双極の理創造   作:シモツキ

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第百十七話 これからも、何度でも

十分か、十五分か、或いはそれ以上か。…篠夜は、これまで一人で抱え込んできた辛い気持ちを全て吐き出すように、泣いて泣いて泣き続けた。涙を零し、嗚咽を漏らし、俺の胸元へと顔を埋めて。

そんな篠夜を、ずっと俺は抱き締め続けた。篠夜が安心出来るように。俺の気持ちが、嘘じゃないと示すように。そうして、時間は流れ……漸く篠夜は、落ち着いた。

 

「…もう、大丈夫か?」

「……うん…」

 

泣き止み、俺から離れた篠夜は、小さくこくんと頷いた。その姿はまるで小動物のようで、普段の小生意気な感じはどこにもない。

 

「…その…ごめんなさい、服汚しちゃって……」

「あー…うんまぁ、気にすんな」

 

しゅんとした篠夜の言葉に、肩を竦めつつ答える俺。篠夜が顔を埋めて泣き続けた結果、俺の服は涙と鼻水、後は吐息に含まれた水分によってそれはもうぐしょぐしょとなってしまっていたが……流石にそんな事で文句は言わない。俺だって、そこまで心は狭くない。

 

「…ドライヤー、あるから…もし乾かしたいなら、それで……」

「お、おう……」

 

その場合俺、服を脱がなきゃいけないよな?代わりの服はどうするんだ…?…と思ったが、言わずにそのまま胸の中へ。すると数秒無言になり、それからまた篠夜が言葉を発する。

 

「……本当、なのよね…?言った事は、全部……」

「…あぁ。何があろうと俺は、篠夜の力になってやる」

 

まだ潤みを感じさせる篠夜の瞳に向けて、俺は断言と共に力強く頷く。

信用ならないのかよ、とは思わなかった。十年以上も辛さを抱えてきたのなら、そう簡単に不安が拭えないのも当然の事。信じてたって不安の感情が消える訳じゃない、ただそれだけの事。

 

「…あ…ありが、と……」

「…おう」

「…………」

「…………」

 

俺の言葉にまた篠夜は泣きそうになって、だが耐えて、代わりに発した感謝の言葉。それにも俺は頷いて、また俺達は無言になった。

思いを吐露し、泣き、やっと落ち着く事が出来た篠夜。自分と重ね合わせ、放っておけなくて、力になる事を決めた俺。そんな俺達がお互い何も口にしない事で無言が生まれ、何かしらの行動もしない為に無言は続き、ただ俺達は向かい合っていて……

 

(…ヤバい、めっちゃ気不味い……)

 

……何とも言えない雰囲気が、出来上がってしまっていた。このままの時間が続くのは辛い、けれど何を言えばいいかは分からないし、これといってやる事も思い付かないという、誰かに助けを求めたくなるような状況。…ただ、幸いにもそれは篠夜も思っていたらしく……またまた篠夜の方から声を発してくれた。

 

「…ちょ、ちょっと…ちょっと廊下に出ててくれない…?」

「廊下って…そこの扉の先じゃなくて、完全に部屋の外へって事か?」

「そういう事……」

「まあ、そりゃ構わんが…」

 

一体どういう意図なのかは分からないが、俺にとってその要望は渡りに船。という訳でしおらしくなったままの篠夜を置いて部屋を出ると、中の様子は全然分からなくなった。ま、当たり前だがな。

 

「……調子狂うなぁ…」

 

扉のすぐ側の壁に背中を預けつつ、吐息を漏らすように呟く俺。別に今の篠夜が嫌な訳じゃない。ぶっちゃけしおらしい篠夜は庇護欲を駆り立てられる雰囲気で、こういう一面もあるのかと考えるとほっこりしなくもないんだが……とにかくギャップが凄い。普段癖が強い分、まっさら過ぎてどうにも反応に困ってしまう。

 

(でもまぁ、そういう面を見せてくれたって事は…多少なりとも、俺を信じてくれたんだよな)

 

すぐには慣れないと思うが、信じてくれたのならそれは嬉しい。俺の手を掴んでくれたのなら、俺は全力でその手を握り返したい。…勿論物理的にじゃなく、篠夜への協力を惜しまない的な意味で。

そうして数分程経ち、すっと開かれる扉。さて、何の為に俺を廊下へ出したのか…は、別にいいか。それより手を貸すなんて言っておいて、こんな受動的じゃ駄目だよな。折角篠夜が心を開いてくれたんだから、俺ももっと……

 

「…何よ、壁に寄りかかって腕まで組んじゃって。クールキャラでも目指してる訳?」

「……え?」

 

……うん?あれ、いや…何この反応。何で俺、早速毒吐かれてんの…?

 

「えって何よえって、まさか無自覚でそんな事してた訳?」

「い、いやそうじゃないが……あの、篠夜さん…?」

「何よ」

「さっきまでの、殊勝な態度は…?」

「あんなの一時の迷いよ。あんたなんかに殊勝な態度なんて、恥以外のなんでもないし」

「あ、そっすか……」

 

棘のある言葉と、嫌そうな視線。THE・篠夜とでも言うべき、生意気そのものな態度の少女。しおらしい篠夜は何処へやら。いつもの篠夜、カムバックだった。

 

「そこまで久し振りじゃないのに、間に素直な時間を挟むと落差半端ねぇな……」

「はいはいそうですねー。……で、いつまでそこに突っ立ってんのよ」

「…入っていいのか?」

「はぁ?あんた、このまま帰るつもりだった訳?まあ帰るなら別にそれでもいいけど」

「……そりゃ悪かったな、邪魔するぞ…」

 

ほんとに帰ってやろうかな、と思う程辛辣さ全開の篠夜。なんかもう既に素直だった篠夜を懐かしく感じるレベルで、ほんっとにもうこの生意気娘は……って、ん?

 

「…篠夜、顔洗ったのか?」

「へ?……ま、まぁそうだけど…それが何?」

「へぇ…なんだ、何の為に俺を外に出したのかと思えば、仕切り直す為に顔洗ってたのか」

「な……ッ!?そ、そんな訳ないでしょ!」

 

出てきた篠夜をよく見ると、篠夜の前髪が若干濡れていた。そっから軽く推理して理由を言ってみると、篠夜は泣き腫らした目元に匹敵するレベルで頬を赤らめ否定する…が、その反応はあからさま。…うん、図星みたいだな。

 

「照れるな照れるな、確かにあの調子のままじゃ恥ずかしいもんな」

「だ、だから違うって言ってるでしょ!顔を洗ったのは…あ、あれよ!…………あれなのよ!」

「いや思い付かなかったのかよ!?今の滅茶苦茶格好悪いぞ!?」

「う、うっさい!とにかくあんたが思ってるような理由じゃないの!」

「じゃ、何だよ」

「それは……せ、洗顔とか…」

「あぁ……意味同じだわ!一瞬納得しかけたが、それ表現変えただけだよなぁ!?」

 

図星に加えて墓穴に自爆。凄まじい勢いでポンコツ化していく篠夜に、俺も驚いて全力突っ込みなんてしてしまった。…訳ありとはいえ体力面駄目駄目なのに加えて、思考や精神面までそれじゃマジでポンコツキャラだぞ篠夜……。

 

「うぐ…あんたなんかにしてやられるなんて……」

「後半は篠夜が自爆しただけだけどな……まぁなんだ、触れてほしくないなら触れないぞ?」

「も、もういいわよ…今更そうしてもらったって、恥の上塗りなだけだし……」

「そうか、じゃあ…一旦出てもらってまで仕切り直そうとしたのに、早々にバレるなんて恥ずいにも程があるよな!」

「んなぁ…ッ!?」

「ん?もういいんだろ?」

「そ、そうは言ったけど…だからって普通追撃なんてしないでしょうがッ!ほんっとにあんた性根が腐ってるわね!」

 

……とまぁ、部屋前でここぞとばかりに篠夜を弄りまくる事数分。やっぱ篠夜と言えばこれだよぁ…なんて思いつつ、俺はご立腹な篠夜の後に続いて再び篠夜の部屋に入った。

 

「…………」

「あー、悪かったって」

「ふん、どうせ内心では『相変わらず馬鹿な奴だなぁ』とか思ってるんでしょ?」

「思ってねぇよそんな事。ちゃんと悪かったって思ってるって」

「…本当に?」

「本当だ。…ごめんな、篠夜」

 

やり過ぎは良くないな、と謝罪しつつ篠夜の頭に手を置く俺。さっきまで篠夜を抱き締めてたせいか、半ば無意識にだが俺はスキンシップを取ってしまい……あ、不味いと思った。……が、返ってきたのは意外な反応。

 

「……さっきもだけど…そういうの、セクハラだから…」

「あ、あぁ…それは本当にすまん……」

「…それは?」

「あ……い、今のは言葉の綾だ…」

 

激しい抗議ではない、ちょっともじもじとしたような篠夜の返答。それのせいで俺もまた調子が狂ってしまい、結果角の立つ表現をしてしまった。…あー…駄目だな、ほんとに篠夜から毒気がなくなると調子狂う…。

 

「…ごほん。で、篠夜。俺をもう一度招き入れたって事は、まだ何か話したい事があるのか?」

「……あんた、忘れてるの?」

「忘れてるって、何をだ?」

「あぁ、忘れてるのね…はぁ、あたし達は元々何をしてたのかしら?」

「何を?そりゃ……あ…」

 

気を取り直しつつも話の修正を計ってみると、篠夜から返ってきたのは訝しげな視線。だがピンとこない俺としては、何言ってんだ?としか思えず……普通に返答しかけたところで、思い出した。

 

「…棚は、買っただけじゃ何の意味もないもんな……」

「部屋にないから置き物にすらならないわね。記憶力大丈夫?」

「うっせ。で、どこにあるんだ?どうせ篠夜の事だから、俺に取ってこいって言うんだろ?」

「よく分かってるじゃない。じゃ、その間にあたしは場所開けておくから」

「ん、そうか(おっと、分業だったか…)」

 

横柄さも戻ってきたなぁ…と思いきや、意外とそうでもなかった様子。負担を天秤にかければ、やはり俺に荷重がかかっている事は間違いないが、恐らく筋力も壊滅しているであろう事を考えれば適材適所。という訳で俺は配送されてきた物が置かれる場所を聞き、そこから棚(が分解されて入ってる段ボール)を台車に乗せて部屋へと帰還。…エレベーターがなかったら、それはもう辛い道のりになっていただろう。

 

「ふー…そういや運んでる途中で思ったんだが、霊力を身体に回せば篠夜でもいけたんじゃないのか?」

「霊力を回してる状態で予言が発動すると、強化の方の霊力が暴発し易いのよ。もしそれでえらい事になったら、あんた責任取ってくれる?」

「取るって言ったらやるのか?」

「やらないけど?」

「だと思った…」

 

なら今のやり取りは何だったんだと思いつつ、開封をして組み立て開始。偶に組み立て式の家具は意味不明な程複雑な作りになっていたりもするが、今回買った棚は至ってシンプル。そのおかげで然程手間取る事もなく、俺達は棚の完成に漕ぎ着けた。

 

「こいつはここに置いて、っと。うし、後は物を収納すりゃそれで完了だな」

「あー…それは別にいいわ。収納だったらあたし一人でも出来るし、適当に並べられてどこに何があるか分からなくなるのは嫌だし」

「どこに何があるか、ねぇ…」

「…何よ」

「いーや、パッケージと棚にプレスされてた奴の言う事は違うなぁと思っただけだ」

「う……あ、あれはあれでどこに何があるか分かり易くなってたのよ…!」

「へいへい、まぁそれは分からん事もないからな」

 

部屋に整理整頓するよりは、ごちゃごちゃしてても分かり易い場所に置いておいた方が良い、ってのは一理ある。しまうと逆に「どこにしまったか忘れる」という可能性を孕む事になるんだからな。

…と俺が同意した事により、俺がすべき作業は終了。これが他の奴なら、俺に気を遣っている可能性も考えるが…相手は篠夜だからな。それはねぇだろ。

 

「…てか、もうこんな時間か…まだ何か手伝う事はあるか?無かったら……」

「いいわよ、もう帰っても。今日は一日悪かったわね」

「だからそれはいいっつの。俺はやりたいようにしただけだし、さっきも言ったが同情心やら何やらだけで動いてた訳じゃねぇんだからな」

「やりたいように、ね…じゃあ、セクハラもそういう意図だったと覚えておくわ」

「…一応言っとくが、下心じゃねぇからな……」

 

言ったってしょうがないとは思うが、それでも『無言=肯定』と取られちゃ堪らねぇと俺は否定。結果的にセクハラの形になっちまっただけで、セクハラする事が目的だった訳じゃねぇっつの…ったく……。

 

「折角棚まで買ったんだから、もう散らかすなよ?」

「だから散らかしてなんか…はぁ、もういいや…ほらさっさと帰った帰った」

「言われなくても帰るっての。じゃあな篠夜。……っと、最後に一つ…」

「あんたこそまだ何かあった訳?だったら先に言いなさ──」

「しつこいようだが、俺はいつだって篠夜の力になってやる。篠夜が辛い時は、全力で引っ張り上げてやる。だから、遠慮せずに……これからも、俺の事を頼れよ?」

「……っ!」

 

それから俺は篠夜と辛口を叩き合いながら部屋の出入りへと向かい、ドアノブに手を掛け……掛けた手を離すと同時に振り返って、言った。もう言わずとも分かっているだろう、これ以上言えば押し付けがましく聞こえてしまうであろう、俺の意思を。理由は……なんて事ない。ただもう一度、篠夜にそう言っておきたかったからだけの事。

それを聞いた篠夜は、ぴくんと軽く肩を震わせ……顔を赤らめながら、目を逸らす。

 

「……不意打ちで、もう一度言うなんてズルいわよ…」

「…ズルい?何がだ?」

「…何でもない……」

「そうか、じゃあまた今度……」

「……待って」

 

流石に今のは少々キザだったかもな…と内心で自嘲しながら、今後こそ部屋を出ようとした俺。が、その瞬間服の裾を掴んだ篠夜に止められ、再び俺は振り返る。すると、篠夜はまだ顔が赤くなっていて……だが今度は俺の目を見て、言った。

 

「……篠夜は、あたし個人の名前じゃないから…あたしにとって家族は、複雑な相手だから…だから、これからは…名前で、呼んでよ……」

「…な、名前……?」

「……嫌…?」

「い、嫌って言うか…実を言うと、うろ覚えっつーか……えと、依未…だった、よな…?」

「あんたねぇ……合ってるわよ、それで…。…今度からはしっかりと覚えておきなさいよね、ゆ…悠、耶……」

「……あぁ、ちゃんと覚えておくよ、依未」

 

言葉の通りに複雑そうな、けれどいじらしさもある表情をして、俺が失礼な事を言うとその表情は一度呆れ顔に変わり……最後に篠夜…いや依未は、恥ずかしそうに俺の名前を呼んだ。

ころころと変わる、依未の表情。感情を隠し切れていない、普通の少女としての依未。そんな依未は、どっからどう見ても弄りチャンスに溢れてたんだが……俺がしたのは、名前を呼んでの返答だけ。

何故かと言えば、そりゃあ…今はもう、弄らなくても十分充足した気持ちになっているんだからな。

 

 

 

 

…とまぁ、これで終われば綺麗な締まり方だったんだろう。思いっ切りメタ発言してしまっているが、そこは別に追求しなくたっていいんだ。追求されたってグダグダとした話にしかならないからな。

で、えーっと…なんだっけ?…あぁそうだ、まだ続き…ってかオチがあるんだよな、オチが。

 

「ったく、馬鹿だよなぁ俺も…」

 

依未と出掛けて、依未の本当の気持ちを知って、力になると約束した日の翌日。今日も俺は、双統殿へと訪れていた。

 

「双統殿に到着したぞ、っと……」

 

隠し通路から双統殿の内部へも入ったところで、俺は依未にメッセージを送信。するとすぐに、さっさと来い的はメッセージが返ってくる。

二日連続でここに来た俺だが、今日の目的は忘れ物の…置いていってしまった財布の回収。俺は棚を組み立てる際、ポケットの中で引っかかって鬱陶しい財布を取り出しておいたんだが、情けない事に昨日はそのまま帰ってしまった。…依未の部屋の中だから良かったが、他の場所なら財布ごと盗まれるか中身を抜き出されてた可能性高いんだよな…。

 

(てか、ここのところよく依未の部屋に行ってんなぁ……)

 

歩きながらふと思い出す俺。考えてみれば、緋奈や妃乃と喧嘩した日、礼を言いにいった日、それに昨日と昨日までで三度も行っている上に、今日も含めば四度目ともなる。だからなんだって話だが、とにかくこれまでとは頻度が段違い。更に言えば、ここ数回はきちんと依未の部屋に行こうと思って行ってるんだよな……こっちもだからなんだって話だが。

 

「さて、連絡は…もういいか」

 

部屋のある階に到着したところで、俺は携帯に手をかけ…その手をすぐに引っ込めた。流石にそれはいらないだろう。もうそれ位の信用は得ていると信じたい。

 

「(とはいえ、今回もやっぱ顔しか出さないのかねぇ…)依未ー」

 

そうして俺は部屋の前まで辿り着き、登場の仕方を想像しながら扉をノック。無難に考えりゃ普通に扉を開けてくれるとは思うが、そこは癖のある依未。相も変わらず顔だけを出すスタイルかもしれないし、最悪財布だけをぽいっと出されるかもしれない。…財布ぽいを実際にされたらかなりショックだが、幾ら依未でもそんな事はしないと思うが、それはせずとも依未ならびっくりな事をするかもしれない。だから警戒…とまでは言わずとも、心構えはしておいた方が……

 

「お、遅かったわね……」

(あ、なんだ。普通に出てきた──)

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

心構えを、なんて考えている最中に開いた扉。普通に開かれた扉に、俺は一瞬考え過ぎだったかと思いかけて……次の瞬間、依未の姿を視認した。──メイド服姿の、篠夜依未を。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「……ど、どゆ事…?」

「へ……?ちょ、ちょっと…何よ、その反応は…」

「な、何よって…そりゃ俺の台詞、なんだが…?」

「え、え……?…男って、こういう服装が…好きなんじゃないの…?」

「…いや、少なくとも俺は…別に……」

 

白と黒で彩られた、若干エプロンを彷彿とさせるふりふりの服装。通称、メイド服。依未が身に纏っていたのは、間違いなくその服装だった。

そんな姿に、あまりの衝撃に、動揺しながらの言葉しか返せない俺。弄るでも突っ込むでもなく、ただただ返した素の反応。対する依未も理解が追い付かないような顔をしていて……だが俺が否定の発言を口にした瞬間、依未の顔は一気に赤く染まっていく。

 

「……よ、依未…?」

「…………」

「あのー、依未さん…?」

「……ぅ…」

「……う?」

「うぅぅぅぅうううううううぅぅっ!!」

「依未!?ちょっ、おいどうした!?」

 

何の声と言ったらいいのか分からない声を上げながら蹲る依未に、当然俺は大慌て。霊力が暴走したか、それとも悪霊にでも取り憑かれたかと思いながら依未を呼ぶが、依未はうーうー呻くばかり。そんな状態が数十秒程続いて…やっと少し依未が落ち着いてきた頃、やっと俺はそれが過度な恥ずかしさによるものだったんだと理解した。…いや、だってほら…赤面だけならともかく、蹲られたらもっと色々考えちまうっての……。

 

「…その、色々大丈夫か……?」

「大丈夫な訳ないでしょ…うぅ、最悪の気分よ……」

「いや、まぁ…なんか、すまん……」

「謝らないで、余計惨めになるから……」

 

数分後、部屋内の廊下には座り込んでしょぼくれる依未の姿が。…これは弄れないな。可哀想過ぎて。

 

「こんな事なら、着なきゃ良かった……」

「…そういや、さっきもちょっと思ったが…もしや依未、わざわざ俺の為に着たのか?」

「そ、それは……」

「…それは?」

「……っ…あぁそうよそうですよ!でも結果はこのざま、滑稽で馬鹿な女だったって訳よ!ふん…ッ!」

 

さっき受けたショックのせいか、今の依未は絶賛情緒不安定中。まあ仕方ないよな…とは思うが、それでも看過出来ないのが最後の自虐。具体的な理由は分からないながら、俺の為に着たってなら……そんな自分を卑下するような気持ちにはさせたくないし、なってほしくもない。…ったく……

 

「…あー、依未…さっき俺は『別に…』っつったが…それはあくまでそういう趣味がないってだけで、依未の格好が悪いとは思ってないからな?」

「……っ…そ、そう…?」

「おう」

 

軽く後頭部を掻きつつ、依未の後悔を俺は否定。それを聞いた依未の言葉には、偽る事なくしっかりと頷く。

 

「じゃ、じゃあ……似合って、る…?」

「それは…そうだな。似合って……って、ん?」

「…な、何よ……」

「……メイド服が似合うって、それは良い事なのか……?」

「は…?そんなの……た、確かに考えてみるとどうなのかしらね、それは…」

 

そうして少し気持ちを持ち直した依未を、多少気恥ずかしいが褒めようとして……結果、余計な事言ったせいで変な空気になってしまった。

正直言えば、凄く似合ってる。似合ってるし、ぶっちゃけ可愛い。…が、メイドの格好が似合うって…それは褒め言葉として、本当にいいのか……?

 

「……はぁ、何よこの雰囲気…」

「すまん…だがどうしても気になって……」

「はいはい…。……でも、とにかく…悠耶は今のあたしを、最低限悪くはない…って、思ってはいるのよね…?」

「…それは、な」

「……そ、っか…なら、はい」

「あ、おう。ありがとな…」

 

それから依未は呆れ顔をした後、小さめの声で俺に確認の言葉を投げかけてきて……それを俺が肯定すると、少し安心した顔をして財布を俺に渡してくれた。今の回答が正しかったのか、俺は自信を持って言えないが…まあ何にせよ、多少なりとも依未は気持ちを持ち直してくれた。それだけでも、俺はそう言って良かったと思う。

という訳で俺は財布を受け取り、そのまま帰宅。結局俺の為ってところの意味は訊かず終いだったが、まあ今日のはイレギュラーな事だったんだろう。…そう思って、俺は帰ったんだが……この日以降、時々依未は今日みたいに特殊な格好…有り体に言えば、コスプレ的な衣装で俺を迎えるようになるのだった。

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