双極の理創造   作:シモツキ

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第百三十四話 予定を立てて

「え?国際名犬コンクール?」

「なんでそうなるのよ!?」

 

 魔人が探していた『何か』を探し始めた二日目の夜。いつものように三人で夕飯を食べていると、何やら妃乃が重要な話があると言い出した。

 

「あ、すまんすまん。聞き間違えた」

「何をどう聞き間違えたら各国の霊装者組織の代表者が集まる会議が国際名犬コンクールになるのよ…」

 

 飲み物を口に含んでいたら吹き出していただろうなぁ…って位の勢いで突っ込む妃乃に対し軽く謝ると、妃乃は額に手を当てて思いっ切り呆れる。…冗談なんだけどなぁ…てかこのネタ、分かる奴いるかな……。

 

「…で、それがどうした?それに出てほしいってか?」

「あ、そうよ。よく分かったわね」

「……え、マジ?」

「えぇ」

 

 焼き魚から骨を取り除きつつ、軽い調子のまま訊いた俺。すると返ってきたのはまさかの肯定。当然俺はそんな事想像していなかったから、箸を止めて訊き返し……やっぱり俺の聞き違いではない事が判明する。

 

「……あっ、そうか緋奈か。だよなぁ、確かに緋奈は世界に知らしめたいレベルで可愛いもんな」

「い、いやお兄ちゃん…そこまでの事を言われると、普通に恥ずかしいんだけど…」

「だそうだ。恥ずかしいってんだから、緋奈に出るよう強要したりすんなよ?」

「訳分かんない話の繋げ方して誤魔化そうとするんじゃないわよ。緋奈ちゃんじゃなくて貴方よ貴方」

 

 煙に巻こうと試してみたが、失敗。更に妃乃の様子からして、多分何言っても誤魔化せない。…むぅ……。

 

「……何故に?」

「そりゃ貴方は予言の霊装者で、尚且つ魔王撃退に一役買うなんていう快挙を成し遂げたんだもの」

「えぇ…協会は俺を自慢したい訳…?」

「別にそういう訳じゃないわ。でも魔王の事について情報共有した際、その事を知った組織や霊装者もいるでしょうし、貴方に関する話が出てくる可能性は十分あるもの。で、その時『彼ならここに』って返せるのと、『今は自宅におりまして…』って返すのじゃ、前者の方がずっと印象がいいでしょ?」

「…俺、日本語以外は全然話せないんだけど……」

「大丈夫よ。この会議に出席する人達なら殆どが日本語を話せるし、何もスピーチをしろって言ってるんじゃないんだから」

 

 何か抜け道があればそこを突いて欠席を…と思っていたが、もう聞くからに俺じゃなきゃ駄目な様子。くっそう、あの時魔王と戦ったのがこんな形で影響してくるとは…てか、一役買ったなんて買い被りだろうに……。

 

「……ん?…って事は…御道にも声がかかってんのか?」

「勿論。…あ、『なら御道に任せて…』ってのは駄目よ?どっちかじゃなくて、どっちもなんだから」

「先手を打ってくるなよ…」

「じゃあほんとに任せようとしてたんだお兄ちゃん……」

 

 なんと不運にも先に逃げ道を封じられた上、緋奈に呆れられてしまった。二兎追うものはどころか、一兎しか追ってなかったのにダメージが増えてしまった。…不味いなぁ…なんかこれ、適当な事言うとどんどん望まぬ方向に行く流れな気がするぞ…。

 

「…絶対出なきゃ駄目か?」

「絶対出て頂戴。流石に急病で倒れたとか、道中で事故に遭ったとかのレベルが起きたら欠席も仕方ないと思うけど」

「はぁ…分ぁったよ、出ますよ……」

「…頼むわよ?ドタキャンなんてされたら、私は勿論時宮全体の信用にも傷が付くんだから」

「ほほぅ…だったらもっと頼み方があるんじゃないかね?」

「信用に傷が付く人の中には、当然お祖父様も入ってるんだけど?」

「うっ……」

 

 俺が欠席すると、妃乃も困る。それが分かった俺は、下衆男のテンプレみたいな事を言って妃乃を弄ってやろうとしたが……一手で逆に沈黙させられてしまった。…宗元さん出すのは反則だろ…何がどう反則かは俺も知らねぇけど…。

 

「分かったらちゃんと出る事。っていうか私が連れてくから、その日に予定は入れるんじゃないわよ?」

「ぐぐぅ…緋奈ぁ、妃乃が虐めてくる……」

「あーうん、お兄ちゃんよしよし」

「…………。……ごめん、やっぱこれは恥ずいから止めてくれ…」

「…今日のお兄ちゃん、さっきからずっと格好悪いよ……」

 

 このまま最後までいくのは癪だ。そう思って緋奈に泣き付いてみたが、結果はただただ恥ずかしくなっただけ。しかも妃乃が見ている前だから、尚の事恥ずかしい。

 

「…あ、それで妃乃さん。わたしは不要ですか?」

「まぁ…そうね。参加したい?」

「いえ、いいです。呼ばれてもいないのに行っても、それこそ変な目で見られそうですし…」

 

 行くのが強制の俺に対し、緋奈はそもそも呼ばれていない。当たり前っちゃ当たり前だが、一瞬緋奈をいいなぁ…と思い、それからふと気になる事が浮かび上がる。

 

「…そういや妃乃。それって一日で済むのか?国際会議って、普通そんなすぐには終わらないんじゃねぇの?」

「それはその通りよ。けどそこら辺は上手く調整して、貴方は一日…っていうか、ある時間帯にだけいればいい事にしてあるわ。ある時間帯って言っても、一時間やそこらじゃ終わらないけどね」

「そうなんですか。…あ、それならその日の夕飯は久し振りにわたしが用意しよっか?」

「……!?」

 

 不幸中の幸い…とは違うが、出るのは一日だけでいいと分かり、少しだけ気分が晴れた俺。だが次の瞬間緋奈が発した言葉により、戦慄。…緋奈が料理を、作るだと……!?

 

「あら、いいの?緋奈ちゃん」

「はい。わたしもお兄ちゃんや妃乃さんと違って上手じゃないですけど、少しは作れますから」

「ふふっ、なら頼むのもいいかもしれないわね「いやいい!そんな気遣いは不要だぞ緋奈っ!」…え……?」

 

 小さく微笑みちょっぴり胸を張る緋奈は可愛い。とても可愛い。でも今は、そんな事を考えている場合じゃない。

 

「そ、そうかな…?」

「いや、作ってもらったらいいじゃない。緋奈ちゃんが折角言ってくれたんだし」

「そうはいかん!何せ会議ってのは予定通りにいかない事がよくあるからな!そしてそうなった場合、折角緋奈が作った夕飯が、冷めるどころか下手すりゃ翌日残り物として適当に処理される可能性すら出てきちまう!それは断じて許してはならない!」

「え、えぇー……何よその溢れんばかりの気迫は…」

 

 何も知らない妃乃に圧力をかけ、力強くまくし立てる俺。人間切羽詰まった状態になると頭も良く回るもので、次から次へと言葉が出てくる。そしてその勢いとまあまあ筋の通った主張が功を奏したらしく……

 

「うーん…そこまでお兄ちゃんが言うなら、また今度にするよ」

「あぁ、でも気持ちは本当に嬉しいぞ緋奈」

 

 納得してくれた緋奈に向けて、にかっとスマイル。妃乃が物凄い半眼で見ていたが……目的は達成したんだ。この程度は瑣末な事だろう。

 

「何なのよさっきの…変な電波でも受診してたの?」

「……下手なんだよ、緋奈は料理が…」

 

 それから数十分後。夕食を終え、食器も片付け、リビングを出ようとしたところで妃乃から声をかけられた俺は、近くに緋奈がいない事を確認してからぼそりと返答。それを聞いた妃乃は、驚いたように目を丸くする。

 

「え、そうなの?緋奈ちゃんしっかり者だし、人並み…っていくか、並みの高校生程度は普通に作れるものだと思ってたけど……」

「と、思うだろ?けどなぁ…何故か上手くないんだよなぁ……」

 

 声のボリュームは下げたまま、俺と妃乃とで会話を交わす。そうなんだよな…他の家事は普通に出来るし、間違いなく俺と緋奈とじゃ数段緋奈の方がしっかり者で人間も出来てるのに、ほんとどうして料理だけ……。

 

「…一応訊くけど、緋奈ちゃんって味覚障害がある訳じゃないのよね…?」

「これまでの生活で、緋奈に味覚障害があるように見えたか?」

「そうよね…じゃあ、料理中に創作意欲を抑えられなくなったりするとか?」

「まさか。何度か作る姿を見た事はあるが、至って普通だったな」

「ならなんで……」

「それが分からないから俺も苦労してるんだよ…」

 

 今日みたいな事が起きる度、上手い事理由を付けて避けてきたんだよなぁ…と思い出し、俺はがっかりと肩を落とす。…まぁ、厳密に言えば理由の一つに『俺が下手と指摘しないから』…ってのもあるんだが…これは根本的な理由ではないしな。

 

「……悠耶は、緋奈ちゃんが料理しようとしたら、今後もさっきみたいに止めるつもり?」

「まぁ、出来る限りはそのつもりだが…何でだ?」

「別に深い意味はないわよ。ただシスコンの割には、上達させてあげようって発想にはならないのね…って思っただけ」

「む…色々言い返したくなる言い方だな…」

「でも具体的な反論はしないって事は、それなりに図星だった訳ね」

 

 そう言って妃乃はにやりと笑う。何ともまぁ鼻を明かしてやりたくなる笑みだが、言われてみれば確かに、俺には上達…するかどうかは結果次第だとしても、一緒に料理しないか?…とか言って、上手い事訓練させる事だって出来た筈。そして、緋奈の短所を知っていながら蓋をするばかりだった俺は……俺らしくなかったのかもしれない。

 

「……よし。そこまで言うなら、やってやろうじゃねぇか」

「え、何を?そこまでって言われる程私言ってないし、何をする気?」

「そりゃ、これからすぐに分かる事さ」

 

 全く分からない様子(まぁ当たり前だが)の妃乃にそう言って、俺はリビングの扉を開ける。そして俺はそのまま妃乃を連れ、目的地である緋奈の部屋へ。

 

「緋奈ー、開けるぞー」

「あ、はーい」

 

 ノックして、声をかけて、返答を受けて、オープン。部屋の中にいた緋奈は、ベットに腰掛け携帯を見ているという、至って普通の佇まい。

 

「どうしたのお兄ちゃん。それに妃乃さんまで…」

「おう、さっき料理はいいって言ったが、あれは撤回する」

「え?じゃあ、その日はわたしが……」

「いいや、偶には一緒に作ろうぜ?」

「うん!……うん?一緒に…?」

 

 携帯から目を離した緋奈に前言撤回を伝えると、緋奈の表情は明るくなり……次なる言葉で、小首を傾げた。因みにこの一連の流れ、かなり緋奈が可愛かったんだが…くどくなりそうなので今回は割愛。

 

「一緒にって…どういう事よ悠耶。それは私にも分からないんだけど?」

「文字通りの意味だ。予定通りに帰れりゃ一緒に作るし、夜遅くになっちまいそうなら、まあ仕方ねぇから作り置きなり出来合いの物を買ってくるなりで対応する。別に問題のある話じゃないだろ?」

「それはそうだけど…どうして一緒に、なの?」

「そんなの、俺が緋奈と一緒に料理したくなったからに決まってるさ」

 

 予想通りな妃乃と緋奈からの問いに、すんなりと答えを返す俺。勿論俺は、嘘なんて言っていない。額面通りじゃない意図もあるが、それを含めての「一緒に料理したい」だから。

 

「って訳で、話は以上だ。何でもいいなら俺が適当に決めるが、何か作りたい料理があったら早めに教えてくれよ?」

「それは、うん…いいけど…」

「あー後、その時は妃乃も一緒に作るからな」

「へ?私も?」

「そうだが?」

「そうだが?って…聞いてないんだけど……」

「そりゃそうだろうな。だって言ってねぇもん」

 

…とまぁ、こんな感じで会議の日の予定を変えた俺は部屋を去る。多分大概の話し合いにおいて言える事だが、結論を望んだ方向に持っていくには話の主導権を握るのがコツだよな。

 

「ちょ、ちょっと…何のつもりよ?一緒に作るのは、料理スキル改善の為ってのは分かったけど…ならどうして私まで……」

「人手は大いに越した事ないだろ?それにこれの発端は妃乃なんだから、妃乃にも少しは協力してもらわなくちゃ…ねぇ?」

「えー……まぁ、いいけど…そういう事は先に言いなさいよね…」

 

 全く…と妃乃には呆れ気味に答えられるが、これについてはそりゃそうだとしか思わないから別にいい。…つか、こういう時は呆れはしてもごねたりしない辺り、妃乃って割と心広いよなぁ…。

 

「…さて、約束はしたし後はやる事を済ませるか……」

 

 その後俺達も別れ、それぞれ自分の部屋へ移動。緋奈と作るなら何がいいかねぇ…とか考えながら、自室の扉を開けて入る。…で、数分後……

 

「悠耶、日程とかさっき言い忘れた事があるんだけど、ちょっといい?」

「あーおう。空いてるから入れ」

「じゃあ遠慮なく…って……」

 

 そういや聞いてなかったな…と思いつつ、扉越しの声に答える俺。するとすぐに扉は開かれ、入ってきた妃乃は…入るや否や半眼に。

 

「…やる事を済ませるって言ってたから、珍しく課題をやってるかと思えば……」

「妃乃は俺の母親か…てか今日は呆れてばっかりだな」

「誰のせいでしょうかねぇ…?」

 

 THE・母親的な事を言う妃乃はまたもや呆れ顔。んで俺が現在進行形でやっているのは、課題などではなく筋トレ。…なんで俺、日課やってるだけで呆れられたんだ…?妃乃は勘違いしただけじゃん……。

 

「…で、日程だっけ?色々用意するものがあるなら、日程と一緒にメモか何かにしておいてくれ」

「いや覚えるか自分でメモるかしなさいよ。後ちゃんと聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

 

 話半分感全開で聞く俺は、敷いたマットの上で腹筋中。その後もスクワットしたり腕立て伏せしたりしながら話していると、本日四度目の呆れ顔をして妃乃は自分の携帯を手に。暫く何か打っていたなぁ…と思っていたら、俺の携帯がメッセージを受信した。…これはもしや……

 

「ほら、必要事項は纏めておいたから、きっちり確認しておきなさいよね」

 

 そう言いながら、妃乃は自分の携帯の画面を見せる。そこには確かに必要事項が書かれたメッセージが俺へと送信されており……つまり妃乃は、俺の適当な頼みをちゃんと受けてくれていた。

 

「…………」

「…何よ」

「妃乃って、キツい言い方する事も多いけど実はかなり甘いってか、お人好しだよな」

「……それ、褒めてる?馬鹿にしてる?」

「褒めてるさ。まぁ、より正確に言えば褒め半分、単なる感想半分ってとこだけどな」

「そ、そう……それならまぁ、一応ありがと…」

「一応ありがとってなんだよ……」

「うっ…いいのよそういうところは気にしなくて…!」

 

 一度筋トレを止め、向き直って言うと妃乃はちょっぴり照れ臭そうな表情に。言葉尻を捉えて突っ込んだらすぐに怒り顔になったが……あれは明らかに照れてたな、うん。

 そんなこんなで妃乃の用事は済み、もうここに留まる理由はない。…筈なんだが……出て行くタイミングを見失ったとばかりに、その後も妃乃は部屋にいた。

 

「…いや、何だよ…」

「うっ……べ、別になんでもないわよ…」

「なら尚更変じゃねぇか…あー、じゃあもういい。ここにいるなら腹筋手伝ってくれ」

「え……?」

 

 出て行くタイミングを逃してしまうと、気不味くて中々出ていけない…というのは分かる。けどだからってこのまま居座られても落ち着かないし、無言で筋トレ見られるとかどんなプレイだよ…と思った俺は、ならばいっそと手伝いを求めた。これなら妃乃も気乗りはしないだろうし、拒否る流れで出ていける筈。…と、思ったんだが……

 

「ふ…っ!ふ……っ!」

「…………」

「……何か、直した方が良さそうなところとかあるか…?」

「いや、別に……」

「そ、そうか……」

 

……なんでこうなってしまったのか、妃乃は俺の脚を押さえていた。…マジで、何故こうなる……。

 

(何この状況、ほんとに何なの…?…しかも、ちょっと胸が当たってるんだよぉぉ……!)

 

 これでは一層筋トレなんかに集中出来ない。身体を起こす度に妃乃と顔が近くなるし、微妙に揺れる事で柔らかい感覚が一回毎に伝わってくるし、しかも妃乃は妃乃で「どうしてこうなった…」みたいな顔してるし…!いやどうしてって、間違いなく妃乃がそういう選択したからだろうが…!マジでこれどうすんの!?どうするつもりなの…!?

 

「……夏も思ったけど、悠耶って身体付きはがっしりしてるわよね…」

「…身体付き『は』、って何だよ…」

「い、今のは言葉の綾よ…ほんとに他意はないわ…」

「そうかい…。そういう妃乃は……」

「…私は?」

「…まぁ、普通だな」

「そりゃ、まぁ…体型維持程度の運動はしてるけど、それ以上は特にしてないし……」

 

 どうにも弾まず、探り探り感のある会話。仮にも半年以上同じ家で住んでるんだが、空気感のせいかどうにもぎこちなさが生まれてしまう。

 

(…駄目だ、本当にこの空気感は不味過ぎる。かくなる上は…まぁ、飲み物取ってくるとか言って俺が出ていくしかねぇか……)

 

 心の中で嘆息しつつ、次なる行動を決める俺。妃乃が俺の部屋であるここから出ればそれで済む話なのに、何故俺が出ていかなくてはならないのか…みたいな事を考えてここまでそれはしてこなかったが、もう四の五の言ってる段階じゃない。…気不味いってだけでここまで考えてる俺も大分アレだがな…。

 

「…妃乃、退いてくれ。俺は喉が渇いたから茶を飲んでくる」

「……っ!あ、そ、そういう事なら私が汲んできてあげても良いわよ?」

「へ?…あ(しまった、そう取られたか…!)」

 

 状況打破の第一段階である『口にする』は、まぁ当然ながら難なく達成。後はそれに従い妃乃が退いてくれれば、それでほぼ作戦は成功なる筈だったんだが…そこで想定外の事態が発生。どうも妃乃は、『俺が言う→妃乃が引き受ける→出ていく事で空気リセット』…という策であると捉え違えてしまったらしい。いや確かに、それでも変わるっちゃ変わるが…その場合妃乃はここに戻ってくるんだから、あんま良い解決方法じゃないだろうが…!

 

「いやいいって、これ位自分で行く」

「私だってこれ位構わないわよ、別に忙しくないし」

「だからいいって」

「それはこっちの台詞よ」

「…………」

「…………」

「自分で行くからいいっての!」

「偶には人の厚意に甘えなさいって!」

 

 俺は自分で行く事での解決を考えている。妃乃も自分が行く事での解決を図るものだと思っている。そのせいで恐らく狙いは同じなのに、張り合う形になってしまう俺と妃乃。後から思えば、「いや張り合う位ならもっと直接的に、『筋トレをまじまじと見られるのは恥ずいから出てくれ…』って言えばいいじゃん」…とか色々出てくるし、実際その通りではあるんだが、その瞬間は中々そういう思考が出てこないのが人というもの。

 そしてまた困った事に、俺も妃乃も割と維持を張るタイプ。引きゃあいいのに自分の意見を通そうとするもんだから、どんどんヒートアップしてしまい、気付けば何が何でも自分が行ってやろうという精神に。

 

 

「あーもういいわよ!私が行くから貴方はここで……」

「だからいいんだって!てかそもそも厚意は押し付けるもんじゃ……」

 

 張り合いの末、俺達が選んだのは実力行使。要は、さっさと行っちまえって話。だが、どういう訳かそのタイミングは完全にバッテイングしてしまい……

 

「んな……っ!?」

「きゃっ……!」

 

 元々半ば密着していた状態からほぼ同時に立とうとした結果、互いにバランスを崩してしまう俺と妃乃。もつれ合うようにしてその場で転び、何とも言えない衝撃が走る。

 

「うぅ……ん…?」

 

 幾ら何でも情けない…というかしょぼいコケ方に、まず抱いたのは何だかなぁ…という思い。だがそのすぐ後に、気付く。俺の身体に走った衝撃が、鈍いものでも響くものでもない事に。それよりも何というか、もっと柔らかい物の上に倒れたような衝撃であった事に。

 言うまでもなく、俺の部屋は床にクッションを敷き詰めている…なんて事はない。敷いていたマットも、転んだ衝撃の大半を吸収出来るようなものじゃない。…という事は、つまり……

 

「ぁ…うぁ、ぁっ……」

「……え、っと…」

 

 

 

 

「……普通どころか、大変良い身体付きをしてますね…?」

「……──ッ!?な、なな…何してくれてんのよ馬鹿ぁあぁああああああああッ!!」

「ぐほぉおおぉぉぉぉッ!!」

 

 下から炸裂する妃乃のストレート。真っ直ぐに伸びた妃乃の拳は俺の顎を直撃し、砂浜の時のように一撃で俺はノックダウン。そしてこの日、俺と妃乃は用事の話はちゃんと聞く事、それが済んだら変に留まったりしない事、変なところで妙な意地を張らない事……その三つを、結構な代償と引き換えに学ぶのだった。

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