出掛けるったって、俺がするのは買い物の付き合い。あくまでメインは俺じゃなく、また恐らく荷物持ちになるんだから、そこまで準備といった準備もない。…という訳で週末、俺は出掛ける為に玄関へ出ていた。
「じゃ、出掛けてくるから家任せるぞー」
「うん、行ってらっしゃーい」
背に緋奈の送り出しを受けながら、俺は外へ。出た瞬間に感じるのは、夏真っ盛りの頃より幾分か楽になった気温と日差し。
「…外に出易くなったなぁ…荷物持たされたら、多少は汗かきそうだが……」
わざわざ口にする必要もなさそうな言葉を漏らしながら、待ち合わせ場所である双統殿…への隠し通路がある建物…の近くのちょっとした噴水へと向かう。それは本当にちょっとした、無くてもそんなに困らなそうな噴水だが…待ち合わせ場所の目印としては、丁度良い。
「ほんとに、なんでこんな事を俺に頼むのかねぇ…」
借りは返すと言ったものの、一応は納得出来る理由なものの、どうも俺は「棚を買うのに俺を付き合わせる」というのが釈然としない。買い物とはいえ、出掛ける相手に俺を選ぶか?…って気がしてならない。…ま、だからってそれを態度に出す気はないがな。俺が借りた恩は、買い物一回でチャラになる程軽いもんじゃねぇんだから。
そんな事を考えながら俺は移動し、噴水のある通りへ到着。そうして噴水へと近付いたところで……俺は待ち合わせていた相手である、篠夜依未を発見する。
「…………」
噴水の前、そちらに目を向ければ一目で分かる位置に篠夜はいた。篠夜の身を包んでいるのは、袖がレースの様になった白のブラウスに、シンプルな柄をしたミニスカート。とにかく細い脚は黒のサイハイソックスを纏っていて……これまで部屋着しか着ておらず(基本部屋にいる所へ俺が訪れてるんだから当たり前だが)、篠夜といえば部屋着…というイメージのあった俺は、一瞬足を止めてしまった。
「……遅い」
「あ…す、すまん…って、まだ待ち合わせの時間より早いだろ?」
「けどあたしが待たされた事には変わりないから」
「へいへい、そりゃ悪かったな」
俺が止まったところで篠夜は気付き、早速文句をぶつけてくる。イメージとの違いに一瞬止まった俺だが…うん、やっぱ篠夜だわ。外見のイメージが違うだけで、中身はいつも通りだったわ。
「…で、どうすんだ?早速買いに行くのか?」
「当たり前でしょ。それが目的なんだから」
「さいですか。どこで買うかは決めてあんの?」
「一応ね。でもそこに良いのがなかったら、別の所に行くつもりよ」
木陰があるとはいえ、決して涼しい訳じゃない場所で突っ立って言い合うのもなぁ…とすぐに話を進める俺。篠夜の口振りから考えるに、結構ちゃんと買い物のプランは立てているらしい。
「だったら行こうぜ。何店舗か回る事になった場合、結構時間かかっちまうしな」
「だからそのつもりだっての。……」
「あー、そうだったな。じゃあ……って、ん…?」
「……やっぱり、格好に触れる様なタチじゃないのね…」
「…篠夜?」
「…何でもない。ほら行くわよ」
棘のある肯定を受けた俺が噴水のある場所から通りへと戻ろうとすると、何故は篠夜は突っ立ったまま。それから何やら小声で呟いていたが…それに触れるとはぐらかし、そのまま歩き出してしまった。釈然としないながらも後を追うと、またもや「…まぁ、別にどうでもいいけど…」という小声が聞こえて……何が言いたいんだ?篠夜は…。
「…………」
「…………」
篠夜は無言。俺も無言。二人組でどっちも無言な訳だから、俺達は完全にして完璧な無言。…言うまでもなく……気不味い。
(…とはいえ、適当な事言っても嫌そうな顔されるだけだしな…くそう、妃乃や綾袮からこれといって情報を得られなかったのが悔やまれる……)
出掛ける上で少しでも助けになるよう篠夜の事を手近な人間に訊いてみた俺だが、ご覧の通りになってしまう位には情報なし。となるとこの場で上手い事ネタを見付けるしかなく……って、あ…そうだ…。
「そういや篠夜、さっきから気になってたんだが…」
「さっきから…?…何よ……」
「…篠夜は、待ち合わせにかなり早くから来るタイプなんだな」
「……あーはいそうですよ、だから何?」
「いや…別にだからどうだって話じゃないが…」
幾ら篠夜でも、数十秒や数分程度で待たされた事を文句にしたりはしない筈。という事はつまり、篠夜は結構前から来ていた可能性が高い訳で……と思って言ってはみたものの、全然話は盛り上がらなかった。…盛り上がりはしないにしても、もう数回は言葉のキャッチボール出来ると思ったんだがなぁ…。
「……あんたこそ、一応とはいえ待ち合わせには時間前に来るタイプなのね。遅れてくるかと思ってたけど」
「失礼な先入観だな…。…借りを返す為に来てんだから、遅れる訳ねぇだろ。言っとくが、相談の件はちゃんと感謝してんだからな?」
「…知ってるわよ、あの時とお礼言いに来た時の態度見れば明白だし。でも、自分でそう言ったんだから、最後まで積極的に付き合いなさいよ?」
「分かってるっつの。何店舗だろうと付き合ってやるさ。……常識の範囲内なら」
流石に何十店舗もとか、他県にとかまでされるのはキツいと思い、付け加える俺。すると篠夜は何も言わずに、ただ半眼で俺を見ていた。……多分、あんたと違って非常識じゃありませんから。…的な意図なんだろう。
(…黙ってりゃ美人、ってこういう時に使うんだろうなぁ…今のは言葉じゃなくて視線だったが)
棘のある発言やら不機嫌そうな表情やらを取っ払えば、篠夜は愛嬌のある顔をしていると思う。いや勿論、言葉や表情が損なわせてるって訳じゃないが…まぁ、別段俺は彼女に飢えてるとかでもないしな。
それから移動する事十数分。俺達はこの周辺じゃかなりでかい方の家具用品店へと到着した。
「家具用品店か…俺あんまり来た事ないんだよな…」
「心配しなくても大丈夫よ。そういう方面での期待はしてないから」
「だろうな。さて、棚のある場所は…っと」
篠夜の毒舌を軽く流し、案内図を見て目的のエリアへ。我ながら冷めた会話だなぁとは思うが…俺と篠夜なんだからしょうがない。
「ここか…って、思った以上に数が多いな……」
「そ、そうね…」
ずらりと並んだ棚の数は、思わず軽く驚く程。どうも篠夜も感覚的には同じらしく、そこはかとなく気圧されているような感じがある。
「…一応訊くんだが…買うのは部屋にあったのと同じようなラックか?それでもそこそこ種類があるぞ…?」
「それは……見てから決めるわ…」
「まぁ、それもそうか…」
そう言って棚と商品消化の札を一つ一つ見始める篠夜。俺もその後を着いていき、買う気はないながらもぼんやりと棚を眺めていく。
「…………」
「…………」
「……あ、これいいかも…」
「それにするのか?」
「決めるのは全部見てからよ、せっかちね…」
ふと止まり気に入った風な声を出した篠夜に訊くと、背を向けたまま篠夜はそう返してきた。視線どころか興味も俺には向けておらず、じっくりじっくりと篠夜は棚を見定めていて……
「…篠夜って、ゲームの取説は最初に最後まで読むタイプか?」
「当たり前でしょ、取説はゲームをする上で必要だから付いてるんだもの」
…何気なく俺は、そんな事を思っていた。そしてその想像は、即答される位にドンピシャだった。…因みに俺は、一応取説を近くに置いておきつつも基本は早速プレイする派だな。
(安い買い物じゃねぇんだから、迷うのは当然だが…こりゃ長丁場になるかもなぁ……)
感覚ではなく、色々考えて決めるつもりらしい篠夜が、買う棚を決めるまで時間がかかるのは間違いない。俺はじっくり見るのに加えて気になった棚の比較まで始めた篠夜の様子にそう思い……そして実際に、篠夜が決定するまでは数十分の時間を要するのだった。
「うん、やっぱりこれよね。これなら部屋との相性も良さそうだし」
「これならって…それ、一番最初に気になったやつじゃねぇか……」
「悪い?」
「悪くはないけどよ…はぁ、まぁいいや……」
だったらそれ以降の時間が全部無駄じゃねぇか…とつい口走ってしまった俺だが、別に悪いとは思ってない。というか、全部見なきゃどれが一番良いかなんて分からない訳で、ぶっちゃけ俺の言葉は難癖レベル。…言葉には気を付けなきゃだな…。
「それは…この箱か。一つ…じゃ、ないよな?」
「そうね、二つ…いや三つ買うわ。この際ガタがきてる棚も入れ替えたいし」
「み、三つは流石にキツいんだが……」
「あぁ、大丈夫よ。別に二往復半してくれても」
「容赦ねぇなほんと…こうなりゃ金はかかるが業者を頼んで……」
あくまで全部俺に運ばせようとする篠夜の言葉に、俺はもう皮肉で言い返す気すら起きなかった。そして割とマジに宅配業務を呼ぶ事を考えて……
「…冗談よ。流石に台車位は貸してくれるでしょうし、業者を頼むなら代金も……」
《当店ではただ今、一定額以上お買い上げのお客様に無料宅配サービスを実施中です。是非この機会に、当店でお買い物を!》
『あ……』
──十数分後。俺と篠夜は、手ぶらで家具用品店を後にした。
「…予定、済んだな」
「えぇ、びっくりする程あっさりとね…」
「…良いサービスだったな」
「…また、何か家具を買う機会があったらここを利用しようと思うわ……」
「……こっからどうすんの?」
「あたしに訊かないでよ…」
なんと言えばいいかよく分からない気持ちの俺達二人。勿論無料で宅配してくれるのはありがたい。大助かりだ?けど、ほんと……拍子抜け過ぎる…。
「てか、今更だが宅配は大丈夫…というか、きちんと届くのか?」
「そういう外部とのやり取りを担う建物もあるのよ、知らないの?」
「おう、自慢じゃないがさっぱり知らん」
「ほんとに自慢にならないわね…」
店の出入り口でぼけーっと立ってたって何にもならないどころか邪魔だからと、一先ず俺達は歩き出すが…行き先なんて勿論なし。目的果たしたんだから帰ればいいんじゃね?…と思うかもしれないが、篠夜はそういう素振りも現状はない。
(さてどうするか…この時間じゃ、「予定も済んだしもういいよな」つって別れるのも気が引けるんだよなぁ……)
時折見回しながら歩く篠夜を眺めながら、俺は考える。こういう時にすんなりと帰れる口実…とかではなく、これから何をしたらいいかを。
「……まぁ、こんな場合は変に奇を衒う必要もないか……」
「…奇を衒う?何の話よ」
「こっちの話だ。で、篠夜…なんか他に買い物はないのか?どうせ乗りかかった…てか乗った船だ、この際別の荷物持ちでもやってやるよ」
「…気を遣ってくれたところ悪いんだけど、特にこれといってないわ」
「あそう……ならどっかの店に入ろうぜ。ずっと外にいたら段々暑くなるしな」
そう言って俺は歩き出す。段々暑くなる…ってのは、半分本心で半分口実。嘘じゃないが、ただ涼しい場所に行きたかっただけでもない。
「…店?」
「そこらの喫茶店辺りにでもな。……あ、別にメイト的なショップでも構わないぞ?」
「い、いいわよ別にあたしの趣味に寄せなくたって……てか、急に何?何か企んでる?」
「だから外にいても暑いって言ったろ?…まぁ、目的済んだんだからさっさと俺とおさらばしたいってなら、俺も帰るが……」
訝しげない目で俺を見る篠夜に対し、俺は軽い調子のままに返す。これでなら帰るって言われたらしゃあないし、もしそれ以外の返答がくるならそれで良い。そう思って数秒待つと……
「……ふん、まぁいいわよ。何がしたいのかは知らないけど…少し位は、付き合ってあげる」
顔は合わせず視線だけをこちらに寄越して、篠夜はそう言った。予想通りの、不遜な態度で。
そうしてまた十数分後。俺達二人は最初に見付けた喫茶店に入り、窓際の席に腰を下ろした。
「はぁ…疲れた……」
「ここまではほぼ歩いて棚を見ただけだけどな」
座るや否や、ぐてーっとテーブルに突っ伏す篠夜。そりゃ勿論、ただ歩くのだって長時間になりゃ疲れるものだが…この程度で疲れるレベルで体力なかったのか……。
「うっさい…喫茶店とか言って歩かせた奴が言うな……」
「どっちにしろこれで疲れるなら、真っ直ぐ帰っても同じようになってただけだろ。…持久走とかやったらどうなるんだ…?」
「死ぬわね」
「お、おう……」
オブラートも何もあったもんじゃないどストレートな「死ぬわね」に、思わず振った俺が狼狽えてしまった。…冗談に聞こえねぇのがヤバいんだよなぁ…。
「…で、注文はどうするんだ?」
「…アイスティーとイチゴパフェ」
「あいよ。すみませーん」
疲れていても食べる気はあるらしい篠夜から聞いて、俺が注文。暫くして運ばれてきた品を受け取り、早速俺達は口を付ける。
「…ん、美味し……」
「篠夜、体力回復の為に輪切りレモンも頼んだらどうだ?」
「なんで脂っこいものの付け合わせを単品で頼まなきゃならないのよ…あんたこそ頭の為に小魚でも頼んだら?」
「いやもう注文済みだ」
「あったの!?」
「嘘だけどな」
パンケーキにシロップをかけつつ軽く篠夜を弄る俺。因みにその後、大きめの声で突っ込んでしまった篠夜は周りから視線を集めてしまい、頬を赤らめつつも恨めしそうな目で俺を睨んでくるのだった。
「ふー……喫茶店のパンケーキって割とぺらぺらな場合も多いが、ここの店は当たりだなぁ…」
「…お腹空いてた訳?」
「ん?」
「目的よ目的。何がしたいのよ、あんた」
睨まれていたのが数分前。今も篠夜は俺に視線を向けていて……だがそこに籠る感情は、全く違うものだった。…目的、か……。
「…別に、具体的に何かしたい訳じゃねぇよ。喫茶店だって、それが無難だって思っただけだ」
「なら何?まさかまた喧嘩して、家に帰り辛いとかじゃないでしょうね?」
「んな訳あるか……まぁアレだ、偶に何となくぶらつきたくなる事あるだろ?そんな感じだ」
「…それ、あたし必要な訳?」
「必要ないな。だからさっきも言ったが、帰りたいなら帰っても構わねぇよ」
あくまでいつも通りに、適当に俺は目的を述べた。多分…いや絶対に篠夜はこんな答えじゃ納得しないだろう。篠夜じゃなくても大概の奴は、「結局殆ど説明してなくね?」って思うだろう。だが……
「……目的はあるけど、やりたい事はない…そういう事よね?」
「そういう事だな」
「じゃ、あたしに付き合いなさいよ。代わりにあたしもあんたのぶらつきに同行してあげるから」
篠夜は俺の意図を問い質そうとはせず、パフェのスプーンで俺を指しながらそう言った。いつもの不愉快そうな顔じゃない、ちょっと口角を上げた表情を浮かべて。
「そうか……うん、遠慮するわ」
「じゃ、そうね…まずは……って、はぁ!?え、今遠慮するって言った!?」
「言ったな」
「何で!?ちょっ、今のはどう考えたって首肯する流れでしょ!?むしろ断る理由がないのパターンでしょ!?」
「えー、だってほら…スプーンで指されてるし……」
「どんだけ繊細なのよ!あんた絶対こんなの気にも留めないでしょ!目に付いたから適当に言っただけよねぇ!?」
「……篠夜、周り周り」
「周り?今度は何……って、あ…」
わーきゃー叫んで憤慨しまくる篠夜。予想通り、いや予想以上の反応を一通り俺は楽しんで…そろそろ十分かなと思って、また周りに注目されている事を教えてやった。んで、篠夜がどうなったかって言うと…言うまでもないよな、うん。
「後で覚えてなさいよ……」
「ははっ、心配しなくてもオーバーリアクションしまくった挙句悪目立ちして、尚且つ体力も尽きかけた篠夜の姿は忘れねぇよ」
「…………」
「おう、何フォークで刺そうとしてきてんだこら…!」
「スプーンで指されるのが嫌なら、こっちで刺してやろうと思っただけですけど…!」
「さすの意味が変わってんじゃねぇか……!」
再度テーブルに突っ伏したままフォークを突き出してきた篠夜と、寸前で手首を掴んで押し留める俺による、謎の攻防。もうどう考えても喫茶店でやる事じゃねぇが…てか、このままいたら流石にこの店に迷惑か……今のままでも迷惑になってる可能性は大いにあるが…。
「…ふん…あたしやっぱあんたの事嫌いだわ……」
「そうか、俺はそうでもないぞ」
「今更取り繕おうとしても遅いわよ…」
「いやいや取り繕いじゃねぇって。だって篠夜程弄り甲斐のある奴は中々……って、だから刺そうとするなっての…しかも今度はナイフじゃねぇか…!」
再び突き出されたカトラリーを防ぎ、俺は若干の冷や汗をかきつつ篠夜に突っ込む。…妃乃並みに弄り甲斐があるが、ほんと反応がいちいち危ないんだよな篠夜……まぁ、だからって弄るのを止めるつもりなんざ微塵もないが。
「ちっ…一回位は刺されなさいよ……」
「傷害事件になるだろうが…悪かったな、色々ふざけて」
「……悪いと思ってる訳?」
「反省はしてないが悪いとは思ってる」
「あっそ……次やったらその時は霊力ナイフでいくから」
「殺す気か…!……はいはい、気を付けますよ…」
そんなこんなで数分後、俺に遅れる形でパフェを完食した篠夜と共に俺はレジへ。店員さんは別段怒ってる様子はないが…一応ぺこりと、頭を下げる。
「伝票これです。会計お願いします」
「え?ちょっ、あんた……」
紙幣で支払い、お釣りとレシートを受け取り、なんて事なくそのまま外で。そして「さて、それじゃあどこへ行くのやら…」と思ったところで、後ろにいた篠夜から声をかけられた。
「…格好付けたつもり?」
「ん?…ま、一応俺も男だし…そんなところだな」
「……あ、そ…」
恩を売るつもりはねぇし、別に深い意図もない。ただ何となくそうしようと思ったからそうしただけの事で、だから格好付けたのかという問いに対し、俺は否定をせずに終了。
そうして当初の目的を終えた俺達は、お互い相手に付き合う形で街の中をぶらつき始めるのだった。
「……だったらあたしも一応、言っておくから。…ありがと」
「あいよ」