双極の理創造   作:シモツキ

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第百三十九話 残酷な真実

 麻婆豆腐。やっぱり辛味があってこそだが、別に辛さを抑えたってそれはそれで美味い、割と柔軟性のある料理。現在俺達は、予定通りそれを夕飯として食べている。

 

「…美味しいわね」

「うん、今日も美味しいよお兄ちゃん」

「そりゃ良かった。辛さの方は大丈夫か?」

 

 二人からは好評のようで、もぐもぐと麻婆豆腐を食べ進めてくれる。辛さの方も問題ないらしく、実際俺からしても今日の麻婆豆腐の出来は上々。個人的には、もう少し辛くても全然いけるが…別に物足りないって事はない。

 

「…そういえば…麻婆豆腐の麻婆って、どういう意味なんだろう…?」

「あー…確か、作った人の事を指してるんだったかな…」

「そうなんだ……」

 

 食事中、食べている料理の名前の由来が気になるのは自然な事。それが会話のネタになるのも、よくある事。だが今日は、その話が盛り上がらない。ネタが悪い…とかじゃなく、そもそも賑やかに話せるような気分じゃない。

 何故、そういう気分なのか。この兄妹愛溢れる俺と緋奈が夕食時の会話で盛り上がらないなんて、一体何が原因なのか。……それは、ついさっきの事。

 

「…あの、お兄ちゃん、妃乃さん。さっきの話は……」

 

 ちらり、と俺達の顔を伺った後、おずおずと声を上げる緋奈。その様子からして、由来の話はタイミングを計る為に言ったんじゃないかと思われる。

 さっきの話。…それは、帰宅時に着いてきた綾袮からもたらされた話の事。俺達にとって衝撃的な、且つ他人事ではない話。

 

「…気にするな、とは言わないわ。悠耶の友達が関係している話なんだから。でも、緋奈ちゃんは気に留めておく程度で大丈夫よ」

「でも…身近な、事ですし……」

「だからこそよ。身近だからこそ、ちょっとした行動でも危険に繋がってしまうかもしれない。…そういう状況下で自分の身を守るには、『何もしない』事が得てして無難な選択なの」

「…それは、分かります」

 

 箸を置いて、妃乃が緋奈の言葉に答える。緋奈は言葉通り、妃乃の返答を理解はしているようだが…まだ納得には足りない様子。それは不安からなのか、それとも……。

 

「…大丈夫よ、緋奈ちゃん。何かあった時、どうするか決めて対応するのが私…っていうか、上の立場にいる人間の務めで、どんな指示であろうとその責任を負うのもまた、上の立場の人間だから」

「…けど、その…責任、とかじゃなくて……」

「…これは、緋奈の為でも、俺の為でもあるんだよ」

 

 続く妃乃の言葉でも納得には至れない様子の緋奈に対し、今度は俺が声を上げる。静かに、真剣さを言葉に込めて。

 

「…どういう、事…?」

「妃乃から聞いたと思うが、今回の件には魔人も関わっている。それはつまり、何かの拍子に魔人と遭遇して、襲われる可能性もゼロじゃないって事だ」

「う、うん…」

「魔人は強い。有象無象の魔物とは比べ物にならねぇし、俺だって出来る事なら戦う事なく済ませたい。…けど、もし緋奈が襲われたら俺は間違いなく戦うだろうし、もしそうなった場合、緋奈を守る為なら最悪……」

「…お兄、ちゃん……?」

「……最悪、危ない橋を何度も渡らなきゃいけなくなるかもしれない。…だから、それを避ける為にも妃乃は言ってるんだよ。…そうだよな?妃乃」

「…えぇ。緋奈ちゃんなら、悠耶に危なっかしい一面がある事は知ってるでしょ?」

 

 俺の言葉の後を押す形で、妃乃も言う。目を見て話す俺達の言葉を受けた緋奈は、俺達の顔をそれぞれじっと見つめて……目を伏せる。それから数秒後、顔を上げた緋奈は…肩を竦め、仕方ないねと笑っていた。

 

「…うん。確かにお兄ちゃん、わたしの為ならすぐ無茶しちゃうもんね…」

「そりゃ、緋奈の事は俺にとって最優先事項だからな」

「…貴方、よく恥ずかしげもなくそんな事言えるわよね…」

「当たり前だろ、恥ずかしくも何ともないんだから」

「…愛されてるわね、緋奈ちゃん」

「あはは…すぐ無茶しちゃうけど、それでもわたしにとっては素敵なお兄ちゃんです」

 

 妹を、緋奈を大切にする事の、一体どこが恥ずかしいと言うのか。割と本気でそう思いながら言葉を返すと、案の定妃乃は呆れ顔を浮かべ……けれどどこか、温かみのある声音で緋奈へと言った。それに緋奈も苦笑していたものの、にこりと微笑み妃乃に頷く。で、それを見た俺は……

 

(あ、やっべ。これは恥ずい。この『優しいお兄ちゃん』的な雰囲気にされるのは超恥ずい)

 

 表面的にはすまし顔をしながら、内心めっちゃ恥ずかしくなっていた。くっ…なんだこれ、滅茶苦茶堪える…!

 

「…じゃあ、緋奈ちゃん。この件は……」

「気に留めておくだけにします。それが、お兄ちゃんを守る事に繋がるのなら」

「ありがとう。…でも、何か変だと思ったらすぐに言ってね?」

 

 気にかける妃乃の言葉に緋奈が頷いて、一先ずこの話は終了。俺や妃乃はともかく、緋奈にとっちゃ「納得のいく結論」と呼べるかどうかは微妙なところだし、俺は俺で思うところのある話を綾袮からされた訳だが……今さっきのやり取りのおかげか、それから食卓の雰囲気は幾分か好転した。いやぁ、偶然とはいえ恥ずい思いをした甲斐があったってもんだ。

 

「悠耶、食器は私が拭くわ」

「あ、じゃあわたしはお風呂にお湯入れておくね」

「ん?緋奈、風呂ならキッチンからでも沸かせるぞ?知らなかったか?」

「ううん、それは知ってるけど栓が抜けてたら意味ないでしょ?」

「っと、それもそうか…」

 

 その後食事を終えた俺が食器を洗っていると、頼む前から二人は動いてくれる。それは別に特別な事じゃないが……やっぱり、色々と嬉しいものがある。こうして日々感謝してくれて、手伝ってくれたら分担してくれたりするからこそ俺も気持ち良く家事が出来る訳だし、そういう意味でも俺は周りに恵まれて……

 

「…ねぇ、悠耶」

「なんだ?」

「……貴方、さっき『最悪死ぬかもしれない』って言いかけたでしょ」

「…気付いてたのか」

 

 その時不意に、妃乃は言った。……いや、不意にじゃないな。俺の側に来て、緋奈が風呂場に向かってから口を開いたんだから、一応『何かある』って察せる手がかりはあったんだ。

 

「…それについて、一つ訊いてもいい?」

「…あぁ」

「なら…言いかけて止めたのは、死ぬかもなんて表現が縁起でもないから?それとも…別の理由?」

 

 皿を置き、布巾も置き、俺の方へと向き直る妃乃。この話を切り出された時点で、薄々そんな気はしていたが…やっぱり、妃乃はそこが気になったらしい。

 言われた通り、俺は死ぬかもしれないと言いかけて止めた。危ない橋を渡るという、曖昧な表現に切り替えた。勿論、死ぬなんて表現は縁起でもないし、そういう意味じゃ妃乃の言う事も全くの間違いって訳じゃないが…一番の理由は、違う。俺が言い換えたのは、死ぬという表現を避けたのは……

 

「……子供の内に両親と死別して、今もまだ子供の緋奈に、残った家族の俺が『死ぬ』だなんて…仮定であっても、言える訳ねぇだろ…」

「……そう」

 

 特にどうこう言うでもなく、聞いた妃乃はただ一言「そう」と言った。貴方もまだ子供でしょ、なんて返しをされるかと思ったが…ただ妃乃は受け止めて、飲み込んだ。

 そうだ。俺はそんな事言えないし、それだけは避けなくちゃいけない。緋奈の為なら幾らでも命を懸けられるが、俺が死んだら緋奈は両親だけじゃなく、兄すらも失う事になる。…そんな思いは、させるものか。家族を失う辛さは両親の時に痛い程味わった俺自身が、更に深い辛さを緋奈に味あわせるなんざ……それこそ、兄のするべき事じゃない。

 

「…構わねぇよ?シスコンだって思ってくれても」

「今更何言ってんのよ。…それに、茶化す訳ないでしょ。悠耶の妹への優しさを、妹への愛を」

 

 シスコンだと言われてもいい。これが俺の思いなんだから。…そんな気持ちで俺が言うと、妃乃は鼻で笑い……それから、真剣な顔で言った。俺の思いを、茶化そうだなんて思わないと。そして、妃乃は続ける。

 

「まぁでも、安心しなさい。貴方が危険を犯さなくても済むように、万が一の時は私が何とかするから。悠耶の事も、緋奈ちゃんの事も」

「妃乃……」

 

 真剣な顔から口角を上げ、自信に満ちた笑みを浮かべた妃乃の言葉。その何とも妃乃らしい表情と言葉に、俺も思わず気分が緩み……

 

「…いや、妃乃は前魔人に嵌められて、俺に助けられた事があったじゃねぇか……」

「うっ…あ、あれは仕方なかったじゃない!あの子達を見捨てる事なんて……」

「……まぁでも、そう言ってくれると心強いよ。いつもありがとな、妃乃」

「……っ…!…う、うん……」

 

 何気なく、他意なく感謝を伝えた瞬間、かぁっと顔が赤くなる妃乃。数秒前の自信満々な様子はどこへ?って位にしおらしい雰囲気となってしまい、そのまま妃乃の視線は下に。

 

「……妃乃?」

「べ、別にありがとうだなんて…これは私の意思でやってる事であって、そんな急に感謝の言葉を言われても困るわよ……」

「え、妃乃?俺の呼び掛け聞こえてない?」

「っていうか、なんでいつも悠耶はいきなり言うのよ…こっちが油断してるところで急に言うなんて、ズルいじゃない……」

「あのー、妃乃さーん?聞こえそうで聞こえない、微妙な声量でごにょごにょ言われても分からないっていうか、もう少し声を張って頂きたいんですがー?」

「それに、散々妹の事言っておきながら、ここに来てっていうのも……はっ!?」

「…お、やっと聞こえたか?てかなんて言ってたんだ?」

「あ、う、うっさい!発声練習してただけよ!」

「何故にこのタイミングで!?」

 

 下を見たままぶつぶつごにょごにょと何かを言っていたかと思えば、気が付いた妃乃は何故か発声練習だったと主張。しかもなんかうっさいとか言ってきてるし、変な事言ったら噛み付いてきそうな雰囲気してるしで、意味不明なまま気圧される俺。…いや、ほんと急にどうしたんだよ…発声練習だったとしたら、ダメダメにも程がある出来だぞ……?

 

「え、と…なんか気分を害するような事でも言っちまったか?なら謝るが……」

「そうよ!…あ、違っ、違うわよ!ふんっ!」

「えぇー……(どっち……?)」

 

 肯定した一秒後に否定し、そこからぷいっと視線を横に。なんかもう今の妃乃は情緒不安定な感じで、どうしたらいいかさっぱり分からない。後顔も赤いままだし……って、ん?…まさか……。

 

「…妃乃、もしや具合悪いのか?」

「へ……?…な、なんでよ……」

「いや、さっきから顔赤いし、テンションの起伏おかしいし……」

「…それ、本気で言ってる?」

「当たり前だ。この時期、寒さで体調崩してもおかしくないからな。具合悪いなら、無理せず早く休んだ方がいいぞ?」

「…はぁ…何その絵に描いたような勘違い……」

 

 これが緋奈なら額に手を当てて確かめているところだが、流石にそれを誰彼構わずやる程俺も無配慮な人間じゃない。だから直接触れる事はせず、あくまで訊く&忠告するだけに留めたんだが……返ってきた反応は、思っていたのと大分違う。

 

「…具合が悪い訳じゃ、ないのか……?」

「あー…そうよ、別に具合悪い訳じゃないわ。心配かけて悪かったわね」

「あ、お、おう…そうじゃないなら、いいが…。……いや、いいのか…?それだと余計意味不明に…」

「さっき言ってたのは独り言よ独り言。顔は意外な事言われてびっくりしただけ。ほら、これで解決でしょ?」

「う、うーん……?」

 

 一転して呆れ顔となった妃乃は、一気に話を終着点へ。そりゃ確かに、妃乃本人が言ってんならそれで間違いないんだろうが…どうにもしっくりこない。そして追求しようにも、なんか雰囲気的に訊き辛い。

 なんて感じで俺は訊けず、そのまま食器洗いも終わってしまい、結果最後まで聞けず仕舞い。その後の様子を見るに、体調不良でない事は確かだが……妃乃がリビングを出て行った後も、俺は釈然としないままだった。

 

 

 

 

「お疲れ様でーす」

 

 本日の生徒会を終え、俺は生徒会室を出る。向かう先は…勿論外。そりゃそうだよ、もう外暗いもん。

 

「さーて、今日は……って、ん?…あ、ヤベっ…」

 

 校舎から出ようとしたところで、俺はふと不安になり鞄を確認。すると予想通り、鞄の中には弁当箱が入ってなかった。…ミスった…ファイル出す時に邪魔だから一度外に出して、そのまま仕舞い忘れたんだな俺……。

 

(あー危ない危ない、早期に気付けて良かった…)

 

 しょうもないうっかりをしてしまったが、それでも家に着いてから気付くよりはずっとマシ。でもやっぱうっかりは嫌だよねぇ…なんて思いながら生徒会室前へと戻ったところで、俺は丁度出てきた慧瑠と鉢合わせる。

 

「あ、慧瑠」

「おや先輩。どうしました?弁当箱を忘れたんですか?」

「…何故それを?」

「そりゃ、置きっ放しになってましたからね」

 

 そう言って上げられた慧瑠の手にあったのは、俺の弁当箱。それを俺が受け取ると、慧瑠は「これで貸し一つですね」…と一言。…えぇー……。

 

「…貸しって、こんな数秒分、数歩分で発生するものだっけ?」

「受け取ってから文句を言っても無効ですよ先輩。うちは返却も受け付けてませんし」

「なんて悪質な……」

 

 超短距離の運搬とはいえ、わざわざ持ってきてくれた…というか、持って来ようとしてくれた慧瑠には感謝してるし、誰が悪いかと言えば、それは勿論置き忘れていた俺自身。…けど…うっかりの代償が、随分と高くついちゃったなぁ……。

 

「まあ、それはそうと先輩。今から帰る…いえ、帰ろうとしてたんですよね?」

「あ、うん。……え?慧瑠もだよね?」

「さぁ、それはどうでしょう?」

「…何その無意味に思わせぶりな態度…ほらほら用がないならさっさと帰るのが良い生徒ってもんだよ?」

「あ、ちょっ……まぁ、そうですねー…」

 

 何が目的なのか分からないボケを処理しつつ、俺はさっさと歩いていく。その反応が不満だったのか、慧瑠は少し声音を曇らせるも……その数秒後、背後から聞こえてくる軽い足音。そして俺は、慧瑠と共に今度こそ校舎を出て……

 

「……うん?」

「…どうしました?」

「…そういや、一緒に帰るのってこれが初めてだっけ?」

 

 はっとして、俺は斜め後ろの慧瑠の方へと振り返る。…うん、確かにこれが初めてだ。間違いない。

 

「ふふ、気付きましたね先輩。今日が先輩と自分の初めてなんですよ?」

「うん、言い方気を付けようか慧瑠!っていうかわざとだよねぇ!?」

「わざと?わざとって、それはどういう意味ですか?」

「うっ……(しまった、自爆した…)」

 

 悔しいけど、慧瑠の返しに俺は言葉に詰まってしまう。ここで平然と返せれば格好良い気がするし、逆に慧瑠を追い詰められたかもしれないけど、それが出来ないから俺は今、恥ずかしさから顔を少し背けてる訳で……。

 

「…突っ込み気質な部分もですけど、基本先輩って弄り甲斐が物凄くありますよね」

「…慧瑠、そういう事は言わないで…結構ほんとに凹むから…後輩からそんな事言われる先輩とか、それだけで凄く悲しくなってくるから……」

「いやいや、そんなに悲観する事でもありませんよ。これって、ある意味での求心力とも言えますからね」

「それを世の中じゃ、物は言いよう…って言うと思うだけど……」

「それを言うなら、物事は捉えよう…だと思いますけどね。悪く捉えるか、良く捉えるかはその人次第ですし」

 

 弄り甲斐がある事を評価されても…と言う思いで俺が言うと、返ってきたのは何か核心を突いたような言葉。少し驚いてまた慧瑠を見ると、慧瑠は変わらずけろっとした顔。…むぅ、相変わらず掴み所がない……。

 

「…結局俺は、どう捉えればいいの?」

「だから、それは先輩次第ですよ」

「…じゃあ、求心力になるかもしれないけど、実際のところなってるかって言われると……みたいな感じにしとく」

「…優柔不断な答えっすね……」

 

 急ぐでもなく、のんびりするでもなく、普通に歩いて正門を出る。俺が角を曲がると慧瑠も曲がり、俺の隣を歩いている。

 

(…初めて、か…そういや俺、慧瑠の事あんまり知らないんだよな……)

 

 特別仲が良い…って訳じゃないけど、慧瑠とは生徒会という共通点があるし、学校内で一番仲の良い後輩は誰かって言ったら、それもやっぱ多分慧瑠。けれど思い返すと、俺は慧瑠がどこに住んでるのかも、家族構成も全然知らない。これは慧瑠自身が言ってないから、ってのもあるけど……それにしたって、これは普通と呼べるだろうか。

 

「……ん、ん?…あ、でも…綾袮さんの場合も、考えてみりゃ知らない事もそこそこあるな…」

「はい?先輩、今自分に何か言いました?」

「あ、悪い。独り言だから気にしないで」

 

 いやいやでも考えてみたら、必ずしも『仲良い=個人情報もそれなりに知ってる』とは限らないじゃないか、と思う俺。綾袮さんにしろ、ラフィーネさんやフォリンさんにしろ、同じ家に住んでる相手でも時々「え、そうだったの?」って思う事はあるし、案外自分から調べようとしなきゃ、知らないままって事も多いのかもしれない。

 とか何とか思っていたらどうも口にしてしまっていたらしく、慧瑠はこっちをじっと見ていた。…うーむ、どうしたもんかな…よくよく考えりゃ、異性の後輩の個人情報を知ろうとするってのも、大分アレな行為な訳だし……。

 

「…何か考え事ですか?」

「え?」

「いや、独り言言ってましたし、今もそんな感じの顔してましたから」

「あー…うん、でもほんと悩みとかではないから気にしなくていいよ。必要不可欠じゃないけど、なんか気になって考えちゃう事ってあるでしょ?」

「あぁ…先輩、まださっきの『初めて』を気にしてたんですね」

「そうそ…違うよ!?全くもって違うよ!?」

「大丈夫ですよー、先輩。自分は引いたりしませんので」

「だから違うっての!誤魔化してねぇし!」

 

 まさかのタイミングでさっきの話を蒸し返され、なんかもう個人情報云々とかじゃない心境に。にまにましている時点で慧瑠がからかってきている事は間違いないけど、ほんと悲しい事に俺は冷静な対処ってものが出来ない。で、いつもの通り…俺は今日も肩を落とす。

 

「はぁ……」

「…ほんと、先輩は人が良いですよね。さっきは弄り甲斐云々って言いましたけど、それに加えて人の良さ故に…って部分もあると思いますし、自分は先輩のそういうところ、本当に素敵だと思ってます」

「…そりゃ、どーも…。……慧瑠?」

 

 慰めなのか、弄り過ぎたと反省しているのか…まぁ何れにせよ、慧瑠は素敵だと言ってくれた。けど弄られた後に言われても素直に喜べない訳で、俺はトーンダウンした声で返答。それから俺は横断歩道を渡ろうとして……気付いた。慧瑠が車も来ていないにも関わらず、足を止めた事に。

 

「…あー…すみません先輩。先輩の物は気付いておきながら、情けない話ですが……自分、忘れ物していました」

「…そうなの?って、別にこれは訊き返すような事でもないか……」

「はは…。…こほん、なので自分は戻りますね。それでは先輩、また明日」

「(戻るって事は、そこそこ重要なものなんだろうな)了解。んじゃ慧瑠、また明日──」

 

 何かと思えば、慧瑠は…いや、慧瑠も忘れ物をしたらしい。一体何なのかは知らないけど、それは詮索したって意味ないし、ここで待つ…なんて言ったら、それこそ慧瑠に気を遣わせるだけ。

 という訳で、俺は戻ると言う慧瑠に首肯。そして挨拶を交わした慧瑠が振り返ろうとし、俺も一人で帰ろうとした……その時だった。

 

 

 

 

 

 

「──そうは、いかないよ」

「え……?」

 

 すとん、と静かに、軽やかに俺と慧瑠の間へと降り立った、蒼い翼と一振りの大太刀を携えた少女。……見間違える筈もないその人は、正しく綾袮さん。

 それは分かる。けど、俺は困惑する。だって、そうだろう?不意に降り立った綾袮さんは…どう見ても、今から一戦交えようっていう装いと雰囲気なんだから。

 

「…………」

「え、あの……綾袮、さん…?」

 

 何故そんな雰囲気をしているのか。慧瑠にその姿を見せていいのか。そもそも、突然現れた理由は何なのか。疑問ばかりが浮かぶ中、綾袮さんは前を…慧瑠をじっと見据えている。慧瑠も、驚くでも戸惑うでもなく、真っ直ぐ綾袮さんを見つめ返している。

 

「…どうしました、宮空綾袮さん。それにその格好、演劇か何かの衣装で?」

「しらばっくれても無駄だよ。勿論、分からないフリをするのは勝手だけど」

「ちょ、ちょっと…綾袮さん…?しらばっくれてもって、どういう事…?綾袮さんは、何を言って……」

 

 普通なら動揺する筈の状況で妙に落ち着いている慧瑠に対し、綾袮さんは温かみのない声音で言葉を返す。

 それは何か、互いに互いを「分かっている」とでも言うかのような雰囲気。けれど俺には分からない。意味も、何が起きているのかも分からない。そして、俺には背を向けたまま……綾袮さんは、言う。

 

「…顕人君。落ち着いて聞いて。信じられないって思うかもしれないけど、信じたくないかもしれないけど、彼女は……ううん。あれは、人じゃない」

 

 

 

 

「今、わたし達の目の前にいるのは……──魔人だよ」

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