双極の理創造   作:シモツキ

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第百六話 ちょっとした秘密、判明

人は慣れる生き物。初めはどんなに感情を揺さぶられた事でも、回数を重ねる内に少しずつ慣れていき、気付けば何でもない事になってしまう。それは、仕方のない事。意思関係なしに、勝手に慣れてしまうものだから。

だが、中には何度経験しても慣れない事がある。そしてそれは、往々にして出来れば慣れていきたいもの。そういうものに限って、中々慣れてくれやしない。…だから俺は、この経験をする度……嘆く。もう終わってしまうのか、と。

 

「はぁ……テンション下がる…」

 

八月下旬の某日。俺は緋奈、妃乃と共に朝っぱらからきっちりとした服を着て外に出ていた。…理由?…そんなの、この状況と日程から考えりゃ言うまでもないだろうに……。

 

「はぁ…とにかくはぁ……」

「何よとにかくはぁって」

「とにかくはぁはとにかくはぁだ。はぁ中のはぁなんだよ」

「…緋奈ちゃん、翻訳出来る?」

「いや、流石にこれはわたしも…」

 

がっくりと肩を落とす俺に対し、少女二人はいつも通り。……意味が分からん…何故だ、何故いつも通りにいられるんだ…。

 

「…冬休みまで、後四ヶ月弱かぁ…長いなぁ……」

「当たり前でしょ。夏休みは昨日終わったばっかりなんだから」

「長ぇ、長ぇよこの期間は……」

「はいはい、ボヤいてないでシャキッとしなさい。…私は先に行くから、緋奈ちゃんは悠耶を頼むわね?」

「分かりました。きちんとお兄ちゃんを学校まで連れて行きますね」

 

そう言って妃乃は歩速を上げる。俺が緋奈をじゃなくてその逆かよ…とは思ったが、まぁ別に今はどうでもいい事。…さて……

 

「…………」

「うん、何お兄ちゃんは角を曲がると見せかけてそのまま回れ右してるのかな?」

「冷房が…クーラーの効いた部屋が俺を呼んでいるんだ…」

「それなら教室も多分点いてるよね。家は逆に点いてないよね。だから学校行こうかお兄ちゃん」

「…緋奈…緋奈はお兄ちゃんの思いより、妃乃のぞんざいな言葉を大切にするのか…お兄ちゃんは悲しいぞ……」

「お兄ちゃん、わたしは適当な事言って学校をズル休みしようとしてるお兄ちゃんの態度が悲しいよ」

「むぐ……」

 

緋奈一人なら上手い事丸め込んで帰れるかもしれない。…そう思っていた俺だが、完璧に切り返されてしまった。いつの間にこんな成長したんだ緋奈よ…成長したのは嬉しいが、お兄ちゃんは現在非常に複雑な気分だ…。

 

「…ほんとに駄目?」

「ほんとに駄目」

「ほんとにほんとに?」

「ほんとにほんとに」

「…見逃す余地は?」

「ないよ」

「……ちぇー…」

「反応が子供っぽいよお兄ちゃん…」

 

往生際を悪く粘ってみるも、やっぱり結果は微塵も変わらず。という事で俺は諦め……暑い中学校まで歩くのだった。

 

 

 

 

「おい生徒会、冬休みのスタートを早くするか夏休みを大学並みに増やしてくれ」

「無理だ、諦めろ。後厳密には生徒会本部又は執行部ね。生徒会は全生徒が所属する会の事だから」

 

始業式後の休憩時間。蒸し暑い体育館からやっと多少なりともエアコンの効いたクラスへと戻った俺は、座るや否や御道に頼み込んでみた。…結果得られたのは、どうでもいい知識だけだったが。

 

「んだよ、教職員の犬め……」

「おう喧嘩売ってんのかオラ。……執行部だって、もっと権限があれば色々やってるよ…何をするにも先生の許可が必要な、実質義務だけあって権利がほぼない職務なんだからな…?」

「そ、そうか…なんかすまん……」

 

御道の口から語られる、中間管理職とか名前だけの役員みたいな現実に毒気を抜かれてしまう俺。…苦労してるんだな、御道も……。

 

「…それはそうと、課題はやったの?」

「俺がやったと思うか?」

「思わない」

「だろうな。だがちょっとだけやったぞ、どうだ」

「いやどうもこうもないんだけど…」

 

最初の話が途切れた事で、話題は課題に関するものに。とはいえ課題の話なんて然程面白いものでもなく、十秒前後でこれも終了。

 

「…早よ帰りてぇなぁ……」

「どうせ午後になる前に終わるんだから我慢しなよ…そうだ、買い出し前に二人にも何か食べたい物あるか訊いとくか……」

「二人?綾袮の方にまだ一人いんの?」

「ん?…あー…そっか、そういや言ってなかったのか……」

 

そんなこんなで会話も先細り…になるかと思いきや、御道が何やら気になる事を口にする。

口振りからして、今日一人客が来る…って感じじゃない様子。加えていうなら、それなりに交流がある相手の模様。その二点から、俺は両親でも来るのか…?…と思ったが……

 

「話すと長くなるんだけど…色々あって、ラフィーネさんとフォリンさんがうちに住む事になったんだよ」

「……は?」

 

……真実は、俺の想像を数段超えてきやがった。…ヤベぇ、全然経緯が分からねぇ…。

 

「まぁそうなるわな…具体的な事は後でいい?協会絡みの話になるし、俺一人だと説明は出来ても質問への回答には不安があるし」

「まぁ、そりゃ構わねぇが…凄い事になってんな、俺の知らない内に……」

「はは……実際夏休み後半は、凄い事だらけだった気がするよ…」

 

そう言って苦笑いを浮かべる御道。…だが、何というか…そうは言いつつも、御道は何かが変わったような気がする。変わったというか、進んだというか……大変な事になって、入院もして、その上で何も変わらないならそれはそれで凄い事だけど、な。

 

「…てか、御道こそ夏休み中に何かあったりしなかったの?」

「ないな。ちょっとした事なら幾つかあるが、わざわざ話す程の事でもねぇよ」

「あそう…ま、御道は面倒な事は徹底的に避けるタイプだもんね」

「当たり前だ。無駄な部分で無駄な労力を費やさないのは、戦場でも重要な事だからな」

 

こういうやり取りをするのも何度目だろうか。我ながらよく飽きないなぁとは思うが、実際割と飽きないんだからいいじゃないか。…でも、そうだな…うちも今日の昼食はどうすっか……。

 

「…ん?…うぉ、これはまたタイムリー……」

「何が?」

「緋奈が今日は友達と昼食食べるから、昼は要らないってよ」

 

緋奈からのメッセージを受け取った俺は、御道に答えつつも視線をクラスの一角…妃乃のいる方向へ。そこでは案の定妃乃が綾袮と共に他の女子と談笑しており、だから俺は手にした携帯でそのまま意思疎通を図る事にした。

 

《今日の昼食、何か希望あるか?》

《ないけど?》

《じゃ、今日は各々食うってことでどうよ?緋奈は友達とどっか寄るみたいだし、俺も店行く事にするわ》

《そうね、構わないわ》

 

特に絵文字を使うでもスタンプを使う訳でもない、味気のない(俺と妃乃間でスタンプやら何やら使いまくってたら、それはそれで君悪いが…)やり取りを経て昼食は各々食べる事に決定。俺はどこで食べるか全く決めてないが…ま、適当な所でいいだろ。

てな感じでぼんやりと昼食の事を考え、二学期初日のスケジュールも全て済んだ事で下校時間に。という訳で、御道と別れた後に店を探し始めた俺だが……

 

「…しまった、今って基本どこも混む時間帯だったんだよな……」

 

お昼時という事を完全に失念していた俺は、どこの店に入るでもなくただふらふらと歩いていた。

勿論、店自体に入れないなんて事はない。…が、今のところ目にした店はどこも入ってすぐ席に座れる状態じゃなく、俺としても長々待ってまで食べたい気分じゃない。

 

「……しゃあねぇ、スーパーで弁当買って帰るか…」

 

妹と同居人は外食(少なくとも緋奈は)するというのに、俺はスーパーの弁当だなんてちょっと悲しいが、待つよりはマシなんだから仕方ない。…という事で俺は最寄りのスーパーに入店し、適当に美味しそうな弁当を選んで帰宅するのだった。

 

「ふぃ〜、やっと涼しくなってきた……」

 

家に着いてから十数分。クーラーを点けTVも点け、のんびりと昼食の弁当を口に運ぶ。俺が買ったのは然程高くもなければ眼を見張る程安くもない、よくある弁当の一つだが、それでも味はそこそこなもの。値段から考えりゃ十分な美味しさだよなぁとか、偶には弁当も悪くないよなぁとか考えながら食べていると……そこで不意に、玄関から声が聞こえた。

 

「…あれ?…空いてる……」

(……?今の声、妃乃か?)

 

外で食べている筈の妃乃の声が、何故玄関から聞こえてきたのか。当然それが気になった俺だが、まぁそれは別に慌ててまで訊く事じゃない。だからそのまま口の中の物を咀嚼していると、声に続いて足音も聞こえてくる。

そうして数秒後、がらりと開かれるリビングの扉。その扉の向こうから姿を現したのは…やはり妃乃。

 

「え、涼しい……って事は…まさか…」

「おう、早いな妃乃。……妃乃?」

 

リビングに一歩入ってきた妃乃は、これまた何故か俺を見た瞬間硬直。なんと、気付かぬ間に俺は見た相手を石化させる能力に目覚めてしまったのだ!……なんて事は勿論なく、どっちかっていうと精神的な理由で固まって様子。

じゃあ、何故…ってか何が妃乃にショックを与えたのか。それを考えていた俺は、そこでふと妃乃が手にした袋と、そこにプリントされたロゴに気付く。

 

「…うん?それはバーガーショップの……。…あぁ、妃乃も外食じゃなくて持ち帰りにしたって訳か」

「……っ!…う、うぅ……」

「……う…?」

「…忘…れろぉぉおおおおおおぉッ!!」

「はぁぁ!?ちょっ、待っ……ぐへぇぇぇぇッ!」

 

予想外に早い帰宅は、俺と同じく買って帰る選択をしたから。その事に合点が行く中、妃乃は俯き震え始め……次の瞬間、鋭い右ストレートが俺の頬を直撃した。その威力は、明らかに冗談の域を超え……もし俺の口にまだ食べ物が残っていたら、それはもう盛大に吹き出してしまっていたところだろう。

 

 

 

 

「ほうほう、妃乃はジャンクフードが実は好きで、これまでも時々食べていたと」

「…はい……」

「でもそれはこれまで秘密にしてきた事で、誰にもバレたくなかったと」

「…はい……」

「……だからって、本気で殴るかね普通…」

「うっ…だ、だからそれに関しては悪いと思ってるわよ……」

 

普段は怒る妃乃と不真面目に応答する俺、というのが千嵜家における普通の光景だが、今回は逆に俺が怒り、妃乃が正座して応答していた。……そりゃそうだろ、俺理不尽に殴られたんだから。

 

「悪いと思ってるにしても、あんまりだぞこれは。ちょっと腫れちゃったじゃねぇか…」

「それは…元はと言えば、誰もいないと思ってたのに貴方がいたから……」

「…それを理由にするなら、流石に俺も妃乃の事軽蔑するぞ?」

「……ごめんなさい、今のは自分でも最低だって思ったわ。反省する…」

「ったく……」

 

普段と立場が逆な上、色々適当な俺に叱責されるのは妃乃にとって屈辱なんだろう。だから気持ちは分からないでもないが、これを正当化されちゃ俺だって許してやろうなんざ思えなくなる。幸い自覚してくれてたようだが、このプライドの高さはぶっちゃけ妃乃の欠点だよなぁ…。…てか……

 

「そもそもジャンクフードを食べるなんて、隠すような事かよ?確かに毎日の様に食べてたらアレだが、そうでもないなら別に問題なんてないだろ?」

「だ、だって……似合わないじゃない…性格的にも家柄的にも、私がジャンクフードを好き好んで食べてるなんて……」

「えぇー……」

 

目を逸らし、もじもじと隠したかった動機を吐露する妃乃。……いや確かに、似合ってはいないと思うが…。

 

「…別にそこまで隠さなくたっていいだろ。対外的にならまだしも、俺や緋奈にまで隠すなんて食べるにも一苦労じゃねぇか」

「それはそうだけど……」

「…信用ならないってか?俺や緋奈が似合わないって貶したり、誰かに言いふらしたりするとでも?」

「そ、そんな事はないわ!緋奈ちゃんはそういう事する子じゃないし……その、貴方の事も…ちょっとは、信用してるんだから…」

 

恥ずかしいなら「そんな事はないわ」で止めりゃいいのに、わざわざ俺の事まで触れて妃乃は軽く赤面。……くそう、数分前に右ストレートぶち込まれたのにちょっと可愛いじゃないかこいつ…。

 

「そうかい。まぁ隠す隠さないは妃乃の勝手だからいいが、俺はうちの中位じゃ隠さなくたっていいと思うぞ」

「……善処するわ」

「はいよ。さてと…」

 

この話はもう終わりだ、とばかりに俺は身体の向きを妃乃から逸らし、昼食を持って立ち上がる。そして部屋を出ようとすると、正座を解いた妃乃から呼び止めの声が。

 

「…どこ行くのよ?」

「俺がいちゃ食べるにも食べられないだろ?」

「う……い、いいわよ別にここにいたって。ここで悠耶にそんな事までさせたら、もやもやした気分で食べる事になるし…」

「え、殴っておいて今更気にする?」

「だ、だからそれは悪かったって言ってるじゃない!」

 

そう言って妃乃は乱暴に袋からハンバーガーのセットを取り出し、早速包装を……剥がしかけたところで不意に止まり、リビングからキッチンへ。急にどうしたんだとその行動を見つめていると、妃乃は手を洗っていた。…そういや、玄関からここきてそのままの流れだったな…。

そんなこんなで数分後。俺は昼食を再開し、妃乃もバーガーを両手で持って食べ始めていた。

 

「……ん…♪」

「嬉しそうだな」

「うっさい。……後これ、殴ったお詫びに半分あげるわ」

「殴ったお詫びにフライドポテト…?…いや、くれるなら貰うけど」

 

もう明らかに脂っこい、良くも悪くもジャンクフードだなぁと思うポテトを摘みつつ…端っこのカリカリした部分、美味いよな…俺は再び視線を妃乃へ。

決して大口は開けず、育ちの良さを感じさせるペースでぱくぱくごくんと食べる妃乃。さっき妃乃は自分とジャンクフードが合わないと言っていたし、俺も否定はしなかったが……ぶっちゃけ不釣り合い感はあんまりない。それはそれで悪くない光景というか、ちょっと質の良い物を食べてる風にも見えてくるというか……まぁ、身も蓋もない事を言えば、意外に合うっていうより単に妃乃というベースがいいから何やってもそれなりにはなるってだけだとは思うが…それでも妃乃がハンバーガーを頬張る姿は、絵になっていた。

 

「…いつから好きなんだ?」

「それは一人暮らしを始めたばかりの頃興味本位で一度食べてみて、一口食べたその瞬間から……って、べ、別にいつからだっていいでしょ…!」

「うん、ほぼ答え切ったな」

 

好きな物を食した事で気が緩んでいたのか、べらべらと妃乃は答えてくれた。…あれ、これはジャンクフードを用意しておけば、それを交渉材料に妃乃へ強く出られるんじゃね?レアな物じゃないから、タイミングには要注意だが。

 

「しかしまぁ…ほんとに意外なもんだな。ジャンクフードなんて、それまで妃乃が主に食べていた物とは真逆の食べ物だろ?油キッツ…とか味濃過ぎ…とか思わなかったのか?」

「それは…正直、私も不思議なのよね…今もコテコテな味だって思うし、栄養の偏りも頭をよぎるのに、何故か食べたくなるっていうか、謎の魅力を感じてる自分がいるっていうか…依存性のある物質でも混ざってるのかしら……」

「入ってる訳ねぇだろ…そんなのあったら一発で営業停止だわ……」

「冗談よ冗談。…でも、悠耶にだって一つ位は『何故かよく分からないけど好き』ってものがあるでしょ?」

「妃乃が調子乗った結果大失敗して、悔しそうに俯く姿とかか?」

「そうそうそんな感じの…ってはぁぁ!?あ、貴方私のそんな姿が好きだったの!?捻くれてるわね!シンプルに捻くれた神経してるわねっ!っていうか、そもそもそんな姿なんて……」

「まぁ、冗談だがな」

「な…ッ!?」

 

怒りと騙された恥ずかしさで顔を赤くする妃乃を尻目に、俺は悠々と麦茶を一口。基本的に妃乃は冷静且つ理性的で、しっかりと考えてから動くタイプ。妃乃が魔人に目を付けられた時の行動から考えても、心理戦に弱いという要素は凡そない。……が、気付けば俺は食事の片手間に弄る事が出来る位になっていた。初めから弄れてたといえば弄れてたが、今はより的確に、狙った通りに弄れている。

そんな状況が、俺には少し感慨深い。元々妃乃と俺は仕事(っていうとやや語弊があるが)上の関係で、うちに妃乃が来たのもそれが理由。だが…たった半年程度だというのに、今はもう妃乃が違和感なくここにいる。こうして食卓を囲み、下らない話を交わしている。そして、そんな今を…俺は、悪くないと感じている。

 

(ま、緋奈がいなきゃそれも不十分だけどな)

 

今だって悪くないが、やっぱりここには緋奈がいてこそ俺にとっての居場所だと思う。親父とお袋がいれば文句なしだが、終わってしまった過去はどうしようもない。だからこそ俺は今を大切にしている訳で、それはきっと高望みなんかじゃない筈。

…いや、高望みだとしてもこれ位は要求させてもらう。何せ俺は優等生でもなけりゃ、真人間なんかでもないんだからな。

 

「ご馳走様、っと。はー…今日は疲れてしゆっくりしよう、うん」

「まだ昼だし午前中の内に学校は終わったでしょうが…ったく、夏の間に弛んだんじゃない?」

「失礼だな、俺は休息を満喫しただけだ。そして今もそうするつもりだ」

 

そう言いながら俺は弁当を片付け、三人がけのソファにごろんと転がる。…長ソファには、横になりたくなる魅力があるんだよな。夏場は気を付けないと、ソファの皮が汗でびちょびちょになっちまうが。

 

「相変わらずだらしない奴ね…太るわよ?」

「おー、経験者は言う事が違うなぁ」

「はぁ?誰が経験者ですって?女性にそれは、喧嘩を売っているも同然だって分かって言ってる?」

「ほぅ…今の猪木アリ状態となった俺に勝てるとでも?」

「いや、それは単に寝転がってるだけでしょうが……やっぱいいわ、こんなにの乗るのも馬鹿らしいし…」

「はっはっは、勝ったな」

 

横になったままの俺と、椅子で残ったポテトを摘む妃乃でのしょうもない会話。それはまるで中身のなく、下らなく……けれどやっぱり悪くないやり取り。だから俺は思うのだった。妥協案として選んだ弁当は、案外上々の結果をもたらしてくれたのかもな、と。

 

 

 

 

「……んぅ…」

 

何かあった訳でもなく、ただ自然に目を覚ます。目を覚ますというのは、寝ている状態から発生する行為。どうやら俺は、あのままソファで寝てしまったらしい。

 

(…今、何時だ…?ってか、妃乃も寝てるし……)

 

首を回しつつ身体を起こし、ぼんやりとした頭で掛け時計を眺める。いつ寝てしまったかはよく覚えてないが、寝ていたのは恐らか数時間。今はまだ夕方より少し早く…食卓では、腕を枕にして妃乃が寝息を立てていた。

 

「…………」

 

特に理由はないが、何となく妃乃を見つめる。母は見るからに柔らかそうで、閉じた目のまつ毛は長く、すぅすぅと規則正しく寝息を立てるその姿は……まぁその、やっぱり可愛い。

 

「…って、何してんだ俺は……ん?」

 

数十秒程経ったところで我に返った俺は、軽く自分に呆れて……そこで俺の携帯が鳴った。

それは、メッセージを受信した事を伝える通知。何だと思って見てみると、そのメッセージは緋奈からのもので、しかも数分前と数十分前にも一件ずつ来ていた。内容は夕飯前には帰るというもの、可愛い子猫を見つけたというもの、可愛いけど不思議な猫だというもので、俺がアプリを開くと丁度そのタイミングで緋奈から写真が送られてくる。そこに写っているのは、この流れから分かる通り猫の写真。

 

「…ったく、野良猫だか捨て猫だか知らないが、猫にはしゃぐなんてまだまだ緋奈も子供──」

 

今緋奈がしているであろう事に、それをわざわざ伝えようとする事に、俺は微笑ましい気持ちになる。そして写真を送ってこなければ、俺はその気持ちのまま「引っかからないよう気を付けろよ」とでも返信していたんじゃないかと思う。

…だが、違った。そうはならなかった。表示された写真を見た瞬間……俺は、愕然とする。

 

「な……ッ!?」

 

写真に写る存在は、確かに一見猫だった。だが、そいつには尾が二つあった。茶色の毛並みにはちらほらと黒い毛が混じっていて、その毛からはどうにも硬質的なものに見えた。嬉しそうな顔をしていたが、それは緋奈に懐いているとかではなく、もっと獰猛な何かを感じさせるものだった。そして何より…そいつが猫でも動物でもない、もっと異質な存在だと……本能的に、分かった。

俺は感じた。分かった。理解した。異質さを感じるそいつが、緋奈の側にいる存在は────魔物であると。

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