双極の理創造   作:シモツキ

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第十話 背を向ける者、疑問無き者

────俺は所属しない。千嵜はそう言った。

綾袮さんと時宮さんに連れられて行ったファーストフード店での、今後の事の説明と会話。それが一段落して、説明が雑談へと変わって、俺も俺で『やっぱ霊装者同士でも戦うのか…人の敵はやはり人なのか…』なんてちょっとニヒルな思考をしていた、そんな瞬間の千嵜の発言。それはあまりにも唐突で、しかも衝撃的だったから…俺達は、一瞬言葉を失ってしまった。

 

「……ま、待ちなさいよ…どういう事よ、それ…」

 

まず、言葉を失った状態から立ち直って反応したのは時宮さん。それに対し千嵜は、頬をかきながら言葉を返す。

 

「…どうも何も、言った通りだよ」

「それじゃ分からないから聞いてんのよ…」

「…まさかお前…所属しない、ってどういう意味か分からないのか…?」

「な訳ないでしょ!理由を聞いてんのよ理由を!」

 

どこか誤魔化す様なふざけ方をした千嵜の態度と言葉がカチンときたのか、時宮さんは怒りを露わにする様にテーブルを叩く。……その気持ちは分からないでもないけど、そんな事をすれば当然……

 

「ちょ、ちょっと妃乃、ここお店お店…!」

「あ……す、すいません…」

 

なんだなんだ、と俺達の方を見る他のお客さんに、時宮さんは少し顔を赤くしながら軽く頭を下げる。…実際あるんだ、こんな場面……。

 

「…何やってんだよ、時宮…」

「誰のせいだと思ってんのよ…!」

「俺のせいだとしても、そこまで怒らんでも──」

「……千嵜」

 

千嵜の言葉を遮る形で、俺は口を開く。普段からよくふざけたり俺を弄ったりする千嵜だけど…今の千嵜のそれは、普段とは違う。普段はなんだかんだ面白いと思えるのが千嵜の冗談だが、今はそれを感じられない。

 

「…俺は、霊装者に関しては完全な素人で、お前の事…お前の抱えてるものも、全く知らないよ。けど…これは重要な話なんだろ?時宮さんは、その事を両方知ってて、その上でお前に真剣に聞いてるんだろ?……なら、ちゃんと答えるのが筋でしょ」

「……そりゃ、俺への説教か?」

「友人への注意。それ以上でもそれ以下でもない」

「…そっか…そうだな。悪い時宮、俺の勝手な都合で失礼な言い方しちまったよ、反省する」

「…いいわよ別に、ちゃんと話してくれるなら」

 

俺の言葉が届いたのか、それとも千嵜自身あまり良い言い方ではないと思っていたのか、千嵜は俺の言葉を受けて時宮さんに謝罪する。謝罪して…言われた通り、話を始める。

 

「…話すったって、別に複雑な事じゃねぇよ。ただ、俺は緋奈を…緋奈との生活を、普通の生活を続けたいだけだ」

「……それが、貴方が今この時代にいる理由だから?」

「…ああ。俺は、前の俺の両親の顔を覚えてねぇ。名前も性格も分からねぇし、兄弟や姉妹に至ってはいたのかすら分からねぇ。その分宗元さんが、先輩達が俺を気遣ってくれて、仲間として認めてくれたから、俺は前の俺の人生を不幸な事しかなかった…なんて事を言うつもりはねぇけどよ、それでも家族ってのは大事なんだよ。そして、今の俺も両親がいない。ちゃんと覚えているけど…それでも、死んじまって今はもう、緋奈しかいねぇ。……だから、緋奈との生活まで手放す事だけは、絶対に嫌なんだよ…」

 

席に深く座り込み、遠い目で千嵜はそう語った。前の俺、だとか宗元さん、だとかそれまで千嵜から聞いた事も無かった言葉がポンポン出てくる話ではあったけど……それが、千嵜にとって心からの、真摯な言葉だという事はすぐに分かった。

それまで千嵜が意図的に避けていた、俺も気にして触れない様にしていた部分。それを知る事になったのは、幸か不幸か……少なくとも、俺はまだそれを判断出来る様な段階には至れていない。

 

「…そういう事ね。分かったわ、少なくとも理解はした」

「なら助かる」

「でも、まだ納得は出来てないわ。…今の生活を手放したくないなら、尚更協会に所属するべきじゃないかしら?もしまた襲われた時、貴方はどうする気よ?」

「そりゃ…逃げるしかないな」

「でしょ?だったら自衛する位の力を持つべきよ。残った家族との生活だって、死んだら続けられないのよ?もっと言えば、悠弥が死んだら緋奈ちゃんは独りぼっちになっちゃうのよ?それでもいいの?」

「……だよな、その通りだ。俺もそう思う」

 

食い下がる形で質問する時宮さんに、千嵜は反論…と思いきや、同意した。…けど、そこから千嵜は続ける。

 

「…けどよ、所属しちまったら今まで通りの生活は送れないだろ?どこまで変わるから分からねぇけど、変化がある事は確実だろ。……俺はそれが嫌だ。永遠に今な生活が出来る保証はねぇけど、一日でも長く今の生活を続けたい。…結局は俺の我が儘だよ。緋奈の為ってのもあるけど…それをひっくるめて、俺の我が儘だ。だから時宮が納得する必要はねぇよ、我が儘なんだからよ」

「……考え直す余地は?」

「ないね」

「……そう。だったら仕方ないわね」

 

軽く前髪をかき上げ、諦めた様な声音で言う時宮さん。千嵜の言葉は彼が言う通り我が儘でしかないけど…だからこそ、どうしようもない。このまま襲われなければ…という楽観視を前提とした考えと分かった上で言ってるのなら、二人の主張は平行線でしかないのだから。

 

「…でも、もう一度だけ考えてみて頂戴。自分の為に、緋奈ちゃんの為に」

「…それでも、変わらないと思うぜ?」

「だとしてもよ。次に聞くのを最後にするって約束するわ。だから、考えてみて」

「……あいよ」

 

こうして、千嵜と時宮さんのやり取りは終わった。…綾袮さんと俺(俺視点なのに…)はほぼ蚊帳の外だったけど、まぁそれは仕方ない。俺は無知だし、茶々入れる様な奴でもないしね。

千嵜に対する説明は完全に終了。俺の方も大方終わっていたという事で十数分には解散し、帰るのが遅くなるのは避けたい千嵜と、何かを買いたいらしい時宮さんは先に帰る事で残ったのは俺と宮空さんの二人に。

 

「全く、別に隠さなくちゃいけない様な趣味嗜好じゃないんだから普通に買えばいいのに…?」

「……?なにが?」

「んーん、こっちの話。顕人君はまだ帰らなくても大丈夫なの?」

「もう数十分位はね」

「そっか。じゃ、わたしももう少しいようかな。帰っても別に何かする訳じゃないし」

「……今日課題出たよね?」

「妃乃に写させてもらうから大丈夫!」

「えぇー……」

 

課題は自分でやるべきもの、だって自分の為にあるのだから。……というのは分かってるけど、分かってたって課題が面倒だという感覚は変わらないし、実際俺も時々解答を見たり授業前に慌ててやったりはするから綾袮さんを責めるつもりはない。更に言えば、俺と同じ様な人(そこそこ課題にズルをしてしまっている人)もそれなりにはいるんじゃないかと思う。……けど、だからってそんな自信満々に写させてもらうというスタンスはどうなの…。

 

「まぁいいや……あのさ綾袮さん、一つ聞いていい?」

「なにかな?」

「…綾袮さんは、どういう考えの元協会に所属する事にしたの?」

「あ、そういう質問ね。うーん……」

 

俺自身の所属したいという思い。どちらにするかにせよよく考えるべきだと言う、綾袮さんと時宮さんの言葉。今の生活を続けたいという千嵜の意思。そういうのを引っくるめて考えて、俺は所属してる人はどんな考えで所属してるのかと聞いてみたくなった。それは俺の決断を推し進める為のものでもあるし…単純な興味、という部分もある。

そういう思いで聞いた俺。それを受けた綾袮さんは、腕を組んで考えた後、少し苦笑いしながら口を開く。

 

「……わたしの場合、所属する事が半ば決定付けられてたからなぁ…」

「え……?…あ、そっか…」

 

苦笑混じりのその言葉に俺は一瞬戸惑って…すぐに、気付く。そうだ、綾袮さんは協会のトップの家系の人間。そんな綾袮さんが一般人と同じ経緯で所属する訳がないし、もっと言えば予め所属する事が決められていた様な存在。言ってしまえば、俺の質問は完全に愚問だった。

 

「…ごめん、しょうもない事言っちゃって」

「気にしなくていいよ、別に話したくない事じゃないし。…わたしの場合、選択肢はあってない様なものだったんだよね」

「無言の圧力…ってやつ?」

「ううん、そうじゃなくて所属しないって選択肢がある事自体思い付かなかったんだよ。私の周りにいたのは霊装者と、その協力者しかいなかったからね。意味は分かるでしょ?」

「あぁ…うん、分かる」

 

選択肢、というのは選ぶ前に『常識』というバイアスがかかる。それこそ分かり易い例を挙げれば、俺には今『綾袮さんを引っ叩く』という選択肢がある。更に言えば、これを読んで下さってる皆様には『画面を殴り割る』という選択肢もある。けど、それを思い付いた人は一体どれだけいるだろうか?勿論そんな事をしても何の得もないから選ぶ訳はないけど…それ以前に、非常識的過ぎてまず浮かばないと思う。綾袮さん…霊装者という集団の中心部にいる彼女にとっては、引っ叩いたり殴り割ったりと同じ位頭に思い浮かばない選択肢だった。そういう事なのだろう。

 

「思い付かなかったし、ちっちゃい頃から霊装者としての勉強をしてきたから、わたしにとっては考えも何もないんだよね。…というか、わたしは顕人君とは逆に普通の生活ってやつを殆ど知らなかったから、後悔って言われても…って話だし」

「…それは、いい事なのかな」

「どうなんだろうね。でも、わたしは今の人生を不幸だとは思ってないよ」

 

軽く笑いを浮かべて綾袮さんは言う。その言葉に、笑みに嘘は感じられない。不幸だとは思ってない、か……今の俺も、自分の人生を不幸だとは思ってないんだよな。ただ、より多くを望んでいるだけで、今が嫌だと言う訳じゃない。……なんて、それっぽい事思ってみたりして。

 

「…ごめんね、あんまり参考にならなそうな話で」

「謝らなくていいよ、それが綾袮さんの経緯なんだから。それに、無駄な話ではなかったからさ」

「そう?なら良かったかな」

「そうそう。…じゃ、そろそろ帰ろうかね」

 

くしゃり、とポテトの紙箱を畳んで立つ。綾袮さんももう残る理由もないからと立ち、ゴミを捨てて二人で店の外へ。……って、は…ッ!そう言えばこの状況って……

 

(で、デートのワンシーンみたいじゃないか…!)

 

千嵜と時宮さんがいた時は男女で2:2だったから、お店に入る前にも言った通り部活物のワンシーンっぽかったけど…こうなると(二人でお店で駄弁ったり一緒に帰ろうとしたりすると)、途端にデートっぽくなってしまう。…やっべ、意識したら途端にドキドキしてきた……。

 

「うーん?顕人君どうかした?」

「な、何でもないっす…」

 

ひょこり、と俺の顔を見上げる綾袮さんに、俺は目を合わせられない。いや、だって…ねぇ?やましい事考えてる訳じゃないですよ?でも俺だって男の子ですから。10代の男ですから。だからそういう展開になると……

 

「あー、分かった。デートみたいって思ってるでしょー」

「なんでこういう時に限ってそんな察しいいのかなぁ!?」

 

悪戯っ子の様な笑みで百点満点の回答をぶち込んでくる綾袮さんに、俺は最早軽く悲鳴と化した突っ込みを返す。いや君違うよね!?察しよくない類いの人間だよねぇ!?

 

「ふっふーん、わたしの実力を見誤ったね!」

「これまでの交流じゃ誰も予測出来んわ!サイコメトラーか!」

「サイコメトラー・綾袮。…微妙かなぁ……」

「何が!?二つ名としてって事!?知らんわ!」

「まぁまぁ落ち着いてよ顕人君、ここで騒いだら営業妨害になりかねないよ?」

「うっ……」

 

確かに今俺達がいるのは店の真ん前。そんな所で叫びまくってたら店員さんがいい顔をする筈がない。くっ、まさか時宮さんのミスを目の前で見ておきながら同じ轍を踏むとは…不覚……!

 

「いやー、顕人君は日が変わってもキャラ変わらないね」

「一日二日でキャラが変わる訳ないでしょ…はぁ、酷い目に遭った……」

「わたしに当てられたのはともかく、思ってた事自体は自爆でしょ?」

 

項垂れながら歩き出す俺と、面白そうにしている綾袮さん。悲しいかな、突っ込み気質の俺とボケ気質の綾袮さんだと綾袮さんの方がずっと有利な立場だった。…しかしほんとによく分かったなぁ、綾袮さんは…。

 

「サイコメトラー云々は冗談として、綾袮さんって実は察しよかったりする人なの?」

「ううん、まぁ今のは偶然だと思ってよ」

「偶然…完全ノーヒントで当てられるものかなぁ…」

「そんなものだって、さーて帰ろ帰ろ〜」

 

小走りで少し俺から離れていく綾袮さんの背を見ながら、俺は考える。どうしても解明させなきゃ不味い事じゃないけど…なんというか、このままでは悔しい。でも実際察したとしか思えないし、こんなの考えて分かる様な事じゃ……──あ。

 

「…もしかして、綾袮さんも同じ事考えた?」

「……ッ!?」

 

ビクンッ、と分かり易く肩を震わせ立ち止まる綾袮さん。その反応を見た俺は確信し…ちょっと嗜虐心が掻き立てられる。

 

「へぇー…ほうほう、そういう事ですか…」

「な、なんの事カナ-?」

「あら、なんの事か分からないと?では言ってあげましょう。綾袮さんが察せたのは、綾袮さんが俺とデー……」

「なんの事か分かりました!もう綺麗さっぱり分かりました!いやーもう分かりまくり!」

「綺麗さっぱりはむしろ忘れた時に言うべきな気が…まぁ、分かった様でなりよりなにより」

 

にまにましながら綾袮さんに近付くと、声音通り彼女はテンパった様な表情を浮かべていた。……普通に可愛い。

 

「うぅ……顕人君の意地悪…」

「先にからかっておいてそれ言う?」

「からかわれても仕返ししないのが紳士でしょう…」

「人を意味もなくからかったりしないのか淑女でしょう?」

「わ、わたし淑女じゃないし…」

「そうだねー、ちょっと二人きりになっただけなのに色々考えちゃうだけの女の子だもんねー」

「聞こえない!わたしはそんな言葉は一切聞こえないんだからねっ!」

 

両耳を塞いでいやいやと首を振る綾袮さんが可愛らしくてついその後も暫く弄りを続ける俺。完全に自分の事を棚に上げてるし、そこ指摘されりゃお互い様って事で話が終わるけど…こういう方向で弄られる事への耐性は無かったのか、そんな事にも気付かない程綾袮さんはわたわたしていた。完全に目の、心の保養。ご馳走様です。

そうして数分後……

 

「やー、いい経験したなぁ」

「うぅぅ…顕人君のサドな部分をぶつけられた…」

「自業自得だよ自業自得」

「むむむ…お、覚えててよねっ!」

「綾袮さんのテンパり顔を?」

「この仕打ちをだよ!馬鹿ッ!」

「ぐへぇっ…!?」

 

嗜虐心冷めやらぬまま、もう一度弄ってやろうと思って言ったら……どすん!と綾袮さんの右腕から放たれた拳が鳩尾に直撃。多分霊装者としての力は使ってないんだろうけど…それでも無防備な鳩尾に運動神経の良い女子の右ボディーが炸裂すれば痛くない訳がない。俺はくの字に曲がった後お腹を押さえてふらふら、綾袮さんは謝る様子もなくふんとそっぽを向いていた。…ひ、引き際を見誤ったか……。

 

「言っとくけどこれは正当防衛だからね!」

「そ、そんな馬鹿な……」

「もっかい殴られたい?」

「ど、恫喝じゃないかそれは……でも俺にも非があるから納得します…」

「宜しい」

 

完全に俺は暴力に屈してしまいました。…いや非があるって思ってるのは本当だけど。言い過ぎたかなーって気もしたけど。…女子に殴られるとはなぁ……。

 

「…ほんと、ちゃんと考えなよ?」

「…所属の事?」

「所属の事。実戦で攻撃受けたらこの程度じゃ済まないし…もしも大怪我したら、こうして駄弁る事だって出来なくなるんだから。いいね?」

「…ちゃんと考えるよ、気遣いありがと」

「いーのいーの、仲良くなれそうなクラスメイトが不幸になるのは見たくないだけだもん」

「なら尚更ありがと、そこまで言われたら軽率な判断は出来ないね。…そもそもする気もないけど、さ」

「それがいいよ。じゃね、顕人君」

 

ばいばい、と手を振って去る綾袮さん。その頃には俺も鳩尾の痛みが引き、綾袮さんの後を追う形で(方向は違うけど)家へと向かう。……さて、今日は久し振りに父さん母さんと学校の話でもするかな。

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