「じゃーん、なんと今日はケーキを持ってきてあげたよー!」
「おぉ……!…って待った、まさかホールケーキじゃないよね…?」
俺が目を覚まし、霊力による治療を受けてから数日が経った。霊力治療は本当に効果が凄まじく、今の時点で俺はもう絶好調。むしろ自由に出歩けない(身体の状態は良くとも一応入院中だし)事で身体が鈍ってしまっている気すらする程で、一週間以内と言っていた綾袮さんの言葉通り、もう退院は時間の問題じゃないかと感じている。
「いやいやまさか、そんな事する訳ないじゃん。…というか、してほしかった?」
「し、しなくていいしなくていい…悪いね、毎日来てもらっちゃって」
「気にしないでよこれ位。お見舞いって言えば大概の面倒事は避けられる……じゃなくて、わたしは顕人君に元気でいてほしいと思ってるだけなんだから☆」
「…あのねぇ……」
語尾に☆まで付けて茶目っ気たっぷりに言う綾袮さんに対し、俺は呆れ混じりの声を返す。…まぁ、面倒事云々は冗談で、実際のところは善意100%何だろうけど……ならばそこについて口にするのは野暮というもの。
「…あ、そういえば課題はやってる?もう夏休みも残り少ないけど……」
「……さーて、今日はそろそろ帰ろうかナ-」
「あからさまッ!あからさまに逃げようとしたね!?でも今逃げたところで課題からは逃げられないからね!?」
「わたしがしてるのは逃げじゃなくて、勇気ある転進なんだよ……!」
「それつまり撤退じゃん!結局どうする気!?」
「…正直、泣いて縋れば妃乃と顕人君は手伝ってくれると思ってます」
「うん、何だかとっても退院したくなくなってきたなぁッ!」
入院中の人間が相手でも、綾袮さんのボケは容赦がなかった。…いや健康体な俺が相手だからかもしれないけど。
因みに今俺がいるのは公共の病院ではなく協会の施設で、しかも一人部屋だから多少は大きな声を出しても問題なかったりする。
「まぁまぁ、課題の話はまた今度にしようよ。顕人君だって、ただでさえ楽しくない入院中にもっと楽しくない話なんてしたくないでしょ?」
「…俺はこの話打ち切ったって構わないけど…困るのは綾袮さんだからね?」
「はーい。とにかくケーキ食べよ?あ、こっちのショートケーキはわたしのね」
今度はほんとに冗談なのか冗談じゃないのか怪しい態度に再び呆れつつも、俺は追求を止めて綾袮さんと一緒にケーキを食べる事にした。…うん、美味い。
「やっぱり甘いものはいつ食べても美味しいよねぇ…でも、今ならアイスとかでも良かったかな?」
「かもね。でも冷房しっかり効いてるし、アイスだった場合は少し寒くなってたかも」
特筆する点なんて微塵もない、明日には話した事すら忘れているかもしれない程他愛ない会話を交わす俺達。そんな会話に花を咲かせるのも楽しいものだけど…俺には綾袮さんに訊きたい事があった。ここのところずっと訊くタイミングを伺っていて、けど見つけられなかった問う瞬間。けれど、このままじゃいつまで経っても訊けないと思い……ケーキを食べ終わった時俺は、意を決してそれを口にする。
「…あのさ、綾袮さん。二人は…ラフィーネさんとフォリンさんはどうしてるの?」
「……うん、気になるよね…いつ訊かれるかな、って思ってたよ」
訊いた瞬間、ケーキのスポンジにフォークを刺していた綾袮さんの手が止まった。でもすぐに手は動きを再開し、ゆっくりとフォークをお皿に置く。
「…当事者の顕人君には誤魔化したくないし、正直に言うね。二人は今…協会で拘束させてもらってるよ。拘束っていうか、正しくは軟禁だけど」
「……まぁ、そう…だよね…」
視線を向けた俺と向かい合う姿勢になった綾袮さんから伝えられる、今の二人の置かれた状況。…可哀想だとは思うけど、その対応は当然のもの。ましてやあの時狙われていたのは綾袮さんなんだから、その綾袮さんを前に「酷い」だなんて言える訳がない。
「…元気ではあるんだよね?」
「うん、二人も怪我してたけど重症は負ってないし、普通に生活出来てるよ?事情聴取も積極的に受けてくれてるしね」
「事情聴取、か…あのさ、二人と話したりって出来るかな?直接が無理なら手紙とかでもいいんだけど……」
元気ならばそれでいい…と言えたら格好良いのかもしれないけど、残念ながら俺はそういう性格じゃない。だから何か意思疎通出来る手段がないか綾袮さんに訊こうとして……丁度その時、部屋の扉が開かれた。医師の方か、それとも誰かお見舞いに来てくれたのかなと俺がそちらへ目をやると……
「おう、元気そうだな」
「あら、綾袮ちゃんこんにちは」
「…父さん、母さん……」
入ってきたのは、後者…それも俺の両親だった。家族のお見舞いなんて普通の事とはいえ、来るなんて聞いていなかったからつい驚いてしまう俺。
「こんにちはー、顕人君のおかーさんとおとーさん。…じゃ、わたしは邪魔になるし帰ろうかな…?」
「気にしなくても大丈夫よ。私達こそ、話の邪魔だった?」
「いや、問題ないよ。さっきまで雑談とかしてた訳だし」
俺や両親を気遣って席を立とうとする綾袮さんを、母さんが止める。一応部屋に入ってくる直前は他愛なくない話だったけど…それも今すぐじゃなきゃいけない話ではないしね。最悪電話でも済ませられるし。
「調子はどうだ?もう傷は塞がってるって聞いたが…」
「俺としてはもういつ退院してもいい位だよ。何なら暇を持て余してる位だし」
「そうか…勝手に帰るなよ?」
「そんな事しないよ…俺だって馬鹿じゃないんだから」
部屋の隅にあったパイプ椅子を取ってきながら俺の状態を訊いてきた父さんと、なんて事ない親子の会話を交わす。家を移ってからまだ半年弱だし、ちょこちょこ帰ったり電話したりしてるから、懐かしい…なんて思ったりは特にしない。
「にしても、遂に顕人も入院経験しちゃったのね。あんまり良い気分じゃないでしょ?」
「そりゃまぁ。母さんは…あ、そっか。俺を産んだ時に入院してるのか」
「ううん。顕人は産婆さん呼んで家で産んだのよ?」
「あ…そうだったの?」
「…なんてね、嘘よ」
「何故こんなしょうもない嘘を吐く…!」
続いて入院についての話を切り出した母さんは、意味の分からない冗談をぶっ込んできた。…いや、冗談に意味を求めたってしょうがないっちゃしょうがないけど…これ、そんなに面白くもないぞ……?
「あはは、顕人君ってばおかーさんにも突っ込みしてるんだね。…もしかして、顕人君の突っ込みセンスはおかーさんの冗談で鍛えられていたり…?」
「さ、さぁ…けど、要因の一つにはなってるんじゃない?」
「そっか……顕人君のおかーさん、顕人君を熱心な突っ込みキャラにしてくれてありがとうございます」
「何だそのお礼……いや母さんも『なんのなんの』みたいな表情しなくていいしなくていい!」
「…確かに、この調子ならいつ退院しても大丈夫そうだな」
「こんなところで安心得ないでよ父さん……」
そこから会話が発展するも、やっぱり俺は突っ込みをせざるを得ないらしい。綾袮さんは言わずもがな、母さんも冗談を言う方だし、父さん別段突っ込む方じゃない(というか、いい歳した大人が芸人でもないのに全力で突っ込む姿って見た事ないか…)から、俺が突っ込まないと誰もボケを処理しないというカオスな状況が出来上がってしまう。…って事を気にしてる辺り、俺も相当突っ込みキャラが板に付いてんな…。
…という感じに、明るい談話が続く事約十分。こういう時、普通は血縁関係じゃない人が浮いてしまいがちだけど…そこは普通じゃない上コミュニケーション能力に長けている綾袮さん。彼女は浮くどころか、前から交流のあったご近所さん並みの親しさをものの数分で獲得していた。
「…って事があったんだー。顕人君は真面目でマメだけど、ちょっと詰めが甘いっていうか……」
「あぁ、そうね。顕人のそういうところは、ずっと前から変わってないのよ?」
特にそれが如実となったのは母さんと話す時で、今なんかもう俺の話題を俺抜きで喋ってやがる。……恥ずい。俺の話(それも良くない部分)を母親と同居中の女の子が賑やかに話してるとか超恥ずいんですけどぉ!?
「…どうしてこんな話になった……」
「…残念だが顕人、こういう話になった時男は耐えるしかない」
「だよね…雰囲気からしてそんな気はしてたよ……」
こういう時に俺が何か言ったって、まともに取り合ってくれそうにないのは自明の理。ならば話を切り替えられそうなタイミングまで静かに耐える他ないと、俺は何ともしょぼい理由で腹を括ろうとして……そこで会話が意外な方向へと転んだ。
「ふふ、綾袮ちゃんはほんとに気さくで良い子ね。顕人、普段綾袮ちゃんに迷惑はかけてない?」
「迷惑?迷惑は……」
ここまで俺を介さず綾袮さんと話していた母さんが、不意に俺へと話を振ってくる。
何気なく訊いた感じの言い方だけど、息子が同居中の相手に迷惑をかけていないか心配するのは親として普通の思い。父さんもちらりと視線をこちらに向けていて、俺は答えを求められている。
迷惑をかけているかどうかは、意外と難しい質問。だって相手の行為を迷惑に感じるか否かは受け手次第で、加えて言えば俺は普段綾袮さんに迷惑をかけてるっていうか、世話をしてるような気がする。というか、してる。してると思う。だから俺は一瞬反応に詰まって……その質問に答えを出したのは、俺ではなくて綾袮さんだった。
「心配しないで顕人君のおかーさん。わたしは全然顕人君に迷惑なんてかけられてないし、むしろ色々とわたしを助けてくれてるよ?家事とかもそうだけど、ちょっと前にはテスト勉強に毎日付き合ってくれたりしたもん」
「…そうなの?」
「まぁ、ね。…けどそれを言うならお互い様だよ。俺だって綾袮さんからは色々と教えてもらってるし、いつも綾袮さんは俺に気配りしてくれてるから」
「…そう…なら、ありがとう綾袮ちゃん。それと…これからも顕人を宜しくね」
「うん、任せて顕人君のおかーさん!」
明るい顔で言い切った綾袮さんの言葉を受けて、再び母さんの視線が俺に。でも今度は、俺も詰まる事なくきちんと答える事が出来た。…嘘は言っていない。誇張表現もしていない。今さっき俺は綾袮さんの世話をしてるって考えたけど…逆に綾袮さんが俺を気にかけてくれてるってのも、偽りようのない事実だから。
これからも息子を頼むと言った母さんと、その隣で深く頷いた父さんに向けた、綾袮さんの任せてという一言。…俺もこうして、誰かに頼られその人に「任せて」と強く返せるような人間に、いつかはなりたいと思う。
「顕人、迷惑もだけど綾袮ちゃんに失礼な事をしないようにね。じゃなきゃ愛想尽かされるわよ?」
「愛想尽かされるって…まあ気を付けますよ…」
「あまり言わなくても顕人もそれ位は分かっているさ。だろう?顕人」
「うん。俺だって伊達に二十年弱生きてないからね」
少しだけ口煩いけど何かと気にかけてくれる母さんに、いつも「顕人なら」って信用してくれる父さん。こういうのはちょっと変かもしれないけど、子としての贔屓目もあるんだろうけど……やっぱり俺は、良い親の下に生まれたと思う。例えば綾袮さんのご両親も人格者で、そのお二人と違ってうちの親は普通の、一般的な親だけど、それでも俺にとっては尊敬する……
「…あ、またお見舞いの人来たみたいだよ?顕人君は人気者だねぇ…って……おかー様に、おとー様…?」
「へ?…あ……」
…なんて思ってたら、深介さんと紗希さんがやってきた。噂をすれば影がさすとは言うけど…こんな即効性が高いもんなの!?口に出してすらいないのに!?
「失礼するよ、顕人君。それに…お久し振りですね、お二人共」
「あ…こちらこそお久し振りです。そちらの方は…奥様で?」
「えぇ、妻の宮空紗希です。息子さんにはうちの綾袮がいつもお世話になっています」
「いえいえそんな、お世話になっているのは私達の息子の方ですよ」
などと俺が内心で滅茶苦茶驚く中、双方の両親が互いに軽く自己紹介。THE・親同士のやり取り的な会話には流石の綾袮さんも入り込めず(というか入る気自体なさそう)、「あ…そういえばお見舞い行くって言ってたっけ…」なんて小声で呟いている。
しかもそれだけではない。親同士のやり取りが一通り終わって、綾袮さんのご両親と一言二言話したのも束の間……なんと更なるお見舞いの人がやってきた。
「よ、来てやったぞ……って、おおぅ…」
「綾袮のお母様お父様に…顕人の、ご両親…?」
片や軽い調子で、片や普通に入って来たのは千㟢と妃乃さん。三組目の登場には俺や綾袮さんどころか全員が「え?」…で、入って来た二人も勿論驚いて……結果、なんと言ったらいいのか分からない雰囲気が出来上がってしまうのだった。…こんなにタイミングが合っちゃう事って、普通あるかね……。
*
包み隠さず言えば、御道が戦闘の負傷で入院したと聞いて心配になった。そりゃそうだろう。友人と呼べる相手が戦闘で負傷したなんて聞いて、「あ、そう」で終わらせられる程俺は性根が腐っちゃいないんだから。
だが実際には元気なものだった。霊力による治癒があると言ったって、御道はまだまだ経験が浅いんだから、心的なダメージは少なからずある筈…という予想をまるっきり否定される位には、心身共に健康だった。
「なんでそんな元気なんだよ、入院中の奴ってもうちょっとぐったりしてるもんじゃないのかよ」
「いや知らんがな…元気である事を喜んでよ…」
「よっしゃあ!……喜んだぞ」
「喜び方がおかしいっての…」
健康そのものな御道ではあるが、立て続けにびっくりな見舞いが来たからか今は少々疲れ気味。入院ってのも楽じゃねぇんだなぁ…。
「いや、貴方のふざけた態度も要因の一つだと思うけどね」
「馬鹿言え、こんなのまだまだジャブみたいなもんだぞ?」
「入院してる友達相手にジャブ喰らわせるって何なのよ貴方…」
俺の地の文をさらっと読んで指摘してくる妃乃。言われてみりゃその通りではあるが、御道に対してはこういう接し方がもう板についているんだから仕方ない。
因みに御道の両親と綾袮の両親は、先程揃って帰っていった。心配してきた家族に水を差すのは…という事で早めに帰るつもりの俺だったが、「親より友達の方が話も盛り上がるでしょう?」…という御道の母親の言葉もあり、今ここにいるのは未成年組四人だけ。
「ふっ、そこは心配しなくてもいいんだよ妃乃。ここ数日わたしは毎日来て、毎日ボケ倒してるけど顕人君は全然状態が悪化したりはしてないからね!」
「中々酷い事してるわね!?それは普通に可哀想だから止めなさいよ!?」
「えー…わたしはここでも普段の生活を少しでも感じられるようにしてあげようと思っただけなのに……」
「それは……って、ボケ倒すのが日常なの!?薄々予想はしてたけど…ほんとに苦労するわね、貴方は……」
「はは…でも実際元気は有り余ってるようなものだし、悪い気はしてないよ?」
「そういう事言うから綾袮が調子乗るのよ…まぁ、言わなくても綾袮のスタンスは変わらなかったでしょうけど…」
見舞いの経験なんて数える程しかない俺にとって、見舞いのスタンダードなんざ全く分からないが…こんな自然な感じでいいのか?…と思う程に交わされる会話はいつも通りだった。…まぁ、それも御道が元気だからこそなのかもしれないが。
(……元気だからこそ、か…)
「……悠弥?どうしたのよ、急に難しい顔して」
「あー…いや、何でもねぇよ。それより御道。魔王の時も思ったが…ちょっと戦闘に関してアクティブ過ぎるんじゃないのか?」
「うーん…否定は出来ないね。魔王の時と今回とじゃ、理由も状況も色々違うけど」
この場の状況に対する解釈を考えたところで、俺の脳裏にある事がよぎる。表情に出ていたようで誤魔化しはするが、話を逸らしながらも俺の頭にはその事が留まり続けている。
今回御道は霊力治癒もあって、すぐに回復する事が出来た。だが間違いなく、もっと重傷になっていた可能性も……最悪の結果になっていた可能性もあるだろう。そうならなかった理由は恐らく色々とあって、その中には御道の気力やら判断やらもあるんだろうが……俺は思う。運が良かったから、御道はこの程度で済んだんだろうと。
「否定は出来ないね、じゃないっつの。…親御さんもこうして見舞いに来てくれてんだから、馬鹿な事すんなよ?」
「……悪い、千㟢にも心配かけて」
「は?何でそうなるんだよ」
「いや、千㟢は何もなしにこんな事言わないでしょ。元々あんまり他人に興味ないんだから」
「あのなぁ…ったく、本当に反省しろっての……」
軽く額に手を当て、嘆息混じりに念を押す。…まさか、心配かけて悪い、なんて言われるとは思っていなかった。その返答が癪だったから突っぱねるように返すと、今度はdisり混じりで地味に言い返せない事を言ってくる。…くっそ、御道は性格は悪くないが偶にこういう返しをしてきやがるんだよな……。
「ぷっ、悠弥上手くやり込められたわね」
「悠弥君って、愛想笑いけど気遣いはしっかりしてるよね。今のだって間接的に両親の事も慮ってる訳だし」
「うっせぇ…!てか、こういうのは俺よりそっち二人が言うべきだろうが…!」
「あ、それなら大丈夫だよ。わたしも顕人君には言ったからね、馬鹿な事するなって」
「あー、うん。キレられたね、俺」
「え、綾袮がキレたの?…いや、まぁ綾袮でもこれは怒るか…貴方が短絡的な事したのは間違いないし」
何故か俺が女子二人からにやにやした顔で見られたり、そっから綾袮がキレたって話になったりと、一応は真面目な事を言った筈なのにその雰囲気が碌に持たない。何ともまぁ不真面目な奴等だ…と一瞬思ったが、俺が他人を不真面目だなんて何様だよって話。それに仮にも綾袮は宮空の人間なんだから、言うべき事はきっちり言っている筈。ならばぐだぐだ言っても蛇足にしかならんだろうと、俺は続く言葉を飲み込んだ。
(…それに、並々ならねぇ事があっても尚自分を保ってられるのは大切な事だ。なら、この雰囲気を壊すのも…自己満足以上の意味がねぇ行為だよな)
御道が幸運だったのは間違いない。もし事の重大さを理解してないなら、それこそ次同じような事があれば取り返しのつかない事態になりかねない。だが、そうじゃないのなら…俺がこれ以上踏み込む必要なんてないだろう。完全に不要な行為だし…俺より適役は、顕人の周りにいるのだから。
そう自分の中で答えを出し、俺は俺の頭へよぎった思いに結論を付けるのだった。
「……そうだ御道、夏休みの課題はもう終わったか?」
「おっと、まさかまた課題の話になるとは…大方は終わらせてあるけど?」
「そうかそうか。じゃ、帰りにちょっと家寄らせてもらうぜ?」
「え?まぁ綾袮さんがいいなら俺は構わな……盗る気か!?良くて書き写し、悪くて最悪パクる気か!?」
「……!いいよ悠弥君!是非いらっしゃいませ!(その手があった…っ!)」
「是非いらっしゃいませ、じゃねぇよ!?後心の声がっつり見えてますからね!?」
*
顕人と彼の見舞いにきた三人に気を回し、想定よりも早く去った二組の両親。だが二組の姿は、未だその施設の中にあった。
「…どうしても、お答えして頂く事は出来ないんですね」
「すみません。これは組織内でも情報規制がなされている事なので、今言った以上の事はお答え出来ません」
少し悲しそうに言う顕人の父親の言葉に、深介はゆっくりと首を横へ振る。彼が訊いていたのは、顕人に何があり、何故負傷する事になったのかという、親ならば訊いて当然の質問。
「いえ、情報を外へ漏らしてはいけないのは一般の企業も同じ事ですから、それについては理解しています」
「…ありがとうございます」
顕人の父親の返しに軽く頭を下げる深介と紗希。立場ある人間として、冷静な対応を徹底している二人だったが…内心では彼と顕人の母親の心情を考えるまでもなく感じていた。同じように子を持つ親としての心は、顕人の両親に共感していた。
「…では、代わりに聞かせて下さい。安全管理は、徹底しているんですよね?」
「それは勿論です。…仕事柄、絶対的な安全は保証出来ませんが…それ故に安全の確保には重点を置いているつもりです」
「しかし、顕人君が大きな負傷をしてしまった事は事実。…今回の件は我々の失態として、重く受け止めさせて頂きます」
続く顕人の母親の言葉には、紗希と深介が順に答えた。その返答を最後に、二組の間へ訪れた十数秒の沈黙。深介と紗希が反省を示すように目を伏せる中、顕人の両親は寄り添うように目を合わせ……それからはっきりとした声音で、言う。
「…分かりました。話を聞く限り顕人にも至らない点はあったようですし、これも顕人が選んだ道。顕人を信じて送り出した以上、私達はこの事をそのまま受け入れようと思います」
「…そう言って頂けると、こちらも助かりま……」
「……ですが、今後も同じ事が続くようなら…組織が顕人を不幸にするだけの場所ならば、私も妻も黙ってはいません。私達には貴方達のような立場も、力もありませんが……それでも私達は、顕人の親ですから」
『……はい』
「…では、失礼します。それと…お二人の娘さんは、とても素敵な方だと思います。ですから、彼女の親であるお二人を…信じさせて下さい」
納得と、意思と、信用。その三つの思いをそれぞれに伝え、顕人の両親は去っていった。そんな二人の後ろ姿を、綾袮の両親である二人は見送る。
「……立派な両親だね。顕人君の人柄は、彼が元から持っていた面もあるんだろうけど…きっと、あの二人に育てられたからこその部分もあるんだろう」
「えぇ。お二人の信用の為にも、アタシ達大人が務めを果たさないと。…ねぇ深介、アタシ達は綾袮にとってあんな親でいられてるかしら?」
「どうだろう。…けれど僕は、胸を張って自分が綾袮の親だと言える父親をしていたつもりだよ」
「…そうね。貴方は相変わらず頼りないけど…それでもアタシと一緒に親をしてきたんだもの、ね」
それから数分後、彼等もまたその場を去る。時間にすればたった数十分の、それも片や組織の人間として接していた、二組の親のやり取り。だが、そんな時間や立場は関係ないとばかりに……二組はそれぞれ、相手の両親に対する敬意の念を抱いているのだった。