、5pb.さんが音波で、鉄拳さんが拳でそれぞれ仕留める。モンスターに襲われる頻度はそこそこだけど、統率はまるで取れてないから迎撃は容易。それにこっちは二十人もいるから、今みたいに交代で戦う事も出来たりする。

 

「お疲れ様、三人共。怪我はないかしら?」

「しててもわたしにお任せですっ」

「いつも思うけど、手当てに長けた人がいるって安心感が違うよね。それにここには治癒系の魔法使える人も多い訳だし」

 

戻ってきた三人へケイブさんが声をかけて、その言葉にコンパさんが、コンパさんの発言に旧パーティー組のファルコムさんが順に反応。でも当の三人は無傷で、わたし達はそのまま歩みを進める。…治癒系、かぁ…明らかに変な治癒系我流魔法使いもいるけど、確かに回復手段があるっていうのは安心出来るよね。

 

「…ミナちゃんたち、だいじょうぶかな…?」

「だいじょーぶよロムちゃん。ミナちゃんはわたしたちの先生だし、シーシャのパンチとキックはおねえちゃんと同じくらいつよそうだもの!」

「ラムの言う通り、心配する必要はなかろう。彼女達はあの場で判断を間違えるような面子ではないからな」

 

迎撃を終えてから数十秒。ふとロムちゃんが口にした心配を、ラムちゃんは戦闘能力の面で、MAGES.さんは判断力の面で心配ないと否定してあげる。それにはわたしや他の皆さんも同意だったけど……こくこくと頷くわたし達の中で、不安を口にする人もいた。

 

「……何もなければいいですけど…」

「えぇ…万が一、万が一の事があったら……」

「…あのさ、さっきも思ったけどエスーシャとケーシャに何かあったの?」

『それは……』

 

どうも気掛かりな様子の表情をしているのは、ベールさんにノワールさん、それにユニちゃん。そこでひょこっと前に出たお姉ちゃんがお二人に訊くと、お二人はどちらも言い辛そうな顔に。

 

「……まさか、大怪我を隠してあの場にいたとか…ではないのよね?」

「も、勿論大怪我ではないわよ…ただ……」

『ただ……?』

「……その、ちょっと色々あって…数日前に頬を叩いちゃって…」

「え……そっちも何ですの?」

「へ?そっちもって…じゃあベールも?」

 

ブランさんの確認に若干口籠った後、ノワールさんはバツの悪そうな顔で何があったか(したか)を回答。でもそれに一番驚いていたのはベールさんで、しかもベールさんもどうやらエスーシャさんを叩いてしまった様子。……ベールさんに対するアイエフさんやチカさん並みにノワールさんを慕ってるケーシャさんと、色んな意味でミステリアスなエスーシャさんが、ノワールさんとベールさんに叩かれるって……

 

((…一週間の間に、一体何が……?))

 

一度静寂が訪れるわたし達パーティー。…確認した訳じゃない。でもこの時、全員が同じ感想を胸に抱いていたような気がする…。

 

「…ま、まぁ大丈夫ですよきっと!MAGES.さんの言った通り、ケーシャさんやエスーシャさんが無理の危険性を理解してない訳がないですし!」

「ネプギアの言う通りだよ、二人共。ケーシャとエスーシャの事を思うなら、尚更これからの戦いに気を向けないと。……っていうか、私に仕事の助力求めておいて何してるのベール…」

「イリゼ、貴女間髪入れずに自らの発言を台無しにしてるわよ…けど確かに、わたしに魔法の助力求めておいて何してるのベール…」

「うぅ…ふ、複雑な事情があったのですわ…それに実のところ、叩いたのはわたくしであってわたくしでないというか、わたくしも驚いているというか……」

『……?』

 

何やら協力をしていたらしいイリゼさんとブランさんに半眼で突っ込まれ、両手の人差し指をつんつんしながらベールさんは釈明。でもその釈明もまたよく分かんなくて(ブランさんだけは思い当たる節があったみたいだけど)、結果なんだかよく分からない雰囲気になってしまった。…ベールさんがこういう雰囲気作っちゃうなんて珍しい……。

 

「…こほん。ともかくその通りではあるわね。…それに、負のシェアの密度もこれまででトップクラスだし…」

「だよね。こんな状態の墓場に長く居たら絶対皆の身体に悪影響出ちゃうし、出来れば短期決戦を狙った方が良いのかな」

「ありがと、ねぷちゃん。でもだからって焦ったりはしないでね?」

「そうだにゅ。ブロッコリー達の事を気にして戦闘中にミスされたら、そっちの方がブロッコリー達は困るにゅ」

「あはは、ぷち子の発言はいつも毒があるよね…けど分かってるよ。わたしだって守護女神だもん」

 

変な雰囲気を切り崩したのは、真面目な表情に切り替わったノワールさん。その発言に対するお姉ちゃんの言葉も、マベちゃんさんやブロッコリーさんの返しも、わたしは理解出来る。

幾らシェアクリスタルのお守りを持っていたって、シェアの汚染は免れない。今の墓場の状態だと、最悪もう汚染され始めている人がいるかもしれない。…でも、犯罪神は手早く倒せる相手なんかじゃ、絶対にない。

 

(……信じるしかないよね。皆さんが耐えてくれるのと、本当に危ないってなった時は隠さず言ってくれるのを)

 

現実的な事を言えば、わたし達に出来るのは無駄な時間を作らないって事位。…だから信じよう。皆さんも、わたし達と同じように…全員で無事に帰ろうって思ってる事を。自分よりも皆をじゃなくて、自分も皆の一人だって思ってくれてる事を。

 

「…さて、散発的にモンスターは現れるけど、逆に言えばそれしか起きないわね…」

「それは何かしら動きがあってもおかしくないのに、って事かい?」

「それはわたしも同感だよ。こういう時は動きがない状態の方が、ある時より不自然で落ち着かない……」

 

それから進む事数十分。その後も何度かモンスターを迎撃して、伏兵や罠なんかがないかを確認しながら歩いていったところで、アイエフさんが周りを見回しながら呟いた。新パーティー組のファルコムさんがそれを聞き返して、返答はアイエフさんより先にサイバーコネクトツーさんがして……返答の言葉を言い切る直前、わたし達の間に緊張が走った。…理由は簡単。わたし達の進行方向の先にある岩陰に、何者かの気配を感じたから。

 

「…誰か知らないけど…そこにいるのは分かっているわ!出てきなさい!」

 

即座にライフルを携えて銃口を岩に向けつつ、強い口調でユニちゃんが命令。他の場所なら偶々そこにいた人って可能性もあるけど…ここに普通の人がいる訳がない。ここにいるとすれば、それは十中八九…犯罪神に与する人。

 

「…へっ、言われなくたって出ていくっつーの。女神の癖にビビりだなァオイ」

「……っ!貴女は…!」

 

ユニちゃんの言葉から然程間を置かず、岩陰から現れたのは……リンダさん。その横にはワレチューもいて、彼女の登場にわたしは息を飲む。

 

「ちゅー…何早速出てるんだっちゅ……不意を突こうと言ったのが聞こえなかったんだっちゅか?」

「うっせェな。アタイがいつ出ようがアタイの勝手だっての。てか、一緒に出たのはテメェの意思だろ?」

「それは…まぁ、そうっちゅけど……」

 

出てきて早々に緊張感のないやり取りを交わす二人(片方は人じゃないけど)は隙だらけ。けどこうもあからさまに隙だらけだと逆に何かあるのかと思うし、そもそも隙を突かなくても勝てる相手だからか誰も仕掛けにいこうとはしない。

 

「…もし捕まるのを恐れてここに潜伏してたって事なら、時間がないから今だけは見逃してあげる。だから……邪魔をしないで」

「邪魔、ねェ…ならもし嫌だと言ったら?」

「……力尽くで、退いてもらうだけだよ」

 

口調や声音は平時のまま、でも鋭い視線でイリゼさんが投げかける。対するリンダさんが退く様子を一切見せずに言い返すと、イリゼさんは一歩前へ。その手には既に、バスタードソードが握られている。

 

「…だってよ、結局いつもこれだよな。女神だなんだっつっても、やってる事は暴力で邪魔者を始末してるだけじゃねェか。そんな奴等が平和だの何だの言ったって、ちゃんちゃらおかしいだけだっての」

「わっ、ちゃんちゃらおかしいなんて久し振りに聞いたよ…まだ真面目に使ってる人いたんだね…」

「ちゃんちゃらおかしい…って、ロムちゃんなあに…?」

「んと…なにかがおかしいんだと、思う…(たぶん)」

「いや、妙なところに食い付かなくていいから…ロムとラムもその話は後にしなさい……」

 

…お姉ちゃん、ロムちゃん、ラムちゃんの気の抜けた発言はともかく…イリゼさんの態度にリンダさんは首を横へ振り、落胆の表れとも挑発とも取れる発言を口にする。

平和を謳いながら、やっているのは武力による脅威の排除。…確かにそれは事実で、ある種の矛盾を抱えているのも事実。言葉で、暴力を使う事なく解決する事と比較したら、程度の低い手段を使っているって指摘なら、それはなにも間違ってない。……だけど、わたし達だって好き好んで実力行使をしてる訳じゃないし…そうしなきゃいけない状態を作ってきた側の人に言われたって、傷付きはしない。

 

「浅いな。少なくともイリゼは戦わない選択肢も提示している。そしてお前は暴力が蔓延らずとも済むよう敷かれた法に反してここまできたのだ。まさか、それすら分からない訳ではないだろう?」

「はっ、ご高説どうも。勝手に決められる法を強要して、それに従わなきゃ罪だって言い放つ奴は言う事が違うね」

「それがこの世界のルールだ。嫌だと言うなら…あぁそうか、だから犯罪神に組したという訳か」

「……よ、よく分かってんじゃねぇか…」

『…………』

「いや、お前は世界を変えたいとかじゃなく、単に周りや社会が気に食わないから犯罪組織に入っただけだろっちゅ」

「う、うっせェよ!動機はどうだっていいだろ動機は!」

 

冷静に、茶化す訳でも叱る訳でもなくただマジェコンヌさんは否定する。皮肉たっぷりに返された言葉も平然と切り捨てるマジェコンヌさんに揺らぎはなくて…わたしはそこに、彼女の決意と覚悟を感じた。

一方でリンダさんはといえば、バレバレの見栄を張った上にワレチューにそれを突っ込まれて、もう完全に緊張感がゼロ状態。圧倒的な戦力差もあって、こちらからも危機感がなくなっていく。

 

「ねー、無駄な時間使いたくないし全員で瞬殺しちゃうのが一番じゃない?だって典型的なやられキャラとタイム3号の関さんが声優やってそうなネズミが相手なんだよ?」

「ぢゅっ!?お、オイラはあんな適当な怪人の一角なんかじゃないっちゅ!ちゃんとした声優さんも当てられているんだっちゅ!」

「…あっ!都会のネズミは巨大っていうのは……」

「だからオイラは違うんだっちゅ!何でそこに結び付けるんだっちゅ!?」

「…というか、タイム3号さんって…ネプちゃんはそこ略すんだ……」

 

半ば焦れたようにお姉ちゃんがボケたり(平然と瞬殺、って言っちゃうのはちょっと怖い…)、REDさんがつられて妙な連想したり、本当にここが墓場なのかなんなのか怪しい状況が続く。

…けど、実を言うとこっちは完璧に気が抜けちゃってる訳じゃない。皆気が抜けたように見えつつも僅かな動きに警戒が見えるし、わたしもいつでもビームソードを抜き放てる状態にある。…それに……

 

「あーもう騒がしいんだよどいつもこいつも!お笑いなら他所でやってろっての!つか、時間がねェんじゃなかったのかよ!」

「おや、まさか貴女の側からそれを言うとは。…では、指摘のお礼に言っておきますわ。早くここから出なさいな。…例え犯罪神を信仰していようと、負のシェアの汚染は免れませんわ」

「…ふん。余計なお世話だし、別にアタイは犯罪神を信仰してる訳じゃねェよ。……アタイが敬意を払ってるのはトリック様だけだ。テメェ等に殺された、トリック様ただ一人だ。だから…退くつもりなんざ、毛頭ねェ」

 

──多少見栄を張ろうと、リンダさんは真剣だった。誰にも負けない位に。もしかすると、誰よりも強い位に。

 

「……トリックの仇打ち、或いは彼を討ったわたし達への復讐…それが目的なのかしら?」

「さぁな。だが、アタイは心から尊敬出来る方を人生の中で二度も殺されたんだ。どうせテメェ等もアタイの事は自業自得な奴だって思ってるんだろうが…テメェ等自身で生み出した憎しみ位は、受け止めてみやがれ女神」

 

さっきまでの騒がしさが嘘の様に、この場がしんと静まり返る。ブランさんの目が『トリックを討った者』としてのものになって、ロムちゃんとラムちゃんは動揺したように後退って、わたしはあの時の事を思い出す。…ルウィーでトリックが討たれた事を知り、それから一度は憎悪を燃やしながらもそのトリックから最後の言葉を、自分への願いを聞いた、あの日のリンダさんを。

わたし達の中であの場にいたのは、わたしだけ。リンダさんの抱える負の感情の正体を知っているのも、多分わたしだけ。だから、もしリンダさんが本気で何かを成したいのなら……わたしはそれを、無視出来ない。

 

「…勝手な事言ってくれるじゃない…けどいいわ。それだけ言ってのけるなら、望み通りアンタを……」

「…待って、ユニちゃん。ここは…わたしにやらせて」

 

リンダさんの覚悟を認めて動こうとしたユニちゃんを、わたしは手で制する。その行為で皆から視線を集める中、リンダさんに向かって一歩前へ。

 

「わたしにやらせてって…ネプギア、どういう事よ」

「そのままの意味だよ。わたしに、一騎討ちをさせてほしいの」

「え…それって、ここはわたしに任せて先に行けー…って事じゃないよね?」

「違うよ、お姉ちゃん。長々と勝負をする気はないから」

 

まずユニちゃんの、次にお姉ちゃんの言葉に答えるわたし。わたしの言葉にリンダさんは一瞬驚いたような表情を浮かべていたけど、今はにやりと笑みを浮かべている。

 

「一騎討ち、ね…そうしたい理由は何なの?それはこの状況ですべき事なの?」

「ノワールの言う通りだ、ネプギアよ。頭ごなしに否定するつもりはないが、理由位は聞かせてくれるのだろう?」

「…理由は、そうしなきゃいけないと思ったからです。本気で、全力で迎え撃つ事がわたしの使命だって…そう思ったんです」

「使命って…ちょっとふわっとしてる理由だね…」

 

理由を問われたわたしが言ったのは、心に浮かんだ通りの言葉。それは理由と呼べる程しっかりしたものじゃなくて、実際それをイリゼさんに指摘される。…でも、肩を竦めたイリゼさんが次に浮かべたのは…優しい笑み。

 

「…でも、私は肯定するよ。ふわっとしてても気持ちは伝わってくるし…私だって、ジャッジとの一騎討ちをさせてもらった身だからね」

「あたしも賛成かな。気持ちもそうだけど…本気さも伝わってきたからね」

「もう、ネプギアっていっつもこうなんだから。…だから、いいんじゃない?それがネプギアでしょ?」

「ネプギアちゃん、がんばって…!」

 

イリゼさんに続いて新パーティー組のファルコムさんが、ロムちゃんラムちゃんがわたしの勝手を応援してくれる。他の皆さんも声には出さなくてもわたしに向けて頷いてくれて、最初に訊き返したユニちゃんも「仕方ないわね…」ってライフルを降ろしてくれた。そして、最後に残ったお姉ちゃんは……

 

「…ネプギア。わたしはネプギアが明らかに間違ってる時以外は、いつでもネプギアの味方だよ。だから……YOU、やっちゃいなよっ!」

 

真剣な口振りの後、茶目っ気たっぷりの笑顔でびしっとわたしを指差していた。その指が指しているのは、わたしの胸元。…自分の心に従え。そういう事だよね、お姉ちゃん。

 

「…ったく、やっとかよ…その仲間ごっこが一々鬱陶しいんだよ」

「…そう言いつつも、待っててくれたんですね」

「…テメェこそ、甘っちょろい理由で手を抜こうとしてるんじゃねェだろうな?」

「いいえ。手を抜くつもりはないですし……本気です」

 

皆の優しさに押されてわたしが更に前へ出ると、待ちくたびれたようにリンダさんは手に持つ鉄パイプを握り直す。その顔を見たワレチューは小さな嘆息の後、リンダさんから離れて…一騎討ちの場が完成した。

わたしの心に同情だとか、憐れみの気持ちは一切ない。それを示すようにわたしは女神化をして、あの時の言葉をもう一度言う。

 

「…リンダさん、貴女は凄い人です。色々と直すべきところはあると思いますし、今までの行為も簡単に許されていいとは思いませんが……この思いに、嘘偽りはありません」

「だから、満足しろってか?認めてやるから、それでいいだろってか?」

「そんなつもりはありません。わたしはただ、伝えたい事を伝えただけですから。……全力でいきます、覚悟して下さい」

「…いいぜ、だったら見せてやるよ…アタイの全力、受けてみやがれッ!」

 

ほぼ同時に構えるわたしとリンダさん。相手を見据え、脚に力を込めて……長い心理戦もタイミングの見極めもなく、ただ思いのままに地を蹴った。

 

「喰らえ、女神候補生ッ!」

「……ふ…ッ!」

 

偶然か、それとも反応出来たのか、構え同様地を蹴る瞬間もほぼ同じ。…でも、そこにあるのは圧倒的な差。人の域に留まっているリンダさんと、初めから人の域にいないわたしとの間にある、覆りようのない実力差。

それでもリンダさんは、鉄パイプを振るった。きっと勝てない事は分かっていて、その上で全力をわたしにぶつけてきた。だから、わたしも全力のまま…左の拳を、彼女の腹部に叩き込む。

 

「ぐぁ……ッ!」

「……わたしの勝ちです、リンダさん」

 

めり込んだ拳でリンダさんはくの字に曲がり、息を詰まらせその場で止まる。支えとなっていた腕を抜くと、彼女はそのまま崩れ落ちる。……手を差し伸べたりはしない。きっとそれを、リンダさんは望んでないから。

 

「……っ、げほげほっ…容赦、ねェなぁおい……」

「それが、貴女に対する敬意ですから。……踏ん切りは、付きましたか?」

「…何だよ…お見通し、かよ……」

 

蹲った状態で咳き込んで、それからリンダさんは口を開く。そのリンダさんへわたしは、感じた事を言葉にする。

確信があった訳じゃない。でもリンダさんからは、口振り程の復讐心を感じなかった。訊かれたからそう言ってただけで、本当は別の意思があるんじゃないかって、わたしは心の片隅で思っていた。…そして、今の一騎討ちでそれは確信に変わった。これは、リンダさんなりの『けじめ』だったんだって。

 

「…くそっ、負けて、負けて、また負けて…結局一度も勝てずに、最後は素手の一撃でお終いか……なっさけねェ、なっさけねェなぁアタイは……」

「…普通の人なら、戦ったりしません。戦うとしても、それはやけくそでです。女神に勝つ力がないのに、何度負けてもめげないで、色々な策を講じて……最後は全力の勝負に持ち込んだリンダさんは、本当に凄い人です」

「そう、か……なぁ、お前…本当にアタイを、凄いと思ってんのか…?こんなアタイを、凄いと思ってくれるのか…?」

「…はい」

 

悔しそうに呟くリンダさんに、それは違うとわたしは言う。初めは意図しない形で裏切る事となってしまった、リンダさんへわたしは言う。貴女は、凄い人だって。

それが伝わったのかは分からない。でも、その言葉にリンダさんは少しだけ顔を上げて、初めてわたしの思いを知ろうとしてくれて……そんなリンダさんへ、わたしは力強く頷いた。思いが届くように。認めているのは、一人だけじゃないんだって伝えるように。

そして、わたしは見た。リンダさんの…捻くれ歪んだ表面の内側にある、本当のリンダさんの笑みを。

 

「…なら、その言葉…信じてやろうじゃねェか……。…ありがとな、女神候補生…」

「え……?」

 

見えたのは、ほんの一瞬の事。聞こえたのは、ほんの僅かな音。それ位、リンダさんの声は小さくて……わたしが笑みをはっきりと見るその前に、突然鉄パイプの底部から煙が噴き出した。

 

「わぁぁ!?こ、これは煙幕……じゃない!?」

「うわ臭っ!ちょぉっ!?な、何したのさ!?これ何!?この臭い煙は何なの!?」

「く、くく……あはははははははッ!やーい騙されたな女神!ばーかばーか!アタイは単にテメェ等の鼻を明かしてやりたかっただけだってーの!それを仇討ちだの憎しみだの本気になって、ほんっと女神もその取り巻きも馬鹿ばっかりだな!」

「なぁぁ…ッ!?…くっ、こんな三下風の奴に私達が揃って騙されるなんて……!」

「ははははは!今は最高の気分だぜ!何せこの後テメェ等が負けりゃ無様な姿を笑えるし、逆に犯罪神を倒したなら犯罪神すら倒す奴等をアタイは出し抜いた事になるんだからな!どっちに転ぼうが得するなんて、ほんとにアタイは頭が良い……うっ、ごほごほっ…」

「あぁっ、思いっ切り殴られてるのにハイテンションで騒ぐからそうなるんだっちゅ!あーもう!相変わらず世話が焼けるっちゅね!」

 

謎の刺激臭を放ちながら立ち込める煙幕に、わたし達はものの数秒で阿鼻叫喚。そんな中ガスマスクでもしてるのか、ちょっとくぐもった声が聞こえてきて、ノワールさんが皆の思いを代弁するような言葉を言うけど…一番近くで煙を受けてるわたしは本当にそれどころじゃない。な、何これ最早痛い!臭いを通り越して痛いよ!?女神化で嗅覚が敏感になってるところへこの臭いは……うっ、なんか気持ち悪くなってきた…。

 

「お、落ち着くです皆!こういう時慌てると、息が上がって逆効果……でもやっぱり臭いですぅぅ!」

「こ、コンパちゃんが苦しんで…コンパちゃん!オイラのマスクを使うっちゅ!これがあればもう臭いは……」

「そしたらアタイを運べる奴がいなくなるだろうが!ほら引っ張れネズミ!さっさと逃げなきゃ仕返しにボコられるぞ!」

「くぅぅ…コンパちゃん、このお詫びは必ずするっちゅ!オイラ、下衆な仲間でも裏切れない人情ならぬ鼠情派だっちゅけど……それでもコンパちゃんの事は、一番大切に思ってるんだっちゅーーーーっ!」

「あ、ね、ネズミさん…!ネズミさん……鼠情って、何なんですー!?」

 

あまりに臭過ぎて風で煙を取っ払うとか、急いで煙の範囲から出るとかの発想すら出ない中、コンパさんとワレチューの声が響く。なんかもうほんとにお馬鹿な展開だけど、それ位臭いんだから仕方ない。

そして、臭いで大パニックとなる事数十秒から数分。やっと臭いが薄れ始めて、それに連れてわたし達も冷静さを取り戻した時には……前回わたしが取り逃がした時と同じように、リンダさんとワレチューの姿はなくなっていた。

 

「そんな……まさか、こんなふざけた展開で取り逃がすなんて…」

「こ、ここまで意味不明な屈辱を感じる取り逃がし方は初めてだにゅ……」

「最終決戦の直前がこれなんて…ってそうだ、ネプギアさんは大丈夫…!?」

 

ケイブさんブロッコリーさんを始め、各所から嘆きの声が上がる最中、わたしは女神化を解除して座り込む。うぅ、臭いでここまでダメージ受けたのなんて初めてだよ……。

 

「だ、大丈夫です5pb.さん…でもその、誰かエチケット袋があればそれを……」

『吐きそうなの!?』

「ね、念の為です念の為…後それもちょっとずつ収まってきてるので、本当に大丈夫です…」

 

集まってきた皆へ、大丈夫だと言いつつ立ち上がるわたし。とても勝ったと声を上げられるような状況じゃないけど…リンダさんとワレチューを凌いで、道を開く事に成功した。…だったら、ゆっくりしてないで行かなきゃ。

 

「ったく、折角勝ったのにこれじゃ締まらない……って、ネプギア…何よその顔」

「……?わたしの顔が、どうかしたの?」

「どうかも何も、ちょっと笑ってるでしょアンタ」

「へ?…あ、ほんとだ……」

 

再度進行開始…といこうとしたところでユニちゃんに変な目で見られて、その後の発言でわたしは自分が笑っていた事に気付く。

まさか、自分が笑っているなんて。気付いた瞬間は軽く驚いたわたしだけど…理由は簡単に思い付いたし、その理由は納得のいくものだった。だからわたしはそれを気にせず、先頭に立って歩き出す。

 

「まぁ、いいじゃないそんなの。それより皆さん、思ったより時間がかかってしまいましたし急ぎましょう!」

「う、うん…あんな臭かったのにネプギアが謎の笑みを浮かべてて、やる気にも満ち溢れてるって……ね、ネプギアまさか臭いで思考がやられちゃったの!?な、なら一回休まなきゃ駄目だよネプギア!」

「何言ってるのお姉ちゃん。わたしは元気だよ?」

「いやこれは普通元気な方がおかしいからね!?ちょっ、聞いてるネプギア!?ねぇネプギアってばー!」

 

わたわたと慌てるお姉ちゃんを半ば置いてきぼりにして、わたしは進む。なんか皆からもちょっと不安そうな視線を向けられてるけど…わたしはこの通り元気だもん。

……でもまぁ、流れ的に不安になるのも分かる。けど…わたしは嬉しかったから。思いが届いた事で、それでずっと憎しみを抱いていた人を笑顔に出来た事が嬉しかったから、それが元気に繋がっている。

もしまたどこかでリンダさんを見つけたら、勿論わたしは捕まえようとする。だってそれだけの事をしてきたんだから、捕まえるのは当然の事。だけど、今はやっぱり犯罪神の再封印を優先したいと思う。それが、わたしの大切な人達が生きる…そしてリンダさんがこれからも生きていく世界を、守る為にすべき事だから。




今回のパロディ解説

・タイム3号の関さん
お笑いコンビ、タイムマシーン3号の関太さんの事。ワレチューの声優はニーコさんです。偶にお笑い芸人が声優務めるキャラっていますが、ワレチューは違いますからね。

・「〜〜都会のネズミは巨大〜〜」
せいぜい頑張れ!魔法少女くるみのED、おいでよ笑顔ヶ丘市 〜笑顔ヶ丘市に古くから伝わるわらべうた〜のワンフレーズの事。上記のパロディネタも、この作品のものです。

・「〜〜心から尊敬〜〜殺されたんだ〜〜」
機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズの登場キャラの一人、アイン・ダルトンの台詞の一つのパロディ。…なりませんよ?グレイスリンダとか出ませんからね!?

・「〜〜YOU、やっちゃいなよっ!」
ジャニーズ事務所の代表取締役、ジャニさんこと喜多川擴さんの代名詞的な台詞のパロディ。ネプテューヌのアイドル事務所…ベールがプロデューサーやってそうですね。

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