双極の理創造   作:シモツキ

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第百二十話 進む準備は期待と共に

まさか、俺の呟きが採用されるとは思わなかった。二択で行き詰まってんなら、その二つを合わせちまえばいいんじゃね?…という、捻りも何もない単なる思い付きが採用されるとは、全くもって思っていなかった。

そりゃあ驚いたさ。俺がクラスで注目を…それも自ら口にした発言で浴びるなんざ、多分高校入ってからはこれが初めてだったんだからな。で、採用された事が嬉しかったかどうかと言われると……ぶっちゃけ、嬉しい訳じゃないが不愉快だった訳でもねぇんだよな。だって、思い付きを口にしてみただけなんだから。

 

「…結構見に来てる奴多いな、おい……」

 

そんな事を考えながら俺が訪れたのは、放課後の家庭科室。ある理由…って、別に隠す事でもねぇか。あー、こほん。

俺がこの部屋に来たのは、数日前に行われた演劇喫茶(うちは調整を受ける事なく、そのまま企画が了承された)の役割決めにおいて、調理担当に推薦された為。…これもびっくりだよな。

 

「そりゃ、喫茶店である以上飲食物は大切だからね。…まぁ、単なる興味本位で見に来てる人も多いんだろうけど」

「…案外暇してんだな、うちのクラスメイトは」

「その筆頭である千㟢がそれ言う…?」

 

調理担当に立候補又は推薦で挙がった奴は俺の他数人で、調理である以上は当然味見をする奴も必要で、だがそれならば全員合わせても一桁の人数に収まる筈。だが、明らかに家庭科室内には十人以上が集まっていた。…まあ、人が多いと困るって訳でもないが。

 

「俺は事実を言ったまでだ。で、早速作ればいいのか?」

「その説明は実行委員がするから、あっち行って聞いてきなよ。じゃなきゃそれこそ始められないし」

「へいへい」

 

御道の指示通りに俺は実行委員と調理担当候補が集まっている場所へ行き、そこで揃って説明を聞く。…って言っても、作る料理の確認と用意出来る食材、調理器具の通達位だったが。

そうして説明を受けた俺達はそれぞれ食材の置いてある調理台へと別れ、手を洗って料理開始。因みに作るのは、フレンチトーストとパンケーキ。

 

(調理の技術を見るってなら、もう少し手間のかかる料理の方が良い気もするが……調理器具の件も含め、あんま複雑な事は出来ないって事か)

 

学校によっては、食品は全て外注(自分たちで作るのは禁止)っつー夢のないところもあったりするらしいし、その点から言えば作れるだけでもありがたい訳だが…やはり高校生である以上、やれる事の範囲はどうしても狭くなってしまう。現在想定されているメニューがどれも簡単な料理なのも、それが理由で……となると、ちょっとした味付けで工夫してみるしかないか…。

 

「へぇ、千㟢くんひっくり返すの上手じゃん」

「そういや、普段弁当は自分で作ってるんだっけ?」

「演劇喫茶の提案といい、千㟢実はかなりやる気ある系だったり?」

 

なんて考えながらパンケーキを焼いていると、何やらギャラリーが集まってきた。…気が散るなぁ……。

 

「あー…弁当はそうだ。で、やる気は…好きに想像してくれ」

「ふーん…料理好きなの?」

「……まぁ、嫌いではないな」

 

焼き上げたパンケーキを皿に移しつつ回答した俺へ、更に投げかけられる一つの質問。彼にとっては何気なく……俺にとっては、決して軽くなんてない言葉。

両親が死んで、自分が家事をするしかなかっただけだ。…そう答える事も出来たが、俺は言わなかった。そんな事言ったって、雰囲気が悪くなるだけなのは俺だって分かってるし……それに、嘘で返した訳でもないしな。…てか、ほんとに気が散る…そこまで親しい訳でもない相手複数人に見られながらの料理なんざした事ねぇから、全然心が落ち着かねぇ……。

 

(喫茶…てか、料理店って普通料理担当は裏方だよな…?…なんで注目されてんだ俺……)

 

いや、理由は分かってるんだ。物珍しいとか、実際(自分で言うのもアレだが)上手いとかが、周りの興味を引いてる訳だからな。…不快じゃねぇが、やっぱ注目されるのは性に合わねぇや…。

そんなこんなで数十分。候補者全員が二品を焼き上げ、調理パートは終了。そうなれば当然次は実食パートで、実行委員の二人は勿論ギャラリーも各々フレンチトーストとパンケーキを食べていく。そして……

 

「ご馳走様でした。全員、美味しく作ってくれてたと思います。なので調理担当は…お願いしますね」

(あ、選抜じゃなくて全員採用なのか…まぁ、十人も二十人もいる訳じゃねぇんだから選ぶ必要もないんだろうが……)

 

これと言った山場も苦難もなく、調理担当試験(?)は終了した。…まぁ、フレンチトーストとパンケーキ作るのに、山場や苦難がなくても普通だけどな。料理バトル作品じゃあるまいし。

 

 

 

 

「へぇ、お兄ちゃんは調理するんだ。良かったね、普段から慣れてる事の担当になれて」

 

その日の夜、俺は話の流れで緋奈へうちのクラスの出し物の事を話していた。…と言っても一対一じゃなく、リビングには妃乃もいる。

 

「まぁな。今日は変に注目されたが、フロア担当になるよりはずっと楽だ」

「だと思ったよ。妃乃さんはフロア担当ですか?」

「そうよ。私としては何役でも良かったんだけど、是非フロアにって推されちゃってね」

 

…と肩を竦めつつ言う妃乃だが、よく見れば少し広角が上がっている。何故かといえば…まぁ、クラスメイトから熱烈な推薦を受けて満更でもなかったからだろうな。

 

「妃乃がフロアか……バイト感凄そうだな」

「ちょっと、それどういう意味よ」

「ん?聞きたいのか?」

「…言わなくていいわ、代わりに薬指折らせてもらうから」

「何だその斜め上に怖い脅迫は……暴力は良くないぞ」

「失礼ね、制御の行き届いている私の力は暴力じゃないわ」

「だから何だその斜め上の回答は……マイブームなの…?」

 

あんまりいい弄りにならなかったからか、妃乃の反応もぶっちゃけイマイチ。…風俗っぽい位言った方が良かったか?……いや、これ言ったら妃乃からも緋奈からも冷たい目で見られて終わりだな…うん、色んな意味で終わりになるわ…。

 

「…こほん。それはそうと、緋奈のクラスは何やるんだ?」

「わたしのクラスは縁日だよ。だから印象とゲームの複合型、だね」

「へぇ、緋奈ちゃんのところも楽しそうね。…縁日、か……」

 

縁日とは有縁の日の事…だが、勿論ここで言う縁日ってのは本来の意味じゃなく、縁日にて出てる出店(の集まり)の事。確かに店に幅のある縁日は企画としての自由度が高そうで、俺としても興味を惹かれるものがある。

…が、俺同様…というか、俺以上に興味を示したのは妃乃。妃乃は緋奈の返答ににこりと笑みを浮かべた後、少し遠くを見るような目に。

 

「…妃乃さん?どうかしました…?」

「あぁ…別になんて事はないわ。ただちょっと、縁日に行ってみたいな…って思っただけ」

 

その言葉通りに、妃乃はなんて事なさげな表情を見せる。だが、俺も緋奈も分かっていた。…きっと妃乃は、これまでに縁日に行った事がないのだろうと。

思い返せば、今年の縁日の日も妃乃は双統殿に行っていた。その日の妃乃は、いつも通りにしていたが……今思えば、それも当然の事だ。何せ、それが妃乃にとっての『普通』なんだからな。

 

(…不自由だが自由に過ごせる暮らしと、不自由じゃないが自由もない暮らしじゃ、どっちが辛いんだろうな……)

 

ふと思う、取り留めのない思考。明確な答えなんてない、個々の価値観と感性に依存する二択の疑問が、妃乃の言葉を聞いて流れてくる。……まあ、ただ一つ言うとすれば…どっちも辛いんだろう。どっちも辛いから、俺は「どっちが」なんて考えたんだろう。

 

「…じゃあ、是非来て下さいね?」

「…えぇ、是非行かせてもらうわ」

 

そんな事を俺が考えている中、緋奈と妃乃は言葉を躱す。緋奈と妃乃は元々良好な関係になるまでが早かったが、緋奈にこっち側の事を伝えてからはより二人の距離が縮まったようにも思える。…雨降って地固まるとは、こういう事を言うんだろうな。……喧嘩したのは俺と二人とであって、二人の関係に雨は降ってないけれど。

 

「……って、ん?…緋奈、縁日って事は…焼きそばとかクレープとかもやるんだよな…?」

「そうだよ。クレープ…は分からないけど、少なくとも焼きそばはやる予定」

「……緋奈は何担当だ…?」

「各ゲームの案内役だよ」

「そ、そうか…(良かった……)」

 

そこでふと気付いた、というか気になったのは、緋奈の役割。どうやら俺の杞憂で済んだみたいだが……料理担当でなくて良かった。緋奈の為にも、緋奈の同級生や訪れる客の為にも、緋奈が料理をしなくて本当に良かった。

 

「…それはそうと悠耶、緋奈ちゃんの訓練は今後どうしていくつもりなの?」

「どうもこうも、必要な限りは続けるつもりだが?」

「でしょうね、でも私が訊いてるのはそういう事じゃないわ」

 

急に変わる会話の話題。一瞬藪から棒だなぁと思った俺だが、緋奈の訓練絡みってんなら適当に流せる事じゃない。

 

「…妃乃さん、どういう事ですか?」

「効率の話よ。今は週一、それも数時間の訓練でしょ?それ自体訓練としては間隔が長いし、基礎中の基礎を教えていたこれまでならともかく、これからは回数を重ねる必要だって出てくる筈。だから……」

「今のまま進めても非効率…って事ですか…お兄ちゃん、わたしは今より多くても大丈夫だよ?」

 

今のままじゃ非効率。それは俺も感じていた。というより、最初からあまり効率の良い訓練ではないと自覚していた。だがそれは緋奈の為であり、同時の俺にとっての妥協ラインでもあるのが今のやり方ってものまた事実。となれば、これまで通りでいいって返すのが一番普通なんだが……そこで俺は、もう少しだけ考える。

 

「…そう、さな…だったら妃乃。妃乃はどうするのが良いと思ってるんだ?」

「そりゃ、ここでも訓練をする事でしょうね。双統殿内に比べればやれる訓練は限られてくるけど、自宅なら移動に時間を必要としないし、週末に訓練、平日は復習って形に変えるだけでも、効率はグッと上がると思うわ」

 

考えながら訊いてみると、返ってきたのは正にTHE・時宮妃乃とでも言うべき、突飛さはないが真っ当な発想。

確かに自宅で訓練出来るならそれが一番だ。訓練と訓練の感覚が離れていても、その間に学んだ事をきちんと復習、反省していれば、記憶の劣化は最小限で済むだろう。…だが、自宅でやるってのには一つだけ問題もある。

 

「…緋奈、緋奈は今より多くても…って言ったけどよ、ここで訓練する事はどうだ?気が滅入りそうな気はしないか?」

「気が滅入る…?」

「…って、これをやる前から訊いても意味ねぇか……」

 

ピンときていない様子の妹に、俺は苦笑いしつつ後頭部を掻く。気が滅入るってのは、要は本来リラックス出来る場である自宅が訓練場所となる事で、心的負担が増えたりしないかって事。…俺だったら、家はゆっくり出来る場であってほしいよなぁ…。……筋トレはまぁ、単なる日課だし。

 

「それは、悠耶次第じゃないの?生徒のメンタルケアも指導する側の責任の一つよ?」

「それもそうか……緋奈、分かってると思うが俺は指導が上手い訳じゃねぇし、ぶっちゃけ緋奈の理解力に頼ってるような気がしてる。だから、訓練を増やせば増えた日数や時間以上に負担が大きくなると思うが……それでも緋奈は、大丈夫か?」

「勿論だよ、お兄ちゃん。わたしだって、楽して強くなろうだなんて思ってないし……お兄ちゃんがわたしの為を思って頑張ってくれるなら、わたしも頑張れるから」

「緋奈……」

 

指導慣れしている妃乃の助言を受けて、俺は改めて緋奈に問うた。俺がどうこうじゃなくて、緋奈の気持ちはどうなのかを聞く為に。

嫌ならば、それでも良いと思っていた。そもそも俺から言い出した話でもないんだから、と。だが緋奈は真っ直ぐに俺を見つめ返して、迷いなく首を縦に振った。兄冥利に尽きる言葉と共に、頑張れると言い切った。…お兄ちゃんがわたしの為を思って頑張ってくれるなら、か……。

 

「……なぁ、妃乃。これが俺の自慢の妹、千㟢緋奈だよ」

「へ?…あー、うん、そうね。私も緋奈ちゃんは立派な子だと思うわ」

「だろ?…よし、ちょっと妃乃は席を外してくれ。今から俺は緋奈を一杯撫でてやらなきゃならん」

「うぇっ!?お、お兄ちゃん急に何故!?」

「…それ、なんで私席を外さなきゃいけないのよ…」

「なんでって…妃乃がいたら緋奈が恥ずかしい思いをするだろうが!こういうのはすぐに撫でてやるのが大切なんだ!ほらさっさと行った行った!」

「わっ、ちょっ…ほんとに出て行かせる気!?」

「お兄ちゃん!?一体それはどういう思考からの答えなの!?むしろそういう事言われる方が恥ずかしいんだけど!?」

 

ぎゃーぎゃー騒ぐ愛娘ならぬ愛妹と同居人をスルーし、その内同居人の方の妃乃をリビングから締め出す俺。そして有言実行の男であり、愛妹緋奈の兄でもある俺は言葉通り……

 

「全く……良い子に育ってくれて、お兄ちゃんは本当に嬉しいぞ」

「う、うん……お兄ちゃん、わたしは本当にどんな感情になればいいのかさっぱりだよ…」

 

膝に座らせた緋奈の頭を撫で、この上なく心穏やかな時間を過ごすのだった。

 

 

 

 

企画、決定、役割分担と事が進めば、次にするのは本格的な準備。大道具の作成や出し物の練習を行う、面倒ながらも楽しい段階。そして当然我がクラスも、上記三つを完遂させた事でこの段階へと入っていた。

 

「お、お席こちらです!」

「ちょっと声上擦ってるよー?」

「ご注意はなんでしょう?」

「ご注意はお決まりですか、又はご注意お伺いします、の方が良いだろうね」

「ぃらっしゃいませこんにちはー!」

「上手っ!っていうか手馴れてる感凄っ!え、お前バイトか何かしてたんだっけ!?」

 

クラスの中から聞こえるのは、フロア担当メンバーによる練習の声。文化祭の模擬店での接客なんだから、そこまで拘らなくても良いような気はするけど……だからって手を抜かなきゃいけない理由もない、というのがフロア担当の考えの主流。実際それはその通りな訳で、俺もフロア担当になっていたら皆と一緒に頑張っていたと思う。

 

「じゃ、二人共お願いね〜」

「りょーかい」

「うーい」

 

メモの書かれた紙を受け取って、俺と千㟢は移動開始。目的地はどこかのクラス……ではなく、学校の敷地外。

 

「…活気に溢れてんなぁ」

「そりゃ、この時期は溢れるさ」

 

ある人はてきぱきと、ある人は和やかに、またある人は頭を捻りながら、どのクラスも文化祭の準備を進行中。そんな時に、クラスメイトに頼まれて敷地外に行くってなったら…まぁ、お察しの通り一つしかないよね。

 

「……よし、このまま帰っちまうか」

「おう、また明日」

「いや突っ込めよ…これで俺が本当に帰ったら何一つ面白くないだろうが…」

 

と、しょうもない会話をする事十数分。最寄りにして恐らく毎年この時期になると学生の入店率が激増するであろう百均に到着した俺達二人は、同然その中へと入店する。

 

「で、何買うんだっけ?」

「テープ類とカラービニール、それに小物類ってとこだね。ほら紙」

「ふーむ…じゃ、御道。俺はこの紙持ってるから、商品持つのは任せるぞ」

「ふざけんな、釣り合い取れんわ」

 

大道具作りや演技、接客練習なんかと違って、買い物には集中する必要なんて皆無。流石に違う物買ってしまうのは不味いけど、それは最低限の注意で何とかなる訳で、となれば自然と駄弁りも続く。

 

「…しかし、千㟢が特に文句も言わず買い出しを了承するとはね。少し驚いたよ」

「失礼な感想だなおい……一応俺もクラスの一員なんだ、必要なら協力位するっての」

「と言いつつ、実際には文化祭楽しみなんでしょ?」

「うっせ、これ否定しても『またまた〜』とか言って聞き入れないパターンだろ」

 

文化祭は学生生活の中でもトップクラスの大イベントで、楽しみにしてる人も多いんだから、別に見栄を張らなくたっていいのに…と俺は思うものの、あくまで千㟢は認めない様子。…まぁ、千㟢がそういう奴だってのは分かり切った事だけど。

 

「…てか、それを言うならこっちだってそうだ。御道は生徒会の方が忙しいんじゃねぇの?」

「そうだよ?だからクラスの準備には行けない事も多いし、せめて買い出し位は積極的にやりたいんだよ」

「そりゃ、殊勝なこったな」

 

千㟢の言う通り、文化祭となれば当然生徒会も忙しくなる。準備は勿論、本番も何かとやる事があってクラスの作業に集中出来ないから、そしてクラスの皆はそんな俺でも文化祭を楽しめるよう「生徒会の空き時間は好きに文化祭を回ってくれて良い」と言ってくれたから、その分のお詫びとお返しを出来る限り頑張りたい。…楽しい事は、気兼ねなく楽しめるのが一番だしさ。

そんな思いの返答に対し、千㟢の反応は素っ気ないもの。だがそれも今更な訳で、俺は気にせず買い物を続行。そうしてレジを通り、袋に詰めて、その袋を持って(勿論半分は千㟢に持たせた)店の外へ。それから数分歩いたところで……千㟢は、ぽつりと言った。

 

「…御道は、楽しんでるよな」

「…文化祭を?」

「文化祭も」

 

少し不思議な呟きに横を見ると、千㟢は前を向いたまま。それが何となくの呟きだからか、思うところがあってのことなのかは、全くもって分からない。…楽しんでる、か……。

 

「…楽しんでるよ。文化祭も、今の日々も、色々とね」

「……そうか」

 

理由は分からないけど、千㟢がそうなら…と俺も視線を元に戻す。

そう、俺は楽しんでる。だって楽しいんだから。大変な事もあるし、夏休みは危うく殺されかけたけど、それを差し引いても楽しいと俺は感じている。だったら、楽しまない理由は…ないよね。

 

「…千㟢は違うの?」

「…俺か?」

「いないだろ他に…楽しくねぇの?」

「そりゃ、まぁ……」

 

ではそんな事を言う千㟢はどうなのか。じゃあ千㟢は、文化祭や今ここにある日々を楽しめていないのか。不安…ではないものの、普通の過去しかない俺とは比べ物にならない程壮絶な前世を送ってきた千㟢には、俺には感じられていないものがあるんじゃないか……そんな思いが頭をよぎって、俺は言った。

その問いに千㟢は少しばかり上を向いて、沈黙。ただその沈黙には深く考え込んでいる、或いは思い出しているような雰囲気があって、続く言葉を静かに待つ俺。そして数十秒後、千㟢は少しばかり口角を上げて……答えた。

 

「……楽しんでるさ、それなりにはな」

「へぇ、それなら良かった」

「それなら良かったって…どの立場なんだ御道は……」

「はは…それはごもっとも……」

 

俺と同じ、千㟢の返答。それなりには、だなんて多少捻くれた言い方をしているものの……表情を見れば分かる。そこに、楽しんでるという言葉に、嘘などないと。

それ以上掘り下げる事もなく、この話はここで終了。俺達は学校に戻り、買い出しの品とレシートを実行委員の二人に渡す。

……掘り下げなかった理由?…月並みな言葉にはなるけど……掘り下げなかったのなんて、楽しいという気持ちに細かい理由や根拠なんて必要ないから、ただそれだけだ…ってね。

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