「お待たせ致しましたっ!お客様ッ!」
「テンションたっか!お客さんビビるよ!?」
段々と文化祭当日までの日もなくなってきたある日の夜。食卓に座る俺の前へ、過剰な位元気一杯な声と共に茶碗(白米入り)が置かれた。
「えー…でも結局のところ、文化祭の接客に求められるのってこういう快活さじゃない?」
「いやそれはそうだろうけど…賑わってる居酒屋でもなきゃその声量はビビるだけだよ…」
「そうかなぁ…まぁ受け手がそう思うから、ちょっと声抑えてみるけど……」
イマイチ納得していないような表情を見せながらも、綾袮さんは茶碗を下げる。
恐らくこのシーンだけで察せるとは思うけど、綾袮さんはフロア担当。で、「やる以上は人気の店員さんを目指したいよね!」…という事で、今は俺が客役をして練習中。…新鮮で楽しいのかねぇ。綾袮さん、普通に生活してたら接客する機会なんて絶対ないだろうし。
「…………」
「綾袮さん、トレイは使わないんですか?」
「あ、そう言えばそうだった…」
置いた茶碗を持って綾袮さんが下がる中、ラフィーネさんは黙々と夕飯を食し、フォリンさんは箸を片手に一つ指摘。二人には待たせちゃ悪いという事で、先に食べてもらってるけど…俺も先に食べてから練習に付き合う方が良かったかなぁ…。
「じゃあ、こほん。…お待たせ致しました、お客様」
「あ、それ位ならいいんじゃない?綾袮さん、元々声ははっきりしてるし」
「そう?なら、動きとかは?」
「うーん……あ、一つ大きな問題があったよ」
「え、何?」
「…茶碗だけ出されても、食べられません」
「あ……」
こんな感じの練習をここまで何回かやってきていて、この後も何回か反復。…正直に言うと、素人の俺が見ても分かるような悪い点は特にないし、営業スマイルが営業スマイルとは思えない程眩しくて、ぶっちゃけそれだけで押し切れちゃいそうな気がしないでもないんだけど……頑張ってる綾袮さんにはちゃんと付き合ってあげたくて、俺はその感想を一旦飲み込む。
そうして十五分か二十分か、まぁそれ位したところで、今日の練習は終了した。
「ふー…案外やってみると難しいんだよね、接客って。指揮や指導の経験が活かせるかなって思ったけど、それとは結構勝手が違うし」
「まぁ、相手との関係性が大きく違う訳だからね。…で、役の方は大丈夫?」
「そっちは大丈夫。完全な演技ってなれば、むしろ自由にやれるからね」
息を吐きながら自分の席へと座る綾袮さん。そこへ質問を投げかけてみると、彼女は肩を竦めて言った。
演劇喫茶の名の通り、フロア担当はそれぞれの『役』を演じて接客を行う。だから今やったのはその下地になる『普通の接客』であり、実際にやるのは『独自の接客』な訳だから、そっちが出来なきゃ不味いよなぁ…とは思ったものの、綾袮さんはむしろそっちの方が楽らしい。でもまぁ確かに、演技接客は正解のある普通の接客と違って、そもそもが「もしも」なんだから、ある程度自由が効いてもおかしくはないか。
「そっかそっか。だったら良いけど、演技の方も必要なら相手するからね」
「うん、ありがと。さてと、それじゃあわたしもご飯が食べよっかな」
「なら俺も……ん?」
さぁやっと夕飯だ、お腹空いたなぁ。…なーんて思いながら、両手を合わせようとした俺。けれどいつの間にか、俺の席の隣にはラフィーネさんが立っていた。
「…どうかした?」
「わたしもやってみたい」
「え?」
「うん」
「う、うんって…えーと、やってみたいってのは…接客練習…?」
さも当然のように「何を」の部分をすっ飛ばしているラフィーネさんの発言に、俺は困惑。ただ幸いにも今回は予想し易く、俺の返しにラフィーネさんは頷いてくれた。
(…けど、接客練習をやってみたいって…今日も好奇心旺盛だなぁ……)
ラフィーネさんの事だから、接客技術を身に付けておきたいとかじゃなく、単に興味を惹かれたからってだけなんだろうけど、それにしたってやってみたいと思うかね?…というのが実際のところ。
でもそれは、日本で普通に生きてきた俺の感性であって、単なる感性の違い以上のものなんてない。それに、曇りのないラフィーネさんの瞳に見つめられると、どうにも俺は断り辛くて……
「……お待たせ致しました。お客様」
…俺が夕飯を口にするのは、またちょっと遅くなるのだった。
「…………」
「…………」
「……つまんない」
「い、いやまぁ…そりゃ面白くはないだろうね……」
無表情で、静かに茶碗を置いたラフィーネさん。クールにも程がある、色んな意味で無駄のない接客。これは感想や改善点を言った方がいいのかと、俺が茶碗とラフィーネさんを交互に見つつ考えていると……ご覧の通り、ラフィーネさんは身も蓋もない事を言ってしまった。
「さっきは面白そうだったのに…」
「…それは接客練習じゃなくて、綾袮さんが面白かったんじゃない…?」
「……!…盲点だった……」
「そ、そう…気付けて良かったね…」
一人納得した様子で自分の席に戻るラフィーネさんに、何というか…ほんと、なんて言ったらいいんだろうね…。呆れてるって訳じゃないし、でも苦笑…とも違う気がするし。
「…フォリンもやってみる?」
「え?私もですか…?」
などと俺が思っていたら、フォリンさんが巻き込まれていた。フォリンさんは一瞬驚いた顔になったものの、俺とラフィーネさんの顔を一度ずつ見た後、数秒考え込んで……起立。…あ、やるのね…。
「こほん。では失礼して……」
湯飲みやおかずの乗った皿をさし置き何故かシェア率100%の茶碗を持って、フォリンさんはリビングとキッチンの境目辺りへ。どうも適当に済ませる気はないらしく、しっかりお盆も用意している。
(え、意外とやる気満々…?まさかのフォリンさんも興味あったパターン…?)
ラフィーネさんの時とは別の理由で俺が困惑する中、フォリンさんはお盆に乗せた茶碗を持って俺の側へ。近過ぎず遠過ぎずの絶妙な位置で止まると、どうも手馴れた感じのある動作で茶碗を置いて……一言。
「お待たせ致しました。熱いので、お持ちになる際は注意して下さいませ」
前二人にはなかった文言も入れて、軽くお辞儀をして下がるフォリンさん。……はっきり言おう、上手かった。多少とはいえ練習していた綾袮さんより、上手な演技だった。唯一気になったところがあるとすれば、「お持ちに」には「お」が付いているのに対し、「熱い」には「お」が付いていなかった事だけど…それは単なる知識であって、技術的なものとは別の話。
そういう事もあってか、既に白米は冷めてるけどね、とか無粋な事は言わなかった。
「…じょ、上手だねフォリンさん…接客、得意なの……?」
「得意、という訳ではありませんよ。ただ、多少慣れているだけです」
「慣れてる?バイトとか手伝いとかをしてたとか?」
「いいえ。…仕事柄、その場に溶け込む演技が役に立つ事も多かった…それだけの話です」
「あ……」
表情も声音も至って普通に、けれどほんの少し視線を逸らして答えたフォリンさんの言葉に、俺ははっとした。
あまりにも軽率だった。もう少し気をつけるべきだった。実際に口にしたのはフォリンさんの方だとはいえ……もう少し俺が頭を働かせていれば、自然にこの流れから離れる事も出来た筈なんだから。
「…その、ごめん…言わせちゃって……」
「いえ、顕人さんが謝るような事はないですよ。顕人さんは普通の質問をしただけですし……過去の話、ですからね」
「いや、でも……」
やっぱりフォリンさんの反応に、傷付いた様子はない。多分本当に、吹っ切れてる…とまでは言わずとも、過去の事だと割り切ってはいるんだと思う。
だけど、一度沈んでしまった雰囲気は何もせずには変わらない。フォリンさんは勿論の事、視界の端に見えるラフィーネさんも決して明るい表情はしていない訳で、俺は何とか雰囲気を変えなきゃと思った。でもこの時点で若干焦っていた俺は、すぐには話題を見付けられず……
「そうだったんだ……あれ、じゃあラフィーネは?ラフィーネも演技慣れしてるんじゃないの?」
「あぁ…ラフィーネはやる気がある時とない時での差が激しいんです。そうですよね?ラフィーネ」
「ん…さっきは楽しくなかったから、気分も乗らなかっただけ。やる時はやる」
…至って自然な素振りで流れを変えた綾袮さんに、助けられた。はっとして俺がそちら向くと、綾袮さんは俺に対して軽くウインク。…どうしよう、綾袮さん格好良い……。
「やる時はやる…うん、良い言葉だよねこれって!やる時はやる、やらない時とやる気が出ない時はやらない!」
「良い事言った、綾袮。やる気が出ない時は……やらない」
「…ねぇフォリンさん、これ良い事なのかな…?」
「…ノーコメントでお願いします……」
ぐっ、と軽く上げた右手を握る綾袮さんとラフィーネさん。…何言ってんだろうね、この二人は。ってか、さっきの格好良さが台無しだよ……。
「まぁいいか……っとそうだ、悪いんだけど明日の朝食は各々準備してもらえる?ご飯は炊いておくし、即席味噌汁と出来合いのものは出しとくからさ」
「あ、はい。それは構いませんが…明日は何かご用事ですか?」
「うん、生徒会でちょっと朝早くにやる事があってね。だからお昼もお弁当は用意出来ないんだけど…綾袮さん、明日は購買で買ってもらえる?」
「そういう事なら大丈夫だよ。…でも、そっか……顕人君、明日は料理出来ない位忙しいんだ…」
と、そこでふと俺は思い出した事を三人へ伝える。勿論いつもより更に早起きをすれば、ご飯作る時間もあるんだけど……あんまり早過ぎるのは、キツいです。
「…何か不味かった?」
「あ、ううん。じゃあ顕人君も明日は購買になる感じ?」
「なる感じだね。夕飯は普通に作れるからそこは安心して」
「…………」
「…ラフィーネさん?」
昼食を購買で買うなんて久し振りだなぁと思いつつ答えていると、その最中で感じたのは視線。何だろうと思って見てみると、視線の主はこっちをじっと見ていたラフィーネさん。それで余計に「何だろう?」感が増した俺が訊いてみると…返ってきたのは意外な事実。
「…顕人、生徒会の人だったんだ……」
「え、あれ…言ってなかったっけ…?」
「聞いてない」
「そ、そうか…確かに家で生徒会の話する機会なんて滅多にないもんね…」
現状うちの学校との絡みがほぼないラフィーネさんにとって、俺が生徒会本部役員である事は知らなくてもなんら問題ない事だろうし、実際この話もこれ以上の発展はない。だからこれ単体で言えば毒にも薬にもならない平凡な話で、この会話自体から得たものだって恐らくはない。
けれどこの瞬間、ラフィーネさんとフォリンさんがここに住み始めてから少しは経ったのに、まだ伝えてない事が割とあるんだなという事が分かった。さっきのうっかりしてしまった質問もそうだし、これもそうだし……まだまだ俺と二人とは互いに理解が浅いんだ。…それを気付けたという意味では、価値のあるやり取りになったんじゃないかなぁと、俺は思う。
*
……とまぁ、ちょこっとしたイベントがあったとはいえ、概ね普通だった昨夜。その段階じゃ、何も危惧するような事はなかったんだけど…事件(?)は、昼に起こった。
「なんてこった……水筒のパッキンが気付けばボロボロだ…」
「いやどうでもいいわ!それが事件かと思われるから止めてくれる!?」
紛らわしいタイミングで激しくどうでもいい事を言ってくる千㟢に、開口一番俺は突っ込む。…いや勿論、開口一番って言ってもさっきまでの授業で無言を貫いていた訳じゃないけど。
「えぇー…独り言にキレられるとか理不尽じゃね…?」
「どうせ分かってて言ったろ…俺には分かるからな…!」
「こんな話の中で凄むなよ……」
どっちがボケでどっちが突っ込みなのか分からないやり取りをする俺達二人。…って、いけないいけない。今日はのんびり下らない話をしていられる状況じゃないんだった……。
「…ん?なんか用事か?」
「用事ってか、購買だよ。今日は朝早くて弁当作ってないからね」
「あそう、気張ってこいよ〜」
財布を手にしながら席を離れ、千㟢からの問いに言葉を返す。気張ってこい、というのは心の籠ったエールじゃなかったけど…的外れって程でもない。
当然ながら、昼休みの購買は混む。漫画やアニメでよくある争奪戦……なんてレベルじゃないものの、ぼけっとしてたらいつまで経っても買う事が出来ないのが購買って所。だから好みのものが買える事を期待しつつ、俺は教室を出ようとして……
「あ、待って待って顕人君。今から購買?」
廊下に出る直前、後ろから綾袮さんに呼び止められた。それを受けて、俺はくるりと振り返る。
「うん、そうだけど…どうかした?」
「そっか、良かった〜。じゃあ…はい、どーぞ」
「……?これは…?」
ほっとした様子の綾袮さんが差し出してきたのは、見覚えのある布の袋。確か家にあった物で、重さは…そんなにない。
一体これは何なのか、急にどうしたのか。取り敢えず受け取った俺はそう思い、何の気なしにまた質問。…昨日うっかり何も考えず質問して明るくない雰囲気を作り出してしまったばっかりなのに、同じ事をしてしまった。そして、この質問がトリガーとなって……騒動が起こる。
「ふふん、存分に喜ぶといいよ顕人君。その中身はね……お弁当、だよっ!」
『……!?』
「え……!?」
満を持して、とばかりによく通る声で言い放った綾袮さん。──その瞬間、綾袮さんの声が聞こえたクラスメイトの視線のほぼ全てが、一斉にこちらへと殺到した。その理由は……言うまでもない。
「ちょっ、えっ…あ、綾袮さ…じゃなくて、宮空さん……!?」
「うん、どうしたの?っていうか、あれ?あんまり喜んでない…?」
「喜ぶも何も、この状況分かってる…!?」
「状況…?……あ…」
小声で問い詰める俺の言葉を受け、ワンテンポ遅れてから綾袮さんも状況を理解。…けど、綾袮さんが理解してくれたからって、何か変わる訳じゃない。あくまで普通のクラスメイトに過ぎない(風に見える)男子に対して、女子が突然親しげに弁当を渡す。しかもその女子は人気のある子で、これまで誰かに弁当を作ってきた事なんて一度もないとなれば……もうこの時点で、色々と決定的だった。
「ど、どど、どうしよう顕人君…!」
「どうしようじゃないんだけど!?…って言ってる場合じゃない、とにかく何か言わないと…!」
「な、何か…人違いだった、とか…!?」
「俺の名前出してるしそれで切り抜けるのは不可能だよ…!えーとえーと、クラスメイトに弁当を作ってくる、ごく普通の理由……なんてあるかボケぇぇぇぇ…ッ!」
「ふ、普通の味を作る事に定評のある子なら……」
「パロネタなんか言ってないで考えてくれる…!?」
テンパり全開で、でも声はギリギリまで絞ってこの状況を切り抜けられる言葉&それっぽい理由を探す俺達二人。けどただでさえ困難な状況に加え俺達はテンパってる訳で、良い案なんてこれっぽっちも浮かばない。そしてこうしている間も時間は過ぎ、何も返せず、かと言って立ち去る事もしない俺達の状態が余計勘違いを加速させていく。
驚く人、ショックを受ける人、何やらにやにやしてる人。反応は様々ながら、皆一様にこう思っている事だけは間違いない。「あ、この二人ってそういう関係だったのか」…と。
(不味い不味い不味い不味い!洒落にならない洒落にならない洒落にならない洒落にならないッ!)
打開策なんて浮かばないまま、動揺だけが加速する俺。それは綾袮さんも同じ事で、そんな中でやってくる…というかトイレかどこかから戻ってきた一人のクラスメイト。彼はすぐにクラス内の雰囲気に気付き、けど理由までは分からず友達に訊き、訊かれた友達は状況を…彼の思う、彼の抱いた俺と綾袮さんに対する認識を答えかけて……
「なんだ、良かったじゃねぇか御道。その弁当、御道がどっかに置き忘れたって言ってたやつだろ?」
『……っ!』
……助け舟は、不意に現れた。その主たる千㟢の意図を一瞬で理解した俺と綾袮さんは、続けて即座に言葉を紡ぐ。
「そ…そうなんだよ千㟢。いやぁ、まさか宮空さんが持ってきてくれるとは…ど、どこにあったの?」
「ええっと、に…二階の空き教室だよ?何か心当たりない?」
「二階…あー、朝生徒会に行った時、持ってた弁当箱を一回そこで置いたんだった!助かったよ宮空さん!」
「ううん、これ位お安い御用だよ!でも気を付けようね!」
即興で(会話なんて基本即興だけど)矢継ぎ早にもっともらしい事を言って、俺達二人は千㟢からの言葉に同調。その甲斐あってクラス内には「なーんだ、そういう事だったのか」という雰囲気が広がり、いつも通りの昼休みに戻る皆。そこで漸く緊張が解け、俺と綾袮さんは深い深い溜め息を吐く。
「せ、セーフ……」
「セーフ、じゃねぇ…危うくどえらい事になるところだったでしょうが…」
「うぅ、ごめんなさい…それに悠耶君もありがと〜…」
「いや、まぁ…流石に放っておくのは気が引けたからな…」
呆れ混じり近付いてくる千㟢へ向けて、俺と綾袮さんは心から感謝。気持ち的には両手を合わせたい位だったけど……あんま変な事すると折角の誤魔化しが無駄になるから、止めた。
「ほんとに感謝するよ…で、えぇと…弁当だっけ?」
「あ、うん。顕人君、色々頑張ってるしこういう時位は作ってあげようかな〜って」
「へぇ、貴女も気遣い出来たのね」
一応の落ち着きを得た事で、俺は本来の話に引き戻す。…と、そのタイミングで来たのは妃乃さん。
「あ、妃乃…もー!さっきピンチだったんだからフォローしてよー!」
「何でそんな偉そうなのよ…わ、私は単にタイミング見計らってただけだし……」
「……マジでそういう関係だと勘違いしてたんだな、妃乃」
「し、してないわよ!ちょっとびっくりしちゃっただけ!……あ…」
「ほーぅ、びっくりはしてたんだな」
何故か妃乃が手玉に取られている中、俺は弁当の入っている袋をオープン。すると当然そこには弁当箱が入っていて、更に開けてみると……そこにあったのはおにぎりが二つ。
(あ、凄いシンプル…でも、おにぎりって……)
男子高校生の昼がおにぎり二つ、というのは些か少ないと言わざるを得ないけど、まぁそれは女の子の綾袮さんなんだから仕方ないところ。それよりも気になる事があって、俺はちょいちょいと綾袮さんを手招き。
「どうしたの顕人君。…あ、まさかお米アレルギーだった?」
「これまで俺毎日の様に白米食べてる姿見せてるよね…!?…いや、見せてるって表現は変だけど…って、そうじゃなくて……」
昼休みは廊下にも人が沢山いるし、空き教室も地学室とか音楽室とかじゃないと人気があるのが学校の常。という事で俺は階段を上がって屋上前(屋上は鍵掛かってるから出入り不可)まで移動し、そこで気付いた事を口にする。
「…もしや、覚えててくれたの?」
「…って事は、顕人君も覚えてたんだね」
「覚えてたってか、思い出した…って感じかな。…前に綾袮さん、言ってくれたもんね。その内作ってくれるって」
そう、俺にとっての始まりの日、双統殿で俺を弄った後に綾袮さんは言ってくれた。その内だったか、気が向いたらだったかはよく覚えてないけど…おにぎりを作ってあげる、と。
あの時は冗談からの流れだったし、今言った通りこの事は殆ど忘れていた。でも、綾袮さんはちゃんと守ってくれた訳で……そこにはじーんとくるものがある。
「…食べてみてもいい?」
「勿論。っていうか、食べてくれなきゃ作ってきた意味ないもん」
「はは、そりゃそうだ。じゃ、頂きます」
巻かれた海苔の部分を持って持ち上げる俺。ここまで普段通りの綾袮さんだったけど、いざ食べる段階となると気になるらしく、じーっと俺を見つめている。
そんな綾袮さんの視線を受けながら、俺は一口。その瞬間口に広がるのは…なんて事ない、白米の味。作られてから数時間経った事でもう冷めていて、正直に言えば、特筆する点のない普通のおにぎり。白米を三角に固めて、海苔を巻いたってだけのもの。けど……
「…どう、かな……?」
「うん。…美味しいよ、綾袮さん」
「…ほんとに?」
「ほんとに」
「そっか、良かったぁ…」
俺は頬を緩めて、笑みを浮かべて綾袮さんに言った。美味しい、と。
嘘じゃない。お世辞でもない。間違いなく、味としてはなんて事ないおにぎりだけど…それを俺は、美味しいと感じた。綾袮さんが、俺を思って、俺の為に作ってくれたおにぎりなんだ。なら、それは……美味しいに決まってるじゃないか。
「ありがと、綾袮さん。嬉しいよ、綾袮さんが作ってきてくれて」
「ふふっ、そうでしょそうでしょ?もっと感謝してくれてもいいんだよ?」
「お礼言った途端に殊勝な態度消えたね…でもほんとに嬉しいし、感謝してるよ。なんか、これまで頑張ってきて良かったな〜、って感じで」
「あ、そこまでなんだ……そっかそっか、そんなに喜んでくれるなら…また作ってあげるね」
「え、ほんと?」
「うん。まぁ…気が向いたらだけどねっ!」
感想を言う直前は緊張してる感じで、言った直後は安堵に包まれていた綾袮さんの表情。けどその表情でいた時間は短く、すぐに自信満々で調子良さそうないつもの綾袮さんに早変わり。
でも、そこに悪い気はしない。だってそれが綾袮さんで、こうしておにぎりを作ってきてくれたのも、そんな綾袮さんなんだから。
そして、またもやいつになるのか分からない表現と共に、にっこりと屈託のない笑みを浮かべる綾袮さんを見ながら、俺は二口目を口に頬張るのだった。