双極の理創造   作:シモツキ

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第百四十話 真実に沈む心

 学校からの帰り道。初めて慧瑠と一緒に下校して、忘れ物をしたという慧瑠と別れようとしたところで、霊装者としての装いをして綾袮さんが降り立った。

 現れた綾袮さんは、慧瑠に対して視線を向けた。明らかに学校の後輩に、普通の人に向けるようなものじゃない、冷たく剣呑な雰囲気の視線を。その視線を向けたまま、綾袮さんは慧瑠と言葉を交わした。俺にとっては、全く意味の分からない言葉を。

 そして、綾袮さんは言った。今目の前にいるのは……慧瑠は、魔人だと。

 

「…は……?」

 

 訳が分からない。ちっとも、これっぽっちも綾袮さんの言っている事が分からない。慧瑠が、魔人…?……ははっ、何だよその…全くもって笑えない、過去最低レベルで詰まんない冗談は…。

 

「……綾袮さん。先輩、全く飲み込めてない顔してますよ?」

「まぁ、そうだろうね。…顕人君、今のは悪い冗談か何かだと思ってる?」

「…そう、なの……?…あ、いや…そうだ、そうだよね…!ほんとは慧瑠も霊装者かその関係者で、二人して俺をからかおうと──」

「わたしが冗談を、言ってると思う?」

「……っ!」

 

 投げかけられた質問を都合良く解釈した俺は、これを嘘だと、ドッキリ系の冗談だと思い込む。思い込もうとする。

 けれどすぐに発された、二つ目の質問。それは…いや、ここに現れてから、ずっと綾袮さんは真剣なまま。敵を相手にした時の……それも一瞬の油断も許されない、それこそ魔人かそれ以上の強敵と正対している時の、おふざけ一切無しの綾袮さん。…それが、その雰囲気が……冗談なんかじゃないだって、俺に対して伝えてきている。

 

「…で、も…そんな、そんな事って……」

「…事実だよ、顕人君。あれは、人間なんかじゃ間違ってもないし……あれなんだよ。文化祭の時に現れた魔人の、探していた『もの』は。…そうでしょ?」

 

 言っている事は理解出来てもそれを飲み込めない、飲み込むのを心が拒絶している俺へ向けて、更に綾袮さんは言う。魔人の、俺達の探していたものすら、慧瑠だったんだと。

 そうして、綾袮さんは慧瑠に向けて問い掛け……慧瑠は、ふっと笑う。

 

「ご明察。流石は宮空の血を引く霊装者ですね。いやぁ、貴女方があいつを撃退してくれた時は、素直に感謝していたんですが……こうなると、本当に厄介なのはどっちなのか分からないものですねぇ…」

「…ね、分かったでしょ。まだ混乱してるだろうし、すぐに飲み込めとは言わないけど……意識は切り替えて。今は、敵の眼前だよ」

 

 否定してほしかった。身に覚えのない話だって、言ってほしかった。だけど慧瑠は肯定し、言った。普通の人なら把握し得ない情報を。

 そこからやれやれと肩を竦める慧瑠に対し、綾袮さんは警戒するよう言ってくるけど…それも俺は飲み込めない。敵って……違う、違うよ綾袮さん…だって、今ここにいるのは……

 

「……慧瑠、じゃないか…」

 

 信じられないという思いから、認めたくないという気持ちから、俺はぽつりと言葉を漏らす。それを聞いた綾袮さんは、一瞬だけ視線をこちらに移して、それから再び慧瑠の方へ。…その時、綾袮さんの目には……同情の念が、籠っていた。

 

「…下がって。今は戦えるような心境じゃないでしょ?」

「……っ…戦えるような、って…まさか……」

「…………」

「…待って…待って綾袮さ──」

 

 次の瞬間、俺が止めようとしたその瞬間に、綾袮さんは跳躍。アスファルトを蹴り、翼を広げ、慧瑠との距離を一瞬で詰める。

 気付いた時にはもう大太刀を振るっている。そう言っても過言じゃない攻撃が慧瑠へと迫り、俺は反射的に駆け出しそうになって……けれどそれを、慧瑠は受け止める。…靄を纏った、右手の甲で。

 

「っとと…物騒ですねぇ、綾袮さんは。何もしてない相手に、警告もなしに斬りかかるなんて」

「何もしてない?…それ、本気で言ってる?」

「あちゃー…という事は、それもバレてる訳っすね……」

 

 大太刀と靄を纏った右手で二人はせめぎ合い、慧瑠がしまったと言いたげな表情を浮かべた瞬間、綾袮さんは大太刀を引きつつ蹴撃。そこから斬撃と打撃を織り交ぜた激しい連続攻撃を叩き込み、対する慧瑠は回避と両腕での防御で綾袮さんの連撃を凌いでいく。

 時間にすれば一分にも満たない、二人の攻防。けどその間に交わされた激突は濃密で……思わず俺は、見入ってしまっていた。

 

「…やりますねぇ。暫く戦ってなかったせいで勘が鈍っていたとはいえ……ヒヤヒヤしましたよ、綾袮さん」

「随分と白々しい事を言うね。きっちり全部防いでる癖に」

「それは当然じゃないですか。攻撃が当たったら痛いですし、諸に入れば最悪死にますし。……こっちから反撃はしないんで、ここは一つ見逃してくれませんかね」

「そう言われて、わたしがみすみす見逃すとでも?」

 

 何度目かの激突の末、二人は互いに跳んで距離を取る。どちらも…と言っても、慧瑠は回避と防御に徹してたけど…外傷と言えるものはなく、まだまだ余裕もある様子。

 その中で慧瑠は、綾袮さんに向けて見逃してくれるよう提案。それを綾袮さんは一瞬の逡巡もなく拒絶し、その声に変わらない敵意を籠らせる。

 

「…このまま戦えば、先輩に余波が行くかもしれませんよ?」

「大丈夫だよ、顕人君も少しずつ実力を付けてきてるんだから。それに、そっちが素直にやられてくれればその心配もないんだけど?」

「はぁ…なら、仕方ありませんね。出来れば穏便に済ませたかったですけど……」

 

 そう言って肩を落とし、一瞬隙を見せる慧瑠。でも、それは本当に一瞬の事で、次の瞬間、不意に慧瑠は……消える。

 

『……!?』

「ふふ、見えませんか?見えませんよね。感じられませんよね?」

 

 突如消えた慧瑠に、目を見開く。目にも留まらぬ速度で移動したとか、物陰に隠れたとかじゃなく…その瞬間から、本当に慧瑠は消えた。前にも後ろにも、左にも右にも、上にも…どこにも慧瑠の姿はなかった。

 

(これは…これが、慧瑠の能力……!?)

 

 高い戦闘能力、人と遜色ない知性の二つと共に魔人が有しているのは、それぞれが持つ固有能力。具体的にどういう能力なのか分からないけど…消えたのが慧瑠の能力だとすれば、一応それにも説明は付く。

 けれどそれは同時に、慧瑠が魔人であるという証明。あの靄も、固有能力も、魔人だからこそ持っているもの。…まだ、それだけならまだ綾袮さんの様に同じく固有の力を持っている霊装者で、靄も霊力が変化したものって可能性もゼロじゃないけど…その可能性は、状況がとっくに否定している。だから…嗚呼、ここまでくると否定のしようがない。飲み込むしかない。…慧瑠が、魔人なんだという事を。

 

「どんなに強くとも、相手がどこか分からなければ刃も振るいようがありませんよね?ここら一帯を無差別に攻撃する訳にはいかないでしょうし。…さて、それではこの辺で……」

「……そこッ!」

 

 心が冷え切っていくのを感じる中、見えないながらも聞こえてくる声。でも、慧瑠が別れの言葉らしきものを言おうとした瞬間……綾袮さんは身体を捻り、斜め上の空間へと一撃。その太刀筋が実体化するかのように霊力で編まれた斬撃が現れ、空へと向かって飛んでいく。そして、その斬撃がある場所を通った時…ふっとそこから、慧瑠の姿が現れた。

 

「…へぇ、本当にやりますね……」

「…当たってないのに、姿を現わすんだ」

「えぇ、自分の位置を感じ取った綾袮さんへ賛辞を込めての行動です。…ですがこれで、貴女が本当に油断してはいけない相手だと確信しました。なので……」

 

 言葉通り、本当に驚いている様子の慧瑠は、空から地上へとゆっくりと着地。でも当てられてはいないみたいで、実際慧瑠も焦ったような気配はない。むしろ、賛辞なんて言っている辺り…まだまだ慧瑠には余裕がある。

 それを示すように、俺達の前で再び慧瑠は消失する。だけど二度目の消失に対して、綾袮さんが取った次なる行動は……真逆。

 

「……っ!…前言撤回、さっきは下がってって言ったけど…顕人君、わたしの側を離れないで…ッ!」

「え…それは、どういう……」

「分からないの…さっきはそれでも、見えなくても何となく感じられたんだけど…今は全く、全然何も感じられない……!」

 

 素早くアスファルトを蹴り、俺の側まで後退してくる綾袮さん。その声に籠るのは…切羽詰まった緊迫感。

 

「それは…居なくなったって事じゃないの…?」

「かも、しれないね…だけど、さっきのが全力じゃないなら、さっきのが小手調べ程度の能力行使だったとしたら……」

 

 綾袮さんは動き回ったり、忙しなく視線を走らせたりはしていない。でも今、探知能力を、全神経をフル稼働させて必死に慧瑠を探しているんだって事は伝わってくる。

 こんな姿、滅多に綾袮さんは見せない。こんな綾袮さんを見るのはあの夏以来で、俺の心はどんどんぐちゃぐちゃなっていく。慧瑠は、そこまでの存在だったのかって。そこまでの存在が、こんな側にいたのかって。そんな慧瑠と、これまで俺は普通に接していて…今は、その慧瑠が綾袮さんと敵対しているのかって。

 本当は、そんな事考えてる場合じゃないって分かってる。一旦そういう思考は置いといて、俺も警戒すべきだって理解はしている。…だけど…俺はまだ、慧瑠の事を割り切れない。

 

「はてさて、今度こそ本当に分からないみたいですね。これでも普通に探知されたら、流石に焦っていたところでしたよ」

「……ッ…!」

「おっと、ここまでくると大体の位置は分かるんですね。けれど、今のでこの程度となると…この強度で全く分からない状態になるかどうかの境目は、この辺りってところっすかね」

「……馬鹿に、して…ッ!」

 

 はっきりと認識は出来ている、なのにどこから聞こえているのかは全く分からない声が聞こえる中、綾袮さんは振り返りざまに跳んで一太刀。でも今度の攻撃では慧瑠が現れる事はなく、戻ってきた綾袮さんは表情を歪ませ歯を噛み締めている。

 俺は見ているだけだ。探知しようとすらしていない。だけどそんな俺でも…完全に綾袮さんが劣勢に追い込まれてしまったんだって事は、分かる。

 

「いやいや、馬鹿になんてしてませんよ。だからこそ、貴女の実力を見極めようとしたんですし」

「…………」

「…無言、ですか。普段の貴女とは大違いですね。……さて、それでは下手な事して藪蛇になるのも嫌ですし、今度こそ自分はお暇させて頂きます」

「……!逃げる気…ッ!?」

「だからそう言ってるじゃないですか、っていうかさっきもそれを求めた訳ですし。それと、まぁ言っても無駄だとは思いますが…自分の事は極力放っておいて下さい。そうしてくれるのなら、自分も人を殺したりはしませんから」

 

 近くで言っているのか、遠くで言っているのか。それすらもはっきりとしない声で、慧瑠は続ける。逃げるつもりならば、こんな事言ってないでさっさと逃げてしまう方が良い気もするけど……そうしない慧瑠の真意は、分からない。

 

「ではでは、先輩もさようなら。こんな形にはなってしまいましたが……今日は先輩と学校帰りの道を歩けて、楽しかったですよ」

「……っ…!慧瑠、待ってくれ慧瑠…っ!」

 

 そうして最後に慧瑠が口にしたのは、俺に対する別れの言葉。それが耳に届いた瞬間、居ても立っても居られなくなった俺は、どこにいるのかも分からない慧瑠に向けて思いを叫ぶ。けれど、五秒経っても、十秒経っても……俺の言葉に、慧瑠からの声は返ってこなかった。

 

 

 

 

「…………」

「…はい、顕人君」

 

 慧瑠がいなくなってから、綾袮さんは周囲で秘密裏に展開していた人達に、慧瑠捜索の指示をした。当然、認識出来ない状態の慧瑠が、あの場でいなくなったという確証はなかったけど…逃走したのだろう、と綾袮さんは判断をした。そして今……俺は綾袮さんと共に、双統殿にいる。

 

「…ありがと」

 

 廊下の一角にある背のないソファに座った俺は、渡された紙コップを受け取る。中に入っているのは、近くのドリンクサーバーで淹れたお茶。

 

「もー、家ならともかく、ここでわたしにお茶を淹れさせるなんて、生意気だぞー?」

「いや、ここも綾袮さんにとっては家でしょ…」

「う…顕人君の突っ込みが暗い……」

 

 隣に座った綾袮さんの、しょぼくれたような声。理由は想像出来る。多分綾袮さん的には、少しでも暗い気持ちを払拭しようと思って言ったんだろうけど……俺だって、いつも明るくいられる訳じゃない。それに…それよりも今は、綾袮さんに訊きたい事があるんだから。

 

「……いつから、知ってたの」

 

 主語もなく、前振りもなく、コップの中のお茶を見つめながら俺は言う。何に対しての事かなんて…言うまでもない。

 

「…切っ掛けはね、休みに校内を捜索してみた日なんだ。その日に何も見つからなかったのは、顕人君も覚えてるよね?」

「…そりゃ、勿論…」

「うん。…で、ほんとに校内からは何も見つからなかったけど…校外に向かってる最中、ある子が言ったんだ。顕人君の霊力が、妙に減ってるって」

「…俺の、って…それは、魔物と戦ったからだと思うんだけど……」

「と、思うでしょ?わたしや妃乃もそう思ったんだけど…複数回戦った後みたいになってるって言ったの。…変だよね?これって」

 

 投げかけてくる綾袮さんに、俺は小さく首肯。どうしてその時言ってくれなかったんだ…とも思ったけど、その理由は俺にだって想像が付く。よく分かってない事柄を俺に話して不安にさせたくなかったとか、俺が異変を認識した事で何かが変わって原因究明出来なくなってしまう可能性を考慮したとか、断定は出来ないけど理由は恐らくこの辺り…だと思う。

 

「だからね、それからわたしはこまめに顕人君の霊力量をチェックする事にしたの。これは心当たりあるんじゃないかな?」

「心当たり?心当たりなんて……あ、もしや…ちょくちょく俺に触ってたのは……」

「そう。ざっくりならともかく、わたしの実力で正確に測るには触る必要があったからね」

 

 そう言われてはっとする俺。あれ以降、妙に触れられる事が多いなぁ、とは思ってたけど…偶然じゃなかったんだ……。

 

「基本的にはわたしが測って、可能な時はわたしより探知に長ける人に遠距離から調べてもらって、待ち構えてたの。減る瞬間を、その原因を」

「…………」

「そして今日、放課後別れた時には問題なかった霊力量が、校舎を出た時には減っていた。あの横断歩道前に来る辺りでは、更に減っていた。その間、当然顕人君は自分から霊力を消費するような機会なんてなくて……」

「…だから、一緒にいた慧瑠が、魔人だって…俺から霊力を抜き取ってたんだって、判断した……」

 

 綾袮さんから引き継ぐ形で、俺にも理解出来た結論を言う。それに綾袮さんは、小さく頷く。

 辻褄は合っている。校舎を出てから俺がやり取りをしていたのは慧瑠だけだし、綾袮さんは知らないと思うけど、あの日にも俺は慧瑠と会っている。その時霊力を吸収されたのなら、あの日に減っていた事も納得がいく。…けど……

 

「…魔人って、相手に気付かれず、体調にも影響を及ぼさずに霊力を抜き取るなんて事…出来るの…?」

「…少なくとも、奴は出来たんだよ。気付かなかったのは、顕人君が元々桁外れの霊力を持ってるからかもしれないし、敢えて一回一回は悪影響が出ない程度に留めていたのかもしれない。能力からして霊装者の目を逃れるのは得意だろうし…致死量吸い取って別の霊装者に自分の存在を勘付かれるより、一度の量は少なくてもより確実に、安定して霊力を確保する事を重視したんじゃないかって、わたしは見てる」

 

…全部、全部納得出来る。綾袮さんの言っている事は、どれもそうなのかもって、そうなんだろうなって思わせるだけの道理がある。そして…だからこそ、より真実味を帯びてしまう。今日起きた事は勘違いじゃないんだって、内側から理解させられてしまう。

 

「…慧瑠を、どうする気…?」

「……残念だけど、顕人君が望むような答えはないよ」

「……冷静、だね…」

「まぁ、わたしは殆ど交流なかったし……わたしの言葉に、わたしの選択にかかってくるのは、わたし一人の命じゃないからね」

 

 具体的な事は言わなかったけど、曖昧な表現だけど、どうするつもりなのかは分かる。

 俺は、それを支持出来ない。したいとも思わない。でも…否定も、出来ない。…正しいのは、きっと…少なくとも、霊装者としてはきっと…綾袮さんの方が、正しいから。

 

「…さて、と。そろそろ行こっか」

「…どこへ?」

「おじー様のところだけど…言ってなかったっけ?」

「…うん、まぁ…そのパターンにも、もう慣れたよ……」

「あはは、ごめんごめん…」

 

 がっくりと肩を落としながら俺は立ち上がり、残った…というか一口も飲んでいなかったお茶を一気に飲み干す。

 訊きはしたけれど、まぁそうだろうなという予想はついていた。だから然程驚きはないし、特に嫌だとも思わない。

 

「おじー様、失礼しまーす」

 

 例の如く緩い入室をする綾袮さんに続いて、俺も刀一郎さんの執務室の中へ。入った瞬間、刀一郎さんは「またか…」と呆れ混じりの視線を綾袮さんへと向けていたけど、今回は特に何も言わなかった。

 

「…ご苦労だったな、綾袮。顕人も、今回の件は災難だったろう」

「…いえ、大丈夫です…」

 

 初めに投げかけられたのは、気遣いの言葉。それに俺は短く答え、刀一郎さんの目を見つめる。

 災難だった。…それは、何に対して言っているのか。親しくしていた相手が魔人だったという事に対してなのか、単に魔人から霊力を取られていた事に対してなのか。…それが知りたくて、見つめたけど…真意は、分からない。

 

「早速だけど…おじー様、捜索部隊から何が報告はあった?」

「いや、今のところはない。それに綾袮、お前が白兵戦の距離で全く認識出来なかったのなら…単純な捜索での発見は、困難だろう」

「まぁ、そうだよね……じゃあ、こほん」

 

 そんなやり取りを経て、綾袮さんは報告を開始。あった事、起こった事を事細かに話して、それを刀一郎さんは口を挟まず静かに聞く。報告自体は、戦闘終了後すぐに別の人がしたらしいけど…直接戦った綾袮さん、それに側にいた俺がどう感じたかを聞きたかったんだとか。…尤も、俺は殆ど話せる事なんてなかったけど。

 

「ふ、む…となるとやはり、先日の魔人が探していたのはその魔人であろうな。…通りで見つからん訳だ。まさか、探していたのが『物』ではなく、『者』だったとは……」

 

 顎に手を当て呟く刀一郎さんの中では、きっと様々な思考が駆け巡っている。そして今、俺はいつもよりも緊張していない。それは恐らく、俺の中でまだショックが抜け切らないからで……そのおかげであまり緊張してないというのは、何とも皮肉な話だと思う。

 

「…おじー様、あの魔人はどうして探してたんだと思う?邪魔だと思っていたのか、それとも仲間にしようとしたのか、それとも……」

「今の段階では何とも言えんな。だからこそ、あらゆる可能性を考慮するべきだろう」

「うん。…わたしに出来る事があったら言ってね?おじー様、少し疲れた顔してるよ?」

「ふっ、言うようになったな綾袮。…心配せずとも、必要ならば指示を出す。何かを任せる事もあるだろう。だが今日は休め。奴が攻勢に出てきた場合、気が抜けなくなるのは間違いないのだからな」

 

 心配そうに言う綾袮さんに対し、刀一郎さんはふっと笑う。俺には分からなかった『疲れた顔』を見抜く綾袮さんと、隠そうとはせず…けれど心配をかけないような言葉で返した刀一郎さんは、性格は違えど良い祖父と孫なんだろうなぁ…なんて感じたけど、それも今は虚しく映る。……っ…駄目だな、ここまで気落ちしてるのは流石に不味い…。人を見る目すら曇るようじゃ…いけない。

 

「それと顕人。検査には行ったのか?」

「あ…いえ、まだです…」

「ならば、必ず行くように。綾袮」

「はーい、ちゃんと連れて行くから大丈夫だよ。…っと、そうだ。おじー様、最後に一ついい?」

「あぁ」

 

 話が済んでの去り際、刀一郎さんは俺の検査を綾袮さんにも念押し。それに頷いた綾袮さんは扉の方へ向かう直前、神妙な…報告をしていた時の顔になって、刀一郎さんも静かに頷く。

 

「…奴の、あの魔人の能力は完全にわたしの探知能力を超えていた。それは、さっき言った通りなんだけど…口振りからして、多分まだ本気を出してない。ギリギリ探知出来ないんじゃなくて…本当は、まるで探知出来ない領域かもしれないの」

「…………」

「だから…もしかしたら、だけど……あれは、魔人じゃなくて…魔王級、かもしれない」

 

 そうして、綾袮さんは言った。慧瑠が、魔人ではなく…魔王かもしれない、と。千㟢曰く、発見報告を一生に一度聞くかどうかの存在かもしれないと、そう言った。

 魔人だからどうとか、魔王だったらどうとか、そういう感じの思いはない。俺にとって最大の衝撃は、慧瑠が人ではなく、霊装者にとっての敵だったって事。けれど、それでも…その言葉を聞いた時、俺はもう……今この瞬間が現実だって事を、信じられなかった。

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