双極の理創造   作:シモツキ

109 / 245
第百八話 すれ違う思い

緋奈は、俺の話を静かに聞いていた。霊装者の事も、魔物の事も、緋奈にとっては到底信じられない話の筈。魔物の姿を目にしていたとしても、そう簡単に飲み込む事なんて出来る訳がない。……なのに緋奈は、疑いもせずに信じた。信じてくれた。

 

「…実はね、ちょっとだけ変だなって思ってたんだ。妃乃さんの居候の件はやっぱり普通じゃないし、少し前からお兄ちゃんも『あれ?』って思う事が偶にあったから」

 

話を聞き終えた緋奈は、そう答えた。俺達の隠し事には気付かずとも、全く違和感がなかった訳じゃなかったのだと。

だが、緋奈は隠していた…騙していた俺や妃乃を責める事なく、それどころか俺に言ってくれた。これまで何も言わずに守っていてくれてありがとう、と。

その言葉は俺にとって、心から嬉しく同時に負い目も感じる言葉だった。責めもせずに感謝してくれる緋奈を、俺は騙していたのだから。

 

「……これで、良かったんだよな…」

 

話は済んだ。今日は一人で頭の中を纏めさせてほしいという緋奈の意思を尊重し、夕飯は緋奈の部屋へと運んで、今はもう夜。ベットに寝転がり、天井を見つめながら…俺は呟く。

 

(…親父、お袋…二人だったら、どうしてたんだ?)

 

俺は覚悟して、自分で決めて、緋奈に話した。それを後悔してはいないが……思ってしまう。これが正解だったのかと。兄ではなく、本当の保護者である両親ならどうしていたのかと。

答えなんて、出る訳のない問い。それでも考えてしまうのが人というもの。たらればに意味がないなんて分かっていても、それは自然に思ってしまう。…人は誰しも、出来るならばより良い未来を歩みたいんだから。

 

「…信じるしか、ねぇよな。これが正しかったんだって、緋奈はこれからも緋奈でいてくれるって」

 

暫く考えて、それから俺は自分に言い聞かせるようにしてまた呟く。分からないなら、信じるしかない。頭じゃそれを理解してるんだから、後は心を納得させるだけ。簡単に出来たら苦労しないが……これまでも俺は色々あって、でも何とか納得して、ここまで生活してきたんだ。…だからきっと…大丈夫、だよな。

 

 

 

 

翌日、緋奈はいつも通りに起きてきて、いつも通りに朝食を食べて、いつも通りに俺と学校に行った。夏服じゃ包帯を隠せる訳がなくて、当然クラスメイトや担任に何があったか訊かれたようだが、野良猫に引っ掻かれたで通したらしい。相手はともかく、引っ掻かれた事は事実だから上手く誤魔化せたんじゃないかと俺は思う。

それから数日は、至って普通の日々が続いた。ぶっちゃけ少し拍子抜けでもあったが、俺にとっては嬉しい誤算。これまでの日々が無くならないでいてくれるなら、それに越した事はない。……そんな、ある日の事。

 

「衣替え……はまだまだ先だな。今変えたら絶対後悔するっての」

 

食後、衣替えをいつするかなんて考えながら衣類をタンスにしまう俺。実情を言うと、俺はそんなに私服が多くはないから詰め込みさえすれば衣替えなんてそもそも必要ないんだが……これもお袋が生きていた頃の影響から、毎年きっちり替えている。…もし今もお袋が生きていたのなら、俺は大分きっちりした人間になっていた可能性もあるんじゃないだろうか。

 

「…お兄ちゃん、ちょっと話いい?」

「ん?おう、大丈夫だぞー」

 

…と思っていたら、ノックと共に緋奈の声が聞こえてきた。だから俺は何も考えず了承し……丁度今、下着をしまっている最中だった事に気付く。

 

(っと、これは不味い……ッ!)

「じゃあ入るね……って、お兄ちゃん?」

「…な、なんでもないぞ緋奈…」

 

兄妹とはいえ、自分の物とはいえ、下着を持っている状態で入室許可…というのは流石に不味い。そう思った俺は左ストレートばりの勢いと捻りで下着の棚に手にした物を叩き込み、右ボディー並みのパワーで引き出しを閉じる事により、ギリギリの所で事なきを得た。……あっぶねぇ…。

 

「そ、そう…。……えっと、その…」

「…緋奈?」

 

普段緋奈は椅子だったりカーペットの上だったり、とにかく空いている所にそのまま座る。気心の知れた兄妹なんだから、それは一向に構わないと思っている俺だが…今日は珍しく閉めた扉の前に立ったままで、自分から来た割に歯切れも悪い。

…が、その様子で逆に俺は用事が分かった。断言は出来ないが、恐らく……

 

「……お兄ちゃん、話してくれたよね。魔物の事とか、霊装者の事とか、お兄ちゃんや妃乃さんの所属してる…えっと、霊源協会…?…の事とか」

「…そうだな」

 

…やはり、緋奈の用事は数日前に話した事に纏わるものらしい。当たり前だよな。俺が話した事は緋奈にとっては到底信じられないような内容だったんだから。

 

「それで、お兄ちゃん言ったよね?魔物は人…特に霊力を持つ人を狙うって。わたしが襲われたのも、それが理由だって」

「あぁ。…基本的に霊装者の力は代々受け継がれる。俺がそうだった以上、緋奈にもその力があってもおかしくはないって事だ」

「おかしくはない…?…って事は、わたしはそうじゃない可能性もあるの…?」

「…まぁ、ちゃんと検査はしてないからな」

 

そういえばそうだった、と緋奈に話しつつ俺も思い出す。二度も襲われたんだからほぼ確定と言えるレベルだが、それはあくまで確率の話。

緋奈に霊装者の作用があるかどうかは分からない。それは緋奈に霊装者の事を知られたくないという気持ちがあって、尚且つ素養があろうとなかろうと俺が守るつもりであったから。そしてそれならばわざわざ確かめる必要なんてないだろうと考え、判明させないままでいた。

 

「そう、だったんだ……それって、どうしたら確かめられるの?やっぱり、えぇと…双統殿、だっけ?…に行かないと分からない?」

「いや、そんな事はないぞ?しっかり確かめるにはそりゃそれなりの設備が必要だが、ざっくりしたものでいいなら武器に霊力が通せるかどうかで……って待った。…まさか緋奈、霊装者に興味があるのか…?」

 

霊力付加させられる武器に霊力を纏わせられるのなら間違いなく霊装者だし、出来なきゃ霊装者じゃないか極端に能力が低いかのどちらか。…そんな説明を途中までしたところで、俺は気付いた。その質問は、霊装者に興味がある人間の発するものじゃないかと。少なくとも、なりたくないと思っているならしない質問だろうと。

もしそうならば、俺にとっては望まない思い。だから確かめるべく緋奈を見つめると、緋奈はおずおずと声を発する。

 

「それは…ほら、お兄ちゃんも妃乃さんも、これまでわたしを守る為に色々頑張ってくれたんでしょ?何も知らない、わたしの為に。なら、わたしも……」

「あぁ…なんだ、そういう事か」

 

様々な思いの混じったような、緋奈の声。だがその言葉から緋奈の言いたい事を察した俺は頬を緩め、くしゃくしゃと緋奈の頭を右手で撫でる。

 

「んっ……」

「ありがとな、緋奈。でもそんなの気にすんな。俺は俺がしたいからそうしてきただけだし、妃乃だって似たようなもんだ。だから緋奈が何かする必要なんてない」

「え…で、でも……」

「いいんだよ、無理しなくて。緋奈はこれまで通り、普通に生活していてくれていいんだ。今回は俺が不甲斐ないばっかりに怪我させちまったが…もうこれからは、緋奈に怖い思いなんてさせねぇからよ」

「お、お兄ちゃん…それ、は……」

「大丈夫だ、緋奈。…お兄ちゃんは、全部分かってるからな」

 

軽く髪を巻き込みながら一頻り撫でた後、ぽんぽんと何度か乗せるように叩く。いつものように、緋奈を安心させるように。

我ながら、配慮が足りないなと思った。確かに優しい緋奈なら自分は誰かに守られてたって知ったら負い目を感じるのも無理ないし、それ以上に今後もまた襲われるんじゃ…と不安になるのも当然の話。だからそう思わせてしまったのも俺の落ち度で……そんな緋奈に安心してもらおうと、俺は緋奈へと言葉を紡いだ。…そう、これまでのように、これまで以上に、俺が緋奈の日常を守るんだ。俺の意思で、俺の思いで。

 

「…………」

「明日も学校はあるし、まだまだ暑いんだ。寝不足で体調悪くならないよう、ちゃんと休めよ?」

「…うん…そうだね……」

 

それでもまだ少し緋奈は浮かない顔。その緋奈に声をかけながら、俺は改めて意思を固める。

緋奈が浮かない顔なのは、きっと不安が拭い切れないからだ。拭い切れないのは、俺が頼りないからだ。……だからもっと、俺は頼れる兄貴でいてやらなきゃならない。…緋奈の為なんだ。頑張れるよな、俺。

 

 

 

 

週末、俺は双統殿を訪れた。理由は緋奈に関する説明をする為で、例の如く相手は宗元さん。…が、大概の説明は既に妃乃が行なっていて、どっちかって言うと俺の意思確認が目的だったから、思っていたより早く済んだ。

 

「……また一つ、宗元さんに世話かけちまったな……」

 

偽装された出入り口から出た俺は、頭を掻きつつ小声で呟く。これまでと今の違いは、緋奈がこちら側の存在を知っているか否かだから新たに何かしてもらう、変えてもらうって事はないんだが…そもそもこれは、俺の我が儘で始まった事。それに関して日々忙しい宗元さんに時間を作らせてしまったという事実が、俺としては申し訳ない。

 

「……中途半端な事は出来ねぇぞ、俺」

 

昔ならまだしも、今の俺に宗元さんの力となれる事なんて殆どない。それ程に宗元さんは遠い存在になってしまって、してくれた事への恩返しやさせてしまった事のお詫びなんて出来やしない。…だからせめて、厚意を無駄にする事だけはしないようにしないとな。じゃなきゃそれこそ、恩を仇で返すってもんだ。

 

「……っと、ん…?…ヤベ、鞄置いてきた…」

 

そうして数分程歩いたところで、俺は忘れ物の存在に気付いた。…財布も携帯も鞄に入れてたし、流石にこのまま帰る訳にはいかねぇか…。

 

「はぁ、注意力散漫だっての…」

 

軽く自分を責めながら、小走りで双統殿へと戻る俺。鞄を置いたのはそこそこ上の階で、置き忘れてからそれなりの時間が経ってしまっていたが、幸い鞄も中身も無事。それで一安心した俺は他に忘れ物をしてないか確認し、今度こそ帰路に……

 

「……へ?」

 

身体の向きを変え、歩き出そうとした瞬間……俺の視界の端に、ある人が映った。

それは、普段から見慣れた…だがここにいる筈のない人物。ここにいるなんてあり得ない人。だから俺は見間違いだろうと思ったが……どうも、嫌な予感がする。

 

(…嫌な予感って、取り敢えず言っときゃいい感じの言葉だよな……って、そんな事はどうでもいい…)

 

嫌な予感を振り払えない俺は、鞄を手にその人物が消えていった廊下の角へ。そこで止まり、尾行中の如くそっと顔を角から出した俺は……見た。見てしまった。廊下の先で、妃乃に案内されるようにして歩く、緋奈の後ろ姿を。

 

「……どういう、事だよ…」

 

たらり、と嫌な汗が一筋垂れる。…おかしい。明らかにおかしい。なんでここに緋奈がいるんだ。どうして緋奈が、双統殿に出向いているんだ。

 

「…まさか、何かあったのか……?」

 

動揺する俺の脳裏によぎるのは、想定外の事態が起きたという可能性。もし不味い事が起きたのなら、ここに来なくちゃいけない程の事態が発生したというのなら……例えそれが理由だったとしても、俺は「あぁ、そっか」なんて気持ちになれない。

 

(…携帯に着信もメッセージもなし…けど、二人共切羽詰まった様子はない…つまりどういう事だよ…何があったってんだ……!)

 

何かしら俺にとって喜ばしくない事があったであろうのに、それが何なのか全く分からない。だからもやもやする。もやもやするし、少し焦る。

分からないってのは、半端な『悪い事』よりよっぽど心が乱れるもんだ。分からねぇから際限なく悪い方に考えちまうし、確定してねぇから現実として受け止める事も出来ねぇ。…くっそ、何かあるなら連絡してくれよ…!

 

「……のよ?あ…い……し……」

「…わ……たし……」

(あ、愛してる!?わたしも!?え、はぁ!?二人そういう関係だったの!?……って、そんな会話してる訳ねぇだろうがッ!)

 

…ご覧の通り、焦燥感に襲われている人間はこんな意味の分からない解釈をしてしまったりもする。ふざけてる訳じゃない。本当に俺は、軽くテンパっている。

 

「……どこ行くんだよ…」

 

そんな思いを抱えながら、俺は二人の後を追う。付かず離れず、神経を張り詰めて。そうして辿り着いたのは……幾つかあるトレーニングルームの内の一つだった。

 

(……ここ、って…)

 

嫌な予感が増していく。ここはトレーニングルーム。鍛錬を行う為の場所で、霊装者としての力を使う事を前提とした部屋。そんな場所で行う事なんて……そう思っていた俺の耳に、二人の会話が聞こえてきた。今度は距離の関係で、大きくはなくともはっきりと。

 

「…本当に誰も呼ばなくて良かったの?私だけじゃ、正確な事は分からないわよ?」

「大丈夫です。わたしの都合で誰かの仕事を増やす事はしなくないので。…って、妃乃さんに迷惑かけておいて何言ってるんだ、って話ですよね…」

「私は良いのよ、他人じゃないんだから。…じゃあ、最後にもう一度だけ訊くけど……本当に、やるのね?」

「はい。ちゃんと、知っておきたいんです。…私に、戦える力があるのかどうかを」

「……──っ!」

 

──その瞬間、ぞくりと全身に鳥肌が立った。聞きたくない、でも聞いてしまった緋奈の言葉に。緋奈の考えている事に。そして、それが指し示す未来を想像した時……俺は、無意識に声を発していた。

 

「……何だよ、それ…」

『……!?(悠耶・お兄ちゃん)!?』

「何だよ…何言ってんだよ緋奈……!」

 

言葉と共に隠れていた角から姿を現わす中、びくりと肩を震わせて俺の方を向く二人。どうしてここにいるんだ。…二人の瞳に映っていたのは、そんな驚きの感情。

 

「悠耶…貴方、どうしてまだ……」

「んな事はどうでもいい…それより、どうして緋奈がここにいて、そんな話になってんだよ妃乃…!」

 

動揺する二人へと俺は近寄る。経緯や事情はどうあれ、妃乃は偶々ここで緋奈と遭遇し、訊かれたからここまで案内しただけ……なんて訳がない。

 

「それは…あ、あのね悠耶。これは貴方が思ってるような事じゃ……」

「ないってか?だったら尚更なんだってんだよ…何があったら、緋奈が戦えるかどうかなんて確かめなきゃいけないんだよッ!」

「……っ…」

 

言い訳するような妃乃の口振りに、一気に俺はヒートアップ。対して妃乃は、気圧されたように口籠る。

普段の妃乃なら、負けじと言い返していたかもしれない。だが今の妃乃は口籠った。それは、答えられない理由だからなのか、それとも俺に対する負い目があるからなのか。

 

「妃乃は知ってるよな?俺の思いもこれまでの願いも。…知った上で、俺に協力してくれたんじゃないのかよ…ならあれか?騙してたってか?」

「ち、違っ…それは……」

「違わねぇだろ!現に今、緋奈がここにいるじゃねぇか!緋奈が……」

「待って…待ってよお兄ちゃん!違うよ、これは妃乃さんがどうこうした訳じゃないの。わたしが、妃乃さんに頼んだの!」

「は……?」

 

自分でも多少、意地の悪い言い方をしている自覚はある。だが止まらないし、止める気もない。そもそもそんな冷静な思考が出来るなら、俺は突然出たりはしない。

そんな俺の言葉に待ったをかけたのは、暫し言葉を発していなかった緋奈。他でもない緋奈の言葉に、俺も一瞬勢いを失う。

 

「緋奈ちゃん……」

「いいんです妃乃さん、本当の事なんですから。…お兄ちゃん、言ったよね?わたしに霊装者としての能力があるかどうかは分からないって」

「…言ったな…」

「…あれから、わたし思ったの。わたしにその能力が…戦う為の力があるかもしれないなら、確かめたいって」

 

どうやら緋奈の為に隠さなくては…と思って言葉に詰まっていたらしい妃乃と違って、緋奈の言葉は淀みない。俺を見上げるその瞳には、はっきりとした意思が灯っている。

 

「……緋奈は霊装者に…興味が、あるのか…?」

「…ないって言ったら嘘になるけど、多分お兄ちゃんの考えてるような興味で確かめたい訳じゃないよ」

「…なら、仮に確かめたとして…もし力があったなら、緋奈は…どうする気なんだ…?」

「それは……」

 

俺は緋奈が確かめようとするのを許容するつもりなんてない。けど、緋奈が単なる好奇心で確かめたい訳じゃないなら、確かめるという行為はきっと通過点。その先にある目的を、目指せるかどうかの確認に過ぎない。

だから俺は、その先の目的を訊いた。不安に駆られながらも、確かめなきゃならない事だから。そしてそれを聞いた緋奈も、一度言葉を止めた後……俺の問いに、正面から答える。

 

「……出来るなら、備えたいって思ってる。もしまた何かあった時…今度は自分で、守れるように」

 

──それは、本当に真剣な、本気の言葉だった。そして……俺にとっては聞きたくない、想像したくもない思いだった。…備えたい?今度は自分で守れるように?…は、はは……何の冗談だよ、そりゃ…。

 

「……あ、あぁそうか…だよな、現に未然に防げてないんだから、不安になるのも当然だよな…すまん緋奈、俺が頼りないばっかりにそんな事を考えさせて……」

「違うよお兄ちゃん。わたしは不安だからそうしたい訳じゃないし、お兄ちゃんを頼りないだなんてこれっぽっちも思ってないよ」

「いいんだ緋奈、俺に気を遣わなくったって…それに、だったら話が成り立たない。理由もなく試したいって事になるじゃないか」

「…理由は、ちゃんとあるよ。わたしが少しでも戦えれば……お兄ちゃんや妃乃さんの負担を、減らす事が出来るから」

「……っ…」

 

続く言葉でも、緋奈の瞳に揺らぎはない。それは即ち、誤魔化しなんかじゃないって証明。

誰かに守ってもらっていた事、助けられていた事に感謝し、相手を思う。それを誰に言われるまでもなく行えるのは立派な事だし、緋奈がそんな優しく立派な人間になってくれている事は、兄として素直に嬉しい。

そうだ、俺は本当に嬉しいんだ。その気持ちがある事は間違いない。…だが、俺はそんな事…緋奈が戦う事なんて望んでない。そういう思いを持ってくれる事がどれだけ嬉しくとも、俺は……

 

「…気にすんなって緋奈。俺はそれを負担だなんて思ってねぇし、妃乃だってきっと同じだ。だから、そんな事しなくてもいいんだよ。……それに、緋奈は知らないだろ?…戦う事が…どれだけ辛いかってのを…」

「…そうだよ、わたしは知らない…でもお兄ちゃん達がしてくれてるのに自分は何もしないなんて、そんなの間違ってるよ。やれる事があるかもしれないのに、やらないなんて……」

「なら…なら、戦い以外の事をしてくれればいい。俺はそれでも嬉しいし、そっちが一番なんだ。わざわざ必要に駆られてる訳でもねぇのに、こっちに足を踏み入れる必要なんてないんだ緋奈」

「そっちが一番って…それこそわたしへの気遣いじゃん!おかしいよ、自分は気遣っておきながらそんな事言うのは…!」

「……いいから言う事を聞け、緋奈。緋奈の気持ちも分かるが、緋奈はしなくていい。緋奈はこのままでいるのが一番なんだ。自分だけ何もしないのは悪い…なんて思う必要は一切ない。だから……」

「それじゃ…それじゃ納得出来ないから言ってるの!そこまで気遣われて、一方的に気遣われっ放しなんて、そんなの兄妹じゃ……」

「いいって言ってんだろうがッ!」

「……ッ!?」

 

あまりにも分かってくれない緋奈。そんな事をする必要はないのに、今までのまま俺が守っていくのが一番に決まっているのに、緋奈は理解しない。自分が戦う事を、曲げようとしない。

認められない。認められる訳がない。緋奈が戦うなんて、戦いとは無縁で生きられる緋奈までこっちに来てしまうなんて。そんなのは嫌で、許せなくて……気付けば俺は、怒鳴っていた。叱るでも説き伏せるでもなく、ただ感情のままに声を荒げて。

 

「緋奈は何にも分かってねぇんだよッ!自分の言ってる事の重さが、戦いの危険さが、平和に暮らせる事がどれだけ幸せなのかを何にも分かってねぇッ!なぁおい、そうだろ緋奈ッ!」

「……ぁ、ぇ…お兄、ちゃん…?」

「ちょっと…悠耶、何もそんな怒り方する事ないでしょ!緋奈ちゃんだって生半可な気持ちじゃ……」

「妃乃は黙ってろッ!これは家族の問題だ!妃乃が出しゃばる場面じゃねぇ!」

「……っ…何よそれ…家族の問題って、じゃあ私は赤の他人って訳!?そりゃ確かに私は二人と血が繋がってないし、同居もまだ半年ってところよ?…けど…貴方にとって私は、そんな程度の存在だったっての!?」

「それは……だとしても、妹の事に口を出すならまず兄の俺だ!緋奈や妃乃が何と言おうが、俺はそんな事許さねぇからなッ!」

 

こんな事を言うつもりじゃなかった。緋奈に怒鳴るつもりも、妃乃を蔑ろにするつもりもなかった。だけど気付けば言っていて、ムシャクシャした気持ちが溢れ返っていて、意見を変えるつもりもない。緋奈までこっちに来てしまうなんて、許容出来る訳がない。

そのまま俺は吐き捨てて、二人に背を向ける。追って来ようとする二人を来んなの一言で拒絶して、怒りのままに歩いていく。

緋奈は俺にとってはかけがえのない妹で、妃乃は信頼の置ける相手。そんな二人に怒鳴って、拒絶して……そうして得られたのは、やりようのない不快な思いだけだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。